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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
110/916

49話 リリザ Ⅰ 2


 そのころのルナは、ちこたんにもアズラエルにも想定外――リリザの「ジニー・タウン」にいたのだった。


「むきゃ、むきゃ♪」


 テレビやパンフレットにあったとおり、ジニー一色の世界。


 道端に点々とある屋台のアイスクリームやポップコーン、ハンバーガーやポテトスナックの類、ドリンクにいたるまで、みんなジニー尽くしだった。


 ルナは、ジニー柄のカップに、カラフルなアイスクリームを三つも入れてもらい、食べ歩きながら街を眺めた。ミントのアイスには、ジニー柄のチョコレートが混ざっている。


「ウヒョー……天国です……」


 口の中でパチパチはじけるアイスを味わいながら、ルナは夢心地で、ジニー・タウンを歩いた。


 ルナにしては早くアイスを食べ終わり、ジニーのカップを捨てるか捨てないかで十五分も悩み、最終的に、ビニール袋にカップを入れて、持ち歩いた。


 カフェを外からのぞいてみたり、雑貨店やお土産売り場を物色しながら、道行くジニーの着ぐるみをじっと見つめ、ようやく、キャロット・キャッスルにたどりついた。


 はるか彼方に見えるキャベツ・キャッスルは、ジニーの恋人、ペーターウサギの城だ。


「ペーター・タウンもあるんだもんね」


 ミシェルは、黒猫のパプリカが好きだから、そっちに行きたがるよなあとか、レイチェルは子犬のサディックかなあとか。クマのモッグさんは、アズのお父さんにそっくりだなあとか。


「さっきテレビで見てたパレードは、いまごろどこにいるんだろ」


 思わずつぶやいたら、リリザのアプリが応答した。


『ただいま、メープル・パレードは、リリザ・セントラル・パークを周遊中です』


 ルナはもふもふ笑いながら、キャロット・キャッスルに入場した。


 地球行き宇宙船の乗船証明書と、リリザのパスポート周遊券を見せれば、キャロット・キャッスルの入場料も無料だった。

 十階建てのお城でもあるキャロット・キャッスルは、一階と二階が遊園地、三階以上は、カフェやレストラン、プールや雑貨店がそろう。

 そして、最上階は高級ホテルだ。


 ルナはシャイン・システムで、ジニーの雑貨がそろう五階へと足を運んだ。

 広すぎる店内は、大通りを見てきたように、ジニーの雑貨で埋まっていた。


 アクセサリーやマスコット、大量のぬいぐるみ、菓子、日用品――ルナは抱きしめられるくらいの、ほどよい大きさのジニーのぬいぐるみと、ハンカチに腕時計、買い物バッグ、それからジニーのTシャツをたくさん買った。


 あっというまに、両手は紙袋で埋まった。


 最後に、ジニーのウサ耳ヘアバンドを買って、タグを取ってもらい、頭に乗せた。


 周囲には、ジニーやペーターのウサ耳、パプリカの帽子や、子犬のサディックの耳当てなどをつけている観光客であふれている。

 クマのモッグの着ぐるみを着ている赤ちゃんもいた。


「ほんとは、あれが欲しかったけれども」


 ルナほどの大きさもある、ジニーの巨大ぬいぐるみが、店頭にでかでかと飾ってあった。


「あれを買ったら、どうやって持って帰るか困るもんね」


 ルナは、シャインで船内の自分の家に送れるということをまだ知らなかった。


 買い物を済ませたというのに、ルナはまだあちこちを物色して歩いた。

 ここにいては、文字通り、「お金がいくらあっても足りない」という事態になりそうだった。


「レ、レイチェルたちとまた来る約束をしてるし……」


 そのときおこづかいがなかったでは話にならない。


「せめて、四月とかに宇宙船に乗ってたら、まだ貯金ができたかなあ……あっ、ジニーのコーヒーポット!!」


 レイチェルたちとの旅行は、すでにホテルも押さえてあるし、そちらは来月支払予定だが、先にアズラエルと来ることになっている。アズラエルは、だまっていれば何もかも自分が払ってしまうので、ルナは、そういった事態はなるべく避けたかった。


「あたしも毎月もらっていますし、ホテルとかくらい出すのです……」


 ルナはコーヒーポットをあきらめ、棚にもどした。

 

 奥のほうまで進むと、不思議に切り離された空間があった。映画館かと思ってのぞくと、なんと、オークションが行われていたのだった。


(なんのオークション?)


