57話 パニックインザリリザ Ⅲ 1
「うっわ~~! ビショビショ!!」
「すごい浴びたね!」
そのころ、ルナとミシェルは、水に突っ込むジェットコースターに乗り、水しぶきを振り払いながら降りたところだった。
「楽し~!!」
アトラクションを離れ、幅広い階段を下りて、たどり着いたのは中央の噴水広場だ。
大きな噴水が真ん中にあって、リリザのマスコットキャラクターの人形が上へ下へと動きながら、噴水を飛ばしている。キラキラと輝く水は、七色へと姿を変える。
動物の形をしたベンチがずらりと並んでいて、アイスクリームやポップコーン、クレープの屋台がそこかしこに点在していた――親子連れが、着ぐるみと記念撮影をしているのが見えた。
ルナとミシェルは、パプリカ猫のベンチに座り、ひと呼吸した。
「広いねえ!」
「うん――すごい広い」
道の幅だけで五十メートルはあるだろう。ルナたちは噴水の真下のベンチに座っていたが、さっき乗ったジェットコースターは、ここから全体像が見渡せるほど、彼方だった。
ふたりは、アプリの遊園地パンフレットを広げて、次にどこに行くか検討した。
「今度は少し、のんびりしたやついく?」
「そうだね……ホライズン・スクエアってこれ、なんだろ?」
「わかんない……体験型アトラクション? 迷路みたいになってる。時間かかるやつじゃない? あっでも見てこれ! 海底探検だって。面白くない!?」
「じゃあ、ここいこっか!」
「ここら辺、水中のアトラクション集まってるよ。あたし、これも乗りたい」
「そういやここって、リリザいちヤバイジェットコースター、あるんじゃなかった?」
船内のリリザ特集番組でやっていたコースターは、すさまじいスピードの上、距離も長かった。半端でなく怖そうだったので、ルナとミシェルは悩んだ。
「ちょっと、挑戦するのは勇気がいるよね――そういえば、ホラーの一番やばいやつは、リリザ・セントラル・パークのほうだよね」
「そうだっけ――なんか、買って食べながらいこうよ。おなかへった」
「うん。なんか飲みたい」
「しょっぱい食べ物ないね~」
「あたしクレープかな。クレープだとしょっぱいのもありそう」
「んじゃクレープ行くか」
「ジニー・タウンはあとでぜったい行こうね」
「あたし、行きたかったカフェあるの! そいで、やっぱジニーのコーヒーポット買うことにした!」
「あたしも、ぜったいパプリカのコーヒーポット買う」
「えっと、あたし、ツナサラダのやつ」
「じゃあ、ルナ、あたしアイスコーヒーね」
「おっけー」
ハイテンションで、それぞれクレープとドリンク・ショップに突入したルナとミシェルだったが――。
男子トイレは、尋常でないほど混んでいた。
「――あ?」
三十分並んで、ようやく用を済ませて外に出たグレンは、ライフルスコープ級の視力で、ドリンク・ショップにたたずんでいる、可愛いウサギちゃんの姿を発見した。
「あ……あれ?」
「なによ。どうしたの? 知り合いでもいた?」
中央広場を、セレブ美人と腕を組んで歩いていたロビンは、視力2.5の裸眼で、遠くに見えるクレープ店にマイラバー子ネコちゃんを発見した。
ムスタファの屋敷で愛をたしかめあってから、風呂から出たら、いなくなってたネコちゃん。
(照れちゃったんだな、ハニー♪)
能天気な思考回路をしているロビンは、ミシェルがクラウドに連れ去られたことも知らず、クレープ店にその愛しい姿を発見し、さっさと女の腕を外した。
「ごめん。知り合いみたいだ。じゃあここで!」
あっさり美女の腕を引きはがし、ずんずんクレープ店に向かって歩いていくロビンを、女の罵声が追ったが、ロビンは気にもしなかった。
グレンも用心深く――ルナから目を離さずに、近づいていく。
