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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
137/927

60話 パニックインザリリザ Ⅵ 1


 なんだかくたびれていたアズラエルは早々にベッドに入り、ショートスリーパーで、いつも明け方くらいに眠るクラウドのほうも、めずらしくベッドに入っていた。

 ミシェルに許されてやっとほっとしたのか――久しぶりの睡魔が訪れたようだった。


「……なんだ? うるせえな」


 プルルルル……プルルルル……。


  しつこく鳴るベッドサイドの電話に、アズラエルは毒づきながら、起き上がって受話器を取った。


『アズラエル!!』


  電話の相手はリサだった。だが電話機を見れば発信元はフロント。アズラエルは咄嗟(とっさ)に時計を見た。

 午前0時半。


『アズラエル、大変よ! すぐ来てお願い!』

「どうした」

 リサは涙声だ。

『ルナがいなくなっちゃったの! 誘拐かもしれない、どうしよう!!』





 五分もたたないうちに、男たちがぞろぞろと階段のほうから姿を見せた。アズラエルにグレン、ロビン、カレンと、すっかり酔いがさめた顔のルートヴィヒとミシェル。


 クラウドだけがいなかった。


 ロビーでは、ストールを羽織ったリサが泣いていて、ミシェルが濡れ髪のまま、強張った顔で寄り添っていた。あと、オロオロした様子の従業員がひとり。


「悪いな、クラウドのヤツ、蹴っても踏んでも起きやがらねえ」


 ここしばらく、ろくに寝てなかったみたいだ。

 アズラエルが言った。


「いったいどういうことだ。ルナが誘拐されたって?」


 グレンの問い。とたんにリサがわめいた。


「ルナが! ジュリっていう酔っぱらった変な人に連れて行かれたのよ! カレンの恋人だとか言ってだまされて、――あのこヌケたとこあるから、連れてかれたんだわ、あたしがついてこればよかった、どうしよう、うわあー!!!」


 声を上げて泣くリサを、ミシェルズが抱きしめて、なだめるように背を撫でた。


「落ち着けよリサ、まだ誘拐って決まったわけじゃないだろ?」

「そうだよ、……ジュリだって? ジュリに連れて行かれたのか?」


 グレンが聞いた。レディのほうのミシェルが、困惑顔で答える。


「あたし、お風呂入ってたからよくわからないんだけど――あたしがお風呂入ってるときに、電話が来たんだって。フロントから。そしたら、そのジュリさんっていう人がロビーで泣いてるみたいで、ルナ、すぐもどるからって言って部屋を出たの。でも、もどってこなくて――。そうしたら、フロントから、ルナがいなくなったって電話が来て。ジュリさんってだれ?」


「あたしの恋人」

 カレンが言った。

「でも、どうしてあたしじゃなく、ルナに電話を?」


 カレンの携帯には、着信ひとつなかった。


 ルートヴィヒが、

「たしかに昨日、リリザに来たよ。みんなで遊んだ。な、グレン。でも、ジュリはエレナに呼び出されて、宇宙船にもどったはずだぜ? 俺たち、見送ってからおまえらに合流したもん」

「泣いてたって? ジュリが?」


 カレンの質問には、ホテルの従業員が答えた。


「0時まえでしたでしょうか。アフロヘアの、豹柄のコートを着たお客様――ジュリ様、ですか――が突然いらっしゃいまして、――大分、酔っておられるようでした。……ええはい、もう来られたときから泣いておられました。

 ここにルナ様がお泊りと、どこでお聞きしたのか――失礼ながら、ただならぬご様子でございましたので、最初は丁重にお断りしましたが、電話だけでもいいとおっしゃるので。フロントからルナ様の部屋へおつなぎしました。

 ルナ様とジュリ様はお知り合い、その、ご友人のようで、すぐルナ様はフロントへ参られました。そして、すこしそこのロビーでお話しされていましたが、――人目を憚るご相談のようで、「玄関先で話す」と仰られ、いったん出られました。

