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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
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番外編 色街の黒ネコと色街の野良ネコ 8


 この宇宙船に乗っているL44の娼婦は、自分たちだけなのかと聞かれたマックスは、困惑していたが、それでも、エレナたちのほかにふたりの娼婦が宇宙船に乗ってきていると教えてくれた。

 今回、L44からは、エレナとジュリを含めて四人足らず。前回が多かったが、今回は少なかったと。


 マックスは気を悪くするかと思ったが、「ちょっと女同士で聞きたいことがあって……」というと、逆にほっとした顔を見せた。


 彼はそれももっともだ、と繰り返し言い、エレナが突然訪問しても失礼のないよう、ふたりに連絡しておいてくれた。


「L44の女性同士だったら、話しやすいだろう。きっとよくしてくれると思うよ」


 L44で働いていた元娼婦の中には、娼婦生活が終わったあとのことを世話してくれる、気のいい女がたくさんいた。だから、娼婦たちはL44を出たあと、就職口などを世話してもらいに、先にL44を出た(ねえ)さんを尋ねていくことが多かった。


 当時、L44を出ることはできないと感じていたエレナには縁のない話だったが、そのことを思い出したのだ。

 同じ娼婦なら、親身になってくれるかもしれない。


 マックスは、「ちょっと親子連れのお母さんのほうは、気乗りじゃないみたいなので、ララさんのほうがいいかもしれない」と言った。


 たしかにそうだろう。面識はないし、警戒されても仕方ない。同じ遊郭でもないし。

 会いに行ってみて、それで迷惑顔をされたら去ろう。

 ララのほうは、いつでもおいで、と歓迎してくれているそうだが――。


 湯が沸いたので、エレナはインスタントのカップに注いだ。だが、鼻をつく油のにおいに吐き気がして、トイレに駆け込む羽目になった。


 ……そうだ。迷っているヒマなんかない。


 ぜえぜえと肩で息をしながら、エレナは決意した。

 だまっていたって腹は出てくる。そうなったらどうしてもバレてしまう。隠し通すことなんてできない。


 ジュリはだまっていられないし、エレナが動けなくなっても、ジュリはスーパーで食べ物を買ってくることすらしてくれないだろう。頼めばそれをやるとは思うが、部屋に帰ってこないのでは頼むこともできない。


 現に、今日だって、帰ってこない。


 セルゲイには、まだエレナは他人行儀なところがあって、そんなことまで頼めなかった。

 カレンはお願いしたらそのくらいしてくれそうだが、カレンにはジュリを預けている。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 マックスも多忙な人だ。些細(ささい)な用事を頼んでは迷惑だろう。

 グレンも、怒らせてしまったし。


 ――グレンなら、電話をしたら、駆け付けてくれるだろうか。きつい言葉を吐きつつも、スーパーに買い物ぐらいは頼めるだろうか。


 レモン水が飲みたい。

 インスタントのうどんは無理でも、油気のないうどんなら食べられるだろうか。

 あの役所の食堂のうどんは美味しかった。


 エレナは、一瞬だけ、あのルートヴィヒという男の顔を思い浮かべたが、即座に首を振ってうち消した。


 ――もし、一緒に宇宙船に乗ったのがジュリでなく、あの優しい姐さんだったら、助け合って、暮らしていけるに違いなかったのに。

 いまさら考えても詮無(せんな)いことだが――。


(……ダメだな)


 体調が悪いせいで、ずいぶん気弱になっているのか。

 ちょっと前までの自分だったら、こんなにまで人に頼ることを考えないはずだった。


 エレナはぽつりと、トイレの水面にしずくが落ちて、それが波紋になって広がるのを見つめていた。


 アズラエル。

 ――今、どこにいるの。





 その夜、ジュリは結局帰ってこなかった。


 エレナは一晩寝たら、すこし気分が持ち直していたので、スーパーへ行ってレモン水を買い、ついでに冬用のセーターやら厚手のスカートを買ってきた。手袋とマフラーも。


 ジュリはいつのまにか冬用の衣服をそろえていたが、あれはカレンが買ってやったものだろうか。ジュリに小遣いは渡していたが、食費だけでも大変だろうに。これからは、カレンに、ジュリの小遣いを渡さねばと心に決めた。


