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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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7話 再会 Ⅰ 2


「……まにあいました……」


 危機的状況だった。まだ飲めるというのは本当だが、トイレに行きたくて仕方がなかった。すませて出てくると、ミシェルがいた。


「だいじょうぶ?」

「うん。まだ飲める」

「ウソでしょ!?」

 にへらと笑ったルナに、ミシェルは目を()いた。

「あたし、ルナが強いのは分かってたけど、あれほどとは思わなかったよ……」


 たしかにルナは、限界まで飲んだことがない。ミシェルも、ルナがあんなに強いとは思ってもみなかった。ルナをつぶすだけの酒を用意するには、店を貸し切りにするほかないだろう。


「でも、もう勝負はしません。あたし帰るよ」

「え?」

「先に帰る」

 ルナはゴソゴソと小さなバッグを探り、財布を出して中身を数えた。

「けっこう飲んじゃったからなあ……いくらかかるかなあ」

 ルナはウサギ口をしてたたずんだ。

「ヤバい。足りないかもしれない」

「ちょ、ま、待ってルナ。お金ならあたしもよけいに持ってきてるし、貸すから。帰るのは待って」

「なんで?」

 もう飲みくらべはしませんよ? とルナの眉はへの字になった。


「そうじゃなくて――飲んでばっかで、まだぜんぜんアズラエルさんと話してないじゃない」

 ルナは目をぱちくりさせ、

「話したよ?」

「話したって、どんなことを?」

 ミシェルは聞いた。

「えーっと、アズラエルさんは、L18出身の人で、趣味はおんなあさり……」

「それだけ?」

「それだけ!」


 ルナは威勢(いせい)良くうなずいた。ミシェルは額を押さえた。


「と、とにかく席もどろう」

「アズラエルさんは寝ちゃったから、寝かせておきなよ」

 ルナは帰る気満々だった。

「ミシェル、アズラエルさんは、リサ狙いだよ」

「それはあたしも見てて分かった」


 ミシェルはうなずいたが、ちょっと迷い顔をして――ふだんの彼女なら、ぜったいに言わないことを言った。


「でも、アズラエルさんは、ルナの運命の相手だと思う」

「へけ!?」


 やけにきっぱりとミシェルが言うので、ルナは思わずおかしな声を上げた。


「く……」

 ルナはやっとのことで言った。

「クラウドさんは、もしかしたら、ミシェルの――運命の――その――かもしれないけれども、」


 言いかけたルナだったが、トイレのドアからキラがひょっこりと顔を出したので、ふたりの会話はとぎれた。


「ルナ、だいじょうぶ?」

「う、うん」

 ルナはうなずき、それからあわててありったけのお金を出してキラに渡した。

「ルナ?」

「ごめん、足りない分はあとで払うから。みんなには、ちょっと飲みすぎて気持ち悪くなったから、先帰るって言っておいて。よろしく!」


「え? わかった。気を付けてね」

 キラはお金を押し付けられてようやくそれだけ言い、

「冷蔵庫に酔い覚ましドリンク入ってるからね!」

 とルナの背に呼びかけて、それがキラの部屋の冷蔵庫にあることをあとから思い出した。

 ミシェルは、追いかけこそしなかったが、もの言いたげな顔で、ルナのまん丸い背を見送った。


 ルナは慌ただしく外に出て、ぺたぺたと数歩走って、それから息をついて空を見上げた。

 トイレの隣に裏口があってよかった。

 正面の入口から出ていくには、どうしてもみんなのいる席の前を通らなければならない。


 息を吸うと、喉に触る空気がヒヤリとした。

 輝く星空は、ほんものの宇宙。だからたまに、ものすごく大きな惑星が視界を過ぎ去ることもある。

 吐く息が白かった。ストッキングをはいていてもワンピースは寒い。モコモコのコートはあったかいけれど。


(カレシは、いいのです)


 ルナは、リサには悪いが、ほんとうに彼氏はいらなかった。今は試験のことだけを考えたい。勉強などまったく好きではなかったが、地球に行く試験はべつだった。


(この宇宙船に乗れて、よかったなあ……)


 クリスマス前後には雪が降ります、とテレビの天気予報が言っていた。


(ホワイト・クリスマスかあ)


 ルナは、大変にロマンチックであろう光景を思い浮かべて、アホ面をさらした。

 町中はクリスマス一色だ。

 マタドール・カフェのまえにも、ルナほどもあるサンタの人形がチカチカ光っているし、バックミュージックもクリスマスソングだった。

 ルナは、店のまえの街路樹が、すべてクリスマスツリーになっているのをながめ、はっと気づいた。

 みんな、恋人作りに躍起(やっき)になっているのは、試験のこともあるだろうが、クリスマスが近いからか。

 そして、気づいた。


(もしかしたら、クリスマスはひとりかも!?)