「見学でしたら、ご自由にどうぞ」


 入り口にいたスーツ姿のお姉さんがそういったので、ルナは恐る恐る、入ってみた。


 映画館のような座席が並んだ部屋には、ぽつぽつと人が座っている。彼らが見つめているのは、壁一面のガラスに遮られた向こう――オークション会場の様子だった。


 防弾ガラスの向こうに座っている人たちは、みんながタキシードだったりドレスだったり――サテンの布張りの座席も、いかにも高級そうだ。オークション会場のほうには、ずいぶんとひとがたくさんいた。


 その中でも、ルナの目を引いたのは、左手側に、悠然(ゆうぜん)と座っている恰幅(かっぷく)のいい紳士と、金髪の女の子の組み合わせ――そして。

 彼らとは対照的に、右手側の座席に座っている、派手な美女だった。


 なにせ、ルナから見える、その女性の後ろ姿は、日本髪なのだ。いわゆる立兵庫(たてひょうご)といわれるもので、かんざしが四方八方から突き刺さっている。髪の結い方で、ひとより大きくなった頭は、さらに身長のせいで、頭ふたつ分も周囲から浮いていた。組んだ足は、おそろしく高い高下駄で、着物は、十二単(じゅうにひとえ)かと思うほど重ねられていた。


(あんなすごいの、本でしか見たことないです!)


 ルナはオークションより、その女性に釘付けになった。


「では、純金製ジニー、九百六十万デルで落札!」


 ルナははっと会場の中央を見た――オークショニアが、ガベルで威勢よく叩いたところだった。


 日本髪の女性に目を奪われて、すっかり忘れていた――ルナは、すでに()りにかけられ、落札された品物を見て、仰天した。


(ジニー!?)


 落札されたのは、巨大なジニーの黄金像である。

 ルナほどの大きさの――。


(ふげ!?)

 

「さて、いよいよ、今回の目玉商品です!」

 スポットライトが光を当てたものを見て、ルナは顎を外した。

「Ⅼ1414年秋、リリザ限定商品!」


「ウソでしょ!?」


 思わず、大声を上げたルナ。

 どうしてあれが、オークションに?


 間違いない――ライトを浴びて、超然と輝いているのは、ルナがかつて毬色(まりいろ)で購入した、ジニーの革製ショルダーバッグだった。


 トートバッグと、ハンドバッグもある。

 毬色でルナが見たときは、トートとハンドバッグは売り切れていたのだ。


(あ、あのハンドバッグ、かわいいなあ……)


 毬色ではもう売り切れで、見ることはかなわなかったが、トートはともかく、ハンドバッグはお財布バッグのように小ぶりで、ピンク色も落ち着いた色合いで、とても可愛かった。


(ハンドバッグも欲しかったなあ……)


 なかなかいい革素材だったこともあり、ルナが買ったショルダーバッグは四万デル、トートは五万デルもしたし、ハンドバッグも三万デルはしたはずだ。


(どっちにしろ、あたしが見つけたときは、もうなかったし)


 ルナは見学ルームの最前列で、ガラスに張り付きながら、そう思った。


「では、トートバッグ、五万五千デルから――」

 

 オークショニアの宣言とともに、だれかが手を挙げた。


「百万デル」

「ふご!!」


 何も飲んでいないのに、ルナは吹いた。トートバッグは、元の値段が約五万デルである。だれだ、そんなへんな値段をつける奴は――ルナは捜したが、よく見えなかった。

 だが、へんな値段だと思っているのはルナだけだった。


「二百万デル!」

「二百三十万デル!」

「三百万」

「四百五十万!」


 値は、みるみる吊り上がっていく――やがて、斧でも振り下ろすように、ルナが気になっていた恰幅のいい紳士が、決定打を落とした。金髪の女の子を連れた中年男性だ。


「一千万」

「ごふ!」


 ルナはもう一度吹いた。だれも手を挙げる者はいなかった。


「ございませんか、一千万! 一千万の次は?」


(いっせんまん……)

 ルナは、真っ暗な天井を仰いだ。


「では、一千万で落札!」


 ガベルの音が、高らかに響いた。トートバッグは、一千万デルで落札されてしまった。

 あの親子は、さっき、特大黄金ジニーを落札した人たちである。


(黄金ジニーより、バッグのほうが高いよね!?)


