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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~ハン=シィク篇~
181/918

74話 ルシヤ 1


 おお! ハン=シィク ハンの樹の子どもらよ。

 祝福されよ マ・アース・ジャ・ハーナの神の子。

 おお! ハン=シィク 我らはともにハンに見守られし神の子。

 争わず 和を尊び 永遠の祝福を受けるべし。


 ルチヤンベル・レジスタンス賛歌




「ルシヤだーっ!!」


 ルナの絶叫がせまいアパートにとどろく。目をキラキラさせてテレビCMを見ているルナを、微笑ましい目で見ていたアズラエルの目が、一瞬でぬるくなった。


「へやっ!」


 マヌケな奇声が上がったかと思うと、勢いよく振り上げたルナの前足が、テーブルの脚に激突した。


「いだい!!」


 アズラエルには、哀れなウサギを撫でてやるより術はなかった。


「とっても痛いよアズ!」

「そうだろうな」


 視線がぬるくなっても仕方がないだろう。だれもアズラエルを責められない。


 ――ハン=シィクの娘――


 そんなタイトルの映画の宣伝が、テレビで流れだしたのは、三日前のことだった。


 最初にそのCMを見たのがアズラエルで、なんとなくおもしろそうだったから、ルナと観に行ってみるか、とそう思った。最近よく来るエレナも映画が好きだから、誘って一緒に行ってもいい。


 その考えはどうやら大当たりだった。朝食時、映画の宣伝動画が流れるなり、ルナは目をこれでもかと輝かせ、

「ルシヤだ!」

 と叫んだのだった。


「ルシヤの映画がやるの!?」


「知ってんのか」


 アズラエルは思わず聞いた。この映画は近日公開される映画で、ルナもアズラエルも、試写会に行った者以外はだれも観たことがない映画のはずだった。


「ううん。ルシヤがね――ルシヤなの――その――なんていうか――ルシヤなのね? その、知ってるの」


 ルナは煮え切らない返事を返したが、パンを口に頬張りながらだったので、アズラエルには、いつものウサギがもごついている様子にしか見えなかった。


 そしてアズラエルは、ルナのたどたどしい説明で知った。

 どうやら、このルシヤというスパイは、実在したのだということ。

 小説だのマンガだの、人生の脚色はこれでもかとされているが、どうやら過去に存在した、実在の人物らしいと。


「まるっきり、つくりもんのアクション映画だと思ったぜ」


 アズラエルはそう言った。

 映画のジャンルは、アクション映画に分類されるだろう。予告編は、ちょっぴりシリアスな、綺麗な女の足技満載のアクション映画だった。悪くない。警察星が舞台だったので、アズラエルも無関係に楽しめる。これが、軍事惑星だったりすると、突っ込みどころが多すぎて見られなくなるのだ。


「ハン=シィクかあ……」

 ルナはつぶやいた。

「ハンシックとは関係ないよね?」


 ルナは、いつぞやチラシで見た店の名前を思い出した。


「ハンシック?」

「うん。そんなお店があったの」

「ハン=シィクってのは、ハン=シィク地区で、L46のことだろ。始終戦争してて、軍部が手を焼いてるところだ」


 ルナのウサ耳が立った。


「アズも行ったことある?」

「俺はない。あそこには電子装甲兵(でんしそうこうへい)ってのがいて、どの傭兵グループも行きたがらねえ。白龍(パイロン)グループくらいじゃねえか。行ったことがあるのは」

