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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~色街の黒ネコと色街の野良ネコ篇~
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56話 パニックインザリリザ Ⅱ 1


 ――ルーイ、グレン、よく聞いて。あの宇宙船は奇跡の起こる場所なの。あの宇宙船がなかったら、私もジュリも生きてはいなかった。ジュリは腐って死んでいただろうし、私もジュリと同じ運命をたどっていただろうと思うの。セバスチアンはこうしてたくさんの星を奔走して人助けなんかしなかったろうし、バクスターはドーソンの家に押しつぶされてしまっていたかもしれない。当然、グレンもルーイも生まれていなかった――


 真っ暗闇の、真夜中の遊園地。

 ルナには覚えがあった。

 向こうに観覧車が見える、大きな遊園地。人間はおらず――動物の着ぐるみばかりの。

 奇妙な遊園地に、ルナはまた、(たたず)んでいた。


(ZOOカードの遊園地だ)


 戸惑いながら、ルナが観覧車に向かって歩いていくと、黒いウサギの着ぐるみがルナを見ていた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは!」


 ルナは、元気よくあいさつを返した。


「こっちよ」


 黒いウサギはルナを待ちかまえていたように、ルナの手を引いて歩き出す。

 ルナがちらりと振り返ると、遊園地の入り口であろう円形の門が見えた。


 ゲートをくぐって、ベンチが左右に並んでいて、アイス屋さんがあって、ほとんどちぎれた遊園地のポスターが、パタパタと寂しげな音を響かせていた。

 さびれているのか、繁盛しているのか、わからない遊園地だ。


 黒いウサギはルナを引っ張って、ずんずん奥へ進んでいく。


 やがて、ひとつのアトラクションが見えた。

 コーヒーカップが回っていた。

 そこには、小さなまだらネコが一匹、コーヒーカップに乗ったまま、ぐるぐると回っていて、ルナを見ると奇声を上げて威嚇した。


 ルナはびっくりしたが、黒いウサギが「気にしないで」というように首を振るので、ルナは通り過ぎることにした。


 コーヒーカップに乗って、ぐるぐる回っている子ネコを、ネコ同士の着ぐるみカップルが見つめている。たまに、まだらネコは四方八方に向かって奇声を上げるのだった。

 

 ルナが「その場所」にたどり着くまで、たくさんの着ぐるみにスポットライトが当たった。

 動物たちに、ルナを注目させるように。


 あれは――鳥だろうか。

 ずいぶん大きな、可愛い鳥の着ぐるみが――大柄だから、たぶん中身は男性だ――ベンチに座って、じっとルナを見つめていた。


「俺は飛び方を忘れてしまったんだ」


 鳥はルナに向かっていったが、黒いウサギがルナを引っ張っていくので、ルナは辛うじて、その鳥が「ネコ、ネコを探さなきゃ、俺のネコ」と言っているのが聞こえただけだ。


 ずいぶん長く歩いた気がする。

 めのまえにそびえたつのは、とても大きな観覧車。

 どうやら、ここが到着地点だったようだ。

 ルナは、観覧車を見上げた。

 ちょうど、ハムスターの親子とカモメが、ゴンドラに乗って、上に上がっていくところだった。


(ハムスターとカモメ)


 ルナは、その不思議な組み合わせに目を見開いたが、間違いなく、ハムスターとカモメなのだった。

 古びた着物を着た、太り気味のハムスターと、もう少し小さなハムスター、そして、一番小さなハムスターが、ベビーカーに乗っている。向かいにいるのは、けっこうまん丸い、太ったカモメだ。


 ルナは、あのハムスター親子を、どこかで見た気がした。


 彼らを観覧車の下で見送っているのは、大きめの灰色ネズミ。二匹は、ゴンドラに向かって、手を振っている。


「あれは、チンチラだよ」

 だれかが教えてくれた。

「チンチラ!」

 気づけば、チンチラ二匹は、ルナのほうに向かってお辞儀をしていたのだった。ルナがお辞儀を返すと、微笑み、二匹寄り添って、去っていった。


 教えてくれたスタッフは、おかしな恰好をしたトラの着ぐるみだった。一枚布を巻きつけた、お坊さんみたいな格好のトラの着ぐるみ。


 ルナを見ると、「待っていたよ」と言った。


 彼は自己紹介をしなかったが、ルナは、なんとなくそのトラが、「高僧のトラ」ではないかと思った。


 ――アントニオに似ている気がする?


