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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
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67話 再会 Ⅳ 2


 グレンの叔父、ユージィンは、グレンの父バクスターのいとこであり、今、砂上の楼閣であるドーソン一族の屋台骨のひとりだ。


 恐ろしく切れ者で、油断のならない人物――。


 ドーソンの有力者がほとんど、牢獄の星L11に送られた今、彼だけは辛うじてL11行きを免れていた。 

 彼の、一族での重鎮ぶりからして、様々な事件にかかわっているはずだが、いまだにL11に送られないのが不思議だ。

 あの切れ者は、真っ黒なはずなのにL55の追跡をことごとくかわし、いまだにしょっ引かれていない。


「俺はな、あの叔父にだいぶ嫌われてる」

「どうして?」

 ルナが聞く。

「俺が、叔父の気に食わないことばっかりするからだよ。――俺は、この宇宙船に乗るまえに、少佐として最後の戦争に行った」


 グレンは苦笑しつつ、ルナに説明した。

 そこでグレンは、ドーソン一族として、一番「してはいけないこと」をした。

 それは、傭兵グループを軍で丸ごと買い取って、傭兵だけの「軍隊」を作り、その軍隊で――上層部の作戦をまったく無視した奇襲作戦を行い、勝利を収めたことだ。


「俺は軍法会議にかけられた。作戦無視、軍紀違反、十回ぐらい牢にぶち込まれるだけの違反をしてだな、でも、俺の親族が最も許せなかったのは、俺が傭兵の「軍隊」をつくっちまったってことなんだ」


 傭兵を集めて「正規」の軍隊を作った。

 まだ傭兵に寛容なL19のロナウド家も、L20のマッケラン家も、作ったことのなかった傭兵の正規兵を――よりによって、傭兵差別主義を掲げるドーソン家の嫡男が実行し、犠牲者のほとんどない――大勝利を収めてしまったのだった。

 軍法会議での、ユージィン叔父の怒りの形相が、グレンは忘れられない。


「ユージィン叔父は、俺が直系じゃなかったら、確実にあの場で俺を殺してたな」


 視線がレーザー光線みたいだったぜ、とグレンは肩をすくめた。


「……で、かなり端折(はしょ)るが、俺はなんとかまァ、宇宙船に逃げてきたわけだ」

「端折ったね」


 グレンがこの宇宙船に逃げるまでの過酷な道程を聞いているセルゲイは、そう言った。


「とにかく、あの叔父は、むかしから俺のことが気に食わなかった。俺がいなくなったことでせいせいしていたはずなんだが――」


 どう調べたのか、グレンの部屋に電話をかけて来て、やたら上機嫌で帰ってこいと言った。


「L18に帰るのかい!?」

 やめた方がいい、とセルゲイは言った。


「バカ言うな。もどらねえよ。俺はな、あそこから逃げてきたんだ」


 だが、叔父は、すべてを許すといった。一度は軍法会議で死刑にしようとさえしていた俺を。

 大嫌いな俺の存在も欲しいほど、今ドーソン一族は追い詰められ、人材が欲しいのか。


「そう思ってたらな、なんと叔父どのは陽気な声でこう言いやがった」


 なんとしてもおまえはL18に連れもどす。

 おまえの脳みそが無事に動いていて、生きていれば、手足の二三本なくなっていてもかまわん。


 ルナは、ワインをごっくんと飲み干してしまった。


「……だとよ。今、一族は風前の灯(ふうぜん ともしび)だ。嫡男としての俺の存在が欲しいだけだな」


 嫡男は健在だ、ドーソンはまだ揺るがないということを世論に示したいだけ。

 一生車椅子生活はゴメンだ。グレンはとぼけて言ったが、顔は強張っていた。


「あの人は、やるといったらやるよ――おまけに、今は、心理作戦部のA班の隊長をやってるそうだ」


「ああ?」

 さすがにそれには、アズラエルも声を上げた。


 ユージィンは、一度首相になったこともある、ドーソン一族では一番重要な人物のひとりだろう。階級は大佐だったはずだ。将位についていてもいい立場の彼が、曹長まで降格して、心理作戦部へ。


 心理作戦部のA班の隊長は、長いことダグラスが勤めていたが、謎の自殺を遂げたあと、グレンも知らないドーソンの遠縁が務めていたが、小物だったらしく、役には立たなかった。

