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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
131/925

57話 パニックインザリリザ Ⅲ 3


 ルナは、思わず「うわあ!」と声を上げた。

 観覧車に乗るのは、何年振りだろう。

 むかし、まだルナが物心つかないころ、パパとママと、おじいちゃんおばあちゃんとで、L74の遊園地へ行ったのが最後かもしれない。修学旅行や、友達と遊園地に行っても、観覧車には乗らなかった。


 リリザ・グラフィティ・ランドパークの全域が見渡せる。さっき乗ったジェットコースターも見えた。彼方に見える、広いプールの中に半透明のジェットコースターが見え、あれが水中のコースターだろうか。


「――ずいぶん高ェな」

 グレンも身を乗り出し、外を覗く。


 リサが企画したグループデートは、そう長くは続かなかった。ロビンもグレンも、ミシェルやルナが好きそうなものを見つけては、それとなく行動を別にしようとしたからだ。


 ルナがミシェルたちとはぐれたのは、リリザ・グラフィティ・ランドパーク内の、ガラス小物のショップだった。気づいたときには、リサとメンズ・ミシェルもすでにいない。


 グレンと二人きりになったルナは、グレンが何も言わずつきあってくれるのをいいことに、あちこち振り回した。

 やがて、グレンの顔に疲労が見え始めたので、観覧車に乗ったのだった。


「――ルナ」


 観覧車も中ほどに上がったころ、グレンが外を見ながら、やっと口を利いた。

 ぴょんっとウサギ耳が立つように、ルナは顔を上げた。


「おまえ、昨日の電話でへんなこと言ってたな。俺が、ルシアンでバイトしてるかって? 答えはイエスだが――だれか助けたかって、どういうことだ?」

「!」


 突然その話を振られて、ルナは泡食ったのか、今度は落ち着きがなくなりだした。そわそわ、そわそわ、と手をもみ込んでみたり、足をぶらぶらさせたりする。

 その正直すぎる反応に、グレンはおかしくて吹き出しそうになったが、あえてちょっと怖い声で聞いてみる。


「青少年大会優勝のボクサーを殴ったかって、どういうことだ。俺が助けたあの女の子たちは、おまえの知り合いなのか? いったい、俺に、なにを聞きたかったんだ」


 ルナは、ますますそわそわと落ち着きがなくなった。眉がへの字になって、心なしか涙目になっているような気がする。

 そして、ぷるぷると小さな頭を振った。


「おまえが、ソワソワしてる理由はなんだ。俺に言えないことなのか?」


 ルナは、口をもぐもぐと動かしたが、セリフは出てこない。グレンは、わざと意地悪い口調で聞いた。


「アズラエルには言えて、俺には言えない?」

 また、ぴょん! とルナが顔を上げた。

「――あ――アズにも――言えてないよ……」

「それはどうして」


 その答えがルナから返ってくるまでには、だいぶ時間がかかった。


「……だってたぶん――バカにされるもの……」

 ルナは、小声で言った。気味悪いと思われるかもしれないし、とも。


「どうして、俺がおまえを気味悪く思う?」

「――だって」


 ルナの声はそこで途切れた。まだためらっているようだ。グレンは、いつも冷たいといわれる、持ち前のブルーグレーの目を細めた。


「俺が助けた女の子たちは、おまえの知り合いではない?」


 ルナが、困り顔をして、ようやくうなずいた。それは肯定だ。


「なるほど」

 グレンは努めて優しい声を作った。

「しかし、おまえはどうしてか、それを知っていた。“青少年大会優勝のボクサー”のことも」


 ルナのウサ耳が、ペタン、と垂れた。


「不思議な話の類か。……じゃあ俺が先に話をしようか。サルーディーバの話」


 グレンの口から、そんな話題が出てくるとは思わなかったのか、ルナは怪訝(けげん)な顔でグレンを見上げた。


「グレンは、サルーディーバさんのことを知ってるの」

「おまえこそ、知ってるんだな。“サルーディーバ”のことを?」


 ルナはまた迷い顔をしたが、やがてこくんとうなずいた。


「……アズラエルが一度、俺に連絡してきたことがある。つい先日だ。“ルナがK05区でサルーディーバに会った。おまえはなにか関係があるのか、知ってるのか”ってな」