 そして、ヒーターを付け、うどんの汁を大量に作って、うどんを煮る。

 大量に作ったので、しばらくはだいじょうぶだろう。卵をいれてみたら、このあいだカレンが作ってくれたのよりだいぶしょっぱいが、おいしかった。温かいものを腹に入れたら、気分はもっとよくなった。


 エレナはセーターを厚く着込み、厚手のスカートに靴下を重ねてはいて、マフラーを巻き、白い息を吐きながら外へ出た。


 さっきテレビをつけたら、ニュースがやっていた。今夜までに雪が積もるそうだ。

 K34区だけでなく、今日は宇宙船内で広く雪が降るらしい。クリスマスまで、降ったりやんだり。

 クリスマスってなんだろう。にぎやかな祭りらしいが、おみこしが出たら見に行くだけは行ってみよう。


 エレナは、アパートを降りたところで、タクシーに乗った。


 息子と一緒に乗ったという娼婦が住んでいるのは、K16区。

 一時間もかかっただろうか。エレナはわずかに寝ていたらしい。


 タクシーの運転手は、アパートの真下まで連れて行ってくれた。待っていましょうかというタクシー運転手に、礼を言って降りる。今日は挨拶だけにして、次回、相手の都合のいいときにもう一回来ようと、エレナは思っていた。


 エレナたちのアパートより多少大きなアパートが、何棟も立ち並んでいて――落ち着いた壁の色に動物の絵があって、窓の形も丸く、可愛らしい。公園が、どのアパートにも庭のようについていた。


 エレナは、アパートのまえに回った。公園で子どもたちが遊んでいる。

 それを見守るようにして、五、六人ほどの母親が楽しげに談笑していた。


 エレナは、その中のひとりに、写真の中の娼婦を見つけた。勇気を振り絞って、そこに近づいていく。


「あ、あの……」


 母親たちは、身ぎれいだったし、明るく朗らかだった。エレナを不審人物には見ていない。


「はい」


 母親のひとりが、笑顔で返事を返してくれる。


「あ、あの、エレナと言います。……マックスさんから電話がいってると思うんですが」


 写真の女がさっと青ざめ、すっくと立った。


「ちょっと」と言って、エレナの腕を引っ張って、公園から離れていく。


 母親たちが不思議そうな顔をしている。女はエレナをアパートの裏まで連れてくると、青ざめた顔のまま、小声で言った。


「あんた」


 怒っている。エレナはなぜか分からず、オロオロした。自分はなにかまずいことをしたのだろうか。


「あんた、なんで電話のひとつも寄こさないのさ」


 それは――マックスが連絡してくれたから。


「あんたの役員さんはあんたがあたしと会ってみたいって言うから、連絡先を教えていいかと聞いてきたんだよ。あたしはすごく困ったけど、仕方ないからいいと言ったよ。そしたらなんだい、電話のひとつもしないでさ。電話くれたら、べつのとこで会えたのに。突然来られたら、困るんだよ!」


 女の怒りは強かった。エレナは青ざめて謝った。


「……あんただって、L44の娼婦なら分かるだろ? あたしらは、この宇宙船の中じゃ娼婦だってことで差別される。このK16区じゃL4系列から乗った親子はあたしらだけだって。最初住んだとこじゃ、息子は娼婦の息子だってんで、遊び仲間にも入れてもらえなかった。だから今はおなじK16区でも場所を移して住んでる。最近やっと馴染(なじ)んできたとこなんだよ」