 ですが――玄関先で話すとおっしゃられたわりに、三十分近くなってももどってこられません。

 はい、今日は冷え込みます。ルナ様はカーディガンだけお召しでございましたし、私どもが外に様子を見に参りますと、おふたりはいらっしゃいませんでした。

 それで念のため、お部屋のほうに連絡させていただいたわけでございます」


「ジュリに、その辺の飲み屋に連れてかれたんじゃねえの?」


 ルートヴィヒが言うのに、グレンもうなずきかけたが、リサが涙声で怒鳴った。


「でも! ルナはこんな夜中に外出なんてしない子よ。行くとしても、ホテルの人に断ってから行くくらいするわよ! だって、玄関先で話してたんでしょ!? どこか飲みに行くことにしたなら、ひとこと言っていくことくらいできるはずだわ!」


「そのとおりだリサ」グレンは言い、「だが――ジュリがルナを誘拐する理由も、見当たらねえんだよ」


「ジュリって、あの子だろ? L44から来た娼婦だってコ」

 ロビンも顎に手を当てて唸った。

「たしかに、あの子の行動パターンを見りゃ、ルートヴィヒの意見のほうがあり得るな。言っちゃ悪いけど、オツムのヨワい子なんだろ。気まぐれで移動したって、おかしくない」


「まあな。でも――どうして、ルナだけに連絡した。ここにカレンがいるのに」


 それは、カレンも不審に感じた点だった。


「しかも泣いてだろ。それに、ルナが泊まってるホテルを、なんで知っていた」


 それについては、ルートヴィヒが説明した。


「それは知ってるよ。エレナから電話が来なきゃ、ジュリも俺たちと一緒にメシ食って、このホテルに泊まるはずだったんだから」

「ジュリは、ルナが優しい優しいってお気に入りだったんだよ。またルナのメシ食いてえって言ってたからな」


 カレンの言葉に、アズラエルが返す。


「だからって、こんな真夜中に、わざわざ宇宙船を降りて会いに?」

「……あり得ねえ話じゃねえだろ、ジュリの場合、特にな」


 グレンの嘆息。

 男たちは、腕を組んだまま、考え込んだ。


 ジュリは、気まぐれで突拍子もない行動をするときがある。今回もその気まぐれだと思えば、納得がいく。ウサギちゃんもアズラエルからすれば、行き先も書かずにトンズラした前科があるので、ふたりで飲みにいったとするのが妥当だが。


 だが、リサの言うとおり、ジュリよりはウサギは良識がある。真夜中に出ていくとするなら、フロントにもリサにも、ひとこと告げていくはずだろう。


 ジュリの様子がおかしかったというのも、不安をあおる。

 なぜ、ジュリがルナを誘拐しなければならない?


「そもそも、誘拐かもしれんと口にしたのはだれだ」


 アズラエルのセリフに、リサとレディ・ミシェルは従業員を見た。従業員が、あわてふためく。


「い、いいえ、それはもしかしたらということで、しかし、お知り合いの間柄でしたら誘拐などとは――」

「なんで誘拐だと思ったんだ」


 グレンが畳みかける。

 従業員は、仕方なく、といった風に口を開く。


「――ジュリ様が、このロビーでルナ様をお待ちしていらっしゃるあいだ、ずっと繰り返しつぶやかれていたんです。『あたしにはできない、あたしにはできない』って……」


 全員の顔色が変わった。


「ですから、お客様はただならぬご様子でして――手前の勝手な憶測(おくそく)で申しますと、ジュリ様のご様子は、どうしてもルナ様を外に連れだしたい様子に見えてなりませんでした。……あの、警察に電話したほうが……?」


 冷や汗をかきながらの従業員の説明に、リサが「すぐ電話してください!」と叫んだ。


「ちょっと待ってくれ!」

 それにストップをかけたのは、ルートヴィヒだ。

「頼む、ちょっと待ってくれ」


「なんでよ! ルナになにかあったらどうするのよ!!」

 ミシェルがルートヴィヒに食ってかかる。


「落ち着けミシェル。まだ誘拐って決まったわけじゃない」

 ロビンが、ミシェルの肩を撫ぜた。


「もし――誘拐じゃなかったら、た、大変なことになるから、」


 ルートヴィヒはしどろもどろに言った。リサがそれに激怒した。


「誘拐だったらどうするのよ! ルナが殺されちゃってもいいの!?」


 リサの激高(げきこう)(あお)られるように、ルートヴィヒの言葉も荒くなった。


「そんなこと言ってねえだろ! でも、もし誘拐じゃなかったら、たいしたことじゃなかったら、ジュリはどうなんだよ!! リサたちは、宇宙船でなにか問題起こしても、家にもどされるだけだろ、でもジュリたちはちがう! 帰る家なんかない、娼館にもどされんだ。リサたちとちがうんだよ! ジュリたちがどんな目に遭って、やっと宇宙船に乗ったか、分かんねえだろ!? 逃げてきた娼館なんかにもどされたら、――L44にもどされたら、過酷な折檻(せっかん)で殺されるか、一生幽閉暮らしだ! 使い捨ての下級娼婦に落とされてな!」