「――え?」


 思いもかけないことで、ルナのウサ耳は、ふたたびぴょこたんと立った。


「俺のことは、サルーディーバから聞かなかったか?」

「……うん。サルーディーバさんは、グレンもアズのことも知ってたけど、特にお話は聞かなかった」

「そうか。俺のことはなんて言ってた」

「うんと――サルーディーバさんの妹のアンジェが、ガルダ砂漠っていうところで、アズとグレンに会ったって話を」


 それを聞いて、グレンは苦笑いした。


「アズラエルは、サルーディーバを気味悪がってた。L03の予言師なんて生き物は、得体が知れねえってな。アイツは、サルーディーバを(おそ)れもしない代わりに有り難がりもしねえ。もっとも、ほかの星じゃ、サルーディーバは、生き神様の象徴だ。L18でも、ガルダ砂漠の件があるまでは、なんでもかんでもL03を通さなきゃ、戦争すら始まらなかった。今のサルーディーバはじいさんで、俺やおまえの会ったサルーディーバってのは、その跡継ぎになるやつなんだろ?」


「うん――そうみたいだね」

「俺は、顔を覚えちゃいねえんだ。サル―ディーバの」


 グレンは、すこし遠い目をした。


「二十五のとき、俺は戦争で、L03のガルダ砂漠にいた。サルーディーバに助けられたときには意識不明の重体だった。体中ひどい大やけどでな、俺が、サルーディーバとその仲間に助けられたって知ったのは、L18の病院に運び込まれて、二週間もしたころだった。やっと意識がもどって、俺は自分が生きていることを知った」


 ルナは、グレンが自分の部屋で包帯ぐるぐる巻きになっていたのを思い出して、泣きそうになった。


「サルーディーバたちが応急処置をしてかくまってくれていなかったら、俺はガルダ砂漠の極寒の寒さの中で、死んでいたはずだった。まあ助かったのは、あの傭兵野郎を雇ったからでもあるけどな」

「アズ?」

「アイツ、恩着せがましく言わなかったか? 俺が少佐どのを救ったとかなんとか。俺はあいつを雇ってたんだ。あの戦争でな」


 グレンは苦々しい顔をした。


「アイツはともかく――俺はサルーディーバには恩がある。顔すら分かっちゃいねえが、一度、礼を言いたいとは思っていた。この地球行きの旅行が終わったら、L03に行くつもりだったが、政変で混乱してるしな。どうしようかと思ってたんだ。まさか、アズラエルからの電話で知るとは思わなかった。サルーディーバがこの宇宙船に乗っているなんてな」


「グ、グレン――」

「ン?」

「あたし――あたしね」


 ルナは決心したかのように、バッテンにしていた口を開いた。


「……あたし、あのあと、K12区のショッピングセンターでチラシ見て、K05の椿の宿っていうところに行ったの」


 グレンたちのマンションを出たルナは、K12区のショッピングモールに行った。そこにあったチラシで「椿の宿」を知った。


「最初はただ、温泉入りたかっただけなんだけども」


 観光気分で行った真砂名神社というところで、サルーディーバとアンジェリカに出会った。


「それでね、その椿の宿っていうのが、不思議なところなの。まさな神社が近くにあるせいなのか、そこに泊まる人って、夢を見るんだって」

「夢?」

「そう。不思議な夢」


 そういって、ルナはうつむいた。ここからが核心部分で、ルナが言い難かったことのようだ。


「――あたしも、そこで夢を見た。たぶん、アンジェがなにかしてたんじゃないかって、ナキジーちゃんはゆってたけども、――えっとね、アンジェは、ZOOカードっていう占術をつかう、サルディオーネっていうのなんだって」


 グレンは「なんの夢を見たんだ」と聞いた。


「――過去の夢」

 ルナののどが、ゴクリと鳴った。


「は? ……過去?」

「そう――あれはたぶん、過去の夢なの。最初に見たのが、グレンの夢だった。グレンがね、三歳のグレンが、お母さんのお墓の前で泣いてたの」


 グレンの目が、見張られるのが分かった。


「あたしは“導きの子ウサギ”っていうチョコ色のウサギに案内されて、過去を移動したの。あたしとチョコウサギは見ているだけだったのだけども」


 ルナは、グレンの目を見ず、話をつづけた。


「きれいな、ひろい墓地公園で、グレンのお父さん、バクスターさんからグレンを預かったのはローゼスさん。そこにセバスチアンさんと、エレナさんと、三歳のルーイが来たの」


