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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
135/920

59話 パニックインザリリザ Ⅴ 2


 ミシェル一行――ミシェル、クラウド、取り残されキャラのロビン――が、待ち合わせ場所のレストランに着いたのは、午後九時も過ぎたころだった。


 ミシェルたちは夜のパレードを見、それから一旦宇宙港にもどって、そこでリリザのお土産を買って、母星に送った。それが意外と手間で、すっかり待ち合わせの八時を過ぎていた。


「遅くなってごめんね」


 ミシェルたちが席に行くと、もうすっかり盛り上がっていた。

 ルナとリサ、アズラエルとグレンとメンズ・ミシェル、ルートヴィヒ、セルゲイ、カレン――ずいぶんな人数だ。


 ルートヴィヒたちを見たことのないミシェルは、「……だれ?」とクラウドを突いた。

「グレンの同乗者と、隣人だよ」と簡潔な答えが返ってきた。

 さっきからクラウドは、ミシェルに許してもらったことがうれしすぎたのか、頬を紅潮させて、どこか遠くに行ったまま、なかなか帰ってこない。


「こんばんは、あたし、ミシェルっていいます。ミシェル・B・パーカー」


 クラウドが紹介してくれないので、ミシェルは自己紹介した。


「君がミシェルちゃんか! ミシェルズの片方? 俺はルートヴィヒ・E・クレンドラー。ルーイって呼んで」

「どうも。私はセルゲイ・E・ウィルキンソンです」

「あたし、カレン・A・マッケラン――ミシェルちゃんか」


 ミシェルは順番に握手をしていったが、中でもカレンが、マジマジとミシェルを見ながら、うれしそうな顔をした。


「初対面の子に失礼かもしれないけど――あたしの妹に似てるってグレンが言ってたんだ――ホントに似てるかも」

「妹さんに?」

「うん、アミザっていうんだけど」


 ミシェルは、カレンの隣に座った。さっそくカレンが携帯電話にある、妹の写真を探す。


「うわ美人! あ、あたしに――似てるかな?」

「似てる似てる! ミシェルのほうが美人だよ」

「もうちょっと身長が大きかったら、ほとんどアミザさんだよね」

 セルゲイも言った。


 ルナは、すでにカクテルで出来上がったリサに突かれまくっていた。


「あたしはルナを呼んだんであって、ウサギじゃないんですけどー」

「だって、だって、買ってもらったんだもん」

「えー? あたしあんたと話してない。ルナと話してんの」


 そういって、リサはルナが抱えている、等身大ウサギぬいぐるみにパンチを食らわせていた。

 ルナほどもある巨大ぬいぐるみ――ルナはそれを大切そうに抱えている。グレンかアズラエルに買ってもらったであろうことは、あきらかだ。


「このぬいぐるみ、ジニー・タウンで売ってるやつでしょ? あんたらみたいのが、このぬいぐるみ連れたルナと歩いてて、よく捕まらなかったわね」


 ふたりは何も言えなかった。あれから、また職務質問を受けたことも。

 メンズ・ミシェルは、グレンとアズラエルが本気で怒りださないかハラハラしていた。


「なんだよリサ、おまえも欲しかったんなら、言えばよかった――」

「だれが!? 欲しいわけないじゃん!! あたしいくつだと思ってんのよ!! そんな恥ずかしいマネしたくないわよ二十歳にもなってこんなぬいぐるみ……っ!!」


 アレは、欲しかったんだな。

 酒のせいだけではなく真っ赤になって叫ぶリサに、ダブルミシェルズも、グレンも、アズラエルも、そう思った。


「ちょっとクラウド、マッシュポテトとサラダにカレーかけてどうすんの? ごはんこっちだよ?」

「……え? ア、あれ? ごめん」

「ルゥ、いい加減にしろ。オムライス冷めんだろ、食え」

「邪魔ならこっち寄越せルナ、そのウサギ」

「あー! あたしのうさこたん!」

「言うこと聞かねえなら、店に返しちゃうぞ、うさこたん」

「いやー!! 」 

「リサちゃんの美貌にかんぱーい!!」

「アミザ似のミシェルちゃんにカンパーイ!」

「ついでにルーイの金髪にかんぱーい!!!」

「ロビンの靴下にかんぱーい!!」

「水曜日のリリザにかんぱーい!!!!!!」

「……もうわけわかんねえんだが。どんだけ出来上がってんだよ」


 ぼんやりしきっているクラウドは、カレーをたっぷりとサラダとポテトの器に流し込み、ミシェルのツッコミを受けていたし、ルナはなかなか食事をしないので、ついにアズラエルにウサギぬいぐるみを取り上げられ、グレンに返しちゃうぞと言われて涙目になっていたし、ロビンとカレン、ルートヴィヒとミシェルとリサは、意味不明な乾杯を十数回繰り返し、密かにアズラエルに突っ込まれていた。


 ジニーのぬいぐるみのために一席設けるわけにはいかなかったので、ジニーは最後までアズラエルか、グレンの膝に乗っていた。コワモテ男がぬいぐるみを抱いて座っているという光景に、過ぎゆく客が二度見して行ったが、だいたい、ふたりのひと睨みを食らって、あわてて目をそらすことの繰り返しだった。