「そろそろ、忙しくなるよ」トラは言った。


 気づくと、ルナを連れてきた黒ウサギは、もういなかった。


「たすけてえ、たすけてえ!」


 悲鳴が聞こえて、びっくりして振り返り――ルナは、思わず笑ってしまった。

 アフロヘアの茶色いネコが、こっちに向かって走ってくるのだ。たしかに、ここにはいろんな着ぐるみがいるが、アフロヘアのネコなんて見たことがない。


「どうしたの」


 トラさんが聞いた。アフロヘアのネコは、わんわん泣きながら、


「黒ネコさんが泣いてるよう」

「どうして泣いてるの」

「たすけてあげてよう。黒ネコさんがたいへんなのよう」


 今度ルナは、アフロヘアのネコに引っ張られ、もと来た道をもどることになった。

 小走りでアフロネコについていくと、コーヒーカップの近くで、黒いネコの着ぐるみが、背を向けてうずくまっていた。


 アフロヘアのネコはなにか言った。


「え?」


 ルナは聞き取れず、もう一度聞き直した。


「…………してるの」

「え?」


 聞き取りづらい。泣きながら言うものだからよけいに。


「お願い、もう一回言って」


 ルナがアフロネコを急かしていると、急に気配を感じた。振り返ると、さっきまでそこで泣いていた黒ネコがいる。


「言うなって、言ったのに」


 恐ろしい声がしたかと思うと、黒ネコが、大きなナイフを振り下ろしてきた。

 ルナもアフロネコも悲鳴を上げた。

 ルナは見た。

 はっきりと、黒ネコの姿を。

 黒ネコは、「…………」していた。





「うきゃあ!!!!!!」

「ひっ!!」


 ルナの盛大な悲鳴に、隣で寝ていたミシェルは飛び起きた。


「な、なに、ちょ、ルナ、……だいじょぶ?」


 あまりに盛大な悲鳴だったため、ミシェルは一発で目が覚めてしまった。


「……へ、へんな夢、見たよう……」


 まさか、リリザに来てまで変な夢を見なくともよかろうに。ルナは泣きっ面になりながら、ベッドから降りた。


 そう、ここはリリザ。

 グランポートのスペース・ステーション構内にある、シティホテルだった。


 昨日、ルナとミシェルは大慌てで荷造りをし、リリザに降り立った。

 ルナは二度目だが、ミシェルは初めてリリザに降り立ったわけで。移動用宇宙船から見えるリリザという名の宝石に見とれ、華やかな駅構内に目を白黒させ――ルナが最初にリリザに降りたときの感激を、そのまま体現した。

 そのころには、ミシェルの顔にも笑顔がもどりはじめていた。


 予約もせずに来てしまったが、宿泊できるホテルがあるだろうか。

 ステーションの案内所で、宿泊場所を探した。有名どころはどこも埋まっていたが、近くのシティホテルは空きがあった――シンプルなシティホテルといえども、リリザのホテルだ。


 スパとエステがついていて、アメニティはナチュラル志向の高級化粧品。バスローブについたシュシュは、リリザのキャラクターが選べて、持ち帰りオーケー。フリルとリボンが満載の部屋は、シティホテルというにはファンシーすぎた。


 室内のお風呂はジャグジー付きで広く、バラの花束が飾られていて、湯船に浮かべられるようになっている。


 階下は、雑貨店やショッピングセンターがあるデパートとつながっていて、ネコのパプリカのヘアバンドつきパジャマを見つけたミシェルは、さっそく購入していた。


「まじやばい……ここ」


 アプリで「黒猫のパプリカ」を呼び出したミシェルは、すっかりクラウドのことは忘れた様子だった。

 三歩歩けばすべて忘れるウサギ脳のルナでなくても、リリザに来れば、だれだってそうなるだろう。


 グランポートの地図を見ているだけで、一日がつぶれそうだった。

 動物園に、水族館、博物館、プールだけのアミューズメントパーク、サファリパーク、カジノにスタジアム、無限にあるショッピングセンター。


「やばい」


 ミシェルは無の表情で、もう一度言った。

 一ヶ月いても、遊びつくせるかどうか。


「ホテルもやばい」

「うん」


 持ち合わせがたいしたことのないこの二人組では、いいホテルなどには泊まれないが、駅から歩いて五分のシティホテルでさえ、二人を感激させるのに十分だった。


 ルナとミシェルは、すさまじく広いホテルの部屋で転げまわり、とにかくふざけあい。

 そのころには、ミシェルもだいぶ元気を取りもどしていた。


 シャイン・システムでパプリカ・タウンに出て、黒猫の世界を堪能したあと――パプリカ尽くしのレストランで早めに夕食を食べて、ホテルにもどった。


 あとは部屋で、いままでの空白時間を思う存分語り合った。落ちるようにして寝たのは、何時ころだったか覚えていない。


「変な夢って、あの、椿の宿とかいうとこで見た夢?」


 ミシェルが、髪をワックスで整えつつ、聞いてきた。


 ほとんど今朝まで。ふたりで落ちるまで、いろんなことを話した。

 無論ルナは、説明のできる範囲で、椿の宿で見た夢のことも話した。サルーディーバやサルディオーネ、アントニオのこと、ZOOカードのことを。


「ううん。――あんな感じのじゃないんだけど」

 時計の音とともに始まる、椿の宿の夢ではなかったが。

「パプリカ・タウンに行ったからかな?」

 ミシェルはまじめな顔で言ったが、ルナは首を振った。

「あんな可愛いネコじゃなかったよ」


 黒ネコの着ぐるみがナイフをかざしたときは、着ぐるみとは思えないほど恐ろしい顔をしていた。

 でもたしか――あの、黒ネコは。


(妊娠してた)


