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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
13/1034

7話 再会 Ⅰ 1


 ここは、マタドール・カフェ。

 マスターのエヴィとバーテンダーのデレクがふたりでやっている、こぢんまりとした店だ。ルナたちのアパートの近所にあり、よく四人で飲みに行く。

 いつもゆったりとしたジャズが流れていて、あまり騒がしくはなく、かといって繁盛していないというわけでもないのだけれど、なんとなく雰囲気が落ち着いた店で、ルナも入りやすかった。

 いろいろあったお店だけれども――店のせいではない。


 午後七時に待ち合わせとのことだったが、ルナたちは一時間も早く来た。リサが呼んだ相手は、K36区あたりからくるらしいので、時間がかかる。

 とりあえず席に座ってドリンクを頼んだあとは、リサが恒例の、前の男とは別れた話をした。ルナが知る限りでも、彼女は、このひとつきで三人は恋人を変えている。


(リサの運命の相手って、いつ出てくるのかな)


 ルナはぼんやりと、リサの話を聞きながら思った。

 今日の相手が、ついに運命の相手だろうか。そうだといいな。リサに運命の相手ができたら、こっちのことは気にしなくなってくれるのではないだろうか。

 つまり、ルナたちにカレシをつくろうなんて、暇人――ゲッフンゴホン、みたいなことはしなくなる――かもしれない?

 ルナはリサに見えない角度で、コッソリ嘆息した。


 美人はモテていいなあ、といつものようにキラがこぼす声を聞きながら。

 リサから紹介された相手とはうまくいかないことが多く、パーティーやイベントでも空振り続きだったキラ。それなりにデートはしてみたらしいが、キラの趣味の多彩さに相手がついて行けず、別れる、のくりかえし。


 ミシェルはまだだれとも付き合ってはいない。告白は、それこそリサにも負けず、十回はされているだろう。ルナが知っているだけでも。

 ルナは言わずもがなである。


「今日はまた突然、サイファーのヤツが来たりしないよね」

 ミシェルがあたりを見回しながら言った。

「警察に逮捕されたんだもん。さすがにしばらくはおとなしいでしょ。まだ時間あるから、もう一杯飲まない」


 リサはさっさと二杯目のカクテルを注文した。


「今日って、どんな人が来るの」

「それは、来てからのお楽しみよ」


 フルメイクでセクシーなワンピースを着て、ご機嫌なのはリサだけで、キラもミシェルもルナも――多少のオシャレはしているものの、やっぱり不安そうだった。


「試験に強そうな人?」

「試験に強そうな人ってなに」


 キラの言葉に、ミシェルが笑った。ルナはなんだかコミックにでも出てきそうな、眼鏡をはめた、博士みたいな人を連想したが、そもそも、試験がどんな試験かもわからないのだった。

 なんとなく、ワクワク気分より不安要素のほうが大きくて、リサ以外はみんな口も重く、会話も盛り上がらないまま時間が経って。

 ルナもぼんやり外を見始めたころ、声がかけられた。


「あ、あの、こんばんは」


 その存在に、一番に口を開けたのは――キラだった。

 もう、一時間経っていたのか。外はちらちら、雪が舞い始めていた。

 声をかけて来たのは、優しそうな雰囲気の、あまり背の高くない、温和な感じの男性だ。髪は茶色くてふわふわで、子犬のよう。全員年上と聞いていたが、彼はルナたちと同い年くらいにしか見えなかった。

