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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
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50話 リリザ Ⅱ 3


 ルナは、イマリたちの存在に気づかず、まっすぐの道路を歩いた。

 イマリたちは階段を上がってきたところだった。ルナが高級飲食街を出てくるのに気づいたイマリはブレアをつつき、ブレアもルナの姿を認めて、苦い顔をした。


「なにアイツ、ひとりでフレンチとか行ったの」

「勇気あるぅ」


 アイス女が茶化したが、イマリとブレアの顔に笑みはもどらなかった。


「どっから出てきた、あいつ」

「あの中華料理屋じゃねーの」


 イマリとブレアの目は、ルナを追った。気にしたくもないのに、気になってしかたがないのだった。

 いきなり仏頂面になったふたり以外の女たちが、いつもみたいに金切り声でしゃべり、笑いあいながら飲食街に入ろうとしたときだった。

 どこから湧いて出たのか、黒服の男たちにさえぎられた。


「失礼ですがお客様、どなたのご招待客ですか」

「はっ?」


 裏返った声を上げたのは、リーダーだった。

 声をかけられたのは、間違いなく自分たちだ。イマリたちは、思わず周囲を見た。

 そういえば、飲食街に入っていくのは、黒塗りか白塗りの高級車ばかりで、歩いている人物はひとりもいない。

 それもそのはず。ここは特別仕様車を乗り付けるVIPか、店内に設置されたシャイン・システムで直接赴く(おもむ)招待客しか出入りしない。

 特別な事情でもないかぎり、歩いて侵入する客はいないのだ。


「ここは、ご招待客のみの特別なお店ばかりです。一般の方の入場は認めておりません。失礼ですが、どなたのご招待で」


 そう問われたイマリたちはつまったが、ものすごいタイミングで、蛍光ブルーの派手な車が排気音を鳴らして突っ込んできた。

 車は、海鮮レストランの前で停まった。

 中からは、たくさんの女に囲まれた、自分たちと似たような格好の男――ダボダボのスカジャンとジーンズ、スニーカー、アクセサリーをジャラジャラつけた、同じ年かさの――が出てきたので、安心した。


「なんだ、ふつうのひとも入れんじゃん」

 スーツやドレスの客ばかりでなく――。


 黒服は、イマリたちの無知をたしなめるように告げた。


「あの方は、スペース・ラグーンのシステム開発者で、特許を五つお持ちです。すなわち、空中浮遊都市スレイプニルの開発部門チーフでもあります」


 イマリたちは口を開けた。

 リーダーの背後から、一番図々しく、かつ空気を読まない金髪の男が、ヤニだらけの歯をむき出して笑みを見せた。


「まあまあ――俺たちも地球行き宇宙船の船客だし? 入れてくれたら」

 ちゃんと金は払うぜ。


 ニヤニヤ笑いながらパスカードをかざした金髪の男のそれを一瞥(いちべつ)し、黒服は再度聞いた。


「どなたさまのご招待で」

「地球行き宇宙船だよ! 聞こえねえのかよ!!」


「邪魔よ! 早くどいて!!」

 金髪の男の怒鳴り声より、さらに甲高い声が響いた。

「なにをしているのよ! そいつら、とっとと追い出して! うちの車が通れないじゃないの!」


 黒塗りの高級車から金髪の少女が顔を出し、怒鳴っているではないか。たしかに、向こう側から一台来ているし、イマリたちは十人もいたので、通行の邪魔になっているのだった。


「フロー、おまえはおとなしくしていなさい」


 呆れ声の、父親であろう男の声が聞こえたが、「フロー」と呼ばれた少女はますますいきり立った。


「あなたたち、何者!?」

 少女はいよいよ、車から出てきて宣言した。

「地球行き宇宙船の船客だったら、いますぐ降ろしてやるわ! ここは、あんたたちみたいなゴミが来る場所じゃないのよ! なんなのよ、その恰好。みすぼらしいったらありゃしない。よくそんな恰好でここへ来れるわね」


