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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
123/927

54話 夢との符合と、最初の降船者 3


 それにしても、こんなに早い時期に――まだ、一年とたっていない時期に――友人が降りることになるとは、思いもしなかった。


 ――こうして、ひとりひとり、宇宙船を降りていくのか。


 なんとなく、自分はこうして、これから先、宇宙船を降りていく人を見送るような気がしてならなかった。


(ちょっと、さみしい、かも)


 いったい、何人が地球にたどり着けるかは分からないけれど、自分ひとりじゃなきゃいいなあ、とルナは思っていた。

 ケヴィンの姿が見えなくなり、物寂しい思いを抱えたまま椅子に座ったルナは、唐突に思い出した。


「あーっ!!」

 隣で、アントニオが勢いよくビクつく。

「なっ、なに、急に」

「……ケヴィン、宇宙船降りちゃったよ?」


 ルナが思いだしたのはZOOカードのことだ。ルナが助けるかもしれない人物の中に、「双子のきょうだい」「双子の姉妹」というのがあった。

 おそらくそのカードは、ナターシャとブレアの双子の姉妹、ケヴィンとアルフレッドの双子を示している。

 今のところ、ブレアのこと以外に、ケヴィンが困っている様子は見受けられなかったが、ルナが助ける前に彼は宇宙船を降りてしまった。


 どういうことだろう?


 ルナの疑問に、アントニオは困り顔をした。


「俺は、あまりZOOカードのことは分からないからなあ……。でも、運命が変わったんだろうね」

「変わった?」

「そう。ケヴィンの運命が変わったから、ルナっちとの関わりも変わった。たぶん今ZOOカードを並べたら、前とは違う配置が出るかもしれない」

「……」

「ルナっち。あんまりZOOカードのことは気にしないほうがいい。占いって、そういうもんだろ? いいことは信じて、悪いことは信じない。ルナっちの助けが必要なら、きっとケヴィンから電話が来るさ。そのときに考えようよ」


 たしかに、そうだけれど。

 ルナは、そう簡単に思い切れなかった。

 テーブルに座ったまま、うつむいて足をぶらぶらさせた。


「しょうがないウサギちゃんだなあ。お口がバッテンになってるぜ?」

 アントニオが苦笑した。

「なにか心配ごと? このあいだここで話したことが気になってるの?」


 ルナはようやく顔をあげた。


「そうだ。カサンドラさん? ――マリアンヌさんは、どうだったの?」


 アントニオは少し顔を曇らせ、「ダメだった」と言った。


「気にかけてくれてありがとうな。……俺たちが病室に入ったときは、もう亡くなっていた。俺は、彼女が小さいころ、一度会ったことがあるだけで、あまり面識はなかったけど、サルちゃんたちは彼女と姉妹みたいに育ってきたから。……見てて、かわいそうだったな」


「やっぱり――」

 サルーディーバさんとは会っちゃダメなんだよね、とルナは言いかけたが。


「いや、こんな状況だし――俺もルナちゃんに、サルーディーバに会ってやってくれって頼もうとしたんだけど――まあ、俺が同席して、よけいなことは話さないって条件で」

「ほんと!? 会っていいの!?」


 パッと顔を輝かせたルナだったが、アントニオは首を振った。


「今は、サルーディーバのほうがルナっちと会うのを、拒絶してるんだ。マリアンヌが死んだ経緯を――こればっかはルナっちにも言えないけど――マリアンヌの担当役員から聞かされてね。自分がルナっちに関わるのは危険だと判断したんだ。ルナっちの安全のためにもね。だから、今は彼女のほうが君に会うべきじゃないと言ってる」

「そう……」


 ルナは拍子抜けして、椅子に腰をもどした。


「ルナっちがくれたお守りは、ほんとうに喜んでたよ。ありがとうって言ってくれって、ことづかってる」


 そういえば、椿の宿で真月神社のお守りを手渡したのだった。

 そんなに喜んでもらえたなんて。


「そういや、ルナッちは、リリザにいった?」

「あ、うん! おとついね、――」


 アントニオが話を変えたがっていたのはルナにもわかったので、一昨日、リリザに降りたときのことを話そうと思った矢先。

 急にざあ! と風が吹いて、テーブルに置いてあったパンフレットをパラパラとめくった。

 飛ばされそうになったのをあわてて押さえて、何気なく目をやったルナは、今日、二度目の絶叫をした。


「あーっ!!!」


 アントニオは再度ビクつき、「な、何なの、今日のルナっちは……」と恐れおののきながら、パンフレットに釘付けになったルナを見た。

 ルナも、偶然といえば偶然過ぎるそれに、恐れおののいていた。

 パンフレットに、見覚えのあるクラブの写真が載っていたのだ。

 見開き二ページに渡って特集されているのは、「ルシアン」という名のクラブ。そのクラブの写真が、ルナの夢の中の風景と一致したのだ。


『K37区のクラブ、ルシアン。ココには一風変わったカクテルが目白押し。試してみる価値アリ!』


 一杯ごとに勘定するシステムも夢の中と同じだ。

 ルナたちは、美味しいカクテルを探してルシアンにたどり着いたのではない。この一風変わったカクテル、に興味を示したのかもしれない。でも一風変わってはいても、おいしいとは言えなかったのだろう。だから、すぐにクラブを出ようとしていた。


(このボックス席の写真、あたしとミシェルが座っていたところだ)


「ああ、ルシアンね。K37区じゃ一番大きいクラブかな」


 アントニオは、ルナがその特集を凝視しているのを見て、言った。


「ご、ごめんね! あたし帰る!」


 家に帰って、グレンに電話しようと思ったのだ。あの夢と同様、このクラブで彼がバイトしているとしたら――?

