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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
130/918

57話 パニックインザリリザ Ⅲ 2


 午後三時も過ぎるころなのに、遊園地のレストランはまだどこも混んでいた。しかたなく、野外のカフェスペースに空きを見つけた。


 男三人はコーヒーを、ルナたちはそれぞれにジュースだのカフェモカだのを注文して、――この奇妙な顔合わせの六人を、それぞれ眺め渡した。


 ルナとミシェルとリサ、そしてグレンとロビンとミシェル。


「俺とグレンは、ラガーの知り合い」


 ミシェルが同意を求め、グレンがそれにうなずいた。

 ミシェルとグレンは、K34区のバー、「ラガー」での呑み仲間だ。


 ただ、アズラエルとグレンが、極端に仲が悪いので――ミシェルに言わせると、L18の事情や、因縁的なものも絡んで――なので、グレンたちと席を同じくして飲んだことはない。


 だが、いつもアズラエルたちと店に来るわけではないので、たまに彼らに交じって飲むことはあった。 

 べつにミシェルは、グレンたちと因縁があるわけではない。


 ロイドは、アズラエルかミシェルが一緒でないと絶対ラガーには行かないが、セルゲイがいると、気づけば話し込んでいる。かといって、セルゲイもラガーにはめったに来ないので、珍しい光景であることはたしかだが。


 仲間同士で飲むことはないが、個人同士で仲がいい、ということは往々にしてある。

 ミシェルは、グレンとはそこそこ話せるほうだった。

 たったひとり、ロビンだけが、ミシェルの知らない人物だった。


「俺か? 俺もラガーにいくよ。常連っちゃあ、常連かな」


 俺は、おまえのことは知っている、とロビンはミシェルに言った。ロビンも、ラガーに来ている常連客は把握しているようだった。


「アズラエルの先輩だって? アズラエルと一緒にいるとこ、見たことないけど」

「まあ、このあいだまで、俺は仕事でラガーに通っていたから」


 ロビンは言った。


「仕事でラガーに通ってたの? 仕事って、なんなの?」


 なにも知らないからこそ聞けるリサの質問。それにもロビンは朗らかに答えた。


「俺も傭兵だからね。ターゲットの監視と、ボディガード」


 ロビンの質問は簡潔にして曖昧で、質問を終わらせるのには十分だったらしい。

 リサは「ふうん」と言ったあと、「監視しなきゃならないやつが宇宙船内にもいるのね」とうなずいた。


 ロビンは、言うまでもなくカサンドラのボディガードで、彼女がだれかに絡まれないよう監視していた。カサンドラがラガーに行くときは、常に一定の距離を置いて、彼女に付き添っていた。彼女にも、知られないように。


 ロビンはだれの目にも留まらないように、たくさんのストールを羽織って厚くフードをかぶり、古めかしい安物のアクセサリーをたくさんぶら下げて、L03から来た人物のように見せかけ、しかも腰の曲がった老人に変装していた。


 アズラエルも気づいていなかった。それがロビンだとは。


 ロビンは、アズラエルがラガーで飲むのを後ろから眺めながら、ほくそ笑んでいたことになる。


 ロビンは伊達に、メフラー商社でナンバー2を名乗っているわけではない。

 同じメフラー商社の傭兵でも、組んで仕事をやるとき以外は、互いの仕事の内容は知らないことのほうが多い。アズラエルは、ロビンが仕事で宇宙船に乗ってきていたのは知っていたが、それがどんな内容なのかは知らない。


 ラガーでカサンドラが若い連中に絡まれたときは、ロビンが立ち上がる前にクラウドが助けた。あれはロビンにとっても意外な展開だったが、そのあともロビンは忠実に役目を果たし――このあいだ、その役目が終わった。