 女は、エプロンの裾をにぎってまくし立てた。震えた指が、赤くなった顔が、彼女の怒りを、エレナに思い知らせた。


「周りは裕福な家の親子ばっかだよ。あたしらは、ここじゃL44から来たってこと、秘密にしてるんだ。また息子が仲間外れになっちまう。あたしひとりならどうでもいいよ。だけどさ、息子がそんなんじゃかわいそうだよ。そんなとこに、あんたに顔を出されちゃ――。同じL44のよしみで、話くらい聞いてやろうと思ったのに。ここじゃね、信じられないくらいうわさが一気に広まるんだ。あたしは、あんたがいったいだれか、あとでみんなにたっぷり追及されちまうよ。悪いけど、もう来ないでおくれ」


「あ、あたしは――」

 そんなつもりじゃなかった。迷惑をかけるつもりは。


 エレナの動揺を見てか、すこし、女の声が優しくなった。


「……もういいよ。あんただって言われなかったかい。役員さんから。もう娼婦の自分からは生まれ変われって。あたしも言われたよ。だからあたしは、もうL44の女とは会いたくないんだ。頼むから、もう来ないで」


 女は、ショックで俯いているエレナに目もくれずに、(きびす)を返してもどっていった。


 謝ることもできずに、エレナはしばらくその場に立ち尽くしていた。


 エレナは、タクシーに乗ってからも、家についてからも、ずっとぼうっとしていた。なにか考えようとするのだが、頭がうまく働かないのだ。


 家につき、部屋に入ってから、またトイレに駆け込む羽目になった。


 布団をかぶって寝ていると、騒がしい声がする。

 ジュリが帰ってきたのだ。


「エレナー!! エレナただいま!!!」


 バタバタと踊る足音は、いうまでもなく彼女が上機嫌なのだと知らせていた。ジュリは、騒々しい音を立ててエレナの部屋のドアを開けた。

 両手に紙袋がいくつもぶら下がっていた。なんて数だ。


「カレンがね、カレンが誕生日祝いに買ってくれたの!!」


 山のような紙袋と、プレゼントの包み――ああ、やはりカレンにジュリの小遣いを渡さねば。こんなに使わせてしまって。


「これはね、セルゲイせんせが買ってくれたの。琥珀のピアス! グレンはね、コレ!」


 エレナは目を見張った。そこには、今ジュリがしているマニキュアと同じ色の、真っ赤なラメ入りの――携帯電話。


「かっこいいでしょ! それに可愛いよね! 今度からエレナは、こっちに電話してね」


 ジュリは携帯電話に、愛おしげに頬ずりした。それは、あのL44のスペース・ステーションで見て以来、ジュリが欲しがっていたもののひとつだった。


 エレナは吐き気に加え、頭痛がしてきた。カレンに怒りさえ、覚えてきた。


 なんだって、こんなことをするのだ。この分別のない娘に、贅沢を覚えさせてくれるな――。


 この服の量。いったいいくらするのだろう。ジュリが欲しいと言ったものを、片っ端から買い与えたにちがいない。

 なんということだろう。

 言いたいことは山ほどあったが、もう怒鳴る気力もない。

 エレナはジュリの話を完全に無視した。


「それでね! エレナ、あのね、みんなで、リリザ行かない?」


 上機嫌なジュリは、エレナに無視されていることも気づかない。


 リリザ?


 エレナは、リリザとはなにか、すこし考えたが、そういえば、テレビで特集番組を見た気がした。宇宙船の中だけで放送する番組欄がひとつあるが、その番組で、遊園地がある星へしばらく泊まると言っていたような――。


「みんなでリリザにお泊りするのー!!」


 両手をあげてはしゃいだジュリに、エレナはますます腹が立ってきた。


「その金、どっから出てくるんだい。あんた、自分の借金まだ返せてないだろ。それもカレンに出させんのかい。いい加減におしよ」


 エレナが怒りを押し殺した声で言うと、ジュリはあろうことかふて腐れた。


「……だって、あたし、リリザ行きたいんだもん」

「借金返したら考えてやるよ」

「……じゃあ、エレナは行かなくていい」


 ムスッと()ねた顔で、ジュリは言った。


「エレナはつまんないよ。いっつもそうやって金金ってさ。あたしのおかあちゃんと変わらない」

「なんだって……?」


 いつものエレナだったらつかみかかっていただろう。

 エレナは激怒のあまり震えた。


 自分が毎月もらう金を、だれの返済に()てていると思っているのか。カレンにもらったものか知らないが、ジュリがぬくぬくとした服を着て遊びほうけているあいだ、自分は冬服を買うのも我慢して、夏服のまま、食事も切り詰めて。


