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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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5話 試験、そして事件 3


「はぁ……」

 ミシェルが、疲れ果てたため息を吐いた。

「ぷぅ……」

 ルナもだ。


 とんでもない一ヶ月だった――いや、地球行き宇宙船に乗って、まだ一ヶ月というのが信じられないくらい、濃い一ヶ月だった。


 しかし、あれきり――マタドール・カフェでの事件があってから、サイファーの存在感は急に薄れた。


 すくなくとも、ルナたちが住むK27区でイマリの姿は見ないし、毎月10日に開催されていたパーティーは、11月はなさそうだった。月初めに投かんされるチラシは投かんされなかったし、先月末には、K27区とK37区の船客に、船内情報アプリから、一斉メールが来た。


「地球行き宇宙船からのお知らせ」というタイトルで、「サイファーと名乗る人物が主催するセミナー及びパーティーは、詐欺なので行かないでください。被害者の方は下記の連絡先へ。すでに降船された方には、各担当役員が聞き取りを行っております。地球行き宇宙船は、ペーパーテストおよび試験は行っておりません」という文脈だったが、それがまた、物議(ぶつぎ)をかもした。


 ようするに、試験はあるのかないのか――。

 ないんじゃない?

 じゃあなんで、地球に着く人数は少ないの? 

 知らないうちに試験は、実行されているんじゃない?

 もう試験は始まっていたりして。

 リリザについたらわかるかも――。

 いやいや、試験はきっとアストロスだよ。


「ホントに、試験はないわけ?」

「リサは、なにか情報つかんでるかなぁ……」


 ルナとミシェルは、K12区まで遊びに行った帰りに、リズンの前で降ろしてもらって、持ち帰り用のディナーパックを購入して帰路に就いた。


 めずらしく、リサとキラが帰っていた。


 このふたりときたら、遊びに行ったままほとんど帰ってこないので、夜に自宅で姿を見たのはひさしぶりだ。ミシェルが持つたくさんの紙袋のなかに、プラネタリウム・カフェの袋を目ざとく見つけたキラは、「K12区行ったの。あたしも行きたかった」とこぼした。