 そこで彼が罷免(ひめん)され、後任にユージィンが着いた。


 ユージィンはまさしくドーソンの鏡ともいうべき、冷酷非情で、切れる男だ。

 あのエーリヒも、今度は簡単にA班を操ることはできまい。


「あのユージィン叔父が、自分から入ったということは、心理作戦部には、なにかある」

 グレンは言った。

「身の毛もよだつぜ。あの切れ者が心理作戦部にいるだなんて、なにしでかすかわかったもんじゃねえ」


 ルナはフォークとナイフを両手に持ったまま、固まってグレンの話を聞いていた。


「多分、俺を連れもどそうと、傭兵か何かが宇宙船に送り込まれてるはずだな。呆れるぜ。億単位のカネを出して宇宙船のチケットを買い、俺を連れもどすためだけに傭兵を送り込む。俺が抵抗したら、腕か足をもいででも、連れて帰るんだろうな」

 グレンはため息をつく。ワインをがぶ飲みした。

「あの叔父が心理作戦部にいて、俺を狙ってる? これがビビらずにいられるか」


「アズ!!」

 ルナが、はっしと、アズラエルの肘をつかむ。

「アズ、アズ、……ねえアズ!」


「……ンだよ。俺の知ったことか」

「グレンが死んじゃうかもしれないんだよ!?」

「死なねえよ。殺すとは言われてねえだろが。腕の一本くらい我慢しろ」

「なんてひどいこというの! アズ嫌い! 嫌いになるよっ!!」

「……あァ!?」


 どうして、俺がルナに嫌われなければならない。


「どうせL18にもどったら」グレンはワインをぐびぐびと、瓶をラッパ飲みし、口を拭った。「命はねえよ。……一族と無理心中だ」


「てめえ……わざとらしいんだよ。俺はてめえのボディガードなんかやらねえぞ」

「だれがてめえに頼むか腰ヌケ」

「――は? もっぺん言ってみろ。俺が先にてめえの腕へし折るぞ」


「デレク~!」


 一触即発のアズラエルとグレンの空気を、セルゲイの能天気な声が破った。吹き抜けになっている二階から、階下のデレクに向かって叫んだ。


「デレク、忙しいときゴメン。ルナちゃんにスパークリングワイン。あと、赤ワイン、もう三本ばかり追加で。自分で取りに行ったほうがいい?」


「持っていくから心配しないで!」

 デレクの怒鳴り声。


「やめなさいふたりとも」


 セルゲイが、一気に空になってしまったワインボトルを床において言った。


「グレンはだいじょうぶだよ。この宇宙船は、かなり警備が厳重なんだから。出入口もひとつしかないし、そこにも厳重なチェックが置かれてるでしょ? グレンだって、か弱い女のコじゃないんだから。傭兵のひとりやふたりノせるじゃないか。心配なら、担当役員のチャンさんに言えばいい。ルナちゃんに心配してほしい下心、見え見えだよ」


 たしかに、グレンにはそんじょそこらの低レベルの傭兵では歯が立たない。逆に沈められるのがオチだ。


「ダメ、俺。人なんて殴れない。お坊ちゃまだから」

「プロレスラーをタコ殴りにしたやつが何言ってやがる」

「そんな乱暴なヤツは俺じゃない――つまりだ。俺になにかあった場合、もうひとり、ルナを守るやつが必要だろう?」


 ルナは、三人の男の顔を真剣な顔で見た。

 あの椿の宿で見た夢が――ものすごく大きなことに発展しつつあるような気がした。


「ルナちゃん」


 セルゲイに呼ばれ、ルナははっと顔を上げた。


「私の過去を見たっていったけど――教えてくれる?」


 ルナは思わず、アズラエルとグレンを見た。

 このふたりの前で、あのセルゲイの過去を語るのか? とても、簡単に口に出せる過去ではないのだが――。


「いいよ。だいじょうぶ。私がふたりを呼んだんだから」


 ルナは、ためらいがちにセルゲイとアズラエル、グレンの顔を眺め渡したが、みんなルナの口が開かれるのを待っている。


「――分かった。じゃあ――あの、……話すね」


 緊張したが、ごくりとワインを飲みほし、深呼吸してから、話した。

 あの、真っ暗で不気味な、孤児院の廊下にたたずんだときから――。





「セルゲイ、だいじょうぶ?」


 ルナは、なるべく言葉を選んで話したのだが、次第にセルゲイの顔は真っ青になり、苦しげになってきた。ルナは途中でそう言ったが、「……だいじょうぶ、続けて」とセルゲイが言うので、しかたなく最後まで続けた。

