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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
109/948

49話 リリザ Ⅰ 1


 その日、ルナは、部屋のド真ん中で硬直していた。


 左手に日記、右手に携帯電話。


 アヤシイかっこうで一時停止しているルナに、pi=poの「ちこたん」が、たまりかねて――pi=poに感情をつけることは禁止されている――たまりかねた様子で、たずねた。


『ルナさん、ちこたんは、なにかできることがありますか?』


 いちご模様の防護フィルターを貼りつけられた、丸い小さなpi=poは、ルナの周囲をふよふよ浮いて回った。


「ちこたんは、なにもできないのですよ」


 ルナは悲しげに言った。ちこたんも悲しげだった。感情はプログラミングされていないけれど。


 ルナは迷っていただけだった。


 あれから、連絡が途絶えたミシェルに電話をするか、実家に、「パパとママは傭兵だった?」と聞くか、ツキヨおばあちゃんに、「もしかして、アズのおばあちゃん?」と聞くか、どうするか、だれから先に電話をするかで、頭の中はパニックになり、体が先に停止したのだった。


『ルナさんは、充電したほうがいいかもしれませんね』

「朝ごはんはいっぱい食べたよ。ちこも見たでしょ」

 冷蔵庫に明太子があってしまったので、ルナは二杯もご飯を食べたのだった。

『では、アズラエルさんにご相談します?』

「アズはおしごとだからね」


 ルナはやっと、へんなかっこうをやめた。このままでは、ムスタファ邸でボディガードの仕事をしているアズラエルが、「ルナが停止した」だけの理由で、呼びもどされてしまいそうだ。


「やっぱりなにより、アズにいうのが最初のような気がする……」


 ルナは日記帳の表紙を見つめて嘆息した。


『アズラエルさんを呼びます?』

「呼ばなくて、よいのです」


 ミシェルからは相変わらず電話もメールもなかったし、ルナが送ったメールにも返信はない。


「う~ん」


 ルナは、ソファにぽてりと座った。携帯電話を見つめて。

 電話をしてみようか。それともメール?

 ちこたんは、ルナの悩みも知らず、マイペースにおしゃべりをつづけた。


『登録メニューを検索します――昼食はビーフのトマト煮をつくりましょうか?』

「よろしくお願いなのです、ちこたん」


 ルナがそういうと、ちこたんは嬉々として――pi=poに感情をつけることは(略)――キッチンに向かった。


『ルナさん、ハリッサという調味料がなくなっています』

 キッチンから声がした。

「では、ケイジャンパウダーと、チリペッパーどばどばで代用して」

『チリペッパーはありますが、ちりぺっぱーどばどばという調味料はありません』

「てきとうに、チリペッパーを、思いっきり入れちゃってください」

『了解です』


 ちこたんは、鍋にチリペッパーをひと瓶ぶちまけた。ルナはそれを見ていなかった。


「う~ん」


 掃除は、朝からちこたんといっしょにやったし、アズラエルの分の昼食はちこたんがつくってくれるみたいだし、洗濯もすませた――。

 レイチェルかシナモンと、リズンでも行く?

 外に気分を向けるものの、やはり、携帯電話に目がいってしまうルナであった。


(パパやママにも、どうやって聞いたらいいかわかんないし、やっぱりアズが――アズが――アズが一等先だよね――ツキヨおばーちゃんのことにしたって――アズにどうやって、言おう?)


 ルナは三分間のアホ面停止をした。


(ミシェルとクラウドは、いつ帰ってくるんだろ?)


 ルナは、携帯電話を握りしめながら、なんの気もなくテレビをつけた。


『ただいま、キャロット・キャッスルに来ています!』


 テレビ画面に映し出された光景に、ルナは釘付けになった。そうして、壁掛けのカレンダーを確認して、あっと口を開ける。


 今日は12月14日。

 そういえば、リリザには、12月12日に到着していたのだ。


 その日は、アズラエルがリリザから帰ってきて、リズンに行って、アントニオとサルーディーバの話をした日だった。そのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。


 ルナはあわてて、バッグに走った。

 あのとき、カザマさんからリリザのパンフレットとチケットをもらったのだった。


 リリザの周遊券パスポート――これがあれば、いつでも自由にリリザに降りることができ、ほとんどの観光地に無料で入れる――パスカードと、リリザ最大の遊園地、「リリザ・セントラル・パーク」の一日パスポートが。


 地球行き宇宙船の船客には、リリザの三大遊園地のどれかの一日パスポート券がサービスで配られる。もちろん、アズラエルやミシェル、クラウド、レイチェルたちにも来ている。


「でも、これは、レイチェルたちと行くときにつかう予定だし」


 この一日パスポートは、レイチェルたちと女六人で遊びに行くときにつかう予定だった。


 アズラエルは、サーキットがある「リリザ・ネオ・ユニバース・シティ」のほうのチケットをもらっているはずなので、ルナも一緒に行くときはそのチケットを買わなければいけない。