 ルナはやっと、恐ろしいことに気づいた。

 紳士は、金髪の女の子のために落札したのだろう。少女ははしゃぐどころか、当然だろうという顔で胸を張った。近くで、悔しげに歯噛みするブルネットの女の子と父親がいた。

「次はうちが落とすから」と父親が女の子を慰めている。


「次だって、わたしのものよ!」

 金髪の女の子は鼻息も荒く、落札できなかった親子に宣言した。

「パパにできないことなんて、なにもないのよ!」


「フロー、座りなさい」


 紳士が、金髪の女の子をなだめて座らせた。よく見れば、親子連れと思われる参加者が多い。富裕層の親子づれだろう。それも、かなり上流階級の。

 その中で、日本髪の女性はひとり――やたらと目立ったが、なぜか彼女は、さっきのオークションのときも手を挙げなかった。


「なんでだろ」


 ルナが首をかしげているうち、ショルダーバッグのオークションが始まってしまった。


 ――ルナは最終的にウサギ口で、結果を見つめた。


 ショルダーバッグは、一千百五十万デルで、ブルネットの親子が落札した。

 金髪の女の子は顔を真っ赤にして父親に怒鳴っていたが、あの親子に譲ったのはあきらかだった。

 ルナはといえば、あきれてボケウサギだった。


(いっせんひゃく……) 


 ルナがアパートに置いてきたショルダーバッグと同じものが、一千百五十万デル。

 つくづくルナは、あのバッグで来なくてよかったと思った。

 一千百五十万デルのバッグである。盗難にでも遭いかねない。


(それにしても)


 日本髪の女性は、またしてもオークションには参加しなかった。


(あのひと、なんであそこにいるんだろ?)


 目的の品物は、まだ出品されていないのだろうか。


(見学だけだったら、こっちにいるよね?)


「最後は、ハンドバッグです」


 タキシード姿の男性が、手袋をつけた手でバッグを掲げ、このバッグがいかにすばらしく、かつ貴重なものであるかを語った。

 おおまかな内容は、ルナが毬色でバッグを買ったとき、黒髪お団子のお姉さんに聞いた話とほぼ同じである。


(そういえば、あのお姉さんは、元気だろうか)


 ブルネットの少女と、金髪の少女がにらみ合っている。

 ルナにも、あの親子の一騎打ちになるだろうことは予測できた。

 

「では、定価の三万二千デルから――」

「三千万」


 最後の競りがはじまった刹那、そのハスキーな声は、だれもが驚くほど会場に響きわたった。

 会場にいた者はそろって、声の主のほうを見た――。


「三、千、万」


 聞こえなかったのかといわんばかりに、日本髪のマダム(?)は、長いキセルをアクセサリーのように指先でもてあそびながら、もう一度言った。


 オークショニアが我に返ったように、

「さ、――三千万デル。さあ、次の方はいませんか?」


「三千百万デルだ!」


 ブルネットの父親が手を挙げた。金髪の女の子のひと睨みで、父親は仕方なく手を挙げた。


「では、三千二百万」

「四千万」


 日本髪の女は容赦がなかった。会場は静まり返った。だれも手を挙げる者はいない。


「パパ!」


 金髪少女の鋭い叫びのあとに、我に返った紳士は、

「で、では、四千五百万で――」


「五千万」


 だれもが呆気に取られて女を見た。女は、まるで五千デル札でも差し出すようなそっけなさだった。

 それ以上の争いはなかった。


「パパ!」


 少女はさらに怒鳴ったが、紳士には、あのバッグにこれ以上の金を払う気がない。彼は首を振った。金髪の少女は歯噛みして日本髪の女を睨み上げ、ブルネットの子はしくしく泣きはじめた。


「では――五千万デルで落札!」


 出品物は、これきりだったようだ。オークションはあっけなく閉会した。

 ルナは、父親に抱きかかえられ、「ハンドバッグが欲しかった」と泣きじゃくるブルネットの少女を見た。

 金髪の少女はまだ腹を立てていたが、「おまえがほとんどの品物を独占したんだ。まったく買えなかった子もいるのだから、我慢しなさい」と父親にたしなめられているのを、ルナも聞いた。


(あの親子が、ほとんどの品物を落札したんだ……)


 やがて、右側の通路から、日本髪の女が、ボディガードらしき黒服の男たちを五人も引き連れて出てきた。

 二メートル半はある大迫力の美女だ。

 切れ長の目と整った面長な顔立ちは、美女といえなくもなかったが。

 どちらかというと、キリッとした、男性よりの顔であることは違いなかった。


(ぷ?)


 なぜか彼女は、通路を通る間際、ルナに向かってウィンクしたような気がした――ルナの気のせいだったかも、しれない。

 ルナはどこかで、彼女を見たことがあるような気がした。


 あわてて見学ルームを出て、通路のほうに行ったが、もうずいぶん遠くに見える。


 黒服の男たちの後ろ姿は六人に増えていた。しかし、日本髪の女の姿は、もうどこにもなかった。




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