 エルドリウスが、「この子も、天涯孤独になってしまったな」とつぶやくところまで。

 

「……なるほど。ほんとだね、グレンの言った通りだ」


 グレンもアズラエルも、修羅場を潜り抜けてきた軍人と傭兵なので、眉ひとつ動かさずに話を聞いていたが、言葉を失っていることはたしかだった。


「ルナちゃんの話は、驚くほど正確だ」


 セルゲイは、深く椅子に腰を沈め、ふーっとため息を吐いた。


「ごめん。――ちょっと落ち着いてもいいかな」


 セルゲイの手が震えていた。ルナは思わず、セルゲイのそばに寄って、その大きな両手を握った。アズラエルもグレンも、セルゲイの手は握らなかったかわりに、何も言わなかった。


「実際、二十年経ってもトラウマなんだ。ほとんど記憶がないのに、……物置とか、狭いところはいまだにダメ。暗いところで眠れないんだ」


 ルナはハンカチでセルゲイの額の汗を拭き、「ご、ごめんね、思い出させちゃって……」と半泣きになって言った。

 やっぱり、言わなきゃよかった。


「――ルナちゃん、いいんだよ、だいじょうぶ」


「デレク! あったかい紅茶を一杯くれ!」

 アズラエルが、階下に向かって叫ぶ。


「ありがとう、アズラエル。……あの物置に飛び込んできてくれたのはルナちゃんじゃなくて、実際はデレク。デレクが来てあの男を捕まえて、私を保護してくれた」


 セルゲイは、ワインを一口飲んだ。気付け薬代わりにでもするように。


「私の中では、一年もあそこにいたような気がしてたんだけど、実際は一ヶ月もたってなかったそうなんだ。私は運が良かった。私以外の子供たちは地下で、毎日三人ずつ惨い殺され方をしていたらしい。私はあの物置の男に気に入られて、物置にしまわれてたんだよ。だから、命は助かった。でなければもうとっくに順番が回ってきて、私はこの世にいなかったはずだった。私は、自分と同じ子どもたちが殺されるところを何回も見た。でも、その様子は思い出せない。思い出そうとするとすごい頭痛がする」


 ルナも震えた。思わず、セルゲイの両手を握る力が、強くなった。

 ……セルゲイ、とても怖かっただろうに。


「さらわれて来るまえのことは、覚えているのか?」


 グレンの問いに、セルゲイは、かすかに笑った。


「いや、それがね――あの記憶がトラウマ過ぎて、そのまえのこともウロ覚えになっちゃったんだ。自分は、L6系かL7系の田舎で、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしていて――学校帰りに連れ去られた。おかしな話なんだが、十歳なんだから、自分の住んでいた星のこととか、祖父母の名前も憶えてていいはずなのに、ぼんやりとしか思い出せないんだ。あそこから救出されて半年は、言葉もろくに話せなかった。エルドリウス――お義父さんと養子縁組をしたことも、覚えてない。私を育ててくれたシルビア――お父さんのきょうだいなんだけど、彼女のおかげだ。彼女は根気よく私を慈しんでくれた。毎晩うなされて飛び起きる私を、嫌な顔ひとつせず抱きしめてくれた。お義父さんもね。あの人たちの愛情がなかったら、私はいまごろ病院で暮らしていたかもしれないよ。……私は、ほんとに運がよかった」


 デレクが、紅茶を運んできた。セルゲイが真っ青なのを見て、驚いて言った。


「どうした? 気分が悪いの」

「ちょっとね――いや、平気だよ」


 アズラエルが紅茶にワインを垂らし、セルゲイのほうへやった。セルゲイは、それを一口飲んで、息を吐く。


「風邪が流行りはじめているから、体調悪かったら早めに病院に行くんだよ」 とデレクは言い、忙しい階下へもどっていく。


 それを見送り、セルゲイはつぶやいた。


「――エルドリウスお義父さんや、シルビアママだけじゃない。デレクは、命の恩人だ。私は、デレクに抱きかかえられてあそこを出た時のことははっきり、覚えてるんだ」


 デレクが、神様に見えたよ。

 そういって、セルゲイは笑った。少し顔色が良くなってきたので、ルナはほっとした。



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