番外編 色街の黒ネコと色街の野良ネコ 11
てきめんにわかるのだ。
「い、いいかい、お、お昼ごろまでなら、待ってやらんこともないよ! ぐずぐずしないで早く身支度しておいでっ。遅かったら帰っちゃうからね!」
エレナは怒鳴るだけ怒鳴って、出て行った。ルートヴィヒが、かなり遅ればせに、「おはよう、じゃ、リズンで待ってるから」と言い、あわててエレナの後を追っていった。
あとには、呆然とするルナとアズラエルが残された。
公園の前の店――リズンは、今日はあまり人気もなく、席は空いていた。
ルートヴィヒはエレナの身体を心配して、室内にしようと言ったが、エレナは外の席がいいと言って空き席に座った。今日は晴れているし、日差しが暖かい。ちょっと肌寒いくらいで、外のほうが心地よかった。
「ケーキもいいけどさ、遅い朝食に、なんか食う? エレナ、朝めし食ってないだろ」
ルナとアズラエルが来るまでもうちょっとかかりそうだし、とルートヴィヒが言うと、エレナはメニューを開いたまま、ルートヴィヒに聞いた。
「これなんて読むの?」
「あ。――ああこれ? きのこのキッシュ」
「きっしゅ? ……やっぱり、ここにはうどんはないよね」
困ったように首をかしげるエレナが可愛くて、ルートヴィヒは、ちょっと笑った。
「エレナ、いま調子悪い? うどんじゃなきゃ無理か?」
「甘いミルクティー飲めるし、ケーキ食べたい気もするし、平気だとは思うんだけどね。――やっぱりうどんはない?」
「う~ん、うどんはないかな。でも、パスタとかで、サラダ系のさっぱりしたやつとか……」
「うどんありますよ」
チェック地のミニスカートで、この冬も頑張っている店員さんが言った。
彼女の指が示す先の、黒板に書かれたメニューには――。
「……あった。マジでうどんだ」
“リズンの気まぐれ鍋焼きうどんジングルベル! 怒涛の汗と涙の結晶! クリスマスプレートつき”
(汗と涙の結晶?)
「先週からメニューに加わりました。野菜たっぷりで、オススメですよ♪」
笑顔の女性店員に、エレナは「じゃあそれで」と言った。怒涛の汗と涙の結晶! がものすごく気になったが、ルートヴィヒもとりあえずそれにした。
「どうぞ。ひとり一枚、引いてください」
クリスマスカラーの箱に手を突っ込み、紙切れを引き出したエレナは、「これってなにか当たるの。くじかい?」と聞いた。
「ええ――ジャジャーン! あっ! おめでとうございます! ケーキ券が当たりました」
「ほんとかい」
ルートヴィヒは、コーヒー一杯無料券、エレナはケーキ券だ。ふたりはさっそくつかうことにした。
「ケーキは食後でよろしいですか」
「ええ、お願いします」
女性店員さんは、「冷えますから、どうぞ」と言って、ブランケットを置いていった。
エレナは目を見張る。このブランケットには見覚えがあった。
温かいシナモン入りミルクティーを飲みながら、ブランケットを膝にかけていると、ルートヴィヒが自分の分を肩にかけてくれた。
「あ、ありがと……」
「どういたしまして」
こういったルートヴィヒの気遣いに、エレナはまだ慣れなかった。目をそらすようにして、公園のほうを見やった。
「あのね……」
今日の公園は、だれもいない。
「あたし、このあいだ、そこのベンチで寝ていて、不思議な夢を見たの」
「不思議な夢?」
「夢じゃなくて、現実だよね――ほんとのところはわかんないのさ。でも、たしかにだれかがあたしの頭を撫でてくれて、このブランケットかけて、レモンの飲み物を置いていってくれたの。たぶん、男の人」
「へえ……」
「あたしね」
エレナはおなかを撫でて言った。
「もしかしたら、……この子だったのかなって」
ルートヴィヒは微笑んだ。エレナがそう思っているのなら、それでもいいと思った。
「じゃあ、この子は男の子?」
「分かるのはまだ先だよ。でもね、あのときもしかしたら、男の子かもしれないなって思ったんだ」
「俺は、男の子でも女の子でもどっちでもいいよ」
エレナは呆れた。「あんた、――ほんとにあたしの腹の子が自分のこだと思ってやしないかい?」
「いいじゃんか。おーい、俺に似るとイケメンに育つぜ」
「――底抜けの馬鹿だね」
どうあったって、似るわけないじゃないか。
エレナに冷たい声で言われても、ルートヴィヒは幸せそうに笑うだけだ。ルートヴィヒがエレナの腹を撫でても、エレナはなにも言わない。おびえもしないし、身を引きもしない。
エレナはそのことに気付いているだろうか。
「エレナさあん! ルーイー!」
てってって、とチビウサギが駆けてくる。その後ろからは悠然と闊歩するライオンも。
「早かったね。ルナ、あんたもうどん食べるかい?」
なぜにうどん。ルナが突っ込んだが、ルートヴィヒに黒板のメニューを見せられて、「ほんとだ、うどんだ。アントニオ、なんでうどん?」とここにはいない店長にぼやいた。
アズラエルとルナも、同じメニューを頼み、ふたりともコーヒーが当たったので、エレナはルナにケーキをおごることができた。
「お待たせしました」
エレナに来たプレートには、一人分にしては少し大きいケーキと、ゴールドのカードがついている。
ルナはエレナがおごってくれたイチゴショートを頬張り、生クリームを口の端につけたまま、エレナに聞いた。
「なんて書いてあるの?」
カードには、赤ん坊を抱いた聖母のイラスト。
エレナはびっくりしてカードを見つめたまま、身動きもしなかったが。
三人にカードを見せた。そのメッセージに、三人は三様に驚き、アズラエルは、「……ま、ここの店長も謎の人物だからな」と言って締めくくった。
ルートヴィヒがエレナにその文字を教えてやると、エレナはもう一度驚き――そのカードを、大切そうに、コートのポケットにしまった。
――この宇宙船で産まれてくる命すべてに、祝福がありますように。
エレナが、ルートヴィヒそっくりの、金髪の男の子を出産して周りを驚かせるのは、まだ先の話。