「ターゲットって、それって、犯罪者?」


 質問は終わったはずが、終わっていなかった――リサが突っ込むので、ロビンは笑いながら、

「いいや。可愛い女の子」

 といった。

「君みたいにね」


 そこでやっとごまかされたのが分かったのか、リサはふて腐れ、質問相手を変えることにした。ロビンの言ったことは、決して嘘ではなかったが。


「で? ルナとミシェルは、あのふたりと別れたの?」


 今度は自分に振られるとは思っていなかったのか。

 リサの質問に、ルナとミシェルは顔を見合わせ、それからぼそぼそと、リリザにいる理由を説明した。


 昨日、ミシェルが泣きながら帰ってきて――とにかく、ミシェルがもう宇宙船を降りる気満々だったことから、すこし、別の場所に行って落ち着いて考えようとリリザへ降りた。

 昨日二人で話し込んだのがよかったのか、元気が出てきたので、今日はリリザで思いっきり遊ぶことに決めた。


 ロビンとグレンに会ったのは、ほんとうに偶然だった。

 ミシェルはそのまえの、ロビンと出会って、それからクラウドと大ケンカしたことまで話さなければいけなかった。リサがそれを望んだからだ。


「――じゃあ、俺が風呂入ってるあいだ、クラウドが迎えに来たってのか?」

 ロビンは最悪だという顔をし、

「うっえ。クッライやつぅ。待ち伏せしてたのかよ。で、ミシェルに乱暴したのか?」

「乱暴っていうか……やることはフツーだったけど、怖かったのよ」

「いいから別れちまえそんなやつ」

「……あたしがそもそも、あんたの部屋になんか行っちゃったから」


 クラウドは、「俺はこんなに怒っているのに、君を憎めないんだ」と言っていた。

 自分でも、酔っていたとはいえバカなことをしたと思っている。

 本当は、クラウドはミシェルを嫌いになったんじゃないんだろうか。汚らわしいとか、思っているのではないのだろうか。本当は許せない、だから、あんな真似をしたんじゃないだろうか。

 ミシェルは口には出さなかったが、その思いは消えなかった。


「浮気じゃなくて本気になればいい。クラウドと別れて、俺と付き合う。それで万事オーケーだ」


 アンジェラのために、ミシェルを落とそうとしているのではないのか。

 熱心に口説いてくるロビンのことも分からなくて、ミシェルは嘆息した。


「……オーケーじゃないよ」


 やっと元気を取りもどしかけていたのに、また魂が抜けかけ状態になったミシェルをよそに、リサは今度、ルナをターゲットにした。

 自分たちがリゾートへ行ってから、急に進みだした友人たちの展開に、リサは興味津々である。


「で? ルナはなんでそのサツジンキと仲良くなってんの?」

「俺はグレンだ」


 今度はルナが、もにょもにょと説明する羽目になった。

 長いルナの話が終わると、メンズのほうのミシェル、リサ、ロビン、グレンはそれぞれの思いを口にした。


「っていうことは、ルナちゃんは、別にアズラエルと別れたんじゃないってことか」


 ミシェルが、納得したようにうなずく。


「ルナ、あんたやるじゃん! ちょっと見直した! こんなコワモテふたりもモノにするなんて!! 男嫌い克服したんだね!!」


 リサは、ルナが男嫌いを克服したことに感動しているようだった。コワモテと言われたグレンは憮然(ぶぜん)としたが、もう突っ込まなかった。


「アズラエルがちっちゃなうさこたんに振り回されてるってウワサ、本当だったのか……」


 ロビンはルナをまじまじと見つめ、「見かけはふつうの綺麗なお嬢さんなのにな」と言い、リサが訂正した。


「ルナは、中身がアホなのよ」


 その言葉に、ルナの口がO型に開けられた。


「そもそもあたしは、まだアズと付き合っては――」


 言いかけたルナの口を、やっぱりミシェルがふさいだ。


「リサ。あんたひとのことばっか聞くけどさ。あんたはどうなの?」

 レディのほうのミシェルがたまりかねて言った。

「あんたたちふたり、ケンカばっかだったんでしょ? 仲直りしたの?」


 いわれてみればそうだ。ルナも思い出した。

 ロイドも言っていたが、リサとミシェルは大ゲンカ中で、キラ曰く、リサは金持ちのおじさまと浮気中だった、なんて衝撃の事実もあったくらいだったのに。


「まあ――そこはほら、――なんていうか、俺が悪かったんだよ」


 ミシェルが、だれとも目を合わせずに、苦々しくいった。


「まあ、雨降って地固まるっていうかね……そういうの、あるじゃないほら」


 リサも、ミシェルのほうとは反対方向を向いて、ジュースをすすりながら言った。その顔は真っ赤だった。


 詳しい事情は話さなかったが、ふたりが仲直りしたのだということは、だれの目から見ても分かった。


 ルナはなんだか、感動していた。

 リサは、今まで、ケンカをしたらそれで彼氏とはお別れだった。いくら相手が修復を望んでも聞かなかったし、リサが修復を望むことはまずなかった。でも今回は、大ゲンカしても浮気しても、仲直りできたのか。