 ここ半月ほど、ルナは、リリザで遊ぶ日程と残金を睨みつけながら、頭を悩ませたものだった。


『見てください! 見渡すかぎり、ジニー、ジニー、ジニー! ジニーだらけ!』


 ルナはチケットを持ったまま、ぐりん! と勢いよく振り返った。


 映っているのは、地球行き宇宙船の専門チャンネルだった。現在、このチャンネルはリリザ特集一色だ。タレントが両手を広げた先には、ルナがリリザに着いたら必ず行くと決めていた「ジニー・タウン」の世界が広がっていた。


「ジニー・タウン」とは、その名の通り、ジニーというウサギのキャラクターのみで構成された街である。ジニーのグッズが星の数ほど並び、食べ物も飲み物も、すべてジニーのキャラクター。カフェに雑貨、アトラクションであふれたワンダーランドだ。


 ルナはテレビにかじりついた。


『ごらんください、ジニーの顔の形のワッフルですよ』

『花火もジニー!』

『ジニーファンは、一生に一度は来てみたい聖地ですねえ』


 テレビには、ジニー・タウンの象徴、「キャロット・キャッスル」の全貌が公開されている。


『ああっ! 来ました来ました! パレードです!』

『パプリカ・タウンからやってきたメープル・パレード! リリザのキャラクターが大集合です!』


 突き抜けそうな快晴の下、ぬいぐるみたちが手を振りながら、華やかな音楽とともに、スキップまじりでこちらへ来る様子をカメラがとらえていた。

 ルナは瞬きひとつ、しなかった。


「み、見てみるだけ……」

 ルナはウサギ口をしてつぶやいた。

「見るだけ、ちょっと、見てくるだけだから……」


 そう言いながら、部屋のすみっこに置いてあった宇宙色のスクエアバッグと、ジニーのショルダーバッグを見比べて停止し――やがて宇宙バッグに財布やハンカチ、リリザの周遊パスポート、乗船証明書などを突っ込んで、駆け出した。


「ちこたん! おるすばんお願いします!」

『了解しました』


 ちこたんの声がキッチンから聞こえた。


 ……ジニーのバッグを持たなかったのは、単なる偶然ではあったのだが。

 リリザに降りてまもなく、「ジニーのバッグを持ってこなくてよかった」と、彼女は心底ほっとするのである。


 そのことを。

 まだ、ルナは知る(よし)もない。





 アパートを飛び出したルナは、バスを待つのももどかしく、pi=po運転手のタクシーをひっつかまえ、K15区に向かった。ルナはソワソワし通しだった。


 耐えきれないほどの長い時間に感じられた――シャインがあったらよかったと、のんびり屋のルナでもそう思うくらいの時間を経て、K15区に着いた。


 K15区の宇宙船玄関口には、ルナがこの船に乗ったときとは、くらべようもない人、人、人――で大混雑していた。


(うわあ)

 ルナは口を開けた。

(これみんな、リリザに行く人たち?)


 地球行き宇宙船からリリザへは、臨時便がたくさん出ているらしい。五分と待たずに、ルナも移動用宇宙船に乗り込むことができた。


 真っ暗闇で、誘導灯のみの空間を過ぎ、宇宙に出る――ルナは、座席から見えたリリザの姿に、思わず「わあ!」と大声を上げてしまった。だが、歓声を上げたのはルナだけではなかった。乗船客からつぎつぎこぼれ落ちるためいきのような悲鳴。


 惑星リリザは、まるで巨大な宝石だった。ネオンの輝きか――リリザの街を彩る光の洪水が、星外まであふれていた。大気が覆う、水色の美しい惑星が、精巧にカッティングされたダイヤのような輝きをまとっている――見とれるような美しさだった。


 やがて移動用宇宙船は大気圏に突入し、リリザの中心地、グランポート・シティの全容を映し出す。


 あちこちにそびえたつ、城、タワー、高層ビル――海上に、アコヤ貝の形につくられたドーム型スタジアム――上空から見ると、女神の顔形に見える、セレブ保養地――カジノ地区のまばゆいまでのネオン。花火。


 ルナは、口を開けられるだけ開け、窓に張り付いていた。


『リリザ――リリザ――グランポート宇宙港です。お出口は、左側』


 移動用宇宙船を出て、クリーム色の通路を通って、ロビーへ。


「ふわあー……!」


 あまりの人混みと広さに、ルナは硬直した――人々が行きかうざわめきの後ろに、パレードの音楽が聞こえ、電工案内板のアナウンスが鳴り響く。


『ただいま、5番ゲート、リリザ・グラフィティ・ランドパークへのシャイン・システムは、大変混雑しております。15番ゲートより、アムゼルム・スタジアムを経由してのご入場をお願いいたします――尚、混雑は、午前十一時ころ解消の予定――』