 ゴミ。

 年端(としは)も行かない子どもに、そんな言葉で(ののし)られたことはなかった。

 イマリもブレアも息をのんで、少女を睨んだ。


「貧しい人間が来るところじゃないって言ってるの。まだわからない? 言っている意味が。あなたたち、義務教育も受けてないの? やっぱりゴミね」


「ゴミだと」

 少年たちは気色ばんだが、黒服たちの動きが早かった。


「船客なんていばってるんじゃないわよ! おまえたちなんか、ゴミみたいに宇宙のど真ん中に捨ててやるわ」

「お嬢様、」

 運転手が自ら、フローを止めに降りてきた。

「パパにできないことなんて、ひとつもないのよ!」


 パパではなく、イマリたちは黒服の男たちに追い出された。さっきまで敬語だった男たちは、「スカルトン家の方々の通行を邪魔しやがって。二度とくんじゃねえ、ゴミが」と吐き捨てて、唾まで吐いていった。


 投げ出されるようにして追い出されたイマリたちは、あまりのことに呆然とした。こんな扱いを受けたのは、初めてだった。


 ブレアは「役所にいいつけてやる!」と捨て台詞を吐いたが、ここはリリザだった。地球行き宇宙船の役員に告げたところで、どうにかなるわけではなかった。


 リーダー格の男だけは、唾を吐き返した。


「チッ、おもしろくねえ。やっぱカジノ行くぞ」


 男たちは不貞腐れ気味に――女たちは意気消沈した様子で、飲食街を後にした。

 もう午後三時を過ぎている。腹はペコペコだった。


「てきとうに、なにか買って食べようよ」


 ファストフードやカフェはそこらじゅうにある。イマリは恋人にそう言ったが、不機嫌極まりない彼から、返事は返ってこない。

 カジノに行く気もないようだ。怒りを放散するように、ただ歩き続けるリーダーに、みんなはついていく気も失せた。立ち止まり、座り込む者もいた。


 どうせ金は、さっき哀れな親子から奪った二十五万デルだけなのだ。リーダーの機嫌が悪ければ、それらの金が仲間のためにつかわれることはない。


 だまって、道路をのろのろ進むと、雑貨店に入ろうとしているルナの姿を見つけた。

 見つけたのはイマリだけではない、全員だ。


「アイツから金もらおう」


 自分たちは「ゴミ」とまで言われて追い出されたのに、なぜかルナは、あの高級飲食街から出てきた――そのことにもむしゃくしゃしていたイマリとブレアは、

「今度は、あたしらが行くわ」

 ふたりで、ルナのほうへ寄っていった。


 うしろからいきなり肩をわしづかみにされたルナは、相手がイマリだったので、仰天した。


「金貸してくんない」

 イマリは高慢な顔でルナを見下ろしていた。ブレアもだ。

「さっき、高い店から出てくんの見てた。金持ってんでしょ」


 ルナは無視して振り切り、逃げようとしたが。


「あたしが貸した金、返してよー!」


 突然でかい声でイマリが叫んだ。衆目が、ルナを見つめた。


「はあっ!?」


 ルナはイマリに金を貸したおぼえなどない。反駁(はんばく)しようとしたが、イマリもブレアも、ニヤッと笑った。 


(かつあげだ!)

 ルナは心の中だけで叫んだ。

(しかもすごいあくしつなやつ!!)


 道行くひとびとが、ルナのほうを見ている。イマリが勝ち誇ったような笑みを浮かべて、

「さ、返して。あんたに貸した十万デル。言い逃れしようったって無駄だからね。今ある分だけでいいわ」

 ずいぶん大きな声で言った。


 まるで、ルナが金を渡すのが当然と思っているような口ぶりだ。

 ルナの怒りは、頭のてっぺんで爆発した。


「あたしは、お金を借りてなんかいません!」

 ルナが叫ぶと思っていなかったのか、イマリは一瞬、怯んだ。

「あなただれ!?」


 今度は、衆目(しゅうもく)の視線がイマリに集中した。今度、不審な目で見られるのはイマリたちの番だった。


 ルナには、イマリの動揺が、手に取るように分かった。まさか、「あなただれ!?」なんて言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。