「でんしそうこうへい?」

「まあなんだ――ヤバいヤツだ」


「やばいやつ」

 ルナは復唱した。

「でも、ルシヤが関係してるなんて、アニメではやってなかったよ?」


 アニメでは、ルシヤの出身地は謎だった。ルナが見たかつての夢でも、ルシヤの出身地は出てこなかった。


「あじゅは」

「あン?」


 ルナはもふもふとサラダをウサギ食いしていた。レタスをしゃくしゃくする咀嚼(そしゃく)音だけが響く。


「……あじゅは、ルシヤのことは知らなかったの?」

「初耳だ」


 アズラエルはシンプルにそう言った。携帯電話で、船内の映画館と公開日を検索している。


「ルシヤのお話、いっぺんも読んだことない? むかし、アニメとかにもなってたよ?」

「アニメも映画も本も、読んだことはない」


 嘘はついていない。なぜルナがそんなに不審な顔をするのか、アズラエルには分からなかった。


「もうやってるぞ。いつ観にいく?」

「今日!!」


 ルナは絶叫した。アズラエルも文句は言わなかった。


「行くか」


 そうと決まれば、このふたりは行動が速かった。

 朝食の片づけを済ませるなり、アズラエルは飼いウサギを助手席に放り込んだ。 


 K27区から一番近い映画館は、おそらく宇宙船玄関口のK15区のショッピングモールなのだが、ルナは久方ぶりの外出だ。中央区方面に行きたいと言った。

 最近は訪問客があまりに多くて、スーパーに行く程度の外出しかしなかった。

 ルナは喜び勇んで、おしゃれをして、化粧も念入りにしてでかけた。


 アズラエルの車が高速道路に乗り、ルナが久方ぶりの景色に目を輝かせているあいだに、K12区についた。広大なショッピングモールの駐車場に停車し、映画館をめざす。


「みんみん戦隊セミレンジャー。~失われた王国~」

 アズラエルが棒読みした。


「これ、ミシェルが見たがってたやつ」

「セミは苦手だ……」


 映画館は、ちょうど子どもに人気のアニメ映画と公開が重なったせいで、人でごった返していたが、ルシヤの映画はそんなに混んでいない。席はしっかり埋まったが、予約が取れないほどではなかった。


 ――結論から言うと、映画はおもしろかった――とアズラエルは、思った。

 アズラエルは、だ。


 なぜアズラエル単体なのかというと、ルナは映画が終わるなり、バカみたいに気難しい顔をして、

「ルシヤの本を読まなくてはなりません」

 と言い放ったからだ。


 いつものルナだったら、目をキラキラさせて「おもしろかったねえ!」とでも叫ぶはずなのだが、それがない。映画は悲劇的な結末といえばそうだが、アクション映画なので、それほどしんみりとしたヒューマンドラマではなかったはずだ。


 ルシヤのふたりの子どもは助かったわけで、救いはあった。

 ルシヤは死ぬわけだが。


 しかしそんな映画だったら、ルナは顔を大洪水にしているはずだし、それもない。

 とにかくアズラエルにも、ルナの様子がいつもとちがうことだけは分かった。

 映画に不満があるわけでもないらしい。


 あくまでアズラエル視点だが、ルナは真剣に映画を見ていた。開いた口を閉じる暇もないほど。ポップコーンやドリンクに手をつける余裕もないほど、ルナは没入していた――とアズラエルは思っている。

 まばたきもしなかったような気がする。それは言いすぎか。

 でもそのくらいルナは、いっしょうけんめい映画を見ていたのだった。


 しかし、終わるなり、ルナの目は座った。

 そして、「ルシヤのお話、ルシヤのお話、ホントのお話……」とぶつぶつ言いながら、その足で、近くの大きな書店に駆け込んだ。


 もちろんアズラエルは飼いウサギから目を離さなかった――ルナは広すぎる書店で、片っ端からルシヤの本を集めた。さっき見てきた映画の解説本や、絵本や、書籍、大昔の映画DVDまで発掘した。さすがにマンガは、全部で数十巻あったので、手を出す気はなかったようだ。


 最終的に、L46の地図と図鑑まで抱えて、ルナは「レジに行きます」と言った。


 厳選し、それでも十冊は超えていたと思う。アズラエルの手にこれでもかと乗せた本は、ルナがレジで会計をした。そしてその場で、アパートに配送した。

 ルナの奇行は、今に始まったことではない。彼女はすべてが終わったのち、悲しげに言った。


「今日はね、バッグとブーツを買うのをあきらめます」


 本に金を費やしてしまったからだろう。アズラエルは、ルナのバッグとブーツくらいプレゼントしてもよかったのだが、あえて口をつぐんだのは、とにかくルナがやりたいことは、これからバッグとブーツを物色しに行くのではなく、さっさと家に帰って本が読みたいのだと分かったせいだった。


「このまま帰るか。それともどこかでメシを……」

「どこかでメシを食おうと思います」


 ルナは目を座らせたまま真剣に言った。


「なにが食いたい?」

 アズラエルが聞くと、ルナの深刻な顔は、やっといつものゆるい顔にもどった。

「おにく」


 この肉食ウサギが肉を食いたいと言い出すときは、どうやら必要以上の体力が欲しいときだ。あの量の本を、おそらく三日以内に読む気だ。

 アズラエルはうなずいた。


「ステーキでも食いに行くか」

「やったー!!」


 ウサギは素直に万歳をして、ついでにウサ耳を立てた。


 K12区に来たときよく行くステーキチェーン店は、今日、あろうことかたいそうな込み具合だった。一時間待ちという表示を見たルナの目がまた座ったので、アズラエルはべつの店に向かった。


 先日、カザマに教わった店はちょっと遠い。焼肉屋も混んでいる。昼時とはいえ、今日の混み方は異常だった。

 どうも近くで大きなスポーツの大会があったらしい。


 いっそK27区にもどってから店をさがすかと思い始めたアズラエルに、ルナは、「あっちでもいいよ」と指をさした。

 ルナがあっちと指さした先は、L系惑星群のファストフードがずらりとそろったバーガー店街だった。


「おまえがいいなら、いいよ」


 アズラエルは、ハンバーガーでも一向にかまわない。ルナと一緒に、そちらへ歩みだした。


 科学の星発祥の「ラプト」や、軍事惑星発の「インビス」、ルナがよく行くL7系発の「モジャ・バーガー」。アズラエルが見たことのない店舗もたくさん――二百はあるだろうか。めずらしい店舗や、地球行き宇宙船にしかない店は、どこも混んでいた。


