69話 二つの結婚式と、二つの贈り物 2
グレンが、マタドール・カフェに着いたときは、宴もすでにたけなわ、午後十一時を回っていた。
K05区からの帰りは雪道の上凍っていたので、予想外に時間がかかってしまったのだ。
今夜は、エドワードとレイチェル、シナモンとジルベールの結婚祝賀パーティー。
すでに一階から人であふれかえり、グレンは人ごみを縫って二階に行かねばならなかった。
一階の受付で名を告げ、会費を払い、持ってきた大輪の薔薇の花束がつぶされないよう頭上に掲げ、階段を上がる。こんなとき、周りより頭ひとつも背が高くてよかったと思う。
「よう、ルナ」
二階がメイン会場だ。隅に設けられた席にちんまり座っているルナを見つけ、人をかき分けながら行くと、ルナはほっとした顔を見せた。
「グレン、遅いよお」
「悪い。ちょっと用事あってな」
「周り、知らない人ばっかりなの。来てくれてよかった」
「おまえひとりか? アズラエルはどうしたんだ」
ルナが指した、マタドール・カフェの二階中央。そこはダンスフロア用に広く取られていて、優雅なクラシックに合わせて何人かが踊っていた。よく見ると、シナモンの相手をしているのはセルゲイで、レイチェルの相手をしているのがアズラエルだった。
レイチェルはペパーミント・グリーンのシンプルなドレスで、シナモンは真っ赤なドレス。ふたりとも、小ぶりなベールとティアラをつけている。花嫁衣装の装いに、見えなくもない。
卒倒するほどアズラエルを怖がっていたレイチェルは、ケーキを焼いてくれたことがきっかけで懐いたのか、今日はエドワードと踊った以外はアズラエルにべったりだった。アズラエルの兄気質は、レイチェルも悟ったらしい。今日は、なにくれとなく話しかけてくるし、そばにいてと言って、ルナとアズラエルを自分のそばから離さない。
「ふうん。……で? やきもちでも妬いてんのか」
「うん。アズのほうにね」
ルナは、ぷうと頬を膨らました。
「なんかね。妹取られちゃった感がするの」
グレンは吹き出した。
「ミシェルもクラウドもね、下に飲み物取りに行ったままもどってこないし。リサとミシェルも下からもどってこないの」
下の階は上以上に大混雑だった。たぶんハマって動けねえんじゃねえか、とグレンが言った。
「俺と踊るか? ウサギちゃん」
「え? あたし無理。踊れない。知らないもん」
「俺が教える。次の曲で入ろう」
「え? え? むりだよう」
どっちの足から出るのかもわかんないのに。ルナが困っていると。
「グレン! 来てくれてありがとう!!」
シナモンに、うしろから思いきり抱きつかれて、グレンは危うく前につんのめりそうになった。さっきまでシナモンと踊っていたセルゲイが苦笑している。
「お、おお? 結婚おめでとう。シナモン?」
「きゃあステキ!! キレイなバラね♪ ありがと!!」
グレンから手渡されたバラを抱え、シナモンは「こっちよ、来て」とグレンの腕を引っ張って主賓席へ向かう。踊り終えたレイチェルとアズラエルもいた。
「結婚おめでとう。エドワード、レイチェル。それにジルベールに、シナモン」
「ありがとう。来てくれてうれしいよ」
「嬉しいわ、ありがとう」
グレンは四人と、代わる代わる握手を交わした。ジルベールがほとんど呆れ声で言った。
「シナモンと踊ってやってよ。アイツ、君と踊りたいって、ずっとそわそわしてたんだ」
ルナと踊る約束をしたんだが。
当のルナは、セルゲイが来てくれたのに安心して、セルゲイに向かってなにか一生懸命しゃべっている。
ルナから視線を外してシナモンを見ると、思わず笑いたくなるような期待の眼差しを向けられた。
素直なのはいいことだ。グレンは笑いを堪えながら、彼女の手を取った。
「じゃあ、奥さまをお借りします。失礼」
グレンは、大仰に、腰を曲げて礼をした。
「お相手いただき、光栄です」
シナモンは、キャーキャーと喜び、グレンに手を引かれるまま、中央へ躍り出た。
「ルナー、ごめんね。ほんっとヤバいことなってる下。一回行ったら三十分はもどってこれないよう」