「ルーイ、やめろ」


 グレンがルートヴィヒの側頭部を叩いた。リサが目を丸くしている。


「ご、ごめん――。でも、本当のことだ」


 ルートヴィヒは、思わず怒鳴った自分を恥じて、口を(つぐ)んだ。

 たしかにそうだった。もしなにもなかった場合、それでも警察沙汰になれば、ジュリは宇宙船を降ろされるだろう。自主的に降りるのではない場合、母星にもどされる。

 そうなれば、ルートヴィヒが言ったような結果は、あきらかだった。


 ロビンが励ますように、リサとミシェルの肩を抱いた。


「だあいじょーぶ! なにかあっても、ここに傭兵も探偵も勢ぞろいしてんのよ? これ以上頼もしい仲間はいないでしょ?」


「でも――なんでルナが――」


 リサが涙ぐむと、アズラエルがひとつ大きなため息を吐いて、ソファにドスン、と腰かけた。


「――思い当たるといえば、ひとつだな」

「なんだ」


 グレンが言いかけ、アズラエルと目があって、はっと気づいたように目を見開いた。


「俺のせいかもしんねえな……」


 アズラエルの台詞に、まるで電波が流れるように男たちは悟った。


 もし、誘拐だとするなら、ジュリひとりの計画ではない。

 ジュリは、こんな計画を起こせるほど頭がよくはないし、ルナに害を加える理由も見当たらない。ただでさえ、ルナは優しくてお母さんみたいだと、常日頃から公言してはばからなかった。ジュリは、ルナが大好きなのだ。


 だが、ジュリの「相方」には、ルナを害するかもしれない理由があった。

「あたしにはできない」――ジュリは、だれかに命令されて、ルナを連れだした。 


 ジュリが、泣きながらでも命令を聞いてしまう人物。

 カレンか、エレナかどちらかだ。


「少しは、うぬぼれとくべきだったか」


 アズラエルは後悔した面持ちで眉をひそめたが、いまさら後悔してもはじまらない。


 エレナは、アズラエルが好きだったのだ。

 アズラエルが傭兵だからという理由で、エレナは地球に行く試験を、アズラエルと組みたがった。

 アズラエルはルナと組む。だから、それはできないとエレナに告げてあった。


 そもそも、試験だなどと一口に言っても、どんな試験があるかなどわからない。「地球について知っていることを述べよ」だなんてペーパー試験でも出たら、アズラエルの傭兵としての実力などなんの役にも立たない。


 しかし、エレナは信じ込んでいる。傭兵と組めば、試験は必ず受かると。

 地球に行けると。


 それだけではなかった。エレナが、アズラエルにつきまとう理由はただひとつ。

 エレナは否定していたが、周りには知られていた。彼女がアズラエルに惚れていたからに他ならない。


「俺の女運も、どん底だな」


 まさか、またルナを巻き込む羽目になるとは。

 だからといって、エレナはこんな真似をしていったいなにがしたいのか。彼女が不用意にルナを手にかけるとは、男たちは到底思えなかった。


 あれほど地球に行きたがっていたエレナだ。

 ルナを害したりしたら、その時点で宇宙船を降ろされることは知っている。そうしたら、母星に帰される。

 そんなリスクを背負ってまで、ルナを誘拐などするだろうか?

 

 いくら色恋沙汰とはいえ、あの用心深いエレナが、そんな暴挙をしでかすようには見えなかった。


「――その、エレナさんって人が、ルナを誘拐したかもしれないの?」


 ミシェルが、深刻な顔で聞いた。

 エレナさんってひとが、アズラエルと試験のパートナーを組みたくて、邪魔なルナを誘拐した? ジュリさんをつかって?