 ルナは、ひとりであたふたし、それから、がっくりと肩を落とした。


(ミ、ミシェルとクラウドさんのデートに、こっそり、入れてもらえないかな……)


 せめて、夕飯だけでも、一緒にダメだろうか? いやいや、夕食からロマンチックラブラブコースになだれ込むのだから、邪魔をしちゃいけない――せめてお昼ごはん――せめて、プレゼント交換か、ケーキ入刀くらい――。


「ケーキ入刀は、結婚式だぞ!」


 ルナはセルフつっこみをし、クリスマスの妄想をくりひろげてがっくりした。

 L77にいたころは、ミシェルとご飯を食べに行ったり、ショッピングをしたりして、夜は家族とケーキを食べた。そこには、ツキヨおばあちゃんが混ざるのが恒例だった。


(カレシとは、一度もありませんですがね!)


 ルナは元気よくウサギ面をし、トホホと笑って、シュンと肩を落とした。

 もし、みんながあの三人とうまくいってしまったら、当然クリスマスはひとりだろう。


(やっぱり、ちょっとさみしい……でも)


『あれ? リサちゃんじゃないの?』


 あれはたしか、高校生のときだ。

 クラスのともだちに、なかば強引に誘われて、別の学校の男の子四人とカフェで会ったことがあった。

 四人とも、――たしか、頭のいい子が入る学校の。

 ルナの顔を見るなり、言ったのだ。


『あれ? リサちゃんは?』


 ルナは、その男の子の顔は知らない。初対面だった。


『え? だってあんた、あの家のコとお茶したいって言ったじゃん』


 バツの悪そうな顔をするともだち、気まずそうな男の子。

 ルナはリサと、家は隣同士。――間違えたのは明白だった。

 ルナはそのあと、すぐ帰った。男の子は失言を後悔していたし、フォローする人間はだれもいず、ルナは帰った。ともだちに平謝りに謝られたが、しばらく落ち込んだ。

 リサは、そのとき別の子と付き合っていたし、それはルナが言わなくても、誘ったともだちも知っていることだった。


 この手のことは、よくあることだった。

 リサは美人だ。よその学校でも有名なくらいだった。モデルかアイドルになると、勝手に噂を流されているくらいだったのだから。

 ルナとリサはなにかにつけて比較された。それは幼馴染(おさななじ)みで、家が隣同士で、同い年だったから余計だったのだろう。

 性格もまるで正反対だったから。

 社交的なリサと、のんびりやのルナ。


 ルナはどこかあきらめていると思う。

 恋愛そのものを? いや――恋愛から、いつも顔を背けているのだ。

 リサを理由にして、自分はモテないからと笑って、でも、実際のところ、ルナはだれかと恋など、したくない。

 いつかどこかで、もしかしたら、運命の人に会えるかもしれないが、そんなものには会いたくない。


 ……どうせ、ぐしゃぐしゃになる。

(ぐしゃぐしゃってなに?)

 恋は壊れる。ぐしゃぐしゃになって、壊れる。


 ルナは、ずっとそう思っていた。

 それがなぜかは、考えたこともあったが結論は出なかった。前向きな性格だと自分では思うのだが、なぜか恋愛ごとに関しては、おかしなぐらい卑屈(ひくつ)なのは自分でも分かっている。悲劇的結末しか、フィナーレで出てこないのだ。


(でももし、カレシができるんだったら)

 ルナはうつむいたまま、思った。

(アズラエルさんみたいなコワイヒトでなくて、ロイドさんみたいなやさしそうなひとがいいかな)


「おい」

 渋い声がした。突然声をかけられて、驚いたのと同時に、肩を大きい手でわしづかみにされて、くるりと回転させられる。

「大丈夫か。吐いたのかちゃんと」


「……え?」


 アズラエルがいた。立って並ぶと本当に大きい。小柄なルナは、胸元に頭が届くくらいだ。アズラエルはさすがに外では、ブルゾンを羽織っていた。

 彼が吐く息はじゅうぶん白い。

 いきなり大きな手で頭と頬を撫でられて、ルナは思わず赤面して後ずさった。


「酔ったんじゃねえのか」

 アズラエルが、眉をしかめる。

(たいへんに、こわいです!)

