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キヴォトス  作者: ととこなつ
第三部 ~鳳凰城篇~
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71話 四神結集の儀 1


「ミヒャエル」


 カザマは、意外な人物から呼び止められた。同じ特別派遣役員。顔は見知っていても、話しかけられたのは初めてだった。


「あら、メリッサ」

「あなたをさがしていたの」


 すこし早口で、彼女は言った。声色は固く、焦っていた。

 カザマがメリッサに連れてこられたのは、中央区役所を出てすぐの喫茶店だ。ここはいわゆる「特派」と呼ばれるカザマたちのような役員御用達(ごようたし)の店で、店内に三組入ると、cLoseの札がかけられる仕組みになっている。それ以上の客は入れない。


 店内はずいぶん広い。席は三十ほどもあるだろうか。だのに定員は三組。

 三組の客も、それぞれ離れた場所に案内される――内密の話をするのにうってつけの場所であった。

 こういった店が、船内にはいくつか点在する。


 古き良き、クラシカルなタイプの喫茶店。飴色(あめいろ)に輝く、使い込んだイスとテーブルが出迎えてくれた。


「いい店ね」

 カザマは、この店をつかったことがない。


 ふたりのほかに客はいない。席に着くなりメリッサは、「バターチャイを」と言った。カザマは懐かしい響きに口元をゆるめて、「同じものを」と言った。

 L03出身者なら、だれでも懐かしがる味だ。


「役所の近くに、出してくれる店があるなんて知らなかったわ」

「そうね。バターチャイが置いてあるのは、このあたりじゃここだけかもしれない。わたしもこのあいだ知ったの」


 同じ特派であり、同じ出身星でありながら、カザマはメリッサと話したことがほとんどなかった。互いに多忙だということもあるし、メリッサは地球行き宇宙船の役員になってまもない。特殊な経歴ゆえにすぐさま特派に抜擢(ばってき)されたが、役員としての経験年数はカザマのほうが長かった。


 バターチャイが運ばれてくるまで、どこか緊張した――主にメリッサのほうが――空気のなかで、ぎこちない会話を交わしたあと、お互いに熱々のチャイを一口飲んで、こわばらせていた肩をゆるめた。


 吐息ひとつ。


「じつは、個人的なお願いがあって」


 カザマが用向きを尋ねるまえに、メリッサが本題に入った。


「個人的な願い……」


 メリッサの印象は、カザマにとっては悪くない。仕事上のことではなく、個人的な願いというのに一瞬構えたのはたしかだったが、どんな話かはまだ聞いていない。

 メリッサは相変わらず固い口調で尋ねてきた。


「たしかめておきたいのだけれど――今回のあなたの担当船客は、L77の女性だって。合っている?」

「……ええ」

「姓は省くけれど、ルナさんと、ミシェルさん、リサさん、キラさんで間違いがない?」

「ええ」


 個人的な願いというわりには、カザマへの質問は、カザマの担当船客の確認だ。

 カザマは少し用心した。

 なぜなら、今回のカザマの担当船客は、「L03の高等予言師の予言に記された人物」――という、特派が担当する船客の中でも一番厄介で、一番担当役員としての判断と対応が難しい船客だからだ。


 女性の特派は通称「プランナー」という。

 企画や計画を立てるもの、または立案者という意味だ。


 女性の特派ほど、その名からかけ離れた役目を負うものはなかった。

 なぜなら、すべての計画と立案を、根底からひっくり返されることは通常なのだから。


 そして、「L03の高等予言師の予言に記された人物」とは、まさしくそのもの――いや、「それだけ」に過ぎない。


 予言に記されているというだけで、なぜ船客となったのか、どのような対応をすればいいのか。

 彼らが宇宙船に乗るとなにが起こるのか――それすらほとんど分からないのだ。


 しかし、なにも起こらないというわけではない。彼らはほとんど「台風の目」である。

 なにかしらの、人知が及ばない、とてつもないことは起こすか、起きる。


 もとより、それだから「L03の高等予言師の予言に記された人物」として厳重注意下に置かれると言ったほうが正しいかもしれない。


 ことごとくに、「計画」などまったく役に立たない、臨機応変の対応を求められる。


 それに、ほぼ白紙の状態で対処していかねばならないのだから、「プランナー」の苦労がしのばれる。


 今期のメリッサの担当船客も、最重要人物であった。


「ミヒャエル、あなた、わたしの担当船客を?」

「ええ。知っているわ」


 メリッサが次期サルーディーバとその妹の担当役員であることは、特派の間では周知の事実だった。


 L03という星の実質「王」であり、世界的にも「生き神」として有名なサルーディーバ。


 かの存在が地球行き宇宙船に乗ったことは、長いL歴、一度だけしかない。


 今回乗船したのは、次期様、と呼ばれる跡継ぎのほうだが、それでも、現在のL03の政変の件もあって、常よりいっそう、気を配らねばならない船客であることはちがいなかった。


