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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
162/923

67話 再会 Ⅳ 1


 ルナが口ずさんでいるのは、定番のクリスマスソング。

 今日は、クリスマス・イブ。


 アズラエルは、ノートパソコンのディスプレイとにらめっこ。


 一日数十件は入ってくるメールを流し読みして、消す。ここ数日、ほったらかしにしていたので、件数も膨大に膨れ上がっていた。それでも一応目を通さないと、重要なメールもあったりするから、この二時間、目頭を押さえながらデジタルの文面を読んでいた。


 仕事の内容ばかりだが、目に留まるものは少なかった。


 認定の傭兵は、グループを組んで仕事の依頼をこなしている。アズラエルが所属する「メフラー商社」というグループの総元締めは、カダックという老傭兵だ。

 バーガスとロビンも、アズラエルの仲間だ。なかでもロビンは、認定の資格はないが、メフラー商社のナンバー2という役どころを背負っている。


 グループ内で、稼ぎ頭が三人も宇宙船に乗ってしまったので、メフラー親父も困っているだろうとバーガスは言っていたが、そうでもなさそうだ。ちなみにメールは、ほとんどが、今L18で起こっている出来事の報告と、カダックの娘であり、現社長のアマンダの愚痴だった。


 アマンダの愚痴も、無理はなかった。


 軍事惑星の新聞は取り寄せて読んでいるが、どうも我が故郷は、きな臭い状況になってきている。


 宇宙船に乗っていても、できる仕事があれば、アズラエルは手伝いたいと思っていた。そうでもしないと、腕がなまるを通り越して、腐りきってしまう。


 だが、アマンダからのメールも、メフラー商社からのメールにも、アズラエルが手伝えそうな仕事の話はなかった。


 アズラエルはきりきりする目頭を押さえつつ、一件のメールを開いた。


『あたくしのメフラーちゃんを探しています』


 アズラエルは件名を見て、吹き出しかけた。

 内容は、これでもかというくらい太ったネコの捜索願いだ。悪趣味な洋服を着た、デブネコ。ネコと同じくらい丈夫なL5系の金持ち夫人が、一緒に映った写真が添えられて。


 差出人はオリーヴ。

 おそらく「アダム・ファミリー」――自分の家族の傭兵グループにきた依頼だろう。たまに、認定の傭兵を人探しもする便利屋だとでも思っているのか、見当違いのメールが送られてくることもある。


「相変わらずだな」


 妹のオリーヴは、相変わらず茶目っ気たっぷりの悪戯娘だ。

 アズラエルは、「バーカ」と返信すると、そのメールをアマンダと、それからバーガスとロビンに送った。アマンダは、ふざけるなと怒りそうだが、ほかのやつらは爆笑するだろう。


 百数十件になってしまったメールのほとんどを消去し、最後にそのバカげたメールを消して、アズラエルはノートパソコンを閉じた。

 そろそろ、来るころだ。


「アズ――!!!!!!」


 そう思っていたら、ぱたぱたぱたと小さいのが駆けてくる足音がして、バッタンと扉が開かれた。


「ごはんだよっ! 今日のお昼はミートソース!」

「おう。うまそうだな」

 見てはいないが、ルナのつくったそれなら、うまいとわかる。

「今夜は俺がメシをつくるか。クリスマスだし」


 今夜はイブだ。

 午後から買い物に行って、ルナにプレゼントを買って、とっておきのシャンパンを開け、ケーキとチキンを用意する。


 雇い主とボディガードのクリスマスにしては、なかなか上出来ではないだろうか。


 ルナの好きな、チョコレートソースがとろりと出てくるフォンダン・ショコラがいいか、ブッシュ・ド・ノエルか。オーソドックスな、生クリームとイチゴたっぷりのケーキも、ルナは好きだし――。


 ケーキはなにがいい、と聞くと、ルナは、「エビフライ!」と即座に言った。

 エビフライ? ケーキのことを聞いたはずだったが。


「エビフライがいっぱいたべたい。山盛り。エビフライのツリーつくるの。あとね、あのね、電話なの」


 ルナの手には、携帯電話が握られていた。


「電話なの。セルゲイから」

「は? セルゲイ?」

 どうして俺に。

「おまえにじゃなくてか」

「うん。アズにかわってってゆった」


 なんだか、嫌な予感がする。

 アズラエルが盛大なためいきを吐くと、ルナは言った。


「アズ、そういうためいきはだめです。あたしのなかのウサギが十円ハゲになる」

「L77じゃ、そういうことわざでもあるのか」

「うん! いまあたしがつくった!」


 アズラエルは、ルナのほっぺたをつまむことで留飲(りゅういん)を下げ、電話を受け取り、保留ボタンを解除すると電話に出た。ルナがぱたぱたとキッチンへ走りもどっていく。