 ルナはぴーん! とウサ耳が立った。まさか、追ってくるとは。


「ああ、悪い」

 アズラエルは両手を上げて、ルナから離れた。

「俺を飲みつぶすとはな」

 アズラエルの声には、(あき)れと、感心するような響きがこもっていた。ルナはあわてて言った。


「先につぶれたのはアズラエルさんだったけども、あたしはカクテルだったし、アズラエルさんはとっても強いお酒だったし」


 ハンデがあったことは否めない。ルナはカクテルなら飲めるが、ウォッカをストレートで直飲(じかの)みしろと言われても、できなかっただろう。


「俺だって、あんな甘いモンを、あれだけの量飲めやしねえよ」


 彼は苦笑して、なぜかしゃがみこんだ。ルナと視線を合わせるためだろうか。それとも、やっぱり飲みすぎてフラフラするのだろうか。

 アズラエルは一度こめかみを押さえてちいさく首を振った。やっぱり、飲み過ぎでフラフラするのだ。

 ルナは、「今日はもう帰ったほうがいいですよ」ともっともなことを言おうとしたが、アズラエルが先に口を開いた。


「はぁ……飲みすぎた」

 だろうな、とルナも思う。

「今夜はもう解散らしいから、送るよ。家はどこだ?」


「えっ!?」


 ルナはご遠慮願おうと、丁重なお断りの言葉をさがしたが――。

 アズラエルはなぜかあたりを見回し、「危ないから」といった。


「いっ、いいです! おうちは近いので!!」

「……ひまわりパーラー?」


 なぜ、ルナが住んでいるアパート名を――ルナは戦慄(せんりつ)しかけたが、そういえばミシェルやリサからでも聞けるか、と思い当たって、ウサ耳を落ち着かせた。


「別に何もしない。家にも入らねえよ。俺があんたにもう一度近づいたら叫べばいい。そうすりゃ警備用pi=poがまっしぐらに駆けつけてくる」

「え?」

「なんだ。L77の女はそんなことも知らねえのか」


 アズラエルは苦笑し、道路に出て、「どっち?」とルナのアパートの方向を聞いた。

 

「……アズラエルさんは、どうして今日の飲み会に来たの」


 なんとなく、無言でいるのも気まずくなって、ルナは聞いた。

 アズラエルは本人が言った通り、ルナとだいぶ離れて歩いた。ルナのほぼ横を、ついてくるように歩く。


「クラウドが、K08区でミシェルを見つけて、ひとめぼれした」

「えっ?」

 リサじゃなく?

「クラウドがミシェルと話をしたかっただけなんだが、リサが、こういう形で会おうというのを提案してきた」


 ものすごく短くまとめられたので、ルナはアズラエルがリサとどこで会ったのか、ということは聞けなかった。


「じゃあ……アズラエルさんは、彼女が欲しいわけじゃ、なかった?」

 ルナはおそるおそる聞いた。

「まぁそうだな。俺は数合わせ。この船に乗ってこの方、女運が悪いもんでね」


 いつのまにか、アパートの前だった。

 アズラエルはまるでそこに線でも引いてあったかのように立ち止まり、それ以上こちらには来なかった。


「なぁ、L77の女って、こんなに不用心なのか?」

「えっ?」


 おやすみなさい、とあいさつしようとしたルナの言葉を、アズラエルが(さえぎ)る。


「なにもしないと言った男の言葉を信用するな。俺は帰るけどな。なにかあってからじゃ遅いだろ」


 ルナに向けた言葉は、呆れを含んでいるように聞こえた。


「俺の言ってる意味が分からないなら相当だ。よほどL77は平和なんだな。リサといい、ミシェルといい、初対面の男をなんの疑いもなく受け入れる」


 それからアズラエルは、真横を向いた。生垣(いけがき)があるほうだ。しばらくそちらをじっと睨んだあと、一瞬だけ、ルナを見た気がした。


「おやすみ」


 ひとこといって、アズラエルは帰っていった。ルナの返事など待ってはいなかった。あとには、ルナのアホ面だけが残された。

 ルナはその後ろ姿を呆然と見送っていたわけだが、数歩進んでから、彼は振り返った。


「ネギとマヨネーズと、バジルソースにケチャップ、チリソースにレモンのオリーブオイル。調味料ばかり買い込んで、なにをつくる気だったんだ?」

「……!?」


 ルナは今度こそ、固まった。

 やっと、思い出した。

 アズラエルは、スーパーで出会った、コワモテ男だった。



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