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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
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68話 二つの電話と、二枚の写真 1


 グレンの帰宅を待っていたかのように、電話が鳴った。


 この携帯電話の番号は、「地球行き宇宙船内にいる人間」しか知らない。

 バイト先の連絡はほとんどメールで済む。つまり、今自宅にグレンがいる状況で、グレンに電話してくるヤツは担当役員くらいしかいないはず。


 出ないでおこうかと思ったが、一応、液晶画面に並ぶ数字の羅列をたしかめた。意外な相手に驚いて、あわてて出る。


「――オトゥール?」

『やあ。メリークリスマス。グレン先輩』

「おまえ、どうしてこの番号を知った」

『それは聞かないでもらえる? ……すまないけど、盗聴される危険があるから、時間制限がある。早めに用件だけ話すよ』

「久しぶりの電話なのに、懐かしがってる余裕はないか」

『残念だけど』


 オトゥールは、グレンの学生時代の後輩にあたる。

 それも、グレンの次に生徒会長になった、ドーソンと並ぶ名門ロナウド家の長男だ。グレンにとっても、気の置けない友人だった。


 傭兵差別主義、おのれが軍事惑星一の血筋だと思っているドーソン一族と、傭兵をなにかと贔屓(ひいき)するロナウド一族とは犬猿の間柄だが、その嫡男同士は仲が良かった。


 ドーソン一族には、グレンがオトゥールと仲良くするのをよく思わない人間はたくさんいたが、オトゥールの父親のバラディアたちに、グレンの評判は良かった。


 オトゥールはアズラエルとは幼馴染みだが、それとは別の付き合いで、グレンとも交友が長い。


 グレンがこの宇宙船に乗っているのは、アズラエルから聞けば知れるだろうが、なぜこの携帯電話の番号が分かったのかが疑問だった。


 それにしても何の用なのか。まさか、クリスマスの挨拶のためだけに、電話をしてくるわけはない。


 彼は、ロナウドの次期当主として多忙だし、今の軍事惑星の混乱を(かんが)みれば、旧友にクリスマスの挨拶をしているヒマなどないはずだった。


『率直に言う。グレン、なにがあっても、L18にもどってきてはダメだ』

「――そんなことだろうと思ったぜ」


 今朝、叔父のユージィンから電話が来たことを話すと、オトゥールの見えない顔が引き締まった気がした。声が、ますます固くなる。


『いいかい? グレン、落ち着いて聞いてくれ』


 オトゥールは、なぜか激昂(げきこう)するのを押さえる調子で言った。


『……マルグレットとレオンが、先週死んだ』


「なんだって?」


 グレンの全身が凍りついた。のどが冷気にさらされ、冷やりとした雪のかたまりを背中に押し込められたような気がした。


『表向きは、L11へ移送されているうちの事故で死んだと。マルグレットとレオンは、ドーソン一族への反逆罪として、L11へ送られたんだ』

「な、――なんで」


 なんで、といいかけて、グレンはマルグレットの悲壮な決意を思い出した。

 まさか、ほんとうに?

 あのとき、グレンの病床で言った言葉そのままに、決起を起こしたのか?

 マルグレットが?


『レオンたちは君に連絡を取ろうとしていた。君を捜していたんだ。でも、君のゆくえは(よう)としてつかめなかったから、自分たちだけでやった。だが、だいぶ過激だった。君のように、古株たちを刺激しすぎないように、ぎりぎりの線で実行するということをしなかった。真っ向から、反乱したんだ。――まるで、バブロスカ革命のように』


「バカな――ことを」

『君がそれを言うのか』

「当たり前だろう!!」


『君なら、しかしそういうだろうと思ったよ。君なら彼らを止めただろう。いや、もっと慎重に事を図ったかもしれない。だけど、彼らの計画も、実行も――すまない。(あら)があった。ほとんど自棄(やけ)になったというような――信じられない。あのマルグレットが』


 グレンはかろうじて激情をこらえた。

 そうだ。あのマルグレットが。


『いくら虫の息とはいえ、ドーソンの古だぬきたちが、そんなに生ぬるいわけがない。彼らが軍を起こして、ユージィンの屋敷を包囲するまえにコトは発覚した。ユージィンは、非情な処分を下した。ドーソン一族への反乱の首謀者として、マルグレットとレオンをL11送りにした。――事故というのは、その途中で始末した。そういうことだ』


 バカな――。

 なんということを。


 レオンもマルグリットも、知らぬ顔ではあるまいに。幼いころから知っている、親戚のこどもを、ユージィンは何の躊躇(ちゅうちょ)もなく殺したというのか。


 ――いや。

 彼はもう、グレンでさえ、処刑しようとしたのだ。


『彼らは、必死で君を捜していた。いまもなおL18に残っているドーソンの宿老たち――ユージィンたちを滅ぼして、君を王座に迎えれば、きっとドーソン一族も盛り返せると、そう信じていたんだ』