――傭兵野郎と一緒か? でも、姿が見えねえな。
ロビンも同じことを考えていた。
クラウドと一緒かな……だとしたら面倒なことになりそうだな。
狙ったターゲットを、用心深く観察しながら近づく――やがてふたりは、ターゲットが男と一緒ではないこと、友人とふたりだけだということを認識した。
周囲に男の匂いはしない。完全に、ふたりだけだ。男がどこかで待っているのかもしれないが、それらしき影は、あたりにはない。
やがてふたりは、それぞれクレープをふたつと、アイスコーヒーをふたつもって、合流した。
(……ルナのともだちか? もしかしてあれはミシェルってコか。茶髪のショートヘア、間違いねえな。しかし、なかなか美人だな)
(キュートな子と一緒だなァ。ああ、ルナちゃんか。アズラエルの彼女。アズラエルもいねえってことは……こりゃ、両手に花か)
ふたりとも似たようなことを考えながら、スローペースで、着実に近づく。
「……げっ」
ミシェルが最初、西方面から歩いてくる能天気面の、背の高いイケメンに気付いた。ミシェルに気付かれたのがうれしいのか、ロビンは全力で手を振ってくる。
「……グレンだ!」
ルナは、東方面から歩いてくる、周囲より背の高い、銀色の髪の男を見つけて、手を振り返した。ルナが見返すと、にっこり笑った。
「……ルナ」
「……ミシェル!」
クレープとコーヒーを握りしめたまま、声を出したのは同時だった。
「なんかさ、あっちからまずい男が来てんだけど――」
「なんかね、あそこにグレンがいる――え?」
ミシェルは、ロビンに会いたくないらしい。
お互い振り向きあい、確認した。
西方面からはロビン――茶色い髪の、白Tシャツで、皮のハーフコート、ジーンズの男。
東方面からはグレン――紺のブルゾンにオフホワイトのニット、ストライプのマフラーを巻いた、銀色の髪の目の鋭い男。
「……よし」
「……そんじゃ、正反対に逃げよう」
「待ち合わせは」
「パプリカ・タウンの入り口」
ルナとミシェルは、それぞれ反対方向にダッシュした。ミシェルはグレン方面、ルナはロビン方面へ。
無論、その男のもとへ走ったわけではなかったが――。
ミシェルはクレープを包み紙とビニールでしっかり包み、バッグに入れて、駆け出した。ひとごみへ。
ロビンが、「え!?」という顔で戸惑ったのが見えた。
逃げられるとは思わなかったのか。どこまでも能天気な男だ。
ミシェルはひとごみをかき分けながら走り、ロビンの姿が見えなくなると、息を切らしながら歩調を緩めた。追ってきはしないかと、後ろを向きつつ小走りしていたら、ドンッとだれかにぶつかる。
「あ――ごめんなさ、」
あわてて謝ると、そこにいたのは、グレンだった。
「お嬢ちゃん、ルナのともだちだな?」
ミシェルがちがう、と言いかけると、
「ルナから聞いてるよ。俺はグレンっていうんだ」
そういって、口の端を上げて笑う。
ミシェルは冷や汗をかいた。
たしかにルナから聞いていたとおり、鋭い目の男は、簡単に逃がしてくれそうになかった。
ルナは、アイスコーヒーを両手に持ったまま、とたとたと走り出した。
元来、ルナは足が遅い。ウサギ失格だ。
待ち合わせ場所まで一気に走りぬこうとしたが、ふと不安になって、カップの中身をこぼさないように両手で抱えたまま、後ろを振り返って立ち止まった。
ミシェル、逃げ切れたかな。
「こんにちは♪」
「うきゃっ!!!」
突如、後ろからがっしり肩を掴まれて、ルナはのけぞった。
おそるおそる振り返ると、そこには、満開の笑顔のロビンがいた。
「頭いいねえ。ルナちゃん? ふたりして逆方向に逃げるなんてさ」
「ち、ちがいますちがいます、る……ルナちゃんじゃないです……」
ひとちがいです、と首をぷるぷるする子ウサギだったが。