 ルナはあわてて立ち上がり、パンフレットをつかんで、猛然と走り出そうとしたところで、止まった。

 走り出したところで気づいた。グレンの電話番号は、アズラエルが消去してしまったので、分からない。


「う~、う~」


 チビウサギが急に立ったり立ち止まったり、かと思えばパンフレットを頭上に掲げてウロウロし、挙句にうなり始めたので、アントニオはかなり心配した。


「うううう~~」


「ルナっち。ルナちゃん、……そこの、ウサギちゃん」

 チビウサギは振り返った。

「なにか、お兄さんが手助けできることはない?」


 ルナの携帯電話から、グレンとセルゲイの番号は消去されていたが、カレンとルートヴィヒの分は消されていなかった。

 アントニオのアドバイスに従い、カレンかルートヴィヒ経由で、グレンと連絡を取ることに決めた。

 ウサギは、ウサ耳を立たせたまま猛然と走り去っていった。

「おそい」

 アントニオが、ウサギの丸い後姿を見てそうつぶやくほどには、低速で。


 全速力で家にもどったルナは、ドアも開けっ放しで、靴も放りっぱなしで部屋に駆け込み、ちこたんが『どうかしましたかルナさん!』と飛んできたのも無視し、電話のボタンを押した。


『はい』


 ルートヴィヒが出た。


「ルナです!」


 ルナは勢いよく叫び、『ルナ!?』と電話口の声がうれしげに弾むのを最後まで聞かず、「グレンはいますか!?」と叫んだ。

 驚くよりなにより、ルナの勢いにひるんだルートヴィヒは、『う、うん……いるよ』とたちどころに代わってくれた。


『だれだ?』


 グレンが出た。寝起きなのか、不機嫌そうな声。アズラエル並にすごみのある声だったが、ルナは最近、その手の凶悪声には慣れている。


「グレン!?」


 ルナの声は、ウサギとは思えないほど大きかった。電話口の相手の声は、一瞬詰まり、

『……ルナ!?』と驚きの感情をあらわにして――。


『え? おまえなんで、ルーイの電話から「あのねあのね!! グレンってルシアンってとこでバイトしてる!!??」


 尋常でないウサギの興奮ぶりに、トラさんも怯んだ。


『……あ、ああ? バイトっつうか、警備員な。それよりおま』

「警備員!? ほんとに!?」


 グレンは思わず電話を耳から離した。鼓膜が破れそうだ。


 いったいどうしたんだ? ルナは。


 グレンは振り返り、ルートヴィヒの顔を見たが、彼も両腕を広げて首を振った。

 畳み掛けるように叫ぶルナに、グレンはあきらかに戸惑っていたが、興奮気味のウサギを鎮めるため、つとめて静かな声をつくった。


『ほんとだ。そんな話どこから聞いたんだ? おま「それって夜!? 私服でやってるの!? いつから? だれか助けたりとかした? 青少年大会優勝のボクサーとかなぐった!? あた、」


 ルナの叫びは、中途で途切れた。

 グレンが切ったわけではない。後ろから、褐色の大きな手が伸びてきて、通話をきったのだ。大きな手は、そのままルナの手から電話を取り上げた。

 だれということもない、アズラエルだった。


 そこでルナは、自分のしていることに気づいた。

 ルナは、恋人(仮)の留守中に、一度は告白されている男性に電話している。しかも、電話番号は消去したはずなのに。

 ルナの声は興奮していて大きかったから、ちょうど帰ってきたアズラエルに丸聞こえだった。

 だれに電話しているか――あんなにでかい声で叫んでいたら。

 誤解されるには、十分すぎるシチュエーションだった。


「言い訳は?」

「言い訳はあります!」


 ルナは正々堂々と宣言した。


「なにを話してた?」


 ルナは正直に言った。


「グレンが――K37区のルシアンってクラブで――バイトしてるかどうか!」

「なんでそんなことを知りたいんだ」

「えーっと」


 そこに至るまでの経緯を説明するには、グレンが出てきた夢のことも説明しなければいけなくなる。

 ルナは非常に困った。

 たちどころにつまったルナに、アズラエルは、それでもなにを思ったか、懇切丁寧に教えてくれた。


「アイツはな、ルシアンで警備員のバイトをしてる。見回りの私服警備員だ。あの辺は治安が悪いからな。客と取っ組み合いになるのもめずらしくねえ。ほかにもあの少佐殿は、スポーツジムで護衛術の臨時講師やってるよ。ほかに聞きたいことは?」