「……なんの用だ?」


 わざと不機嫌に出てやると、相手が電話の向こうで苦笑いした。


『やあ。今すこし、いいかな?』





 グレンは、冷蔵庫から水を出して、一リットルを一気に飲み干した。

 部屋を見渡し、感心する。

 エレナのおかげで、部屋がとてもきれいだ。


 彼女は綺麗好きで、ジュリの尻を引っぱたきながら、三部屋すべて掃除してくれる。掃除に関しては、pi=poの出番はほとんどなかった。


 彼女は妊婦だし、無理はするなとみんな言ったが、掃除は好きだからいいと言って聞かない。たしかに気分さえ悪くないなら、だまって座っているより、多少動いたほうがいいそうだが。


 診察のたびにみんなそろって病院に行くので、エレナの父親は、いまだひとりに限定されていない。


 部屋に、小さなツリーが飾られているのを見て、グレンはかすかに笑った。


(そういや、今日はイブか。クリスマス・イブ)


 すでに形骸化(けいがいか)された祭りで、ほとんどみんな、ろくに意味もわからずイベントにしているが、あれはエレナが飾ったのだろうか。

 このあいだ、「どんなおみこしが出るの?」とエレナが口走り、みんなで笑った覚えがある。


 時計をみると、正午近くになっていた。

 午後三時から、護衛術の臨時講師のバイトがある。そのまえに射撃場とジムにも行くつもりだった。


(メシは、あっちで食うか)


 グレンは服を着るために部屋へ向かいかけたが。

 電話が鳴った。

 なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく電話に出、そして後悔した。

 出るまえに、ナンバーをたしかめるべきだった。


『メリークリスマス! 元気かね、グレン』

「――ユージィン叔父」


 相手は、同じドーソンの姓を持つ、叔父。

 父バクスターのいとこである、ユージィン大佐だった。





「へべれけっへべれけっ♪ アズはへべれけー」


 子ウサギは、たいそう上機嫌だった。

 ぴこぴこと奇妙な歩き方をしながら、その足取りは弾んでいる。

 とっても。


 へべれけなのはてめえだろう、と苦々しいセリフを吐きたいが、ルナは酔ってはいない。酔わずに、意味不明の歌がよくあれだけ口から出てくるものだ。


 アズラエルだって、ルナのマヌケな口ずさみを、いまさら目くじら立てるほどではない。

 だが、不機嫌にもなりたくなろうというもの。

 ウサギのせいではない、決してないが。


「アズ! 眉間にしわよってるよ!」


 ルナが、アズラエルの眉間にズビシ! と小さな指を突き刺した。


「機嫌悪いからな」

 今機嫌を悪くせずして、いつ悪くしろというのだろう。


 セルゲイから来た電話は、ルナとアズラエルを、夕食に誘うものだった。

 それだけなら、アズラエルは断っていた。

 今日はイブだ。ルナと二人きりで過ごす。なにがあってもだ。


 だが、状況はアズラエルには非情だった。セルゲイは、言葉という名のライフルの照準を、ピタリとアズラエルに合わせた。


『ルナちゃんが、私の夢を見たって聞いたんだけど』

 セルゲイに言ったやつはひとりしかいない。刻んでやりたい。

『夢っていうか――そう、過去っていったほうがいいのかな。私も、ルナちゃんからその話を聞きたいんだ。ダメかな?』


 ダメかな? と一応聞く姿勢は取っているが、ダメだと言ったらこの男はどうするのだろう。


「……ダメだと言ったら?」

『しかたないな。君の仕事中に、こっそりルナちゃんに聞きに行くよ。グレンと二人でね。ついでにルナちゃんとリリザで遊ぼうかな。あ、そうだ、椿の宿とやらにも一緒に。温泉があるんだってね』

「わかった。場所はどこだ」

『マタドール・カフェで。午後七時ころ。ルナちゃんによろしく』


 ――この男のほうが、ルナよりよほど、得体が知れない。


 セルゲイとグレンと食事ができる、と聞いたルナは途端に明るくなり、アズラエルを不機嫌のどん底に(おとし)れた。


 L18では、クリスマスは、恋人同士過ごすことが多い。ルナの星ではさまざまだが、ルナ自身は彼氏がいたためしがなかったため、友達と食事にいくか、家族で、というのがほとんどだった。だから、セルゲイやグレンがいても、なんの違和感もない。むしろ大勢は楽しい。


 俺とふたりきりのクリスマスは、嫌だって言うのか?