 ルナは、口の端から歯磨き粉がこぼれているのも気づかず、鏡を見つめたままぼうっと考えごとをした。

 

 ――言うなって、言ったのに。


 黒猫はたしかに、アフロネコとルナに向かってそういった。


(アフロネコ)


 ルナははっとして、歯磨きを止めた。

 あれはもしかして、エレナとジュリだろうか。

 ふたりのZOOカードは、たしか、「色街の黒ネコ」と、「色街の野良ネコ」――。


「ルナ、ルナ!」


 ミシェルに突つかれて、我に返る。


「シャワー浴びて、ビュッフェ行こう! かなり寝坊しちゃったからギリギリだよ! で、早く遊園地いって、今日一日、遊びまくろー!!」


 昨日、さんざん吐き出したおかげか、今はミシェルのほうが元気だった。


「うん!」


 ルナも、すっかり夢のことは忘れて、元気よく返事を返した。





 ルナとミシェルが、豪勢なビュッフェで朝食を食べ終わり――もちろん、その場で焼いてくれる、ジニーとパプリカフェイスのパンケーキも――食べ、もうなにも入らないという状態になったあと。


「リリザ・グラフィティ・ランドパーク」についたのは、昼近くだった。


 シャイン・システムの扉が開き、彼方に見える、花火とパレード、噴水の水しぶき、ジェットコースターに観覧車――あらゆる遊具のオンパレードに、大はしゃぎしながら、入り口ゲートを潜っていたころ――。


 同じ遊園地の、中央広場にて。


「セルゲイ、そのパンダベンチ、サイコーに似合うぜ」

「ありがとうグレン。君こそあそこのトラさんベンチに座ったらどうだい? 立ちっぱなしで疲れただろう」


 嫌味とも愚痴ともつかない応酬を繰り返しているのは、グレンとセルゲイだった。


 グレンは、女子どもと若いカップルで埋め尽くされた周囲を睥睨(へいげい)した。目に飛び込んでくる動物のベンチと、風船と、ファンシーな店。アイス売場。遊具。


 自分が完全に浮き立っているのは、まちがいない。

 軍人仕様ムキマッチョ、二十八歳。

 遊園地の似合わない男、グレン。


 しかも、自分の近くにいるのは、パンダさんベンチでノートパソコンをたたいている、座っていても周囲より頭ひとつ高いでかい男と、この世の終わりみたいな顔をして、うずくまっている、しょぼくれた犬みたいな幼馴染みだ。


 グレンが進んでリリザに来たわけではない。

 ジュリがリリザに行きたいと言い出したから、みんな引っ張り出されたのだ。

 カレンと二人で行け、と断ったのだが、相棒のエレナが最近ジュリに冷たいらしく、ジュリは寂しがっていた。グレンたち三人が行かないと言ったら、ジュリはわんわんと泣いた。

 子どもと一緒。仕方がないから、一日だけ、という約束で、一緒に来たのだった。


 地球行き宇宙船からは、「リリザ・グラフィティ・ランドパーク」の一日パスポートが無料で配られている。

 グレンは、自分の分をルシアンあたりの知り合いにくれてやるつもりだった。

 まさか、自分がつかうことになるとは。


 ルナが望むのなら、ジニー・タウンとかいう胸糞悪い場所にも入ってやるが。男三人で、「リリザだあー♪」とはしゃげるはずもない。


 肝心のジュリは、カレンを引っ張ってジェットコースターのはしごにでかけたまま、もどってこない。


「はァ。なにが悲しくて、三十歳目前の男が三人、こんなとこでヒマもてあましてなきゃいけねえんだ」

「私はもう三十歳になったよ」


 セルゲイは、ノートパソコンからまったく目を離さず、そう答えた。


「ああそうか。しかもおまけにこのでかい荷物はピクリとも動きやがらねえし……おいルーイ!」

「……なに」


 ややあって、かなり暗い声が、ベンチの(そば)にうずくまっていた男から返ってきた。


「飲み物でも買ってこいよ」

「……自分で買ってこいよ」


 ルートヴィヒは、あのルートヴィヒとは思えないほど消沈して、やつれた面影を宿していた。健全なスポーツで鍛えられていた肉体は、すこし痩せたようだった。

 顔がなにしろ暗い。お先真っ暗という顔だ。

 だが、グレンは、返ってきた返答にカチンと来て怒鳴った。


「いつまで落ち込んでるんだ! 女に振られたぐらいで」

 


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