 この生活が、三年続くとは言っていない。あとふたつきほどが、どうしてこのバカは我慢できないのだ。


 エレナは、ジュリを甘やかすカレンにさえ腹が立った。ジュリは最近、調子に乗り過ぎている。


「あたしそんなこと頼んでないもん!!」


 ジュリは、あたしのお金返して! と叫びはじめた。男と寝て稼いだ金も返せと言いだした。


「カレンやルナちゃんのほうがずっとやさしい! ルナちゃんごはんつくってくれたしいいこだもの!  アズラエルがルナちゃんのほう好きなのも分かるよ!!」


「……出ておいき」


 もう耐えられなかった。エレナは、怒りで身体が震えて動けなかった。


「グレンだってエレナのこと嫌いになったよ! あんな素直じゃない女嫌いだって!! ――きゃあ!」


 ジュリが悲鳴を上げた。思い切り目覚まし時計を投げつけられたのだ。


「出ていけ」


 エレナが、恐ろしい声で言った。


「出ていけ、出ていけ、出ていけ……っ!!」


 ジュリは、エレナが恐ろしくなって、その場から逃げ出した。





「――ジュリ、どうしたんだよその顔!」


 ジュリが泣きついたのは、当然のごとくカレンだった。

 ジュリの頬に青あざができているのを見て、カレンは仰天してドアを開け、泣きじゃくっているジュリを部屋に入れた。

 セルゲイも、グレンもルートヴィヒも部屋にいた。暖房のきいた温かい部屋で、ジュリは泣きべそをかきながらカレンに抱きついた。

 エレナにやられた、というと、みんなは苦笑する。


「おまえ、またエレナにわがまま言ったんだろ」


 グレンが苦笑すると、ジュリがわめいた。


「なんでいっつもみんなしてエレナの味方するの!? あたし時計ぶつけられたんだよ!?」

「エレナちゃんは、よほど怒りでもしなきゃ、そんなことはしない子だからだよ」


 セルゲイに穏やかな口調で言われると、ジュリは黙る。黙ったが、不満げに口をとがらせた。


「……だってエレナ、あたしのお金取っちゃうんだもん」

「取ったんじゃないでしょ。エレナは貯金してるの。ちゃんとあんたに小遣いあげてるじゃないか。無駄遣いはしちゃいけないんだよ」


「なにがケンカの原因だ」


 グレンが聞いた。ルートヴィヒは先ほどから熱心に集中していて、話には加わってこない。


「あたしがリリザ行こうっていったらね、怒ったの。借金返してからにしろって」


「はは、もっともだな」

 グレンが笑い、「――で、借金てなんだ」と真顔で聞いてきた。


「……借金って、どういうこと」


 セルゲイもこちらを向いた。ルートヴィヒも、急に作業をやめて、聞くそぶりを見せた。


 ジュリの説明は、理解するのに大変、苦労をしたが。


「……つまり、あんたたちはまだ娼婦時代の借金を抱えていて、それを返すまで、あのK34区から動けないし、自由にもなれないってことなんだね?」


 カレンが、とりあえず分かった分だけまとめた。


 セルゲイも、グレンもそんなことは知らない、というより、想像もつかなかったことだ。

 ルートヴィヒは沈黙していたが、やがて聞いた。


「……それ、どのくらいの金額で、どんだけかかるんだよ」

「あたしわかんないよ。エレナが数えてるもの。でもエレナの分は、ぜんぶ返せたの。グレンがいっぱいお金くれたでしょ」

「アイツがウリやってるって、なんかワケアリだとは思ってたけどな。まさか、借金返すためだったとは……」


 俺はてっきり、早く宇宙船降りて、よその星に行くために金貯めてんのかと思った、とグレンは言った。

 グレンもルートヴィヒも、借金の話は、母親から聞いていない。

 だが、考えても見れば、あり得る話ではあった。彼女らは、「身請け」されるか、借金を返し終わらなければ、L44から出られないのだから。