「……そりゃ、俺のおふくろの、葬式か」

 グレンが、なんとも言えない声で言った。


「そう。それから時間が少しずつ変わって、十歳のグレンやルーイにも出会った。グレンは、ルーイのおうちに引き取られてたんだよね。おうちは、すごいのどかなところにあって、おっきなレンガ造りの家。あ、風見鶏がついてるおうちが近くにあるよね? グレンの小学校の制服は、グレーのブレザーと半ズボンで、紺色のネクタイと靴下――ルーイはちゃんと履いてたけど、グレンは思いっきり、後ろ履きつぶしてたよね? いい革靴なのに」


 グレンが辛うじて言えたのは、「小さい俺って可愛かったろ」という冗談だけだった。


「うん。すごく可愛かった。しょうじき、おっきくならなきゃいいのにって思ったもん。十六歳のグレンにも会ったよ。二十歳のグレンと、それから、ガルダ砂漠で大けがを負って、自宅療養していた二十五歳のグレンにも会ったよ。グレンって、二十歳ころピアスなかったね」


「あ~、ちょっと待て?」


 だんだん、グレンの顔が、驚きから焦りに変わりつつあった。ルナは言った。


「マルグレットさんや、レオンさんもいた」


 グレンは大きく肩を揺らせて、窓の外を眺め、それから息を吐いた――深く。


「その名は、クラウドやアズラエルから聞いた?」


 答えの代わりに、ルナの唇がとがった。やっぱり信じてはもらえないと思っている顔だった。


「いや――悪かった――信じていないわけじゃない」

 グレンはあわててそう言い、

「三歳のころのことなんて、俺には覚えがない。だが、なぜローゼスの名を? その名前はさすがに、一族の者しか知らないはずだ」

 グレンは困惑気味の顔をした。

「ローゼスはなんだと思った?」


「……執事さん?」

 グレンは、再び深いため息を吐いた。


「夢を見たのは、俺の過去だけか」

「ううん? アズや、セルゲイのも見たの。セルゲイ、のは、一部だけだったけど」

「セルゲイ? どうしてセルゲイ」

「それは、……あたしにもわかんないの。あの夢になんの意味があるかなんて――。ただ、アズの夢の中で、バブロスカ革命のこととかも出てきたの。あたし、バブロスカ革命のことなんて、全然知らなかったんだよ?」


「待て」

 グレンが強く制した。

「バブロスカ――? おまえ、なに言ってる」


「バブロスカって、正式名はバブローシュカ?」


 グレンの顔が、はじめて強張った。


「バブローシュカ特別政治犯棟第22号8って、いったい、どこ?」


 ルナの必死な顔を見て、逆にグレンの顔が和らいだ。ルナを落ち着かせるように、その手を取った。だが、真剣な口調で言った。


「ルナ、いいか。これから、その言葉は、二度と口にするな」

「だって、」

「いいか。バブロスカ監獄棟は、すこしまえに、ほとんどが破壊された。今はもう残ってない。もちろん、もう収容者もいない」

「のこって……ないの?」

「あれは、俺の一族が作った、L18の負の遺跡だ。それに、おまえがいう特別政治犯棟ってのは、一番最近の――ああ、バブロスカ革命ってのは第一次から三次まであるんだ。一番最近の、第三次バブロスカ革命時には残っていない場所だ」

「――え?」


 第三次バブロスカ革命のときには、残っていない?