「インビス入るか。久しぶりに」

「うううん、いんびすかあ……」


 めずらしくルナが口を尖らせた。

「インビス」は、軍事惑星発のバーガーショップで、特徴は、スープの種類が豊富なことだ。飲み放題のスープは、一番小さな店舗でも、最低十種類は用意されていて、大きな店舗となると、三十種はあった。

 軍事惑星一帯が、寒い地域だからだろう。温かいスープが飲み放題というのは人気があった。コーンスープにミネストローネ、肉がたっぷり入ったビーフシチューやモロヘイヤスープ――ルナも、インビスのスープは大好きだ。

 レバー・スープ以外は。


「インビスは、量が多いんだもん」


 とにかくルナたちの惑星住民からしたら、サイズが大きかった。バーガーサイズも、ポテトのサイズも。モジャ・バーガーのLサイズポテトが、インビスのSだ。


「じゃあ、ラプトは」

「入り方が分からないのです」


 ラプトは科学の星L3系発。軍事惑星群やL5系にも展開していて、クラウドはよくつかう。ちなみにルナたちが住んでいたL7系にはない。


 店舗に入るとまず、入場者の全身がスキャンされ、そのとき足りていない栄養素がバランスよくつまったサプリがおまけでついてくる。ゼリータイプが錠剤か、ドリンクタイプか選ぶこともできる。バーガーについては、特にこれといった特徴はない。オーソドックスなものが多い。


 しかしルナたち田舎者にとっては、ラプトは最先端すぎて入りにくかった。

 オーソドックスとはいえ、バーガーの注文も、慣れたやつは「ビタミンB群」多めで、とかフライド・パテ油抜きで、とか常連しか分からないような注文をするのだ。


 クラウドの土産のミント・バルクとかいうクッキーは、まったくおいしくない。


「入り方もクソも、入って注文すればいいだけだ」


 アズラエルは言ったが、ルナはシャインをはじめて見たマシオみたいな反応だった。


「L77の田舎者からしたら、ラプトはちょっと怖いの!」


 アズラエルは理解できなかった。


 ふたりで、なるべくすいているバーガーショップを探しながら歩き続けていると、ルナがひとつの店舗の前で止まった。


「おい、ここは……」


 店の正体が分かったアズラエルがルナを引き留めたが、ルナは首を傾げて、メニュー看板に見入ってしまった。


「おや、お嬢ちゃん。見かけによらず、大食いかい?」


 店から出てきた巨漢にルナは話しかけられ、顔を上げた。そして、口をあんぐりと開けたまま、固まった。

 巨漢は巨漢でも、巨漢すぎた。四メートル以上もある高さの自動ドアから出てきたのは、三メートル半の大男だった。髪の間がでこぼこしていると思ったら、(つの)が隠れているのだ。


「ここはチーズバーガーが、嬢ちゃんの頭よりでかいし、アイスコーヒーはジョッキ、ポテトはバケツサイズだぜ」


 そういう笑顔は怖くなかったが、迫力だけは十二分だ。


 ここは、天使や巨躯の原住民御用達(ごようたし)、アナトラム・バーガー。身長三メートル以上か、フードファイターなお客様専用のショップです。


 ルナはただ、メニュー表に、「トワエのサラダ」と書いてあるのが気になっただけだった。トワエは、天使の星を意味する。そういえば、ルナが地球行き宇宙船に乗る移動用宇宙船で食べた創作料理に、トワエのサラダがあった気がする。ルナはL02(天使の星)のメニューを選択したのだ。


 天使であろう、どでかすぎるイケメン三人がルナにウィンクをしながら店舗に入っていくのを横目に、アズラエルはウサギの襟首をひっつかんで移動した。

 天使は総じてイケメンなうえ、ナンパ上手だ。ルナも危ないが、身長二メートル以下のアズラエルも彼らにとってはKAWAIIの対象なので、スタコラ逃げた。


「あそこのグストゥルムは……」

「グスト! グストがある、行きたい!」


 やっとルナのウサ耳が立った。

 グストゥルムはL55発のちょっとセレブなバーガーショップだ。焼きたてのステーキをカットして、その場で挟んでくれたり、ローストビーフの厚さが選べたり、チーズの量が半端なかったり、ラクレットだったり、好きなだけかけられたり、トッピングがやばいとか、キャビアとかフォアグラがあるとか、とにかく豪勢なバーガーショップだ――が。


 ふたりで向かったとたん、試合帰りのスポーツ選手の集団が、ごっそり――それはもうごっそり――大勢、ものすごくたくさん、店内に突入した。


 ルナの目が、ふたたび座った。アズラエルは肩をすくめてあきらめた。



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