「かーわいーい♪ ほんとにウサちゃんだね~。アズラエルから聞いてるよ。ミシェルのともだちのルナちゃんだろ?」
ルナはごまかしきれなくなって、「うええ……」と泣きそうな声を出す。
「たぶん、ミシェルはグレンがつかまえてくれてんじゃないかな?」
にっこりと、容赦なく笑うロビンに、ルナは観念した。
じゃーおにーさんと一緒にいこー♪ とルナの肩を抱いて歩き出すロビンは、上機嫌だった。
「な、なんでえ? グレン、ミシェルのこと知っ?」
「なんででしょーねえ」
ターゲットの子ウサギと子ネコに忍び寄るあいだ、互いの姿に気付いたのはどこからだったろうか。
ロビンは、アズラエルが、「グレンがルナをどうの」と言ったのを覚えていた。
グレンはグレンで、ロビンの顔を見て顔をしかめた。
ルナとミシェルがダッシュした際、ロビンがグレンに向かって、『つかまえて!』とアイコンタクトしたのを、ルナたち二人は知らない。
察しの良さで、グレンはミシェルをつかまえた。
ロビンはルナを。
「じゃ、先にミシェル渡してくれる?」
「人質交換じゃねえんだから」
そういいつつ、グレンとロビンは、ウサちゃんとネコちゃんを交換した。
ロビンは両腕を広げてミシェルを抱きしめた。
「ぎゃっ!」
腕の中で、ネコが女としてダメな悲鳴を上げる。
「ミシェル、なんで逃げたんだよ~。ひどいじゃないか。君は俺を誑かすことにかけては天才だな。俺を困らせて、悩ませて、いったいどうしたいんだ? 俺のハニー、俺の宝、俺の命!!」
「……」
ルナは呆然と、ロビンを見ていた。グレンが横から、
「アレはL18でも突然変異だ。L18の男がみんな、あれと一緒にされちゃ困る」
とボソッと言った。
グレンはルナの頭をくしゃっと撫でると、「元気してたか?」とだけ聞いてきた。
ルナは思わず「うん」と返し、それから、へんな電話をしたことを思いだして、顔を赤らめた。
「――こ、このあいだヘンな電話してごめんね、」
「自分でもヘンな電話って自覚はあったのか」
ならいい、とグレンは笑う。
「でも――あれは、いったいどういう意味だ」
口調を変えて、グレンが言った。
「俺のバイト先なんて、よく見つけたな? しかも、だれか助けたかって、どういうことだ? まるで――現場を見ていたような言い方だ」
「えっ、うっ……それわ、」
「ルナと一緒じゃなきゃ行かないからね!!」
見れば、同じくロビンに抱き寄せられたままのミシェルが暴れている。
「わ、わかったよ。落ち着けよミシェル」
ロビンはお手上げ、といったふうにミシェルから手を離した。そして、グレンとルナに向かって眉をへの字に曲げて、言う。
「俺の子ネコちゃんが、ウサちゃんと一緒じゃなきゃデートしてくんないっていうんだ」
「……あ? 悪いが俺はおまえと一緒はごめ」
「あ、あたしもミシェルと一緒じゃなきゃヤダ!」
あわててルナが言うと、グレンとロビン双方が、じーっとルナを見てきた。
にらまれているようにも見える。
でも、ここでミシェルを見捨てるわけにいかない。
ルナが、見える人だけには見えるウサギ耳をペタンと垂らしていると、ロビンが嫌そうに言った。
本当にもう、心底、嫌そうに。
「俺だってさあ、おまえみたいなドーソンとは嫌だよ。一瞬だって同じ空気吸ってたくないよ。でも俺のハニーがそう望むんだから仕方ないじゃないか」
「おまえみたいなドーソンってなんだ。俺だって好きこのんでドーソンなわけじゃねえ。俺だっておまえは嫌いだ。おまえみたいに、なんでもかんでもドーソン呼ばわりするやつはな。悪いなミシェル、俺はコイツが大嫌いなんだ。ついでにコイツも俺が嫌いだ。一緒の行動は無理だ。いくぞ、ルナ」
「うひゃあ!」
ルナの意見はどうあれ――というか完全に無視され――ルナを軽々抱え上げたグレンは、その場を後にしようとした。