 では――いったい、いつごろのものなのだろう。


「おまえが、夢でなにを見たかは知らない。だがな、もしその「バブローシュカ特別政治犯棟第22号8」に入ってた人間がいるとするなら、それは第三次革命の人間じゃない。もっとまえだ。第二次か、第一次の人間だ」

 ルナは、凍りついた。

「第二次――バブロスカ革命?」

「そうだ。第一、バブローシュカって言葉は、今はもうL18でもつかわれてない古い名称なんだ」

「古い、名称……」

「おまえ、第二次バブロスカ革命の夢を見たのか?」


 ルナは、あわてて首を振った。その夢は、見ていない。

 その言葉だけが、なにかのときにふっと頭に浮かんだだけだ。


「だとしても――いや、絶対に口にするな」

 グレンは、顔をゆがめた。眉間にしわを寄せて。

「第二次と、第一次の革命の革命者たちの記録は、もうL18には残っていないし、記憶も風化されてる。俺の一族が、すべてを消してきたからだ。記録も、ひとびとの中の記憶も。もし、その記録がよみがえったとしたなら、」

「……したなら?」

「それらは、今ドーソン一族の人間が次々告訴されている、裁判の有効な証拠になる。もちろん、一族にとって最も不利になる証拠だ。それは、ドーソン一族がL18で専横を続けてきたっていう一番の大きな証拠だからな。――L18から、ドーソン一族は消えてなくなる――」


 グレンはそこまで言って、あわてて取り繕った。


「おまえにこんなこと言ってもしかたねえ。だがたとえ夢だとしてもだ。その第二次と一次に関する情報を少しでも持ってるなんて、俺の一族が知ったらとんでもないことになる。ただでさえ、去年、心理作戦部にいたダグラス叔父が――いや、なんでもねえ。おまえが思うより、L18の情勢も、危険水域をウロついてんだ。俺は、俺の胸だけにこのことは納めとく。おまえも、もう二度と口にするな」


 グレンは口早に付け足した。


「俺は、二十歳のときに一族を勘当されてる。だけど、それは親父が勝手に決めたことであって、俺がドーソンの血を引いてることには変わりがない。たくさんの叔父たちは、俺を勘当したつもりは毛頭ないんだ。この宇宙船に乗るのも、ひと苦労だった。牢獄にぶち込まれてたのを、ルーイの家に逃げ込んで、そのまま乗ってきたんだ。もし、今後一族になにかあれば、巻き込まれることもあるかもしれない」


 グレンは、辛そうに言った。


「……俺に、おまえを危険な目に遭わせるような真似だけは、させないでくれ」


 ルナのウサ耳が、ぺったりと、下がった。


「……あたしね、最初はあの夢が自分の想像とかだったらどんなにいいかって思ってたの。ただの妄想で、全部ウソ。でも、アンジェが“いつかきっと必要になるから”あたしにみんなの過去を見せたってゆってたけども――」


 グレンは待ったが、続きの言葉はルナの口からは出てこなかった。

 そのかわり。

 ルナは、ためらいがちに別のことを聞いた。


「アズのおじいちゃんって、ユキトっていうひと?」


 グレンは、うなずいた。


「ユキト・D・アーズガルドだろう? そうだ。第三次バブロスカ革命の首謀者で、銃殺された英雄だ。これは、俺がドーソン一族だから知ってることなんだが――そういや、最近、第三次バブロスカ革命の本が出たな」


 やっぱり、そうだったのか。

 ルナは、確信をもって、うなずいた。


「アズラエルの母親、エマルの父に当たるそうだ。だからエマルはアーズガルドの血を引いてることになるが、ずっと母親姓のメンテウスを名乗ってた。アダムと結婚して、今はアダムのほうの姓の、ベッカーだが、どうかしたか?」


 メンテウスは、ツキヨおばあちゃんの苗字だった。

 ツキヨ・L・メンテウス。

 もう、間違いはなかった。


 ガタン! と音がして、ルナは全身でビクついた。それを見て、グレンがかすかに笑った。観覧車が下につき、個室の時間は終わったのだ。


「――まさか、こんな話になるとは思わなかったぜルナ」


 グレンが嘆息し、立ち上がる。ゆるゆると部屋が移動し、スタッフが観覧車の扉を開けた。早く出るように促してくるので、ルナもグレンも、足早に降りた。

 二人は観覧車から降り、階段を下りていく。


「もう少し、くわしい話をだな」


 グレンは言いかけて、うしろからとたとたついてくるウサギが立ち止まったのに気付いた。顔が強張っている。


「どうした、ル――」


 その理由はすぐにわかった。長い階段の下には、アズラエルがグレンを睨み殺しそうな形相で、待ちかまえていたからだ。





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