 アズラエルの目が怖かったので、ルナは「ありません」とだけ言った。


「グレンに関わるなっていっただろ!」

「ちょっと聞いてみたいことがあったの! それに、そもそもアズとは付き合ってないし、アズだって、あたしのほかにもいっぱい女がいるじゃないか!!」


 ルナは食ってかかった。そういえば思い出したのだ。エレナのおなかの子が、アズラエルの子かもしれないということを――。


「は?」


 問いつめていたのは自分だったはずだ――いきなり怒り出したウサギをまえに、アズラエルは、まったく見当がつかないという顔をした。


「エレナさんのおなかのこは、アズの子かもしれないでしょっ!!!!!」

「――」


 アズラエルの顔が、まったく、想定外だという顔になった。


「は?」

 なにがどこからどうなって、エレナの話になったのか、理解ができなかった。

「は? ――いや待て、ちょっと待て」


 アズラエルの怒りはすっかり冷め、彼はしゃがんで、ちっぽけなウサギと目線を合わせた。


「エレナの腹の子? なんでおまえが、それを知ってるんだ」


 ルナは怒髪天になった。やっぱり、アズラエルは、エレナが妊娠していることを分かっている。


「エレナは、だれにもいうなと俺に言った。多分、エレナの妊娠を知っているのは、俺とジュリだけだ。俺は、おまえにそんなことを言ったっけ?」


 わめきかけたルナは、なにかおかしいことに気づいた。


「へけ?」

「ジュリがおまえに言ったのか?」

「ううん?」

「……」


 アズラエルの口調から、ルナは悟った。


「――じゃあ、エレナさんの子は、アズの子じゃない?」


「どうして俺の子なんだ」

 アズラエルはうんざり顔をした。

「面倒なことになるのはわかってるから、あいつには手を出してない。それに、時期的に見て、妊娠したのはアイツがL44にいるときだ。つまり、宇宙船に乗ってからできた子じゃない」

「……」


 ルナはあっけにとられた顔で、アズラエルを見上げていた。

 時期的に見て、宇宙船に乗ってから妊娠したのではない?


「じゃあ――グレンの子でも、ルーイでも、セルゲイでも、カレンでもない?」

「ああ」


 アズラエルはうなずいた。ルナはアホ面をした。

 イハナに、妊娠していることを悩んで、相談に行ったかもしれないエレナ。

 それがほんとうにエレナかどうかはわからなかったが、今のアズラエルの言葉で、とにかくエレナが妊娠していることだけは、はっきりした。

 しかし、エレナは、アズラエルには、だれにもいわないでくれと言った。


「……妊娠してるのを、エレナさんは、内緒にしてる? みんなに?」


「ああ」

 アズラエルは再度うなずいた。


「なんで?」

 ルナは聞いたが、アズラエルは首を傾げた。

「さあ? 理由があるんだろ」

 ルナはさらに聞いた。

「アズは、いつエレナさんが妊娠してるって知ったの」

「つい最近だ。先月のことだったかな」

「エレナさんは、いつ宇宙船に乗ったの」

「……八月あたりだと聞いてたが」

「アズたちが、エレナさんと知り合ったのは?」

「……十月だ」


 今は十二月。エレナは四ヶ月前に乗って、二ヶ月前にアズラエルと知り合った。グレンたちと知り合ったのも、ちょうどそのころだとして、やはりギリギリというか――彼らが父親である可能性は少なそうだった。

 そして、妊娠が発覚したのは、先月。


(妊娠したのははじめてだろうか。それで不安になって、イハナさんのところへ?)

 イハナのように、担当役員に言えなくて?


「でも、内緒にしてても、おなかがおっきくなったり、赤ちゃんが生まれたら、ばれるよね?」

「……そうだろうな」

「どうして、ないしょに」


 アズラエルは、なぜルナがそんなにまでそのことにこだわるのかが、理解できないようだった。

 だが、ルナは、なんとなく気になったのだった。

 おとつい、イハナ親子に会わなかったら、おそらく気づかなかったであろう、小さな違和感――言葉にならないなにかが、ルナのちっちゃな脳みそに引っかかっていた。


「ねえ、アズ」

「なんだ」

「――エレナさん、もしかして、字が読めないということはない?」


 アズラエルは戸惑ったあと、首を傾げた。


「ジュリは読めないだろう。だが――あいつはどうかな。世間知らずではあるが――そうだな。字が読めるか読めないかなんて、あえて確かめたことはねえな。なぜそんなことを気にする?」


 ふたりは無言になった。

 ルナのアホ面と、アズラエルの無表情顔が向き合い――ふたりは、最初の争いの理由を忘れかけていた。だがアズラエルが思い出した。

 そうだ、コイツはグレンに電話をしていた。

 三歩歩けばすべて忘れるルナのアホ面に向かい、アズラエルは厳かに告げた。


「ところで、グレンの電話番号をどこで……」


 ピンポーン。


 チャイムが鳴った。アズラエルの純然たる舌打ち。ちこたんが出ようとしたのをアズラエルは止めた。


「はい」


 アズラエルがドアを開けると。

 そこには。


「――ミシェル」


 目を真っ赤に泣きはらせた、ミシェルが立っていた。





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