 彼はこれ以上なく緊張した顔をしていた。


「リ、リサさんですか? お名前だけは聞いて――あと、赤いワンピースだって」


 たしかにリサは、真っ赤なひざ上丈のワンピースを着ていた。


「そうよ、あたしリサ。もしかして、ロイドさん?」

 リサは完璧な笑顔で応対した。


「そ、そうです。ま、まだぼくしか来てない? 待たせてごめんなさい。あの、遅れちゃったけど……」


 三分程度の遅刻だった。


「う、ううん、ぜんぜん待ってない!」


 答えたのは、リサではなく、キラだった。

 いきなりテンションがハイになったキラの顔を見て、ミシェルも驚いていたし、リサのドヤ顔は最高潮だ。

 ルナも驚いていた。なににって――彼のその姿は、キラが普段口にしていた理想の男性像が服を着て現れた姿だったからだ。

 童顔で、おとなしめ。キラがいつも言っている、地味だけど、優しそうな人。

 ルナが気づいたくらいだ。キラも、驚きと輝きと期待がごちゃまぜになった目で、少年にも見える彼を見つめていた。


「あの、じゃあ、失礼します」


 キラに「ここ座りなよ」と言われたのがうれしかったのか、彼は頬を紅潮させて、キラの隣に座った。キラからだけではない。彼からも、はっきりとキラに向いて、ハートが飛んでいる。

(両想い!?)

 ルナのウサ耳がちぎれんばかりに跳ねた。


「や。遅れてごめん。君がリサちゃんかな」

 ベージュのスーツ姿の、背の高いイケメンが、次の来訪者だ。

「君の名前と容姿だけは聞いていたもんで――どうも。ミシェル・K・ベネトリックスといいます。よろしくね」


 ルナたち三人に向かって小さく会釈した彼は、どう見てもL5系の男性だ。ブランドのスーツに革靴に腕時計。やたらいい匂いがする。ルナが、この男性はリサの隣に座るんじゃないかと思っていたら、本当にリサの隣に座った。


「ここ、いいかな?」

「もちろん!」

 リサも、まるで「運命の相手を見つけた!」という顔をしている。


「リサの知り合いじゃないの?」


 ルナの隣のミシェルも、ルナが考えていたことと、同じことを言った。

 リサは彼と初対面なのか。リサは相手の男全員と、顔見知りではないのか?

 最初にきたふわふわヘアの彼も、リサとは初対面だ。

 

 では、飲み会を――リサと企画したのは、だれ?


「アズラエルとクラウド、遅えな」

 

 男性の方のミシェルが、腕時計をのぞく。

 アズラエル?

 ルナは、なんだかその名前に覚えがあるような気がした。しかし、思い当たる相手などいない。かつての同級生にも、本屋の客にも、そんな名前はなかった。

 キラの隣の彼は言った。


「もうすぐ着くって、さっきクラウドからメールが来たよ」


 同時に、マタドール・カフェの扉が、ふたたび開いた。


「おい、遅刻だぞ」

「ごめんごめん、待たせたね」


 柔らかいテノールの声。やってきた男性を見て、今度は四人そろって口を開けた。

 地球行き宇宙船に乗船してからひとつき――何度、意味なく口を開けただろう。

 そこには、モデルか芸能人に勘違いされてもさしつかえない美形の男性が立っていた。

 金髪碧眼――身長も百八十センチ以上ある。彼が満面の笑顔で、まっすぐミシェル――女性のほう――を見ているのには、さすがに本人も絶句した。


「こんばんは」

 金髪碧眼の、イケメン通り越して美形は、はっきりとミシェルに尋ねた。

「となりに座っても?」


「え? あ、あ、はははははい、いいですよ……」

 ほとんどの男性にクールな応対しか向けたことがないミシェルが、どもった。


 さて。

 もう、開いた席はルナの隣のみである。

 最後に入ってきた男性は、間違いなくルナの隣に座るだろう――そう思っているのは、六人だけだった。

 たしかにいままでのパーティーでは会ったことがないタイプの男性たちだった。今回の飲み会は、リサがいうには、「レベルが高いなんてものではない」。

 たしかに、そうかもしれなかった。


(たいへんだ)

 ルナは、アホ面を引っ提げて、美形とイケメンと、ファニーフェイスを交互にながめた。

(これは、たいへんだ)


 ルナが(けわ)しい顔で、ウサギ口をもふらせていると、ついに、四人目が扉を開けて入ってきた。


「悪い、待たせた」

「遅いぞ、アズ」

 金髪碧眼が言った。


(アズ)

 最後に来た男を見て、ルナは席から三十センチは飛び上がりそうになった。

(プギャー!!!)