 地球行き宇宙船が彼女らを「身請け」し、船に乗せる。

 そんな仕組みになっているのだとは。


「毎月、どのくらい返してるの」


 セルゲイが、ミルクティーを出してくれた。ジュリはそれをあつ、と言いながら飲み、

「……ううんと。あたし分からないけど、エレナはひとり二十万だからってゆってた」


「二十万!?」

 男たちは声をそろえて叫んだ。

「じゃあ、おまえと合わせて毎月四十万ずつの返済か?」


「――ジュリ、それじゃリリザには行けないよ」

 カレンが嘆息しつつ言った。

「あのねえ、ジュリ? ジュリたちの部屋もお金払って住んでるの分かるでしょ。お風呂入るのも、お湯をいっぱいつかうでしょ? ご飯食べるのも、いまこうして電気つけてるのも、お金つかうの。電気代とか水道代ってね。エレナは貯金もしてるって言ってた。多分、あんたに昨日買ったげたワンピース一枚と同じ金額くらいで、エレナは毎月やりくりしてるんだよ?」


 ジュリには、よくわからないようだ。


「……あんたの借金、あとどれだけ残ってるの」


「……わかんない」

 しゅんとして、ジュリは言った。「エレナだけ借金返してずるい」


「ずるくないの。だってエレナはちゃんとアンタの借金も返していってるじゃない。エレナがずるしたら、マックスさんが怒るじゃんか」


 ジュリは、泣きべそをかいた顔で沈黙した。


「マックスさんに聞けば、借金の概要が分かるかもしれないね」

 セルゲイがいい、カレンが便乗した。

「明日、役所行ってみるか」

「あんたも、エレナに謝んなさいよ? いいね?」


 ジュリは返事をしない。今回のケンカは、だいぶこじれそうだ。


「ねえジュリ。あたしがアンタの借金返したげる」


 身請けしてあげるから、というと、ジュリは顔を(ほころ)ばせた。


「ほんと!?」

「うん」

「カレン大好き!!」


 男たちは一斉に苦笑した。

 ――金の価値も分からないジュリに、いったい、どれほどの意味が伝わっているのか。

 借金の総額次第かもしれないが、マッケラン家の次期当主であるカレンには、造作もないことだろうが。

 そこまでする必要があるのか? 

 グレンは言いたかったが、セルゲイがなにも言わないので、グレンもなにも言わなかった。


「できたああああ!」


 不意にルートヴィヒが大声を上げ、セルゲイがその広い肩をビクつかせた。


「お、できたか」


 グレンが、ルートヴィヒの手元を覗き込む。

 そこには、鮮やかなラメ入りブルーの、携帯電話。キラキラのデコレーション素材で、黒ネコがあしらわれていた。さっきから、ルートヴィヒは熱心にこれを作っていたのだ。首の部分の赤いリボンが華やかで、可愛らしい。


「うっは。上手だね、あんた」

 カレンも感嘆した。


「グレンが買って、俺がデコ。エレナ受け取ってくれるかなあ」


「タイミングを間違えんなよ」

 破壊されかねねえぞ、とグレンがからかい、ふと思い出したようにジュリに聞いた。

「おまえ、ちゃんとエレナにも服、渡しただろうな」


 ジュリはあっと、今思い出した顔をした。そして決まり悪げに、

「……ケンカしちゃったから、言ってない……」


 ジュリが持っていた紙袋の中には、エレナへのプレゼントもあったのだ。

 いつまでも夏服の、生地の薄いワンピースを着ているから、みんなも心配して。


「しょうがねえなあ。明日、役所行くまえに、エレナの部屋に押しかけるか」

「そうだね。……ちゃんと食べているかどうか心配だし」


 セルゲイは、ルートヴィヒにだけわかる目配せをした。



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