 果てしないくらい巨大なガラスドームの向こうには、遊園地が見えた。


「あ、あれはどこだろ……もしかして、リリザ・セントラル・パークかな」

 ルナは、リリザのパンフレットを見ながらつぶやいた。


 この首都グランポートだけでも、遊園地は五十種類以上ある。中でも、宇宙港に隣接するリリザ最大の遊園地は、三大パークと呼ばれる――「リリザ・セントラル・パーク」、「リリザ・ネオ・ユニバース・シティ」、「リリザ・グラフィティ・ランドパーク」の三ヶ所だ。


「ジニー・タウン」は、リリザ・セントラル・パークから、放射状に延びた大道路の一部にある。


「ど、どっちから行けば……?」


 ルナがわたわた、ウロウロしていると、急に携帯電話が輝いた。


「へけ!?」


 なんのことはない。リリザに入星したので、リリザのアプリがインストールされただけだった。

 ダイヤ型の3Ⅾホログラムが、携帯電話のディスプレイから浮き上がる。音声といっしょに文字が流れた。


『キャラクターを選択してください』


 気づけば、ルナだけではない。近くの家族連れや、カップル、友人同士で来ただろうひとたちも、さまざまな3Ⅾキャラクターと会話しているではないか。


 ルナは迷いなく「ジニー!」と叫んだ。

 すると、らせん状に渦巻く七色の光――そこから、ピンク色のウサギのホログラムが姿を現した。


『ハイ♪ わたしジニーよ! 選んでくれて、ありがとう!』

「ムキャー!!」


 ルナは感激のあまり、涙目になったくらいだった。めのまえで、アニメのジニーが動いて、ルナに話しかけている。


『なにかわたしに、お手伝いできることはある?』

「ジニー・タウンに行きたいの!!」


 ルナは叫んだ。ジニーは感激したように、もふもふの両手を合わせた。


『あそこはステキなところよ! わたしが案内してあげる!』

「ありがとう!!」


 まさか、ジニーの案内で、「ジニー・タウン」に行けるとは――。

 ルナは大感激で、ジニーと一緒に、人混みの中を走りだしたのだった。


 ホログラム・ジニーの案内は、実に分かりやすかった。

 ロビーを出て、すぐ隣の広いシャイン・ステーションには、壁一面に、あちこちへつながるシャイン・システムの扉があった。

 開いては閉じ、閉じてはすぐ開く扉――シャイン・システムに並んだ大行列は、つぎつぎ消化されていく。


 ルナから見える、「3番ゲート」の下には、「リリザ・セントラル・パーク」行きの文字があった。4番が「リリザ・ネオ・ユニバース・シティ」行きで、5番が、「リリザ・グラフィティ・ランドパーク」行き。

 さっきの放送の通り、5番ゲートは異様な込み具合だった。どこが最後尾かわからない。


『12番ゲートへ行きましょう』

「うん!」


 ルナは長蛇の列に並んで、12番ゲートに入った。背後の扉が閉じ、目前の扉が開いた先は、「ジニー・タウン」の大広場だった。


 音楽に合わせて形を変える噴水、ホログラムの虹と雲でできているゲート。可愛らしい屋台の車。風船、バルーン。ジニーの着ぐるみがあちこちにいて、観光客と写真を撮っている。


「ウキャー!!」

 ルナはまたしても、歓声を上げた。


『帰りは、この左側のドームにシャイン・ロードがあるから、1番ゲートに入ってね。さっきのロビーにもどれるわ。1番ゲート行きのシャイン扉はいっぱいあるから、そんなに混まないわ』

「うん! ありがとう!!」

『じゃあ、楽しんでね。わからないことがあったら、呼んでちょうだい』


 ジニーは、キラキラと、星屑のような輝きを残して、消えた。


 ルナは、まったく――宝石みたいにキラキラした目で――来るときに見た、リリザの惑星そのもののように輝かせて、近いようでいて、遠くにそびえるキャロット・キャッスルと、目前のジニー・タウンの街並みを見つめた。


「リリザだ~!!!!!」


 一羽のウサギが、ジニー・タウンの入口めがけて、突っ込んでいった。


 そのころ、家に帰ったライオンは、家にいるはずのウサギが一羽、見当たらないのに気づいた。玄関を開けてくれたのは、イチゴ柄のまん丸い機械だ。


「――ちこ、ルナはどこに行った?」

『ルナさんはおでかけしました』

「行先は言っていかなかったのか」

『おっしゃいませんでした。可能性は、リズンかマタドール・カフェか、総菜屋オダマキ』

「レイチェルといっしょかな」


 アズラエルは嘆息した。リリザに連れて行ってやろうかと思って、早く帰ってきたのに。


「まアいいか。俺はジムに行く。それで、帰りはヘインズ・クラブのコースだ」

『かしこまりました。ルナさんのお言いつけで、ビーフのトマト煮をつくっておきました』

「そうか。じゃあ、食ってから行くかな」

『アズラエルさん、ハリッサが切れているんです』

「ああ、じゃあ、おまえ買って――いいか、俺が帰りに買ってくる」

『はい。では、いますぐお召し上がりになりますか』

「ああ、頼む」

 



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