 アズラエルの歯ぎしりは、ルナには聞こえない。


 マタドール・カフェに来るのは久しぶりだ。


 一階はすでに満席で、デレクと老マスターはパニック状態だった。辛うじてルナとアズラエルに気がつき、目で「二階だよ」と合図してくれた。見ない従業員が二、三人走り回っているところを見ると、臨時で雇ったのか。今日は忙しそうだ。


 イブなのだから、しかたない。


 セルゲイは、二階の個室を予約しておいたらしい。よくこんな時期に取れたな、予約取れなきゃよかったのに、とアズラエルはまだぐずぐず唸っていた。


 アズラエルとルナが二階に行くと、五つある個室がすべて満席だった。どこからもにぎやかな笑い声が聞こえてくる。


 電飾の絡まった特大ツリーが真ん中に置かれ、サンタを織り込んだ幕が個室を仕切っている。店内のBGMも、今朝ルナが口ずさんでいたクリスマスソングだ。

 クリスマスたけなわ。


「こっちだよルナちゃん」


 セルゲイが手招きしている個室の方へ、ルナがててててっと走っていく。

 アズラエルも、深々とため息をついて、気の進まない席へ向かった。


「よお、メリークリスマス。クソ傭兵野郎」

「いい聖夜だな。来年もてめえのハゲが進行することを願うぜ銀色ハゲ少佐」


 互いの悪口は言いつくした感があるので、いつも通りの表現しか出てこない。


「メリークリスマス。グレン、セルゲイ♪」

「メリークリスマス。ルナ、座れよ。今日も可愛いなおまえは。愛してるよ」

「人のウサギを堂々と口説くな」

「メリークリスマス、ルナちゃん」


 セルゲイは、大人げないふたりをすっかり無視して、ルナに紙包みを渡した。


「抜け駆けすんなセルゲイ」


 グレンもいい、ルナに小さな小箱を渡す。


「あとで捨てんじゃねえぞ」


 捨てられるとしたら、アズラエルの仕業だろうが。


「うわあ……! かわいい……!!」


 セルゲイのほうは真っ白なニット帽と、ふわふわ手袋のセット。グレンのほうは、可愛いハートに羽のついた形の、ルナもよく知るブランド物のネックレスだった。


「あ、あたし今すごいビンボーで……。こんなのでごめんね」


 ふたりが何を気に入るかもわからないし、ふたりがいつも身に着けているものは、ルナなど手も出ないブランド品ばかり。


 思い余ってアズラエルに相談したが、「なにもやらんでいい」というオーソドックスな返答が返ってきたので。


 ルナがラッピングした細長い箱がふたつ、セルゲイとグレンに手渡された。

 中身はサンタとひいらぎのクッキーが乗せられた、手作りのブッシュ・ド・ノエル。

 箱をあけ、グレンは口笛を吹き、セルゲイは、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。ほんとにすごいねえルナちゃんは。なんでもつくれるんだね」

「持って帰ったら、みんなに取られちまうからな。ここで食って帰る」


 グレンは、「ありがとう、ルナ」とルナの手を取って指先にキスした。アズラエルの文句が間に合わないほど、素早かった。


 セルゲイが予約しておいた料理が運ばれてくる。

 玉ねぎやスパイスを詰めた丸ごとの鶏や、スープにオードブル、クリスマス・プディング。チキンはセルゲイが切り分け、ワインのコルクはグレンが抜いた。

 オードブルの中にエビフライがあるのを見て、ルナが、「今日ね、エビフライタワー作るつもりだったの」と言って、エビフライを見つめていた。


「エビフライタワー?」


 セルゲイが不思議そうに聞いた。アズラエルも首を振った。分からん、という意思表示だ。


「エビフライをひゃっことかつくって、いっぱい積み上げてみたかったの!」


 目をキラキラ輝かせるルナに男たちは。

 ――そうか。

 と遠い目をした。

 その百匹のえびは、だれが食うんだろう。ルナが全部食えるとは、到底思えなかった。


「……」


 うさこはだまってエビフライを見つめている。「いいから、食え」とアズラエルがタルタルソースをたっぷりのせてルナの皿へ置くと、ルナはやっとエビフライにフォークを突き刺した。


