表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
129/920

57話 パニックインザリリザ Ⅲ 1


「うっわ~~! ビショビショ!!」

「すごい浴びたね!」


 そのころ、ルナとミシェルは、水に突っ込むジェットコースターに乗り、水しぶきを振り払いながら降りたところだった。


「楽し~!!」


 アトラクションを離れ、幅広い階段を下りて、たどり着いたのは中央の噴水広場だ。

 大きな噴水が真ん中にあって、リリザのマスコットキャラクターの人形が上へ下へと動きながら、噴水を飛ばしている。キラキラと輝く水は、七色へと姿を変える。

 動物の形をしたベンチがずらりと並んでいて、アイスクリームやポップコーン、クレープの屋台がそこかしこに点在していた――親子連れが、着ぐるみと記念撮影をしているのが見えた。


 ルナとミシェルは、パプリカ猫のベンチに座り、ひと呼吸した。


「広いねえ!」

「うん――すごい広い」


 道の幅だけで五十メートルはあるだろう。ルナたちは噴水の真下のベンチに座っていたが、さっき乗ったジェットコースターは、ここから全体像が見渡せるほど、彼方だった。

 ふたりは、アプリの遊園地パンフレットを広げて、次にどこに行くか検討した。


「今度は少し、のんびりしたやついく?」

「そうだね……ホライズン・スクエアってこれ、なんだろ?」

「わかんない……体験型アトラクション? 迷路みたいになってる。時間かかるやつじゃない? あっでも見てこれ! 海底探検だって。面白くない!?」

「じゃあ、ここいこっか!」

「ここら辺、水中のアトラクション集まってるよ。あたし、これも乗りたい」

「そういやここって、リリザいちヤバイジェットコースター、あるんじゃなかった?」


 船内のリリザ特集番組でやっていたコースターは、すさまじいスピードの上、距離も長かった。半端でなく怖そうだったので、ルナとミシェルは悩んだ。


「ちょっと、挑戦するのは勇気がいるよね――そういえば、ホラーの一番やばいやつは、リリザ・セントラル・パークのほうだよね」

「そうだっけ――なんか、買って食べながらいこうよ。おなかへった」

「うん。なんか飲みたい」

「しょっぱい食べ物ないね~」

「あたしクレープかな。クレープだとしょっぱいのもありそう」

「んじゃクレープ行くか」

「ジニー・タウンはあとでぜったい行こうね」

「あたし、行きたかったカフェあるの! そいで、やっぱジニーのコーヒーポット買うことにした!」

「あたしも、ぜったいパプリカのコーヒーポット買う」

「えっと、あたし、ツナサラダのやつ」

「じゃあ、ルナ、あたしアイスコーヒーね」

「おっけー」


 ハイテンションで、それぞれクレープとドリンク・ショップに突入したルナとミシェルだったが――。


 男子トイレは、尋常でないほど混んでいた。


「――あ?」


 三十分並んで、ようやく用を済ませて外に出たグレンは、ライフルスコープ級の視力で、ドリンク・ショップにたたずんでいる、可愛いウサギちゃんの姿を発見した。


「あ……あれ?」

「なによ。どうしたの? 知り合いでもいた?」


 中央広場を、セレブ美人と腕を組んで歩いていたロビンは、視力2.5の裸眼で、遠くに見えるクレープ店にマイラバー子ネコちゃんを発見した。

 ムスタファの屋敷で愛をたしかめあってから、風呂から出たら、いなくなってたネコちゃん。


(照れちゃったんだな、ハニー♪)


 能天気な思考回路をしているロビンは、ミシェルがクラウドに連れ去られたことも知らず、クレープ店にその愛しい姿を発見し、さっさと女の腕を外した。


「ごめん。知り合いみたいだ。じゃあここで!」


 あっさり美女の腕を引きはがし、ずんずんクレープ店に向かって歩いていくロビンを、女の罵声が追ったが、ロビンは気にもしなかった。


 グレンも用心深く――ルナから目を離さずに、近づいていく。

 ――傭兵野郎と一緒か? でも、姿が見えねえな。


 ロビンも同じことを考えていた。

 クラウドと一緒かな……だとしたら面倒なことになりそうだな。


 狙ったターゲットを、用心深く観察しながら近づく――やがてふたりは、ターゲットが男と一緒ではないこと、友人とふたりだけだということを認識した。


 周囲に男の匂いはしない。完全に、ふたりだけだ。男がどこかで待っているのかもしれないが、それらしき影は、あたりにはない。


 やがてふたりは、それぞれクレープをふたつと、アイスコーヒーをふたつもって、合流した。


(……ルナのともだちか? もしかしてあれはミシェルってコか。茶髪のショートヘア、間違いねえな。しかし、なかなか美人だな)