 しかし、サルーディーバの周辺は静かなものだった。メリッサの手腕は素晴らしく、マスコミも、崇敬者も、いっさい彼らのそばに近づけない。


 メリッサ本人にも、地球行き宇宙船の特派管理室から送り込まれたボディガードがついているはずだった――この喫茶店の中まで入っては来ないようだが。


「……サルーディーバさまのほうでなくて、妹のサルディオーネさまをご存知?」


 カザマはうなずいた。「面識は、もちろんないけれど」


 次期サルーディーバの妹であるサルディオーネ――「星を読むもの」と称される妹のほうも、また有名だった。

 若くして「ZOOカード」と呼ばれる世紀の占いを生み出し、その術者として、世界を駆け巡る日々を送る、多忙な人物。


「あなたに会いたいと、おっしゃっているの」

「わたくしに?」


 カザマがなぜと尋ねるまえに、やはりメリッサが答えた。


「実は、K05区で、おふたりが――サルーディーバさまとサルディオーネさまが――あなたの担当船客と接触を」

「接触」


 メリッサは困惑顔で言い直した。


「そうね――わたしもなんて言ったらいいか――そのままを言えば、ご友人になったと、そうおっしゃっていたわ」

「……」


 メリッサが戸惑うのも無理はない。カザマも、にわかに返事ができなかった。


 サルーディーバ姉妹の実家はL03の中級貴族出身者であり、上級貴族ほど、ガチガチではない。つまり、古来のしきたりにのっとって、L03から出られないとか――そういった規律はまだゆるいほうだ。


 現に、妹のアンジェリカ(サルディオーネ)は、L5系の星で高校生活を送っている。


 しかしまぎれもなく、彼女は今「星賓(せいひん)」と呼ばれる立場であり、普段からボディガードに囲まれる生活だ。

 一般人であるルナたちとは、どうあっても「友人」にはなりがたい立場である。


「サルディオーネさまがご友人になったのは、ルナさん。それから、会合には、アントニオさまもご出席してらしたそう」


 メリッサの言い方では、ルナがなにやら高貴なパーティーに出席したかのようだったが、実際は、神社のふもとの料亭で、海鮮丼を食べるだけのパーティーだった。


「サルディオーネさまは、L5系で学生生活を送っていらしたので、そのあたりはものすごく――その――垣根が(ゆる)い方だわ。だからわたしは、L77の子と友人になったというのを聞いても、さほど驚きはしなかったの」


 メリッサは言い、カザマはうなずいた。

 真砂名神社のふもとで、というのにも、カザマは納得した。あのあたりは、サルーディーバやサルディオーネがひとりで歩いていても、おそらく問題は起きない区画だからだ。

 そして、ルナと彼女らの接触に、アントニオが一枚噛んでいるのは間違いがなかった。


「分かったわ。“個人的”に、サルディオーネさまがわたくしに会いたいとおっしゃっているのね」


 カザマは冷めたバターチャイを飲み干した。


 仕事上、ではなく「個人的」に――そこには重要な意味がある。

 宇宙船を通じ、公的に会合を設けてしまうと、多数のボディガードや関係者に囲まれての会話となる。それを、避けたいためか。


「サルディオーネさまのご予定は」

「あなたが会いに来られるのなら、いつでもかまわないと」


 カザマは腕時計をちらりと見て、「今日の午後一時はどうかしら」と言った。相手方も、おそらくは早いなら早いだけいいと言ったところだろう。


 メリッサは電子端末でサルディオーネの予定を検索し、それからメールを送った。返事はすぐさま来た。


「サルディオーネさまはご在宅だったわ。では、午後十二時五十五分に。区役所ロビーのシャイン・ゲート前でいいかしら」


 話がサクサク進んでいくのは小気味よかった。カザマが手を出す前に、メリッサが会計をするために立ち上がった。


「ここは、いいわ」

「そう? ごちそうさま」





 午後十二時五十五分きっかりに、カザマはシャイン扉の前に向かった。区役所ロビーの食堂でランチを取ったので、どうせならメリッサも誘おうかと思ったのだが、彼女はデスクにいなかった。

 カザマがついたとたんに、シャインの扉は開いた。


「時間きっかりね。よかったわ」


 メリッサが現れて、扉を開けたまま、カザマに入るよう促した。


 指が画面に触れると、メリッサの生体認証を読み込んだシステムがすぐさま通路を開いた。扉が開いた先は、豪奢な廊下の端だった。まっすぐ向こうに、本来なら大きなはずの大扉が、だいぶ小さく見えた。


