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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
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50話 リリザ Ⅱ 2


「――あれ」

「この先って――馬とかしかいねんじゃね?」


 イマリ&ブレアとその仲間たちは、()を描いた小さな橋の向こうに草原が広がっているのを見て立ち止まった。ぺちゃくちゃと話をしながら、街の外れまで来てしまったらしい。


「てかさあ――月三十万で、リリザでどう遊べっていうのよ」

「ぜんっぜん足りなくね」

「地球行き宇宙船ってショボすぎ。リリザ行くんだったら、五十万くらい寄こせよな」

「そこは百万じゃね」


 ゲラゲラと甲高い笑い声をあげた少年少女たちは、リーダー格の男――イマリの彼氏の舌打ちにだまった。彼が不機嫌なのはいつものことだが、目的地につかなかったからだろうか。しかし、今日は特に目的地はなかった。

 ジニー・タウン周辺を、ブラブラしていただけだ。


 なにせ彼らには、もう金がなかった。

 地球行き宇宙船からもらった遊園地のチケットは、とっくにつかってしまっていた。リリザ・グラフィティ・ランドパークのチケットは、もうない。


 12月12日に地球行き宇宙船がリリザに着くまえから、リリザを堪能(たんのう)していたイマリたちは、リリザに着いてまだ二日だというのに、金がつきかけていた。


 ジニー・タウンもペーター・タウンも、パプリカ・タウンも、モッグの森も、サディック・ドッグ・ランも、スペース・ラグーンも行った。リリザ・セントラル・パークも二回行ったし、リリザ・ネオ・ユニバース・シティも泊りがけで一回行った。


「カジノ行こうぜ、カジノ」


 リーダーの言葉に、彼らは顔を見合わせた。


「金増やすの?」

「カジノってどこだっけ」

「それより、おなかすかない?」


 ブレアが口を尖らせた。さっきからアイスばかり五つも食べていた女の子が「腹減ってない」としかめっ面をした。


「おまえはアイスだけ食ってろ」

 ブレアが真顔で突き飛ばした。

「なにすんだよ」

 相手も、ブレアを突き返した。ケンカになりそうだったのを、イマリが止める。

「やめなよバカ! おまえはマジでアイスだけ食ってろ」

 イマリの悪態に、女の子は唾を飛ばした。


「カジノってどこだよ――つか、ここどこだよ」

「金もねえし」

 男のひとりが、うんざりしたように、ピアスだらけの顔をゆがめた。

「金ならもらってこいよ」

 リーダー格の男が、(あご)をしゃくった。

「は? どこで」

「いんだろ、あそこ」


 少し離れた草原側に、地図をもって右往左往(うおうさおう)している親子がいた。


「すいませえーん! お金貸してくださーい!」


 地図を広げて周囲を見ていなかったイハナは、剣呑な声に、ビクリと肩を揺らして振り返った。派手な格好の男がふたり、こちらへやってくる。


 あわてて周囲を見たが、まったくひと気がない。草原のかなたに、豆粒より小さな人影が見えるだけ。叫んだところで、気づいてもらえる距離ではなかった。


 イハナは焦った。草原に、子どもをうながして逃げようとしたが、すぐに追いつかれてしまった。


「俺たち、金落としちゃったみたいなんですう。金貸してもらえませんかあ」


 顔が笑っている。イハナは恐る恐る、「いくらくらいですか」と小声で聞いた。


「タクシー代? 千デルくらい?」


 男たちはニヤニヤ笑ったまま、顔を見合わせてからそう言った。おそらく仲間であろう少年たちが、橋側にいて、こちらを指差し、なにかしゃべっている。


 イハナは、男たちが恐ろしかったので、早く引き取ってもらおうと、財布を出した。財布というにはあまりに素朴な、手縫いの布袋だ。そこから千デルを探そうとしたイハナから、男たちは袋ごと奪い取った。


「あっ!」

「けっこう入ってる」

「遊園地のチケットもあるぜえ」


 男たちは礼を言うどころか、袋を持ったまま(きびす)を返した。呆然とするイハナの代わりに、マシオが飛びついた。


「返せよ!」

「うっせえな」


 男は、マシオを勢いよく振り払った。小柄なマシオは、レンガの道路に叩きつけられた。片方は、ティアのベビーカーをひっくり返そうとした。

 赤ん坊が、すさまじい泣き声をあげた。


「やめて!」

 イハナはベビーカーをかばい、「早くあっちへ行って!」と怒鳴った。


 男は、最後にベビーカーを一度だけ蹴飛ばして、去っていく。


「はあ……はあ……」


 イハナは、ティアとマシオの無事をたしかめ、「俺、取り返してくる!」と息巻くマシオを必死でとどめた。こちらには赤ん坊がいる。マシオとふたりだったら逃げられても、ティアを連れたままでは、走って逃げることもかなわない。


「うっ……」


 金をためたこの数ヶ月、たまの贅沢(ぜいたく)であるハンバーガーも、マシオに一個買ってやることができず、親子で分けあって食べた。ぶどうやナシの収穫の手伝いをするあいだ、農家が持たせてくれた果物だけで生活したこともある。