「誘おうとしたって、あんたいつもいないじゃない」

 ミシェルが口をとがらせ、キラは肩をすくめた。

「飲み会どうだった」

「ダメだった」

 キラは大げさに肩を跳ね上げ、ソファに腰を下ろした。


「それ、リズンのディナーパック? 今日はなに?」

 中身はチーズ入りハンバーグとポテトと野菜サラダ、ルナはごはんで、ミシェルはパン。コーンスープ付き。

「あたしも買ってこようかな」

「あと一個しかなかったよ」


「んじゃ、近所でラーメンでも食べてこようかな」

 キラはくたびれた顔で言った。よほどおもしろくないパーティーだったのか。

「やっぱ、ラーメンかなんか、買い置きなかったっけ」


 キッチンのクローゼットにキラが向かうと同時に、電話を終えたリサがリビングにもどってきた。


「ね、やっぱり、明日の夜、あけておいて」

 リサのひとことに、三人は、嫌な予感とばかりに目を細めた。

「飲み会したいの。男四人、こっちは、キラとミシェルとルナとあたしで四人」


「えーっ!!」

「ゴメン勘弁して。あたしいかない」


 キラは遠慮なく嫌な顔をして、ミシェルはきっぱりと断った。ルナも困り顔をした。


「ふつうに飲みに行くならいいけど、そういうお見合いみたいなのはもう勘弁して」


 もう、サイファーのパーティーでこりごりだ。


「男女カップルじゃなくてもきっと合格できるって。あたし、ルナと組むから」

 ミシェルは断固として言った。

「ぜったい無理! またみんな、リサのほうに行くって」

 キラはカップラーメンすら食べる気をなくして、冷蔵庫から缶ビールを持ってきて、プルトップを開けた。


 結局あのあと、リサがキラに男を紹介するといって計画した飲み会で、男三人がリサに、残りひとりはミシェルに集中して、たいそう気まずくなった。

 そのあと、二度ほどリサはキラに紹介したが、ことごとくダメだった。とにかく、リサがキラに紹介した男は、みなリサと付き合いたいのだった。

 リサもわざとではない。ことごとくが想定外だった。リサがモテるのが悪いのだ。

 だが、リサも退()かなかった。


「ね、聞いて」

 リサは真剣な顔で言った。

「みんな、地球には行くのよね?」


 その質問に、あいまいな言葉を返す者はここにはいなかった。

「行くよ」「行くに決まってるじゃん、それは」「行きますよ?」

 三人とも、シンプルに肯定を返した。


「あたし、ぜったい四人で地球に行きたいと思う」

 リサの真面目な声に、三人は、やっと顔を向けた。

「どんな試験だったとしても、ぜったい合格したいの」

 リサは腕を組んで仁王立ちした。

「だから、パートナーは、レベルの高いひとを選ぼうと思う」


 その言葉には、三人そろって顔を見合わせた。


「どういう意味?」

「――つまり、今度の飲み会に来るのが、そのレベルの高い人たちってわけ?」

 ミシェルは首をかしげたが、キラが正解を言い当てていた。

「そう」

「その人たちは――あたしたちと、試験のパートナーになってくれるの?」

「それは、明日の飲み会やってみないと分からないけど」

 リサの言葉に、キラは肩をすくめた。

「あたしたちはリサと違って、どんな男も落とせるわけじゃないのよね」

 リサは真顔で、決然と言った。


「今度は別。ぜったいうまくいく。まるっきり、タイプのちがうひとたちが来るから」


「……は?」

 ミシェルが眉をひそめた。

「つまり、あたしたちと同い年くらいのひとじゃなくて。ちょっと――まあ、うん、年上。K27区にも、K37区にもいないタイプ」


 キラは考え込んでしまった。ミシェルも不安そうだし、ルナはすっかり、自分の買ってきたものに興味が移動してしまっている。


「これでダメだったら、あたし、もうあんたらにオトコ紹介しないから! 放っとくから! ね、お願い!」

「……」


 キラとミシェルは、顔を見合わせた。やがて、ミシェルが言った。


「今度は変な人じゃないよね?」

「もちろん!」

「マジで、今回かぎりね?」

「これでダメだったら、あたしあきらめるわ」

 キラも、ビールを口に運びながらつぶやいた。


「ルナは? ルナもいいよね?」


 リサはルナに念を押した。ルナだけが返事をしていなかったからだ。

 ルナは買ってきたショルダーバッグのタグを取りながら、「そもそも、地球に行くための試験ってなんだろうね?」と聞いた。


 期待した返事がかえってこなかったので、リサは「いいよね?」ともう一度聞いた。ルナは困り顔をし、

「いいよ。いくよ。でも、あたしにカレシができるかどうかは、分からないよ?」

「今度はぜったい大丈夫だから!」


 やけにリサは言い切るが、ルナもキラと同じなのだ。リサが紹介してくる男の子は――というか、とにもかくにも、リサに関わる男の子は、みなリサが好きなのだ。

 そして。

(あたしは、男運が悪い)

 ルナはほっぺたをふくらませた。


「そうだ。サイファー情報なんかない? アイツ、ちゃんと降ろされた?」

「クラブじゃもうサイファーの話は聞かないよ。静かなもんだよ? 降りたんじゃない?」

「とーにーかーく!!」

 リサは大声で主張した。

「あした、マタドール・カフェ! 午後七時待ち合わせ! いいわね?」

 




「え? ボディガード?」


 カザマは、K27区を巡回している私服警備員のひとりから、不思議なことを告げられた。

 カザマが担当する船客のひとりであるルナには、ボディガードがついている。――さらに、それは傭兵(ようへい)ではないかというのだ。


 最近、K27区やK37区などで、若い子たちの口の端に上がる「サイファー」という名。すでに「要注意人物」としてリストアップされている。


 カザマはもともと「特別」な船客を担当する資格を持った役員である。ルナたちがサイファーのパーティーに出席したことを耳にしてから、ルナたちの周辺には目配りをしていた。


 サイファーに関するもめごとが目に着き始めてからというもの、K27区では特別に私服警備員が増えていた。なかでも「彼女」は、特別に「ルナたち四人」を警護するために送り込まれた――のだが。


「傭兵?」

『はい。ご存じありませんか?』

「ええ。派遣した覚えはないですね……」


 彼女はただの警備員ではない。元傭兵で、カザマの仕事にも何度か同行したことがある。


『そうですか』

 少し間があったあと、

『われわれのように、護衛している方にまったく気づかれない類の“隠密(おんみつ)”です。立ち居振る舞いからして、おそらく“ヤマト”の傭兵ではないかと』


「ヤマト……」

 カザマは、傭兵グループに関してはそうくわしくない。

 彼女は、同じ傭兵なので、特徴があれば、だいたいどのグループの者かわかると言った。

「どんなかたです?」


『女性です。それから、おそらく“ルナさん”にのみ、つけられている気がします』

「ルナさん個人、ですか」

『はい。彼女はわたしたちの存在を認めてから姿を消しました。あの様子を見ると、おそらく、ルナさんを見張っていたのではなく、守れと命じられていたのだと思います。正式な地球行き宇宙船のボディガードがついたので、自分たちは消えた』


 ヤマトは軍事惑星でもかなり古いグループで、滅多なことでは行動を起こさず、闇の中から急に現れ、消えるとなったら即座に消える。それが、不気味なまでに徹底していて、同業者にすらなかなか気づかせないという。彼女も“隠密”をやって長いのに、見破るのにずいぶんな時間を要した。


 船内で“隠密”をしているのは彼女だけではない。彼女たちには彼女たちの情報網があった。それはカザマにも分からない糸だ。


『もしかしたら、ルナさんが乗船してから、ずっとついていたかもしれません』

「なんですって」


 ほんとうにそうなら、一大事である。

 ルナは「特別な」船客だ。

 担当役員のカザマにも知らされていないボディガードがつけられているなどということは――。


『ミヒャエルさまはご存じないのですね』

 彼女はそう言ってから、

『傭兵仲介業“潜龍(せんりゅう)”の社長、タツキ・W・シンギョウジというかたが理事にいます。彼はヤマトにも関係が深い。ご相談されては』

 とつづけた。


「ありがとうございます。貴重な情報を感謝します」

『われわれは、どのようにしましょうか。いったん退きますか』


 おそらく、彼女たちが退けば、ふたたびヤマトの傭兵がボディガードに入るだろうということだった。


「いいえ。引き続き、ボディガードをお願いいたします」

『承知しました』


 電話は切れた。カザマはあわてて、べつの番号へかけた。相手はすぐに出た。


「アントニオ? ルナさんのことで、相談があるのです――」






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