「ところで」


 軍人の食事は早い。健啖家(けんたんか)のふたりは、大きなチキンを十分ほどで三分の一にして、ワインで口を湿らせた。


「――グレンおまえ、なんでセルゲイに言った?」

 ルナの、夢のことを。


 アズラエルは単刀直入に聞いた。この面子で、世間話が延々と続くような、なごやかなパーティーなどする気はない。


 グレンは言った。


「ルナがセルゲイの夢を見たってンなら、セルゲイも俺たち同様、ルナに関わりがあるってことだ。だったら、セルゲイにも言っとくのがスジだろう」

「それだけじゃねえな」


 アズラエルは、グレンが器用に肉と骨を切り分ける手元を見ながら言った。


「たしかに、それだけじゃねえな」


 グレンの指はまったく汚れていない。フォークとナイフを使う手つきはさすがに上品だ。グレンは切り分けた肉を、ルナの皿へやった。さっきからルナは、うまく骨と身を切り分けられなくて苦心していた。ルナは喜んで、グレンが切ってくれたチキンをフォークに突き刺した。


「ルゥ。箸使うか?」


 ルナは首を振った。一生懸命、チキンと格闘している。


「――L18が、かなりまずい状況になってきてるってことだ」

「おまえの一族がだろ」

「俺の一族がヤバいってことは、L18がヤバいんだ」


 グレンははっきり言った。アズラエルも、それを否定する気はない。


「そうらしいね。はっきりとは書いていないけど、新聞を読んでいればわかるよ。最近、なにか変だね、L18は。反射神経が鈍いというか、テロにすぐ対応できてない」


 セルゲイもチキンを口に運んで咀嚼し、飲み込んでからうなずいた。


「そうだ。そのせいで、最近、L4系の治安が急激に悪化してきてる」

「ああ」


 新聞はもとより、アマンダの愚痴メールのほとんどがそれだったからだ。


 L4系のあちこちでテロが勃発し、それが、先月の三倍に増えた。それなのに、L18が、いままでのようにすぐ鎮圧に向かわない――向かえない、と言ったほうが正しい。


 L18の動きが、反応が、恐ろしく鈍くなっている。


 それも当然だ。L18の中枢でドーソン一族の高官が何人も罷免(ひめん)され、後任の引き継ぎだのなんだので、L18自体がパニック状態になっているからだ。


 メフラー商社も、軍部から依頼が来た途端にキャンセルされたり、同じ依頼が三度も来たりと、振り回されている。メフラー商社だけではない、ほかの傭兵グループもそうらしい。


 軍部がおかしい、と皆、口をそろえて言っている。


「ルナを守るなら、味方は多いほうがいい。だろ?」


 グレンの主張を、アズラエルは、仕方なく認めた。


「おまけに」


 グレンは、おしまいだ、というように両手を広げて天井を仰いだ。おおげさに。


「俺は身内に狙われている――んだが、いよいよ、この宇宙船にも追手がかかりそうだ」


「なんだって?」


 セルゲイだけではない、アズラエルも、グレンを見た。ルナも、フォークを取り落としてしまった。


「……冗談じゃねえぞ?」

「だ、だれも冗談だなんておもってないよ! いったい、どうしたの!?」

「カワイイなあ、ルナ。俺の心配か? ン? おクチにタルタルソースついてんぞ」


 今度はグレンの指が届く前に、アズラエルが拭った。ルナが自分で拭おうとしたナプキンは追いつかなかった。秒刻みの抗争である。


「今日、ユージィン叔父から電話があってな。帰ってこいって言われたんだ」

「ユージィンって、――もしかして、ユージィン・E・ドーソン?」

「そう」

「一度L18の首相にならなかった? 私がL19にいた学生時代だ」

「ああそのころだな。たった三ヶ月だったけどな」



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