 予感、的中。

 なんだあれは。

 どうひいき目に見ても「堅気(かたぎ)の人間」ではない。

 エキゾチックな顔立ちに、焦げ茶の短い髪、褐色の肌。タトゥだらけの筋肉質な腕がTシャツから伸びている。下は吐き古したジーンズ、ごついブーツ。古びたジャケットが腰に巻きつけられているだけ。冬にしては肌寒そうな格好だ。


(冬にTシャツ一枚!? 外、雪降ってるよ!? おかしいよ!)


 シンプルな服装に、たったひとつのアクセサリー。胸元の銀色のペンダント――ドッグタグ?


(ひぎゃああああ!)


 彼がそばにきて、明るみではっきり見えるようになった左腕のタトゥを見て、ついに悲鳴が声に出そうになった。


 控え目なアクセサリー程度に彫られている(あるいは貼られたり描かれたりしている)ものではない。ド派手に左腕を(おお)っている。なんだろうか、龍か、でも龍にしては抽象的な形だ。

 タトゥなど、めずらしくもない――シナモンもジルベールも彫っているし、キラもある。だが、彼はそのド派手な刺青(タトゥ)が、気味悪いほど馴染んでいるのだ。


 それになんといっても、目つきが怖い。

 スーパーの男といい、マタドール・カフェといい、なぜ怖い男ばかりがルナの近くにやってくるのか。

 このひとがあたしの隣に来たらだめだ。

 あたしは死ぬ。

 こわさでしぬ。

 ルナはぷるぷるウサギになりはじめた。

 だが、あわれなことに、あと一席しか空いていないのだ。

 ルナの隣しか――。


「こんにちは」


 ぶっきらぼうな太い声がして、男がどかりと隣に座った。


(プギャアアアアア!!!!!)


 隣に座るだけで威圧感(いあつかん)というか、ルナは圧倒された。高い体温が触れてもいないのにじかに伝わってくるようだ。彼はタトゥで埋められた左腕をテーブルに置いた。


「飲み物、なんにする? 今飲んでるのでいい?」

「俺、クラウド」

「おいおい、自己紹介はあとにしろよ。そっちの子、なに飲む?」


 リサの隣のミシェルと、キラの隣の子が飲み物を注文してくれる。ルナも、今まで飲んでいたカクテルをもう一杯もらった。

 どのカップル(仮)もすでに和気あいあいとしているのに、カタギでない男(ルナ目線)はルナに話しかけようともしなかった。

 しかもだ。

 男がためいきをついたのを、ルナは見逃さなかった。


「かんぱーい!」

 飲み物がそろったところで、ミシェルはグラスを掲げた。

「じゃ、自己紹介をしよう――俺はミシェル。ミシェル・K・べネトリックス。ヨロシク!」

 ミシェルは「あたしもミシェルです。ミシェル・B・パーカー」と自己紹介した。

「同じ名前か、よろしくな」

 ふたりのミシェルは、握手を交わした。


「同じ名前がそろうなんて――まるで運命じゃない?」

 キラがウキウキした顔で言い、「き、きっとそうだよ――ぼくも、そう思う」とふわふわヘアは紅潮した頬をかくさずに、つぶやいた。


「あたしリサ・K・カワモト。リサって呼んで。よろしく」

「あたし、キラ・E・マクファーレン!」

「――ル、ルナです。ルナ・D・バーントシェント」

 ルナはやっとのことでそう言った。


「ぼ、ぼくは、ロイド・T・ルビンスキーと言います。L54出身です」

 キラの隣に座ったふわふわヘアの彼は、そう名乗った。


「L54? 大都会じゃない」

 リサが興奮気味に叫んだ。富裕層居住区だ。

「俺も一応、L54なんだが」

 ミシェルは、リサにそう言った。


「俺は、クラウド・A・ヴァンスハイト。L18出身だ」

 金髪碧眼の美形は、にっこり笑った。


 ――そして。


「アズラエルだ」

 ルナの隣の男は、グラスに大きな氷の塊が沈んでいる琥珀(こはく)色の酒を()めながら、言った。

「アズラエル・E・ベッカー。アズとは呼ばないでくれ。それ以外だったらなんでもいい」


 その声は、意外におだやかでふつうで、ルナ以外は、怖いという印象は持たなかったようだ。

 四人は、船内で知り合った。ミシェルとロイドが一緒に乗船し、アズラエルとクラウドがともに。そして、K34区のバーで意気投合し、仲間になったそうだ。


「……リサ、どこでこんなひとたちと知り合いになってくるんだろ」

 レディのほうのミシェルが、こっそり、ルナに耳打ちした。

「なに話してるの?」

 クラウドという名の、超絶美形の笑顔。

「なななんでもありません!!」

 ルナとミシェルは、声をそろえて顔のまえで両手を振った。


(ひぎゃあああああ)