「……いや、すべては想像だ。これが真実だっていう証拠はどこにもない」


 グレンがつぶやき、フロントが、「――あの、警察を」と再度つぶやき。


「ちょっと待ってくれ」

 グレンがさえぎる。

「ルナは、携帯を持っていないんだったな」


 グレンはリサに確認し、リサはうなずいた。ルナの携帯は、部屋に置きっぱなしだった。

 受話器を持ったまま狼狽えている従業員たちに向かって、グレンは言った。


「まず、俺たちでルナを探す。警察への電話が必要なときは俺たちでする。宇宙船内にいるかもしれんし、そのあたりの飲み屋にいるかもしれん。この辺は飲み屋っても数が少なそうだ。当たれるだろう。電話で問い合わせを、お願いできますか。ルナはともかく、ジュリは目立つ。人相を告げればわかるだろう」


 グレンの言葉に、「そうですね。で、では、問い合わせをしてみます」と、従業員は、あわてて電話に向かいはじめた。


「セルゲイが、エレナの部屋に向かっているはずなんだ」

 アズラエルの言葉に、皆は目を見開き、

「ちょっと、あたし、セルゲイに連絡とってみるよ」

 カレンが携帯電話を取り出した。

「じゃ、俺、ジュリに」

「――俺は、マックスにだな」


 ルートヴィヒがロビーの隅っこに行って、グレンはその場で、携帯で電話をかけはじめた。


「今夜中に見つからなかったら、――そのときは警察だ。いいな? ルーイ」


 グレンの厳しい言葉に、ルートヴィヒが背を向けたまま、無言でうなずいた。


 だれの電話もつながらなかった――そのことが、皆の不安をさらに煽った。再びロビーのソファに結集した男たちは、まず互いを見合った。そして、決めた。

 グレンが口火を切る。


「アズラエル、ロビン、ミシェル、おまえらはこの周辺を直接当たってくれ。ルーイと俺は、宇宙船にもどって、ルナやエレナたちの降船記録を調べる。それは駅で聞けるだろうからな。カレン、おまえはなんとか、セルゲイやジュリと連絡付けてくれ。リサとミシェルは、ホテル待機。もしかしたらここにルナがもどってくるかもしれない」


「オーケー」


 カレンやミシェルがうなずき、ロビンも、気に食わない顔はしているが、いまは素直に従った。リサとミシェルも、真剣な顔で携帯電話をにぎりしめた。


「どうした? アズラエル」


 ひとりだけ、考え込んだ顔で沈黙したアズラエルに、ロビンは聞いた。


「ドーソンの指示は聞きたくねえって気持ちはわかるが」

「ちょ、ちょっと待て。いまはそんなこと言ってる場合じゃねえだろ」


 ミシェルがあわてて止めた。不穏な空気になりそうだったからだ。


「いや、そうじゃなくて」


 アズラエルは、まったく別のことを思い出していたのだった。

 かつて、ルナを追っていた気配――ストーカーかと思っていたが、ボディガードだった件。

 あとは、九庵。


(どちらかが、ルナの危機を察して、助けるということはないか?)


 アズラエルはすぐ、その楽観的な考えを打ち消した。どちらにしろ、前者は正体不明だし、アズラエルがルナと暮らし始めてから気配は消えた。九庵は、連絡先を知らない。


「いや、なんでもねえ。指示には従う」


 アズラエルは両手を上げた。グレンは一度肩をすくめてから、リサとミシェルに言った。


「外に出ることがあるかもしれねえから、服だけはあったかいもの着ておけ。それから――」


「……みんな、なに言ってんの」


 緊迫した場に不似合いな、寝ぼけまなこの声。そこには、目をこすりながら、バスローブ姿のクラウドが突っ立っていた。


「地球行くのに試験なんかないよ。コレ、ちゃんと役員さんから聞いたから、ほんとの情報」


 いつから聞いていたのか――すっとぼけた返答をしたクラウドは、追跡機能つきの携帯をいじり、ぼやいた。


「えーっと、ルナちゃんなら、港にいるよ。リリザのグランポート港」


「クラウド! おまえは天才だ!」

 思わず、ミシェルは叫んでいた。


「……いまさら、なに言ってるの。ところで、みんな、なにを騒いでるの? ルナちゃんがいないな……ミシェルはなんで泣いてるの?」






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