ミシェルが、クラウドと一緒に、シャンパンとウィスキーの瓶を三本ほど抱えてもどってくる。惣菜もだ。下の、バイキング形式に食べ物が並んでいるテーブルから、皿に盛れるだけ盛って。
「好きなの持ってっていいっていうから、勝手に持ってきた。ここで水割り作って飲んでたほうが――あれ、セルゲイ?」
「やあクラウド」
「君も来てたの? エドワードたちと知り合いだった?」
「はは。いや、このあいだルナちゃんたちとここで飲んでいたときに知りあって。やあ、ミシェルちゃん」
「どもです」
ルナのところにクラウドとミシェルがもどってきたので、アズラエルはほっとした。セルゲイもいる。あいつはでかいからすぐわかる。
このあいだバグムントから話を聞いたときから、ルナをひとりにしておくのが心配でならなかった。取り越し苦労だとは分かっていても。
早くあっちへもどりたいのだが、この「妹」が離してくれない。
「ルナにはピンクね。でしょ?」
レイチェルの声に、アズラエルは苦笑しつつうなずいた。ルナの花嫁衣装の話をしていたのだ。
「もう! ちゃんと聞いて――ピンクのね、レースいっぱいのがいいの。ベールもコサージュいっぱいつけて、」
「おまえのつけてるティアラも可愛いじゃねえか」
「そうね。でもルナには真っ白のドレスも似合うと思うの。それでね、年を越したら、ブーケを投げるから。ルナに投げてあげる」
「アイツ、うまくキャッチできるかな」
「ルナに言ってあるもの。ちゃんと取ってねって……、」
どこからともなく、秒数をカウントダウンする声がした。もうそんな時間か。
やがて、それがざわめきのように広がり、いくつもの声が重なった。
大きなデジタル時計が、00:00を指す。
年が明けた。
「ハッピーニューイヤー!!」
盛大な歓声とともに、あちこちでグラスの重なる音。
グレンはシナモンとジルベールとグラスを合わせ、アズラエルはレイチェルとエドワードとグラスを合わせた。
ルナも、ミシェルとクラウドと、セルゲイとカップを合わせる。
レイチェルが、「ブーケ投げるわよ!」と叫び、ルナめがけて投げた――はずだったが。
「うおっと!!」
男らしい声を上げて、受け取ったのは、レディ・ミシェルだった。ルナもあわてて手を伸ばしたのだが、ブーケはまっすぐミシェルめがけて落ちていった。
「……ごめんね、失敗しちゃった」
あたしがルナで、シナモンがミシェルに投げる予定だったの、と悲しげにレイチェルがいい、アズラエルは「しかたがない」と笑った。
ミシェルが階下にいるものと思って、茶色い頭めがけてブーケを投げたシナモンは、二階のルナの隣にミシェルを見つけ、「げっ! まちがえた」とつぶやいた。
ちなみに、階下に投げたブーケは、デレクの頭に落ちたらしい。
「ミシェル、来年――あ、もう今年か。結婚かもね!」
ウキウキとルナに言われ、ミシェルはなぜか青ざめた。
「え? え!? ヤダよあたし。ルナにあげる!」
「だっ、だめだよ! ミシェルがもらったんだから持ってなよ!!」
「いやだよあたしまだ結婚なんてしたくない!」
クラウドが、結婚なんてしたくない、と言われて、新年早々絶望的な顔をした。
「……やめてよ。泣かないでよ……?」
「泣いたら結婚してくれる……?」
「どういう脅しだよ! 泣いたって結婚しないからね! つかそういう問題じゃないし!」
ルナもセルゲイも笑った。やっと、リサとメンズ・ミシェルももどってくる。
「明けたね! 新年あけまして、おめでとう!」
「やっと、抜け出せたよ……」
ミシェルとリサも酒を取りに行って、出られなくなったらしい。
「ルゥ」
アズラエルがめのまえにいた。
「あけまして、おめでとう」
ルナはアズラエルの腰にギュッと抱きついて、自分も同じ挨拶をした。グレンもやってきて、新年の挨拶をしたので、ルナは条件反射で抱きつこうとしたが、アズラエルに頭をがっとつかまれて止められた。
トラとライオンの睨みあい数秒。今年最初の。
「やれやれ。成長がないこどもたちだね」
セルゲイが、ルナの頭を撫でてそういったので、みんなが笑い、アズラエルとグレンは苦虫を噛み潰した顔をした。
地球行き宇宙船に乗って、まだ二ヶ月。
――新たな一年が、始まろうとしていた。
第二部 完