(キュートな子と一緒だなァ。ああ、ルナちゃんか。アズラエルの彼女。アズラエルもいねえってことは……こりゃ、両手に花か)


 ふたりとも似たようなことを考えながら、スローペースで、着実に近づく。


「……げっ」


 ミシェルが最初、西方面から歩いてくる能天気面の、背の高いイケメンに気付いた。ミシェルに気付かれたのがうれしいのか、ロビンは全力で手を振ってくる。


「……グレンだ!」


 ルナは、東方面から歩いてくる、周囲より背の高い、銀色の髪の男を見つけて、手を振り返した。ルナが見返すと、にっこり笑った。


「……ルナ」

「……ミシェル!」


 クレープとコーヒーを握りしめたまま、声を出したのは同時だった。


「なんかさ、あっちからまずい男が来てんだけど――」

「なんかね、あそこにグレンがいる――え?」


 ミシェルは、ロビンに会いたくないらしい。

 お互い振り向きあい、確認した。


 西方面からはロビン――茶色い髪の、白Tシャツで、皮のハーフコート、ジーンズの男。


 東方面からはグレン――紺のブルゾンにオフホワイトのニット、ストライプのマフラーを巻いた、銀色の髪の目の鋭い男。


「……よし」

「……そんじゃ、正反対に逃げよう」

「待ち合わせは」

「パプリカ・タウンの入り口」

 

 ルナとミシェルは、それぞれ反対方向にダッシュした。ミシェルはグレン方面、ルナはロビン方面へ。

 無論、その男のもとへ走ったわけではなかったが――。

 

 ミシェルはクレープを包み紙とビニールでしっかり包み、バッグに入れて、駆け出した。ひとごみへ。


 ロビンが、「え!?」という顔で戸惑ったのが見えた。

 逃げられるとは思わなかったのか。どこまでも能天気な男だ。


 ミシェルはひとごみをかき分けながら走り、ロビンの姿が見えなくなると、息を切らしながら歩調を緩めた。追ってきはしないかと、後ろを向きつつ小走りしていたら、ドンッとだれかにぶつかる。