 おとなしそうに見えていたルナだ。言い返されることも、イマリたちには想定外だった。後ろには男たちもいる。おびえて、金を出すと思っていた。

 イマリは、焦った。焦って失敗したことを悟った。飲食街でのことが、尾を引いていた。

 なんでもいいから、八つ当たりをしたかったのだ。

 もっと、人通りの少ないところでやればよかった。


「あくしつなかつあげだ!!」

 ルナは、さらに叫んでやった。


「イ、イマリさ――」

 ブレアの泣きそうな顔。


 ほんとうのところ、イマリもブレアも、「カツアゲ」なんて仕業は、はじめてだった。だが、さっきの親子があまりにあっさりと金を渡したので、調子に乗っていた感はある。そして、イマリもブレアも、仲間たちの存在が背にあった――こっちは十人、しかもケンカが強いカレシ持ち――ルナはひとり。

 さっきの親子のように、おびえてすぐ金を渡すと思ったのか。


 雑貨店の従業員が、こちらを見ている。ルナはもう、躊躇(ちゅうちょ)するつもりはなかった。

 イマリたちが宇宙船を降ろされようが、知ったことではない。


「警察を呼んでください!」

 ――と。


 ルナは叫ぼうとした――イマリとブレアの焦り顔が大きくゆがんだ――ルナを止めようと、手が伸びる。しかし、ルナの言葉は、口から出ることはなかった。

 ルナが叫ぶ前に、もっと奇異(きい)な光景が、ルナたちから衆目をかっさらっていた。


「あなた、このひとたちの仲間ですね?」

 

 イマリとブレアにそう呼びかけたのは、お坊さんだった。

 袈裟(けさ)をつけた小柄なお坊さんが、穏やかな顔で、イマリとブレアにそう尋ねたのだった。


 だが、彼が引きずっているものはおだやかではなかった。

 イマリの仲間八名が、全員、ロープかなにかで数珠(じゅず)つなぎにくくられて、引きずられているではないか。


 なにがあった。

 イマリとブレアは、口を開けた。


 ルナに声をかけて、数分とたっていない。

 見事なまでに、ロープは八人の身動きを奪い、つないでいた。まるで、大昔の市中引き回し刑のようである。


 リーダー格の男のサングラスは曲がり、顔は腫れている。抵抗したので殴られたにちがいなかった。男たちはみんなだいたいそんな顔で、アイス好きの女と子持ちの女、一番声が甲高い女は、泣いていたがケガはなかった。


 男たちはナイフも持っていたし、特にイマリの彼氏はケンカが強いはずだった。だのに、顔をこれでもかと腫らせて、すでに抵抗の意志さえ失せたようにうなだれている。


 この痩せて小柄なお坊さんが、「力づくで」彼らを黙らせたという想像には、どうにも追いつかないのだった。


 固まってしまったイマリとブレアに、お坊さんは言った。


「おおごとにしたくなかったら、ちょっとあっちへ行きましょう」

 (たもと)から、パスカードを取り出した。

「わしは、地球行き宇宙船の役員です」


 すこし離れた並木道の一角で、男の子が待っていた。


「キュウアンさん!」

「お待たせしましたね」


 九庵(きゅうあん)と呼ばれた坊主は、笑顔でマシオにそう言い、ロープの端を樹木の幹にくくりつけた。


 なぜかルナもついてきてしまった。九庵が「あなたも」という感じで、ルナを見たからだ。


 なにがあったか知らないが、男たちはぐったりという様子で、芝生に腰を下ろした。女の子たちは悪態をつきながら泣いている。腹を打たれた者もいるのか、痛そうに体を丸めている。九庵のわずかな動きひとつに、おびえて身をすくめる者もいた。