 グレンが息を詰まらせている。それはオトゥールにも分かった。

 ドーソンの嫡男にしては、優しすぎる性格を持ったこの男は、泣くだろうと分かっていた。でも、伝えなければならない。


『君が、君より若いドーソンの後輩に、傭兵の差別はよくないものだと教えた。ドーソンの差別主義の考えは、くだらないものだと。本来なら、傭兵も自分たちも同じ人間で――なにひとつ、変わらないのだと。君が教えなければ、何も変わらなかった。君は、傭兵を「軍隊」に仕立て上げることまで成し遂げた。――ロナウドの嫡男の俺ですら、できなかったことを』


「ふたりが死んだのは、俺のせいだっていうのか!!」

 グレンが思わず叫んだ。


『――そうだ。その通りだ。君のせいだよ。グレン。君が彼らに教えなかったら、彼らは傭兵差別主義のドーソン一族のひとりとして、ユージィンと変わらない傲慢(ごうまん)な性質を宿したままだった。あんな死に方をすることはなかっただろう』


「……ちくしょう!!」

 ダンッと壁に拳を打ち付ける音が聞こえる。


『だからだ、グレン。絶対にL18にもどらないでくれ。彼らの死を、無駄にしないでくれ。彼らは、君の帰りを望んでいた。君がもどってくれば、ドーソン一族は滅びないと――きっと、新しく生まれ変われると思っていたんだ。ドーソンを滅ぼしたくないと、彼らなりに頑張った結果だった。だけど君には分かっているはずだ。もはやドーソンは崩壊する。俺と、……ロナウド家とマッケラン家――軍事惑星は、それを待っている』


「……!!」

 グレンの涙交じりの、唸り声しか聞こえなくなった。


『俺が電話しなくても、いずれ君の耳に入ったことだ。君を連れもどすために、ユージィンが話したかもしれない。これを知れば、君は絶対L18にもどろうとする。だから、俺が伝えたんだ。絶対に、L18にもどってはダメだ』


「……俺がもどらなければ、まだ死人が出る」


『それはちがう。グレン、君が今、L18にもどってもできることはなにもない。君の一族は、滅びゆくのを見ておれずにあがく老人たちか、滅びを促進させる若い過激派しかいない。どっちにしたってドーソンは滅びる。俺たちがそうするからだ。君はどっちに転んでも利用されてドーソン一族の矢面に立たされる。意地でも、もどらないでくれ。君と敵同士になりたくないんだ』


 オトゥールの声にも、涙が混じっていた。


『君は、俺がこの世でもっとも尊敬するひとなんだ』

「バカを言え!」

『ドーソン一族の人間に、尊敬できる人間はいないと思っていた。でも、君はちがった。俺がやりたいと思っていたことを、よくもまあ次から次へと――傭兵を生徒会に入れたことも、校則をかえて、傭兵と将校の不平等をなくしたことも、傭兵の軍隊を作ったことも、――みんな、俺が行う前に君が成し遂げてしまった。君は分からないだろう。君がしたことが、どれだけ今L18に影響を及ぼしているか。考えたこともないだろうな』

「……」

『だから、君に死んでほしくない。君には生き延びてほしい。決して、滅びゆく一族と、運命を共になどしてほしくないんだ』


「……オトゥール」

 グレンの声が哀願を帯びた。

「……頼む。エリザやケイト――カイン……。まだいる。ドーソンの若手に、……きっと、同じことをするヤツは出てくる。……あいつらを、助けてくれ」


『……努力するよ』


 オトゥールが、自分を安心させるために言っていることは分かっていた。もう、手遅れなのかもしれない。


『そろそろ時間だ。――今度は、まったく別の方法で、君と連絡を取る。一ヶ月後に。……じゃあまた、先輩。――おやすみ』


 グレンの返事はない。


 電話が切れると、グレンは背を壁にもたせかけて、ずるずると床に座り込んだ。手から、電話がこぼれ落ちた。


「――どう、どうか、したのかい? グレン」


 グレンが叫んだのや、壁を叩いた音が、隣室にも聞こえていたのか、エレナが心配そうな顔でのぞき込んでいた。電話が終わったので、話しかけたのだろう。


 エレナは目を見張った。グレンが――泣いている。


「グレン……」


 目を覆い、肩を震わせるグレンにエレナは駆け寄り、抱きしめようとしたが、彼の手がさえぎった。


「悪い」グレンは言った。「ひとりに、してくれ」


 エレナは無言で一度、グレンの髪を撫でると、自身も泣きそうな顔で、だまって部屋を後にした。


 ――俺には、できることは本当にもう、何もないのか。

 だれか、教えてくれ。


 暗闇の中で、グレンは一晩中、声を殺して、泣き続けていた。




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