地面に置かれたアイスコーヒーが遠い。
そのとき、ルナを抱えたグレンのまえに、小柄な影が立ちはだかった。
「ちょっと。あんた、あのときチンピラを●したヤツでしょ?」
頼もしそうな、威勢のいい声が、すごく懐かしかった。
「リサ!!」
思わずその名を叫んでいたのは、ミシェルだった。
グレンのまえに、リサが立ちはだかっていた。大きな目をきっと吊り上げさせて、グレンを下から睨み上げながら。
「いい? ここはリリザよ? あたしが大きな声で叫べば、あんたなんかすぐ警察行きだからね? ルナを離しなさい!!」
さすがのグレンも、その台詞にはたじろいだ。
でもマタドール・カフェでは、だれも●してない。
そう言いかけて、グレンは、この少女に見覚えがあることに気付いた。
「あのとき、ルナといっしょにいた――」
「そうよ。覚えてたみたいね。じゃ、ルナを離しなさい! でないとあたし叫ぶわよ、」
「おっ、ちょ、ちょっと待て!!」
リサが深呼吸して、叫ぼうと口を開けかけると、さすがにあわててグレンはルナを降ろした。こんなところで叫ばれてはたまらない。
「ルナ――誤解を解いてくれ」
苦りきった顔で、グレンがこぼす。
グレンが強引なのが悪いのだ。ルナは口をバッテンにした。
「リサ――ここにいたのかよ。いきなり消えんなよ」
今度は、リサの彼氏のミシェルのお出ましだった。いきなりいなくなったリサを捜していたのか、すこし息切れしている。
リサも久しぶりだったが、ミシェルも久々だ。
ルナは懐かしくなって、ふたりに駆け寄ろうとしたが、ウサちゃんのシッポ(コートのせなか)はトラさんがしっかりつかまえていた。
ミシェルは、ルナに声をかけようとして、先に意外な人物を目にしたために、ルナへのあいさつを忘れた。
「お? グレンじゃんか。久しぶりだな。……なんでルナちゃんといんの?」
ミシェルのセリフに「え?」と返したのは女三人だった。
「ミシェルあんたこの殺人鬼と知り合いなの!?」
「殺人鬼!? グレンが? おまえ、なにやってんだよグレン」
「だから誤解だ! おまえ、このお嬢ちゃんの恋人か?」
グレンがお嬢ちゃんと言ったのは、リサのことだ。
「ああ――俺の恋人――で、グレンはルナちゃんとどういうご関係?」
「あ? こういうご関係だ」
そういって、グレンはすかさずルナを抱き寄せてほっぺたにちゅっとやった。
「ギャー!」
かなり遅れて、ルナの絶叫が響き渡った。
「なにしてんのよ!! ちょっとミシェル!! あんたアズラエルに連絡しなさいよっ!!」
「いや、待て……」
「つかえないオトコね!! ちょっとあんた! アズラエルに殺されるわよっ!」
「いいね。殺しにくるなら返り討ちだ」
「ルナちゃん、アズラエルと別れたのか? やっぱりうまくいかなかった?」
「あんたアズラエル知らないの!? 傭兵なのよ? マッチョなのよ!?」
「知ってる」
「グレンは少佐だよ? そこのお嬢ちゃん。ちなみに俺はロビン、よろしくね。アズラエルは俺の可愛い後輩だ」
「え!? 少佐!? ちょ、ちょっと、ミシェル、傭兵と少佐ってどっちが強いの?」
「……それは人によりけりじゃないか?」
「殺人鬼もけっこう頑丈そうよね」
「俺にはちゃんとグレンって名が」
「ミシェルもどうしたんだよ、クラウドは? 別れたの?」
「うん、わかれて俺と付き合ってるんだ」
「ロビン!! ヘンなこと言わないでよ……!!」
やいのやいのと、それぞれが好き勝手しゃべるものだから、場は騒然となっていた。
ルナが呆然とそれを見ていると、やがてメンズのほうのミシェルが制止した。
「ちょっとみんなストップ!」
ひとつため息をつくと、彼は提案した。
「レストランかカフェに入って、話をしよう」




