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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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9話 ジャータカでもないその隙間 Ⅲ


 ルナは、夢の中で、うっそうと茂った森をてくてく歩いていた。

 すると、めのまえに三本の分かれ道が現れた。道はどこまでもまっすぐ続いているのだが、右と左に、枝分かれの道がある。


 ルナにはなんとなく、分かっていた。

 分かれ道のほうが、「近道」だということが。


 右の道をすこし行けば、背中に九個も巣箱を乗せた大きな鳥さんがいるお寺があって、ルナを今か今かと待っている。


 左には、ルナにはとても優しい、黒っぽく輝く龍さんがいて、一足飛びに、ルナを「目的地」へと連れて行ってくれるだろう。


 おまけに、「彼」との旅行は最高に楽しいものになる。リリザもマルカもE353も、最高の贅沢と幸福とが待っていて、申し分などどこにもない。彼はルナを大切にしてくれるだろうし、ルナの目的を邪魔しない、最高至高の“ダーリン”になるはずだ。


 九つ巣箱の「キューちゃん」も、ルナのダーリンにこそなれないものの、これほどたのもしいボディーガードもなく、導き手も、相方もいない。なにもかもが、不手際なく、完璧に整えられるだろう。


 ルナの目的地は「まさな」。


 右左、どちらにいっても真ん中の道よりはずっと近道。すぐ目的地に着けるだろう。


 けれども、ルナの目はまっすぐめのまえの道路を向いていた。

 こちらのほうはずいぶん遠回りだ。中途で捨てて行かねばならない荷物もあるし、なにより、ともに行かねばならない「みんな」が、真ん中のルートで待っている。

 ライオンと、トラと、パンダが待っている。


 左に向かえば「ジェットコースター」。右に向かえば「観覧車」。

 けれども真ん中を行けば、「遊園地」を突っ切っていくことになる。すべての遊具に乗ることになる。


 遊園地を越えなければ、「まさな」はない。

 過酷な道だ。


 けれどもルナは、ずっと遊園地を越えてきたのだ。あらゆる遊具に乗ってきた。

 今度だって、きっとだいじょうぶ。


 ルナはこくりと喉を鳴らした。そして、勇気を出して、一歩を踏み出した。

 

 どのくらい、歩いただろうか。

 もう、右の道も左の道も見えなくなったころ、ルナは森を抜け、田んぼばかりひろがるあぜ道を歩いていた。


 さらに歩いていくと、古びたバラックの、もう何十年も前のポスターがちぎれてかすんでいる、人が住んでいるかもわからないような壊れかけのプレハブがぽつん、ぽつんとならぶ道路沿いに来た。先はT字路になっていた。


 ひと昔前の仕様のまま、さびついた小さなガソリンスタンドがある。

 あぜ道も、人っ子一人見当たらなかったが、ここもそうだった。

 ひとけがない、というよりも、生活の感はあるのに突然人が消え去ったような。住民が一気に留守になったような。そんな雰囲気だ。  


 右手には、庭のある、急にそこだけ近代的な家もある。一方では左手奥に、また数十年前の仕様のドライブインも。やっているのかいないのか、半分シャッターの降りかけた毛糸店。

 駄菓子屋、八百屋、果物屋さん……。


 どちらにせよ、この道路を行けば完全に山に入ることはまちがいなかった。


 ルナはジニーのバッグから、地図を取り出した。


「まさな」へ向かう道はT字路の右手の道だ。「まさな」が町の名なのか、集落の名なのか、店の名なのかぜんぜんわからないのだが、とにかくそこにいかなければいけない。ルナは、ここからどのくらい距離があるのかはかりかねていた。考えたすえに、ルナはガソリンスタンドに入った。


 ひと気はないが、一台の白い小型車が給油を終えて停まっていた。エンジンはかかっている。だが車の主はどこにもいない。


 ルナが真正面のガラス戸をあけて入ると、従業員とおぼしき男がいた。黒い革張りの古びたソファに座り、ガラステーブルに長い足をどっかと乗っけて足を組み、たばこを吸っている。


 奥に音もあまりしないテレビが置かれていて、画面が騒がしい感じ――バラエティ番組だろうか。


「どこへ行きたい?」

 男は、ルナが立ちすくんでいるのを見て、やっとそう言った。


「えっと、あの、まさなに」


 ルナが言うと、男は車を出してくれると言った。ルナは、厚意に甘えることにした。なにしろ、「まさな」がいったい、なにを意味するものなのか、分からないからだ。


 彼は「アズラエル」と名乗り、なぜかルナの名を知っていた。

 ふと奥を見ると、ドアが開いている。なかを見ると、ロッカーが並んでいた。革張りの薄汚れたソファに毛布が置いてある。


 その毛布を、ルナは知っている気がした。ロッカーのひとつをあけると、子ども服がハンガーにかかっていた。


 足元に、真っ黒な、ボアのスリッパがある。これはいったいなんだっただろうか。


 アズラエルは約束どおり車を出した。どこにでもあるような乗用車だ。ルナを助手席に乗せると走り出す。

 アズラエルは、「まさな」がある方向とは反対がわの方向へ向かった。


「まさなはあっちだよ」

 ルナがうしろを指さすと、アズラエルは笑った。

「回り道をするために、こっちの道へ来たんだろ」

 つぎの言葉は、笑わずに言った。

「置いていくものは置いて、身軽にならなけりゃ」


 アズラエルは一件の古びた建物の前でルナをおろした。看板にはただ、映画館、とあるだけだ。


 ルナは車から降りて、あたりを見渡す。ここがまさな? 


 アズラエルに聞こうと振り返ったところで、アズラエルはいなかった。車ごと消え失せている。車を発進させる音も気づかなかった。


 ルナは、半分シャッターが降りている店内に入る、なかは薄暗い。

 かびくさい室内を歩いて行くと、やがて大きなスクリーンが見えた。


 赤い緞帳(どんちょう)。だれも座っていない座席。ルナがそっと後ろのほうの席に座ると、急に童謡が流れ出す。ロシア民謡だ。覚えている。だれかがよく歌っていた。


 それが終わると、ブー、と音が鳴った。


 ③、②、①。

「リハビリ Ⅰ」


 タイトルが丸文字で浮かぶ。シネマの始まりだ。動物の絵で描かれたアニメ映画が始まった。




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