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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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11話 エルバサンタヴァとふしぎなおばけ 1


「ぴぎ」


 ルナは、ぱっちりと目を開けた――これまでにないほどの爽快(そうかい)感を持って。


「へげ?」


 身も軽く飛び起き、それから、キョロキョロあたりを見回した。

 自分の部屋だ。


(なんの夢だった?)


 地球行き宇宙船に乗ったときと同じ夢を見たような気がしたが、やっぱり覚えていない。

 あの海を、どこかで見たことがあるような気がした。


(どこで?)


 ――思い出せない。


 ルナはベッドから降りてカーテンを開けた。

 そうして、思い出した。

 夢のことではなく、きのうのことを――。


「ミシェル!!」


 ルナは叫んでぴょこーん! とウサギのようにジャンプし、とてててとリビングに向かったが、だれもいなかった――ミシェルも、もちろん、アズラエルも。

 昨夜、アズラエルとはアパートのまえで別れた。いないのは当たり前だったが――いたらそれはそれで困る。ミシェルの部屋をノックすると、開いていた。


「ミシェル……?」


 ミシェルは、帰っていなかった。

 まさか、ミシェルが朝帰りか。あのミシェルが――。


「一大事です……!」

 ルナは戦慄して、ドアを閉めた。


『ミシェルさんは、昨夜からお帰りになっていません。リサさんも、キラさんもです』


 ルナは、ミシェルのほかに同居人――もとい同居マシンがいたことを思い出した。

 どの家庭にも一台はある、汎用(はんよう)型家庭用ロボットである。家事防犯万能、一家に一台便利なpi=po! のキャッチコピーはL系惑星群の住民なら一度は聞いたことがあるだろう。


「“ちこたん”、おはようございます」

『おはようございます、ルナさん』


 バスケットボールほどの大きさの丸い機械は、ご丁寧に会釈した。“ちこたん”はルナのpi=poの名前である。


『朝食はどうなさいますか?』

「ちょうしょく、あさごはん、うううう~ん」


 ルナはそれどころではなかった。ルナの様子を見たちこたんは、

『室内の清掃は完了しています。ご用がなければちこたんは充電を開始しますがよろしいですか?』

「よろしいです」

 ルナが許可を出すと、ちこたんは、ふよふよと充電器にもどっていった。


 ルナはうろたえた頭のままシャワーを浴び、服を着替えた。ようやく混乱した頭が落ち着いてきたので、朝ごはんをどうしようか悩んでいたら、玄関先が騒がしくなる。


「ルナ! 起きてる?」


 ミシェルが帰ってきた。ウサ耳をびびびーん! と跳ねさせたルナは、猛然と玄関に走った。


「ミシェル、昨日はどこに――」


 野暮(やぼ)とは思いつつ、聞きかけたルナの言葉はフェードアウトした。ミシェルの後ろから、玄関をくぐるようにして、ふたりが現れたからだ。

 だれって?

 クラウドと、アズラエルがだ。


「おはよう、ルナちゃん。二日酔いしてない?」

「……おはよう」


 満面の笑顔のクラウドと、昨日通り、あまり表情の分からないアズラエル。ルナが思わずミシェルを見ると、「ごめん、ルナ」とばかりに片目を瞑って両手を合わせた。





「パーティー?」

「うん。きのうのメンバーで」


 ルナとミシェルはとりあえず、ふたりきりで話すためにキッチンに引っ込んだ――コーヒーを()れると言って。

 コーヒーを淹れるということ自体は嘘ではない。「リビングで休んでて」と、ミシェルは男二人を追いやり、ルナの腕を引っ張ってキッチンに来た。

 ミシェルは、ルナが聞く前に自分から話した。昨夜、自分がどこに泊まっていたとか、クラウドと付き合うことにしたとか、そういうことではなくて――『飲み会』は、まだ終わっていないということを。

 今日はホームパーティーをするらしい。リサの提案だ。昨夜、ルナが帰ったあとそれが決まって、解散になったそうだ。


「ほら……ルナだけ、アズラエルさんと、ちゃんとくっついたって感じにはならなかったからさ」


 ミシェルが遠慮がちに言った。ルナは口をまん丸に開けた。

 リサはまだあきらめていないのか!