「あ――ごめんなさ、」

 あわてて謝ると、そこにいたのは、グレンだった。

「お嬢ちゃん、ルナのともだちだな?」

 ミシェルがちがう、と言いかけると、

「ルナから聞いてるよ。俺はグレンっていうんだ」

 そういって、口の端を上げて笑う。


 ミシェルは冷や汗をかいた。

 たしかにルナから聞いていたとおり、鋭い目の男は、簡単に逃がしてくれそうになかった。


 ルナは、アイスコーヒーを両手に持ったまま、とたとたと走り出した。

 元来、ルナは足が遅い。ウサギ失格だ。


 待ち合わせ場所まで一気に走りぬこうとしたが、ふと不安になって、カップの中身をこぼさないように両手で抱えたまま、後ろを振り返って立ち止まった。

 ミシェル、逃げ切れたかな。


「こんにちは♪」

「うきゃっ!!!」


 突如、後ろからがっしり肩を掴まれて、ルナはのけぞった。

 おそるおそる振り返ると、そこには、満開の笑顔のロビンがいた。


「頭いいねえ。ルナちゃん? ふたりして逆方向に逃げるなんてさ」

「ち、ちがいますちがいます、る……ルナちゃんじゃないです……」


 ひとちがいです、と首をぷるぷるする子ウサギだったが。


「かーわいーい♪ ほんとにウサちゃんだね~。アズラエルから聞いてるよ。ミシェルのともだちのルナちゃんだろ?」


 ルナはごまかしきれなくなって、「うええ……」と泣きそうな声を出す。


「たぶん、ミシェルはグレンがつかまえてくれてんじゃないかな?」


 にっこりと、容赦なく笑うロビンに、ルナは観念した。

 じゃーおにーさんと一緒にいこー♪ とルナの肩を抱いて歩き出すロビンは、上機嫌だった。


「な、なんでえ? グレン、ミシェルのこと知っ?」

「なんででしょーねえ」


 ターゲットの子ウサギと子ネコに忍び寄るあいだ、互いの姿に気付いたのはどこからだったろうか。

 ロビンは、アズラエルが、「グレンがルナをどうの」と言ったのを覚えていた。

 グレンはグレンで、ロビンの顔を見て顔をしかめた。

 ルナとミシェルがダッシュした際、ロビンがグレンに向かって、『つかまえて!』とアイコンタクトしたのを、ルナたち二人は知らない。

 察しの良さで、グレンはミシェルをつかまえた。

 ロビンはルナを。


「じゃ、先にミシェル渡してくれる?」

「人質交換じゃねえんだから」


 そういいつつ、グレンとロビンは、ウサちゃんとネコちゃんを交換した。

 ロビンは両腕を広げてミシェルを抱きしめた。


「ぎゃっ!」

 腕の中で、ネコが女としてダメな悲鳴を上げる。

「ミシェル、なんで逃げたんだよ~。ひどいじゃないか。君は俺を誑かすことにかけては天才だな。俺を困らせて、悩ませて、いったいどうしたいんだ? 俺のハニー、俺の宝、俺の命!!」

「……」


 ルナは呆然と、ロビンを見ていた。グレンが横から、

「アレはL18でも突然変異だ。L18の男がみんな、あれと一緒にされちゃ困る」

 とボソッと言った。


 グレンはルナの頭をくしゃっと撫でると、「元気してたか?」とだけ聞いてきた。

 ルナは思わず「うん」と返し、それから、へんな電話をしたことを思いだして、顔を赤らめた。


「――こ、このあいだヘンな電話してごめんね、」

「自分でもヘンな電話って自覚はあったのか」


 ならいい、とグレンは笑う。


「でも――あれは、いったいどういう意味だ」


 口調を変えて、グレンが言った。


「俺のバイト先なんて、よく見つけたな? しかも、だれか助けたかって、どういうことだ? まるで――現場を見ていたような言い方だ」

「えっ、うっ……それわ、」


「ルナと一緒じゃなきゃ行かないからね!!」


 見れば、同じくロビンに抱き寄せられたままのミシェルが暴れている。


「わ、わかったよ。落ち着けよミシェル」


 ロビンはお手上げ、といったふうにミシェルから手を離した。そして、グレンとルナに向かって眉をへの字に曲げて、言う。


「俺の子ネコちゃんが、ウサちゃんと一緒じゃなきゃデートしてくんないっていうんだ」

「……あ? 悪いが俺はおまえと一緒はごめ」

「あ、あたしもミシェルと一緒じゃなきゃヤダ!」


 あわててルナが言うと、グレンとロビン双方が、じーっとルナを見てきた。

 にらまれているようにも見える。

 でも、ここでミシェルを見捨てるわけにいかない。

 ルナが、見える人だけには見えるウサギ耳をペタンと垂らしていると、ロビンが嫌そうに言った。

 本当にもう、心底、嫌そうに。


「俺だってさあ、おまえみたいなドーソンとは嫌だよ。一瞬だって同じ空気吸ってたくないよ。でも俺のハニーがそう望むんだから仕方ないじゃないか」


「おまえみたいなドーソンってなんだ。俺だって好きこのんでドーソンなわけじゃねえ。俺だっておまえは嫌いだ。おまえみたいに、なんでもかんでもドーソン呼ばわりするやつはな。悪いなミシェル、俺はコイツが大嫌いなんだ。ついでにコイツも俺が嫌いだ。一緒の行動は無理だ。いくぞ、ルナ」