「こんな危ないもの、持っちゃいけません」


 九庵は、袂から出したものを地面に撒いた。それは、男たちが持っていたはずのナイフだった。コンバットナイフみたいなものもあれば、折り畳み式の小さなものまで。

 しかも、それらはすべて折れ曲がるか、変形しておかしな形になっていた。


 ルナも、男たちも、イマリたちも驚いて――そして、十人は恐怖の目で九庵を見た。


「刃物というのは、自分の武器だと思っていても、相手の武器にもなりえるんですよ。特殊な訓練も受けてないのに、こんな凶暴なものを持っていちゃ、いけません」


 九庵は終始、おだやかな口調で話すのだが、男たちは、九庵の顔を見るのも怖いようなのだった。


「このひとは仲間じゃないよ」


 マシオはルナを見て言ったが、九庵は微笑んだ。


「知ってます。このひとも、あなたとおんなじで、カツアゲされてたんですよ」

「ええっ!」


 マシオは叫んで、ルナを気の毒そうに見た。

 ルナは肩をすくめた。かろうじて、未遂(みすい)だ。

 ついてきたイマリとブレアは、うつむいてはいたものの、ルナを睨むことは忘れなかった。


「さあ」


 九庵が地球行き宇宙船の役員だと知ったとたん、おとなしくなったふたりは、言われるままパスカードを差し出した。身分証明書となるものだ。

 九庵は、残り八名の分もパスカードを取り上げていた。そして、全員分の顔と名前と居住区を確認し、言った。


「仏の顔も三度まで、という言葉があります」


 九庵は合掌(がっしょう)した。


「このおふたりに心から詫びて、二度としないと誓ってくだされば、今回は見逃してあげます」


 ぐったりして芝生に座り込んでいた者たちの顔にも生気がもどった。想定外だという顔をしたのは、マシオとルナだった。


「三度までです」

 九庵は、ルナたちにも言い聞かせるように言った。

「次に似たようなことがあれば、“宇宙船を降ろされる”。三度目があれば、そこから人生は、“地獄へ転げ落ちる”」


「じ……」

 マシオは地獄と聞いて、おびえた顔をした。


「さあ、ちゃんと謝って」


 乗船証明書を返され、ロープを解かれた男たちは、「すいませんでしたあ!」と叫んだ。

 ルナやマシオに向かってではない。だれもいない方向に向かってだ。

 イマリとブレアは、謝る気もないようだった。ルナをひと際きつい目でにらみ、舌打ちまでして背を向けた。

 さすがの温厚な(?)ルナも、思い切り歯をむき出した。マシオも、それを真似した。


「マジでつかれた。帰ろうぜ」

「金もねえし」


 ぞろぞろ帰っていく。ゆがんだナイフを拾い上げながら。


「これ、高かったのに」


 コンバットナイフの持ち主は、ナイフが破壊されてしまった事実に泣きそうだった。

 まともに謝る気もないし、九庵の言葉も聞いていないようだった。

 九庵は、彼らを引き留めなかった。


「彼らにしたら、今裁かれたほうがよかったということもあるかもしれませんな」


 ニコニコ笑う九庵に、ルナはごくりと息をのんだ。


(このひとは?)


 ここにきて、ルナはようやく九庵の顔をまともに見た。背はルナより少し高いくらいで、やせている。小柄といってもいい体形だ。

 年齢も、ルナよりすこし上くらいに見える。

 ただ――時折、キラリ、キラリと光る彼の目は、不思議な感じがした。見ていればまぶしい気もするし、のぞきこみたい感覚にも駆られる。


「九庵さん、あいつら悪党だよ!」

 警察にはいわないの、というマシオに、九庵は言った。

「ああいうのは悪党でなくて、チンピラっていうんです」


 九庵は、マシオ親子のお金もチケットも、取り返してくれていた。


「悪党っていうのは、若いころのわしみたいなもん」

「九庵さんが?」

「金を奪った相手の息の根は、必ず止めていたからね」


 とんでもない言葉に、マシオはだまった。ルナも絶句した。なんとも言えない目で、九庵を見つめた。


「……九庵さんは、悪党なの?」

 マシオは混乱しているようだった。

「むかしはね」


 九庵は、マシオの小さな手のひらに、二十五万デルと遊園地のチケットを返した。濡れた布袋が、子どものポケットにくくりつけられている。


「これでぜんぶかな?」

 マシオは一生懸命お札を数え、こくりとうなずいた。

「さて、お母さんのところにもどりましょうか」

「うん!」


 九庵の正体はどうあれ、お金を取り返せたマシオの目には光がもどっていた。九庵は、ルナに言った。


「ルナさんは、あれですか、もうお帰りになりますか?」

「へっ」


 ルナは名乗っただろうか。パスカードも見せていないはずだが。


「よかったら、わしらといっしょに遊園地行きません?」

「ほ」

 




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