 L03の装飾が施された高い天井と、群青のイアラ鉱石がしきつめられた床を歩く。同系色の絨毯が敷かれた床は、ほとんど音を立てなかった。


 廊下の端々では、L03の王宮護衛官の衣装を着た大柄な男がふたり、門がまえのようにそびえたち、カザマを睨み据えている。


「こちらへ」


 スーツ姿のメリッサを追い、カザマは二、三度廊下を曲がり、こういった「王宮」にありがちな、複雑な迷路じみた廊下を抜けた。


「ここはかつて、アノールの王族が乗船したときにつかった住居だそうよ」


 K03区画で唯一の、「城」である。


「サルーディーバさまは、小さなお屋敷を望まれたのだけど、連れてきた家臣の方々が納得しなくて――でも、わたしも、ここでよかったと思うわ。すくなくとも、セキュリティは万全なの」


「そう――そうね、そうだったわ。――呆れた。わたくし、間違えたわ」


 カザマが急に止まったので、メリッサは振り返った。


「どうしたの」

「わたくしとしたことが――サルディオーネ様方の、昼食の時間に重ならない? とんでもない時間にアポを入れてしまったわ」


 L03の貴族の食事時間は、午前九時に朝食、二時から四時までの豪勢な昼餉、夕食は午後九時にさっぱりしたものを食べる習慣になっている。

 午後一時は、昼餉(ひるげ)に招かれた客以外は、貴族にとって失礼にあたる時間だ。


 カザマはL03出身でありながら、それをすっかり忘れていた。それだけ、L03を離れて長いということでもあったかもしれない。


 カザマの戸惑いを、メリッサは笑い飛ばした。


「サルディオーネさまは、貴族の日程で生活なさってないわ。忙しい方よ。朝も昼も夜も、取れるときにいただく方。心配いらないわ、この時間で許可を取っているのだから」


 サルディオーネが待つ大部屋に着いたのは、それからまもなくだ。カザマには、ここが三階であることが分かるのみだった。この城は、侵入者を混乱させるような造りになっている。


 しかし、着くべき場所は分かった。大扉の前に、王宮付きの侍女が待ち構えていたからだ。


「サルディオーネさま、メリッサが参りました」

「通して」


 すかさず返事があった。

 分厚い木の板をそのまま使い、彫刻を施した重い扉が、屈強な王宮護衛官たちの手によって開かれる。


「こんな格好でごめんね」


 サルディオーネと呼ばれた女性――いや、その童顔も相まってか、少女にすら見える女性は、生地もくたびれたジャージを着ていた。


 こんな格好というだけはある。前時代的な部屋のなかで、彼女だけが異種だった。


 くだけた口調で話しかけられても、王宮護衛官や侍女の前である。L03の作法にのっとってひざまずき、礼をしようとしたカザマを遮り、サルディオーネはその聡明な目を光らせた。


「やめてやめて。あなたにそれをされると、あたしも返さなきゃいけなくなる」


 どういうことかと顔を上げたカザマの視線の先に、サルディオーネの不敵な顔があった。

 彼女は、ゆっくりとカザマの周辺を巡りながらつぶやいた。


「ミヒャエル・Ⅾ・カザマ。またの名を“カーダマーヴァ”。カーダマーヴァ村の出身であるあなたには様々な名がある。“ギマシャ・カーダマーヴァ”(神童と呼ばれたもの)“リノゼ・カ・ジダ・イシュメタール”(イシュメルの加護を受けたもの)五歳を待たずして、カーダマーヴァ村の書物すべてを読破した神童。そして」


 サルディオーネがくるりと振り返った。


「“真昼の女神(まひる めがみ)”をその身に宿す者」


 サルディオーネの言葉が宣告でもあったかのように――突如として、その場にいたすべての人間が――王宮護衛官、侍女たち、メリッサまでも――がカザマに向かってひざまずいた。


 メリッサも、「まさか」という語句がありありと書かれているような顔であったし、動転と混乱がひどいことは分かった。先ほどまでカザマを睨み据えていた護衛官たちは「お許しを」と口々にこぼす始末だったし、侍女は震えてさえいた。


 だれも、顔を上げられない。ご尊顔(そんがん)を拝することさえ(おそ)れているようだった。


 たった今、カザマはサルディオーネの客人から、彼らが崇拝する、太古の神になってしまったのである。


 普通の人間が口にしたなら、そちらの正気を疑うところだが、口にした人間が悪かったというほかない。


 困り顔のカザマの視線の前には、今度は同じ表情の、サルディオーネの顔があった。


「――ね? 言ったでしょ」




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