 ルナの悲鳴は、ルナの中だけでこだまし続けている。

 かんたんな自己紹介で盛り上がったあとは――あとも次もない。盛り上がりっぱなしだった。

 不思議なことに、今回はいつもとどうも雰囲気が違う。ミシェルもキラも、ずいぶん話がはずんでいる――というより、男性が全員リサに集中していない――このことだけは、たしかに、リサの言う通りだった。

 ある意味、奇跡だった。


 今までは、おざなりな挨拶とともにみんなリサに殺到し、あきらかに悪くなった雰囲気を、なんとかリサが盛り上げようとして空回りし、結局一時間も持たずに解散、という流ればかりだった。そのせいで、キラが帰ってこなくなったこともあるくらいだ。


 だいたい今日も、それを覚悟していた。

 負けず嫌いのリサは、みんなに彼氏を紹介すると言った手前、カップル成立できるまで意地でも飲み会を開催し続けたかったのだろうか。

 しかも、リサが言った通り、試験のためのレベルの高い男性――。

 試験が何かは、まだわからないのだけれども。

 そういう意味では、大成功と言えるのだろうか――ルナ以外?


 最初は、クラウドのあまりの美形さに気後(きおく)れしていたミシェルだったが、あっというまに素が出ているのを見てルナは呆気にとられた。リサも、男のほうのミシェルも、キラもロイドも、ふたりの世界に没入だ。

 そう。

 ――ルナだけを、残して。


 アズラエルは、さっきからなにも話さない。

 ルナの方を見ないのだ。ときどきアルコールを舐めては、じっと前方を見ている。リサの方だ。


(やっぱりかあ)


 アズラエルはリサ狙いか。

 キラとミシェルは、パートナーというよりか、いよいよ恋人ができそうだが、ルナは今回も無理のようだ。


(……)


 怖い怖いと思っていたが、少し盗み見たかぎりでは、アズラエルは一応、かっこいい部類には入る。

 暗がりでは見えなかった顎鬚(あごひげ)が似合う、ワイルドな印象だが、どこか知的な感じがあるのだ。

 たいてい、今までルナがちょっとでもいいな、と思った人はリサが好きだったり、憧れだったりする。多分今回も、そのパターンだろう。

 べつに、めずらしくはない。


「え、えっと」

 しかし、いい加減、無言でいるのもつらくなってきて、ルナはアズラエルに声をかけた。

「ア、アズラエルさん」

 アズラエルがやっとこっちを向いた。今、ルナに気づいたような顔だ。

「なんだ?」

 ルナは、今世紀最大の勇気を振り絞った。


「えーっと、あの……、ご、ご趣味は?」


 お見合いか!

 ルナは心中だけでつっこんだ。スパーン! とミシェルのあいの手がいつもなら入ることろだが、今日はなかった。


「女漁り」

「おんなあさり……すてきなしゅみですね」


 言い訳しておくが、嫌みではない。ルナは頭がまっしろだった。流れで口から出てしまった言葉だった。アズラエルからの返答はない。


「ど、どこからおいでいただきましたか……?」


 今度は派遣役員のような口調になった。

 どこでもいいだろ、と冷たい返事が返ってきそうだったが、「L18」と短く返ってきた。


「そ、そう。あたし――L77、で、ございまして、――」


 しまった。星のことは、さっきみんなで話したばかりだ。自分たちがL77から来たことは、さっきリサが言った。

 話題は消滅した。


(え、えっと、話題、わだい、わだいいいいいい――える18ってどこだっけ――)


 ルナは必死で考え、やがて思い出した。

 L、L18……。

 L18って、――軍事惑星じゃなかった!?