 やりくりしてやっと貯めたお金を――担当役員からマシオへの小遣いも、遊園地のチケットも、みんな持っていかれてしまった。


「ごめ……母ちゃ、ばかだから……」


 イハナの目から、大粒の涙がこぼれた。肩を震わせて泣く母親を見つめたマシオは、力強く駆け出した。男たちのあとを追ったのだ。





「たった二十五万ぽっちかよ」

 袋の中身を数え上げたリーダーは、口を尖らせた。

「カードもねえし、電子マネーもねえ――失敗だったな」


「でも、遊園地のチケット入ってるぜ」

「大人一枚と、ガキ用一枚じゃねえか――ガキいるやつ――」

 女のひとりが笑いながら手を挙げて、「実家に置いてきちゃったー♪」と笑いながら言った。

「てめ、子持ちかよ」

 女と付き合っていた男が叫んだ。

「でも、あたし育ててないし」

「ふざけんなよ先に言えよ」

「なんでいわなきゃなんねんだよ」


 ケンカをはじめたふたりに、リーダーは怒鳴った。


「おい、カジノ行くぞ!」


 中身だけをポケットに突っ込み、用無しとなったボロボロの布袋は、男の手を離れた。あまりに頼りない布は、ヒラヒラと宙を舞って、橋の下の川に落下した。


「ああっ」


 マシオは間に合わなかった。

 母の財布が、橋の上で舞った。橋の下には川が流れている。そちらに落ちたのは明白だった。

 追いつくか分からないが、迂回して、橋の下の道路に降りようとしたマシオは、だれかが躊躇(ちゅうちょ)なく川に入っていくのを見た。


 マシオは、その大人が何者か、知っていた。


 なぜなら、故郷L44の芝宿(しばじゅく)があった界隈に、寺があったからだ。遊女たちの魂を慰めるため、L44のあちこちの界隈に、宗教施設があった。教会に寺、神社、神殿、モスク、原住民のものまで。


 芝宿の近くには寺があった。彼はきっと、そこのひとだ。


「お坊さん!」


 マシオは、叫んだ。女のお坊さんは尼さんで、男のお坊さんは、ふつうにお坊さんとか和尚さんと呼ばれていた。遊女やマシオたちにとても親切だった。

 財布を拾ってくれた彼は、同じ格好をしている。

 川は大人の膝あたりまでくる深さだ。布だらけの格好で、じゃぶじゃぶ川へ入っていった禿頭(とくとう)のお坊さんは、布切れを拾い上げると、川の真ん中でマシオに振ってみせた。


「これは、あなたのですか!?」


 お坊さんの声は明瞭(めいりょう)で、マシオにははっきり聞こえた。


「そうです!」

「いま、そちらへ行きますから、待っていてください!」





 イマリたちは、もと来た道をもどった――シャイン・システムをつかって。

 カジノに行くかと思いきや、ジニー・タウンの出口付近の飲食街だ。リーダーの気まぐれにはみんな慣れている。


「二十五万か」

 リーダーは、太っ腹なところを見せた。

「いいメシ食おうぜ。フレンチのコースとか」


「いいねいいね!」

「カジノの金どうすんの」

「それはまたあとで考える。カモなんざ、いくらでもいるだろ」


 リリザへは、みな遊ぶために降りる。金を持っていない人間などいやしないのだ。


「そうかあ、そうね」


 イマリは、頼もしいカレシの言葉に、満面の笑みを浮かべて腕を組んだ。

 少年たちは、いつもならそちらへ向かうはずの、ファストフードが連なった飲食街でなく、すこし小高いところにある、高級そうな飲食街に向かった。


「では、ルナさん。お約束をお忘れくださいますな」


 ちょうどルナが食事を終え、シャンパオの玄関で、支配人と握手を交わしているところだった。


「タツキ様からなにをもらっても、お礼を言おうとなさってはなりませんよ」

「はい! ごちそうさまでした――でも、あの」

「ええ」

「でも、ホントによいんですか」


 ルナは持ってきたスクエアバッグだけの身軽さだった。買った雑貨やTシャツなどの荷物は、「タキからのプレゼント」とともに、この店から配達するので、ここに置いておけと言われたのだった。


「ごはんも食べさせてもらったのに、プレゼントまで……」


 支配人は、最初に言ったとおり、ルナからお金はもらわなかった。

 結局、あんまりおなかいっぱいだったので、巨大な餃子いっことからあげいっこは残してしまったし、そのあともデザートとして、タピオカのココナツミルクやら、桃のアイスクリームやら、杏仁豆腐やら、たくさんの菓子が出てきた。

 ルナは、「もうだめだ」というところまで食べた。

 夕飯は、いらないだろう。

 さらに、最終的に、「タキ様からのプレゼントをご自宅にお送りします」と言われて、開いた口がふさがらなかったのだった。


「いいんですよ」

「……タキおじちゃんに、もう百回ぐらいありがとうと言いたいです」

「タツキ様も存じておられますよ」


 タキおにいちゃんと言ってくれるのがなによりのプレゼントですよ、とタツキはぼやいていたが、ルナに聞こえるわけもなかった。


「それではまた、船内のシャンパオでお会いしましょう」

「ありがとうございました!」


 ルナは何回もお辞儀をし、飲食街を出た。おじいさんは、いつまでも手を振っていた。ルナも、手を振り返した。

 ひそかに、タキもシャンパオの二階から手を振っていた。



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