「うひゃあ!」


 ルナの意見はどうあれ――というか完全に無視され――ルナを軽々抱え上げたグレンは、その場を後にしようとした。

 地面に置かれたアイスコーヒーが遠い。

 そのとき、ルナを抱えたグレンのまえに、小柄な影が立ちはだかった。


「ちょっと。あんた、あのときチンピラを●したヤツでしょ?」


 頼もしそうな、威勢のいい声が、すごく懐かしかった。


「リサ!!」


 思わずその名を叫んでいたのは、ミシェルだった。

 グレンのまえに、リサが立ちはだかっていた。大きな目をきっと吊り上げさせて、グレンを下から睨み上げながら。


「いい? ここはリリザよ? あたしが大きな声で叫べば、あんたなんかすぐ警察行きだからね? ルナを離しなさい!!」


 さすがのグレンも、その台詞にはたじろいだ。

 でもマタドール・カフェでは、だれも●してない。

 そう言いかけて、グレンは、この少女に見覚えがあることに気付いた。


「あのとき、ルナといっしょにいた――」

「そうよ。覚えてたみたいね。じゃ、ルナを離しなさい! でないとあたし叫ぶわよ、」

「おっ、ちょ、ちょっと待て!!」


 リサが深呼吸して、叫ぼうと口を開けかけると、さすがにあわててグレンはルナを降ろした。こんなところで叫ばれてはたまらない。


「ルナ――誤解を解いてくれ」


 苦りきった顔で、グレンがこぼす。

 グレンが強引なのが悪いのだ。ルナは口をバッテンにした。


「リサ――ここにいたのかよ。いきなり消えんなよ」


 今度は、リサの彼氏のミシェルのお出ましだった。いきなりいなくなったリサを捜していたのか、すこし息切れしている。

 リサも久しぶりだったが、ミシェルも久々だ。

 ルナは懐かしくなって、ふたりに駆け寄ろうとしたが、ウサちゃんのシッポ(コートのせなか)はトラさんがしっかりつかまえていた。


 ミシェルは、ルナに声をかけようとして、先に意外な人物を目にしたために、ルナへのあいさつを忘れた。


「お? グレンじゃんか。久しぶりだな。……なんでルナちゃんといんの?」


 ミシェルのセリフに「え?」と返したのは女三人だった。


「ミシェルあんたこの殺人鬼と知り合いなの!?」

「殺人鬼!? グレンが? おまえ、なにやってんだよグレン」

「だから誤解だ! おまえ、このお嬢ちゃんの恋人か?」


 グレンがお嬢ちゃんと言ったのは、リサのことだ。


「ああ――俺の恋人――で、グレンはルナちゃんとどういうご関係?」

「あ? こういうご関係だ」


 そういって、グレンはすかさずルナを抱き寄せてほっぺたにちゅっとやった。


「ギャー!」


 かなり遅れて、ルナの絶叫が響き渡った。


「なにしてんのよ!! ちょっとミシェル!! あんたアズラエルに連絡しなさいよっ!!」

「いや、待て……」

「つかえないオトコね!! ちょっとあんた! アズラエルに殺されるわよっ!」

「いいね。殺しにくるなら返り討ちだ」

「ルナちゃん、アズラエルと別れたのか? やっぱりうまくいかなかった?」

「あんたアズラエル知らないの!? 傭兵なのよ? マッチョなのよ!?」

「知ってる」

「グレンは少佐だよ? そこのお嬢ちゃん。ちなみに俺はロビン、よろしくね。アズラエルは俺の可愛い後輩だ」

「え!? 少佐!? ちょ、ちょっと、ミシェル、傭兵と少佐ってどっちが強いの?」

「……それは人によりけりじゃないか?」

「殺人鬼もけっこう頑丈そうよね」

「俺にはちゃんとグレンって名が」

「ミシェルもどうしたんだよ、クラウドは? 別れたの?」

「うん、わかれて俺と付き合ってるんだ」

「ロビン!! ヘンなこと言わないでよ……!!」


 やいのやいのと、それぞれが好き勝手しゃべるものだから、場は騒然となっていた。

 ルナが呆然とそれを見ていると、やがてメンズのほうのミシェルが制止した。


「ちょっとみんなストップ!」


 ひとつため息をつくと、彼は提案した。


「レストランかカフェに入って、話をしよう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