 ルナの見えないウサ耳が、ぴーん! と伸びた。


 どうりで、怖い。

 軍人だろう、なにをどう間違っても、一般居住区の住民ではない。ほかの惑星に旅行にいったともだちが、L22の軍人さんにナンパされたといって、ルナに写真を見せてくれたことがある。しかし、あんなひとなつこい雰囲気は、この男にはない。


 ますます怖くなって、ルナは、なにをしゃべっていいか分からなくなった。アズラエルはひたすら無言だ。

 だが彼は、酒を舐めると、今度はじっとルナの方を見た。なんだか、睨まれているような気がする。ルナはますますなにを言っていいか分からなくなる。アズラエルもしゃべらない。見つめてくるだけで。


(せめて――せめて! アズラエルさんのほうが先に立ってくれたなら!)


 この女アホだ、でもなんでもいい。

 アズラエルのほうから愛想(あいそう)()かして帰ってくれたなら、どんなに楽か。

 ルナの緊張状態は、ピークを越えた。


 プツン。


 なにかが切れる音がした。

 ルナは、酒のせいにするために、めのまえにあったカクテルを、一気にあけた。

 アズラエルの目が見開かれ、「――おい」と、やっとルナに、自分から声をかけた。

 ルナは気づかなかった。


「おい!」

 語気(ごき)するどく呼ばれて、ルナは「ぴぎっ!!」と返事ではなく悲鳴をあげた。

「そんな一気飲みして――」


「アズ、ルナちゃんを(おび)えさせないで」


 ルナの涙目が分かったのか、ミシェルの隣にいたクラウドが、アズラエルをたしなめた。

 アズラエルはチッと舌打ちし、ルナをギロリとにらんだ――気がした。


(どうしたら……どうしたらいいのか……ちびりそうです……)


 アズラエルはグラスをテーブルに置いた。無言で席を立つ。カウンターの方へ行くと、マスターとなにか話しはじめた。


(いやったああああああ!!!)


 ルナにしてはすばやく動いた。バッグをひっつかんで逃げようとすると、ぱしっと腕がつかまれていた。――クラウドだった。


「行かないで」

「――え?」

「帰らないで。さみしいでしょ」


 絶世の美形からそういわれて、「帰る」と言い切れる人間がいるだろうか――いや、ない。

 帰るタイミングを見事に逃し、ルナがぽつねんとたたずんでいると、すっと目の前にロンググラスが置かれた。バラの香りがするカクテルだ。


「え、あの」


 ルナのカクテルグラスはたしかに空っぽだった。初老のマスターは、空になったカクテルグラスの代わりに、バラのリキュールのカクテルをルナの前に置くと、「はい、おかわり」とウィンクした。


「……へ?」


 アズラエルが瓶を抱えて戻ってくる。立ったままのルナを見て、「どこ行くんだ」と眉をしかめた。

 怒ったのではないのか。ルナに呆れて、カウンターに向かったのではないのか。

 アズラエルが目線で座れと(うなが)すので、ルナもとりあえず座った。


「イケる口みたいだな。俺と飲みくらべでもするか?」


 カクテルに口をつけた瞬間に言われたので、思わずぶはっとやった。

 ミシェルが驚いて、「大丈夫?」と振り返る。


「らいじょぶ……」

 思わずハンカチで口元あたりを拭うと、クラウドがアズラエルを睨んだ。

「アズ、ルナちゃんをからかっちゃダメ」

 あとで後悔するのはアズだぞ、とクラウドは小さな声で警告した。


「アズラエルさん、ルナのこと、あまりいじめないでよ」

 リサが笑い、ルナは口をとがらせ、ふたたびカクテルのグラスを両手で抱えた。


「アズラエルでいいよ」


 クラウドがなぜかアズラエルをにらむのだが、アズラエルはまったく気にしていないのか、リサに声をかけるきっかけができたと同時に、彼女と話しはじめた。隣のミシェルが苛立った顔をしている。アズラエルに取られるかと、ハラハラし通しなのだろう。


(しゅらばです!)