「あっちにも、あたしにも、選ぶ権利ってものが――」

「だってアズラエル、断らなかったの。パーティーだっていったら来るって。……じつはあたしも、ちょっと不思議に思った」

 ミシェルは首を傾げた。

「まぁ――昨夜も、ルナにものすごく気がある、という感じではなかったし、でも、数合わせで来たわけでもなさそう……だよね? 昨日はルナを追っかけて帰ったから、ホームパーティーのことは今朝話したけど、『ヒマだから行ってもいいよ』って感じで、ものすごく乗り気というわけでは」

 ミシェルはさらに反対側に首を傾げた。

「あの人、イヤなことはイヤってはっきり言いそうだから、ルナに興味なきゃ、今日は来なかったと思うんだ」


 ミシェルのいうことも一理ある。


「クラウドの話じゃ、アズラエルが女を送っていって、そのまま帰ってきたのは初めてだって」

「それは皮肉かな?」

 ルナもほっぺたをぷっくりさせたまま、首を傾げた――しかめっ面で。

「皮肉じゃないと思う。クラウドも、アズラエルの反応がよく分かってないみたい」


 暖簾(のれん)に腕押し、というか。ルナと付き合う気はありそうなのか、なさそうなのか、それもよく分からない。


「まぁ……年齢差もあるしね」

 ミシェルはひとりで納得して、うなずいた。

「クラウドが、ルナは今までアズラエルがつきあってきたタイプとぜんぜんちがうともいってたし……ホントのとこ、どうなんだろうね?」


「たぶん、言葉通りヒマだから来ただけだと思うよ」

 ルナは目を座らせて、コーヒーを人数分のカップに注いだ。

「あ、でも、リサ狙いってとこは、否定してたよ」

 クラウドも同じことをいった、とミシェルが念押ししたところで。


「手伝おうか?」


 小声でこそこそ話していたら、けっこうな時間が過ぎていたらしい。クラウドがにょき、と顔を出してきたので、ミシェルはあわてて、「今行くから!」と叫んだ。


「ルナちゃん、昨日あれだけ飲んだのに、ぜんぜん二日酔いじゃないんだ。すごいね」

 アズと相性がいいかも。

 そういいながら、彼は物おじせず、女の子二人の間に入ってきた。ルナがお盆を出すと、クラウドは上機嫌でカップを四人分、お盆に置いて持っていった。

「言ってくれれば俺がやるのに」

 超がつくご機嫌な様子なのは、ルナにもわかった。鼻歌すら流れていたかもしれない。


 ミシェルはクラウドの背中を(にら)みながら、「……なんかね、不気味なくらいマメだし親切なのよ……」とルナに耳打ちした。

 その顔は、恋人とラブラブ一日目! というよりかは、困惑に満ちていた顔だったので、ルナはどことなく安心したのだった。

 昨夜、アズラエルにいわれたことを忘れたわけではないのだ。


『L77の女って、こんなに不用心なのか?』


 昨夜のアズラエルの話によれば、おそらく今回の飲み会は、クラウドがミシェルにひと目ぼれしたことがキッカケかもしれないのだ。

 ミシェルはそれを知っているだろうか。

 ミシェルと二人だけで話したかったが、なかなかそれがかなわない。

 テーブルにもどれば、すぐパーティーの話になった。


「えーっと、リサとミシェルはワインを買いに行くっていってたし、キラとロイドは、キャンドルの調達。あたしとクラウドが、部屋の飾りつけ――」

「パーティーってハロウィン? それともクリスマス?」

 ルナが聞くと、クラウドが笑顔で答えた。

「あー……まぁ、どっちでも。ハロウィンには遅いし、クリスマスには早いよね」

「う、うん……」


 ルナはまだ、この超絶イケメンスマイルに慣れない。おそらくミシェルもだ。

 ミシェルは昨夜、彼の部屋に泊まったのだろうか。クラウドとつきあうことにした? 

 聞きたいことは山ほどあったが、なかなか聞ける空気にならない。


「美味いな、このコーヒー」


 ここに至るまで小一時間、ほとんど表情のなかったアズラエルが、初めて口元を緩ませた。

 不思議なのだが、愛想がいいクラウドより、アズラエルのほうが人間味のある顔をしている気がする――無表情だし、コワモテなのだが。


「美味しいでしょこのコーヒー! 近くのリズンってカフェで売ってるブレンドなの」

「へえ」


 ミシェルはすっかりこの二人と仲良くなったようで、もう呼び捨てだ。ルナだけが置いてけぼりになったような感覚だった。


「ふたりで行ってみれば?」

 ミシェルの言葉に、ルナはしゃきーん! とウサ耳を伸ばしたが、アズラエルの反応は特になかった。


「それで、俺とルナは、メシをつくればいいのか」

(――ん?)


 ミシェルの言葉にはちゃんと答えを返さなかったけれど、アズラエルはそう言った。

 ルナの聞き間違いではない――と思う。


「ふたりはごはん担当でもいい? ルナのごはん、美味しいよ」


 ミシェルがハードルを上げるので、ルナは、「あ、あたしは、パーティーメニューは苦手で……」というほかなかった。ふだんの食事はそれなりにつくってはいるが、華やかさを求められると困る。


「アズのごはんも、おいしいよ」


 どうやら、聞き間違いではなかった。クラウドの言葉に、ルナとミシェルはワンテンポ遅れて、「ん?」と聞き返した。


「アズのごはんは、ママの味」

「だれがママだ」


 むくつけきママは、凶悪な顔でそう言った。






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