 真向いのルナは、オムライスを食べながら、なぜかぬいぐるみを凝視して目を離さないという、どうもアヤシイ様子になっていたが、ケチャップ玉子ごはんを食べ終えたルナは、やっと目を離し、「トイレ!」と叫んで席を外した。

 ルナは、無駄にジニーを凝視していたわけではなくて、考えごとをしていたのだ。


 トイレを済ませて出てくると、男子トイレから、ちょうどセルゲイも出てきた。

 なんというタイミングだろう――ルナはあとでこっそり、カレンかセルゲイか、ルートヴィヒに聞きたいことがあったのだ。


「あれ? ルナちゃん」

「セルゲイ!」


 ルナは、セルゲイのシャツの裾を引っ張り、トイレのそばにある植え込みの陰に隠れた。


「ど、どうしたの」

「あの――セルゲイ」


 セルゲイの困惑をよそに、ルナはすぐさま、気になっていたことを聞いた。ごくりとひとつ、唾をのんで。


「エレナさんって、妊娠してる?」


 セルゲイは、一度、目をぱちくりさせ、「え? それはどこから? だれから聞いたの」と、その長身をしゃがみこむことで縮め、ルナと視線を合わせた。


「うん――えっと」

 ルナは目を泳がせたが、やがて決心したように、「アズ」といった。


「アズラエルの子なんだ?」


 セルゲイは驚いたように目を見開いたので、ルナはあわてて訂正した。


「ちっ、ちが、たぶん、それはちがいます! ――でも、やっぱエレナさんは、妊娠してるんだね?」


 セルゲイは、困惑したようにルナを見つめたが、やがて言った。


「私は、エレナちゃんが妊娠しているんじゃないかと思っていた。本人に、直接それを確かめたわけじゃないんだ。父親も知らない――時期的に見て、遊郭にいたころの妊娠だとは思ったけど。私たちがエレナちゃんと出会った時期も、もしかしたらギリギリだから」


「で、でも、セルゲイやグレンやルーイが父親なわけではないんだよね?」


 ルナの必死な問いに、セルゲイはあっけにとられた顔をし――それから、吹き出した。


「笑った!!」

「ああ――ははは、ゴメン。びっくりして。でも、誓っていうが、私の子ではないし、グレンやルーイの子でもない」

「そ、そっかあ……」


 ほっと肩を落としたルナを見て、セルゲイは続けた。


「むしろ、私たちが疑っていたのは、アズラエルなんだけど」

「アズ」


 セルゲイは、ちらりとみんなのほうを向いて、それから、ルナに向き直った。そして、内緒話をするように、ルナの耳元で囁いた。


「実は、エレナちゃんが妊娠して“いるんじゃないか?”ってことは、私とルーイしか知らない。グレンとカレンは知らない」


「――え?」

 ルナはびっくりして顔を上げた。


「エレナちゃんは、そのことを隠したがっているようなんだ。だから、私たちもだまっていることにした」

「……アズも、そうゆっていたです」

「え?」

「エレナさんは、アズに、妊娠していることを、だれにも言うなって言ったみたいです……」


 ――「言うなって、言ったのに」。


 夢の中でそう言って、ルナとジュリに、ナイフを振り上げた黒ネコ。

 字が読めないことを、隠し続けていたイハナが、妊娠を隠し続けるエレナと重なる。


 L44から来た、女たち。

 ルナは、なにかが分かりそうで分からない、モヤモヤした気持ちを抱えていた。


(夢の中でジュリさんのアフロネコは、黒ネコさんを助けてってゆっていた)


「セルゲイ、エレナさんは、字が読めないってことはない?」

「え」

 セルゲイは、またも困惑した顔をした。

「え――いや――それは、わからないな」

「そう……」


「ルナちゃん」

 考え込んでしまったルナを引きもどすように、セルゲイはルナの手を取って言った。

「あのね、エレナちゃんとは、ほとんど接触がないんだ、私たちは」


「へっ?」

「ジュリちゃんは、ああいう積極的な性格だから、私たちのマンションによく来たけれど、エレナちゃんはそうじゃない。もともと用心深い性格らしいし、L44でもいろいろあったことだろうと思う。だから、あまり私たちを信頼してはくれなかった」