 ルナは興味津々にウサ耳を立てたが――。


「……ごめんね?」

 クラウドが、ミシェル越しにこっちを見ていた。

「ごめんね? アズ、悪気はないんだ」


 クラウドは、いいひとらしい。ルナはちょっと安心した。なにせ、親友とうまくいきそうなのだから。ルナは笑った。


「よいのです」

 ルナはためいきをこぼしつつ、しかし、なんだかもやもやとした。

「飲みます!」

 ルナは盛大に宣言した。


 ――いつから、なにがどうなってこうなったのかは、ルナにも覚えがない。


 いつしか、「ふひふひ♪」とにぎやかに笑いながら二十五杯目のカクテルを飲み干すルナの姿と、テーブルに突っ伏しているアズラエルの姿がそこにはあった。

 それを戦慄しながら見つめる観衆の姿も。

 飲みくらべというには、ハンデがありすぎた。ルナはアルコール分があまりないカクテル――バーテンダー、デレクの配慮のおかげで、アルコールに差分があった。

 最初は薄めだったが、まったく終わらない勝負に、いつしか、ルナを早くつぶすため、アルコールの量は増えた。しかし効き目はさほどなかった。


 ルナは、絶望的なほど、酒に強かった。

 いいや、強いなんてものではない。底なしの(たる)だ。


 ミシェルもリサもキラも、ルナがこんなに強いとは思わなかったのだ。

 なにしろ、成人してまもない時期――みんなで多少飲みに行くことはあるものの、ルナはいつもたしなむ程度で、酔いつぶれたことも、これほど大量に酒を飲んだところも、友人たちは見たことがなかった。

 もちろん、ルナもここまで飲んだことはなかった。

 自分がどれくらい酒に強いかなんて、ルナ自身も分かってなどいなかった。


「ル、ルナ、そろそろ……」

 リサが心配して止めたが、ルナは陽気に言った。

「まだ飲めます!」

「ウソでしょ」

 リサはそれきり、絶句した。


 ルナはどんどんカクテルを飲み干した。飲み干すごとに明るくなり、ペースも早くなった。

 対するアズラエルは強度のウォッカ。

 しかも、なかなか強いウォッカ――度数を見て、メンズ・ミシェルが思わず口を開けるほどの。

 彼も決して、弱いわけではない。

 アズラエルはついに二十四杯目でつぶれ、ルナは二十五杯目を飲み干した。


「おかしい」

 デレクは言った。アズラエルもそう思っていた。

「ルナちゃんが二十四杯目に飲んだカクテルには、アズラエルが飲んだ量と同じ量のウォッカが入ってる」


 マスターもカウンターから身を乗り出して、テーブル席を見つめている。酒がバカみたいに強いウサギを。


「うふふウヒヒウケケ」

 愉快に笑うルナは、顔が真っ赤だがつぶれる様子はまったくない。

「おしゃけ」

 ルナは言った。

「おしゃけくださーい!! まだ飲めますよ!!」


「……冗談だろ……」

 勝負を止めたのは、ゴチン、と額をテーブルにぶっつけて伸びた、アズラエルだった。


「はれ?」

 ルナは、勝負を仕掛けて来たくせに、先につぶれてしまったコワモテ男をつついた。

「はれ?」

 リサはルナを見つめ、深刻な顔で首を振った。

「終わり?」

 つぶれた男は返事をしない。ルナのきょとんとした目はリサたちに向けられ、キラはあわてて、「ルナの勝ち!」と叫んだ。

「勝ったあ!!」

 ルナは万歳をしたが、拍手をしてくれたのはクラウドと、無関係の観衆だけだった。


「アズが飲みつぶされたの、はじめて見たよ」


 クラウドが本気で感嘆の拍手をした。呆気(あっけ)にとられたロイドと、両手を広げて肩をすくめるメンズ・ミシェルをしり目に。


 ルナはテーブルに突っ伏したアズラエルの上をよじのぼり、席を離れた。


「どこ行くの、ルナ」


 呆然(ぼうぜん)と対決を眺めていたレディ・ミシェルがあわてて聞いた。


「おトイレです!!」



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