「ま、男女の仲って昼だけじゃないし。夜のほうがよけりゃ、修復可能だよな」


 ロビンのセリフに、リサがジュースを吹いた。しばらく咳き込んでから、気を取り直したように叫んだ。


「まあいいわ! リリザに来て、こんなとこでしゃべっててもつまんないし! みんなで遊ぼ!!」

「賛成!!」

「うえ!?」


 それに賛成したのは女たちだけだった。ロビンとグレンは、互いの顔を盗み見て、恐ろしく嫌な顔をした。メンズ・ミシェルだけは、反対も賛成もしなかった。


「なによおとなげないわね!! いくらL18で仲悪かったからって、ここはリリザよ? そんなの関係ないでしょ! ハイ仲良し仲良しっ!!」


 リサはグレンとロビンの分厚い掌をつかんで、重ね合わせた。ふたりは「ウゲエ……」というこの世の終わりを見た顔をした。レディ・ミシェルはそれを見て大笑いした。


 リサ、すごい。

 ルナは改めて、リサはすごいな、なんてのんきに感動していた。


 グレンの気も、 無論――アズラエルの気なんて、微塵(みじん)も知らずに。





 ――そのころ、グランポートのスペース・ステーションにて。


「アズ」


 座って電光掲示板を眺めていたアズラエルのもとに、クラウドが小走りでもどってきた。

 クラウドが偽造した派遣役員のパスカードを見せられたときは、アズラエルも感嘆した。クラウド曰く、ちゃんと調べられれば偽物だとバレるけれど、ちらつかせるぐらいにはつかえるらしい。

 彼は今、これをつかって、案内所のミセスに、ルナとミシェルが来たかどうかを確認してきたのだ。


「ルナちゃんとミシェルらしき女の子二人組は、たしかに昨日来たって。泊まれるホテルを聞いていったそうだ」 

「どこだ」


 アズラエルはクラウドが広げた、リリザの宇宙ステーション周辺の紙の地図を見た。クラウドがその中のひとつを指さす。ルナとミシェルが泊まったホテルは、シティホテルだが、ファッションビルとつながっていて、女性用サービスの多い、いかにも女が喜びそうなホテルだ。


「ミシェルたちは昨日ここに泊まって、たぶん今日、遊園地に行ったんじゃないかな」

「遊園地? ヘコンでる女があんな騒がしいトコ、行くか?」

 アズラエルは言ったが、クラウドに却下された。

「現に、リリザ・グラフィティ・ランドパークで点滅してる」


 クラウドの携帯電話から浮かび上がった液晶画面には、赤い点がふたつ、点滅している。おそらく、ルナとミシェルだろう。

 アズラエルは、顎を落としかけた。心理作戦部の手段でミシェルを追いたくないといったのはだれだったか。口の端も乾かぬ内から。


「おま……っ、なんだそれ!?」

「俺が改造した最新型の追跡装置だよ。ま、多少L31の科学者に協力してもらったけどね」


 クラウドは自慢げに言うが、アズラエルにはそのふたつの赤い点が、どっちがミシェルでルナなのか、見分けがつかなかった。


「ルナちゃんはコーラルピンク、ミシェルはチェリーピンクだよ。ほら見て」

 さっぱり区別がつかない。アズラエルは嘆息した。

「で? ルナは遊園地にいるってのか。ふたりで」


 そこで、クラウドが急に鬼の形相になった。


「考えたくなかったんだけどね――」


 クラウドの柔らかいテノールが、アズラエルを超えるバリトンと化し、通りすがりの人を怯えさせた。


「――この六つの点、なにか分かる?」


 クラウドがアズラエルに見せた液晶画面には、新たに、色の判別がしづらい六つの点が点滅していた。 

 三つが赤、三つが青だというくらいしか、アズラエルにはわからなかった。


「六人?」

「そう。ミシェルたちは今、六人でいるんだ。遊園地のレストランにね」


 おそらくこの赤は――ピンクは、女だろう。三つ、点滅しているピンク。


「ルナとミシェルのほかに、……だれだ?」

「リサちゃんだよ」

「リサ!?」

 リサも一緒だとは知らなかった。

「じゃあ――この中のブルーのひとつは、ミシェルか?」


 アズラエルが言ったのは無論男のほうのミシェルだ。クラウドはうなずく。


「じゃあ残りの二人も男か!」


 ナンパされたのか、リサが連れてきたのかわからないが。

 アズラエルが激怒しかけたところへ、クラウドの底冷えする声が、さらに怒りをあおった。


「ただの、その辺の観光客ならね」


 不特定多数の観光客ではなかった。特定の色をもって、アプリ内に存在するということは、クラウドが「知っている」人物だということだ。


「――これ、グレンと、ロビンなんだよね」



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