 セルゲイは、すこし寂しげにそう言った。


「だから、私たちはあまり、エレナちゃんが抱えていることとか、事情も分からない――ただ」


 セルゲイは、迷い顔をしたが、やがて言った。


「エレナちゃんは、私たちやアズラエルとラガーで出会う前に、――乱暴されたことがある」


「――!!」

 ルナのウサ耳がぴーん! と立って、青ざめた。


「不特定多数の男たちに。しかも、エレナちゃんは、自分の借金を返すために、かなり乱暴な方法で体を売っていた期間もある」


 ルナは思わず叫んだ。


「それって、地球行き宇宙船に乗ってから!?」

「そう。だから、正直にいうと、どこで妊娠したかなんてわからないんだ。――彼女が、それほどまでに、妊娠を隠す理由も」


 ルナは頭を抱えた。ちっちゃなウサギ脳では、これが限界だった。


「どうして、今日、ジュリさんはいないの?」


 ルートヴィヒの話だと、今日はジュリとカレンと、グレンとセルゲイ、ルートヴィヒの五人で降りて、遊園地で遊んだのだと――。

 どうして、ジュリがいないのか。


「グレンから誘いの電話が来るまえ、エレナちゃんに呼び出されて、宇宙船にもどったんだ」

「エレナさんに?」

 ルナのウサ耳はたちどころに立った。

「うん。かなり久しぶりだよ。エレナちゃんとジュリちゃんは大ゲンカして、エレナちゃんはしばらく、行方知れずだったんだ。担当役員さんだけが、居場所を知っている状態」

「……」


 ルナの顔が、みるみる青ざめていく。


 ナイフを振り下ろすエレナ。泣き続けるジュリ。


 ――言うなって、言ったのに。


(ジュリさんは、言ってしまった? だれかに? エレナさんの妊娠のことを?)


 だから――殺されそうになっている?


「おい、なにをふたりでコソコソと……」


 なかなかもどってこないルナにしびれを切らしたアズラエルが、様子を見に来た。


「アズラエル」

 セルゲイが立って、アズラエルに言った。

「エレナちゃんはやっぱり、妊娠してる?」


 アズラエルは、突然何をという顔で自分より背の高い男を見上げたが、ルナを見て、予想がついたかのように嘆息した。


「ああ――あいつは隠したがっていたが、丸わかりだ。つわりだったってことはな」


「え、ええええれなさん、臨月だってことはない?」


「えっ?」


 ちっちゃな子ウサギが二人のズボンをつかみ、不安そうな顔で訴えている。


「時期的に――まだ、では?」

「あいつ、腹なんか、出てねえぞ」


 ウサ耳がびびびーん! と立った。


「あんまりおなか出ないひともいるの! エレナさんみたいに細いひとだったり、ああいうブカブカワンピ着てたら、まるで目立たない、わからないひともいる! あたしの同級生で、高校のときに妊娠して、だれにも気づかれずに卒業した子もいるもん!」


 アズラエルとセルゲイは、顔を見合わせた。


「ずっと連絡なかったんでしょ? それなのに、いきなりジュリさんを呼んだってことは――エレナさん、困ってるんじゃないかな。生まれそうとか? もし字が読めなかったら、困ることもいっぱいある。分かんないことだらけなんじゃないかな?」


 あと、ジュリさんが、ついに妊娠をばらしてしまったとか――という言葉は、間に合わなかった。

 臨月かもしれないという言葉に、足が動いたのは、ふたり同時だった――だが、セルゲイが、アズラエルを止めた。


「君は行っちゃダメ」

 アズラエルは「なぜだ」と言おうとして、やめた。自分でもわかっていることだった。

「君がエレナちゃんに手を出さなかったのは、半端な同情はよくないってわかっていたからでしょ」


「……」

「ルナちゃん」

 セルゲイが携帯電話をポケットから出しつつ、言った。

「私が様子を見てくるから、おおげさにはしないこと。みんなには内緒。――いいね?」

「う、うん」

 そう言って席にもどり、コートを抱えて、慌ただしく出て行った。


「ルナ」

 アズラエルが、ルナを見ていた。

「おまえもしかして――それも、夢で見た?」


 ルナはすこしためらったが、「うん」とうなずいた。

 アズラエルは、「そうか」と返しただけだった。





 楽しい夕食は、午後十一時には終了し、一行は、「リリザ・グラフィティ・ランドパーク」から、少し離れた位置にあるホテルに向かった。


「なにいってんの? 女三人で泊まるっていったじゃない」


 クラウドとロビンのまえに、リサが立ちはだかる。

 ロビーで、だれがだれと泊まるだので、また悶着しそうになったのを、酒が入って勢いが増したリサがちゃんと仕切ってくれた。


「まァま、いいじゃねえの。今夜くらい、男同士で飲もうぜ」


 ルートヴィヒとミシェルが肩を組んで、出来上がった声で言った。

 結局、ルナとミシェルとリサの女子同士で一部屋、アズラエルとクラウドで一部屋、ルートヴィヒとグレンで一部屋、ミシェルとロビンで一部屋になった。


「ちえっ。セルゲイのやつ、だまって帰りやがって」


 おかげでカレンは孤独に一室だ。

 カレンと仲良くなったミシェルが、「じゃああたしと泊まろうよ」と言ったが、「それならむしろ俺と」「俺だろ」とクラウドとロビンが割込み、収拾がつかなくなったので、あきらめた。


「いい? のぞきにきたりとか、襲いにきたりとか、ちょっかい出しに来ないでね」


 酒が入ったリサは最強のようだ。だれも口答えするものはいなかった。

 未練タラタラのクラウドは、ずーっとミシェルに目で訴えていたがあっさり却下され、ロビンはさりげなさを装って女の子組についていこうとしたが、レディ・ミシェルに足を踏まれて終わった。


「お休み、明日な」

「うん♪」


 ミシェルとリサのキスが、一番安全で平和なキスだった。



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