48話 天然総生産 1
「――ドーソン一族が、滅亡?」
クラウドは、思わず口にした。どうなってそうなるのかは、この手紙に経緯が書かれてはいない。
だが。
ドーソン一族が滅亡するとは。
おだやかでない表現だ。
それに、完全なる滅亡とは、どういうことだ?
たしかに、バブロスカ革命の裁判で、ドーソン一族は手痛い打撃を受けた。
首相であったオコーネルを始め、ドーソンの名を持つ高官が、何人もL18を追放された。今彼らはL11の牢獄で、L55の介入する裁判を待っている。
だが、牢獄に入っているとはいっても、彼らは特別待遇だ。ほかの罪人のように冷たい牢獄で刑を受けているわけではない。
それこそが、ドーソンの一族の力が大きい証拠だ。
L18はL系惑星群の治安を守る、軍事惑星群の要。その要の重役の逮捕劇は、少なからずL系惑星群全土に衝撃を与えた。
オコーネルたちは、裁判になにかの間違いでもあれば、すぐL18にもどってくるだろう。
ドーソン一族そのものがなくなるということはない。あり得ない。
すべてが消え失せるには、あまりにドーソン一族は、L18に根を張りすぎている。ドーソンの名をもつ者だけが一族ではないのだ。ドーソンの息のかかったものを含めれば、尋常でない人口になる。
その人口がもし、そっくりそのまま消え失せるとなれば、L18が立ち行かなくなることは目に見えている。
それはそのまま、L系惑星群の軍事機能が停止するということだ。
ドーソンが、L18でなかなか力を失わないのはそのためだ。もし今、L55でドーソン一族の罪が裁かれ、それに関わったものすべてが処分されるとなると、高官の三分の一がいなくなる。となると、L18自体が機能しなくなる。
そうなれば、今までL18が押さえつけていたL系惑星群の、各星の戦争やテロが、一気にぶりかえす。
「この手紙は、マリアンヌの死後に遺品整理をしていて見つかったものよ。マリアンヌはね、この宇宙船に乗ってからも、こういう手紙を書き続けていたの。結局、L03に届けられることはなかったけれど。……ほら、同じ手紙が三束」
ヴィアンカの示す通り、同じ内容の手紙は三通あった。
「彼女はパソコンをつかわなかったから、手書きの手紙なのね。……ここを見て」
ヴィアンカは指差した。
「『しつこくお手紙を差し上げて申し訳ありません。』――彼女は、少なくともこの宇宙船に乗るまえから、しつこくお手紙を差し上げているのよ。L18にいたときからね。きっと、毎日のように書いていたにちがいない。――ねえ、これはあくまでわたしの想像よ? 彼女が銃殺刑に処されるまえに、彼女の持ちものを整理していた“だれか”が、この手紙を読んでしまったとしたら?」
クラウドは、心から賛辞して、ためいきをついた。
「――ヴィアンカ、この推理をエーリヒが聞いていたら、君は心理作戦部にスカウトされるな」
――その「だれか」が、ドーソン一族の者だったとしたら。
彼女は、間違いなくこの予言の内容を追及されるだろう。
「ドーソン一族の滅亡」――「L18の異変」。
追及されねばならない語句は、さまざまある。
「L系惑星群の戦火の拡大」というのも外せない事項だ。
だれが見たって、この手紙の内容はギョッとする内容だ。しかも、L03の予言師が書いた手紙となれば。
L03のことをくわしく知っている者からすれば別かもしれないが、ほかの惑星の人間は、L03の高位の予言師と、ランク下の予言師との区別がつくわけもない。
予言師は、みんなひっくるめて予言師なのだ。
手紙を読んだ軍人は、あわてただろう。
あわてた彼によって、この手紙は上層部に提出された。
手紙によると、L03の長老会は彼女の意見を無視していると考えていい。そうなれば、L03に直接聞いたところで、教えてはもらえない。手紙を証拠に迫ったところで、彼女がランク下の予言師と言うことで、「この予言は正しくはない」と一蹴されかねない。
だが――無視できる内容ではない。
ガルダ砂漠のときのように、L03に真実を隠されていたら?
この予言が本当だったら、とんでもないことになる。
……マリアンヌは、これから銃殺刑に処されようとしている。
ドーソン一族の考えそうなことだった。その結果、彼女はこの予言の真実をたしかめるために、拘束されたのだ。
彼女の手紙を発見したのがドーソン一族の「だれか」だというのが不運だった。ドーソン一族は、もしおのれの一族の滅亡に関する予言が、L18に知られたくないことだった場合のことを考えて、おのれの一族だけでことを行おうとした。
「マリアンヌは、意識はあったけれど正気を失っていた。宇宙船に乗ったあと、ずっとわたしをママだと思っていたのよ。彼女はカサンドラという女予言師の人格をつくりだすことで、生きながらえていた。でも彼女たち、は、おそらく尋問に際してはなにも吐いてはいなかったのね。あるいは、予言をしていても、それは大ざっぱなあの事実だけで、こまかい内情はいっさい分からなかったか。――エーリヒは、きっと、彼女の拘束を知っていたわ」
それは、クラウドも同意見だった。
エーリヒは、知っていただろう。わざと知らないふりをして、ダグラスほか、A班を泳がせていたのだ。
A班が、L18に関する機密か、それとも、ドーソンにつながるなにかをつかんだところで、その情報を持っていくつもりだったのだ。ダグラスは隠し通せるつもりだっただろうが、無理だ。エーリヒはそんなに甘い男ではない。
エーリヒは、ドーソン一族を好いてはいない。それは、L18の大概がそうだろうが、彼はあの性格で、L18にとても忠実な人間だ。今のところ彼は、軍事惑星群を導いていくのは、穏健派のロナウド一族だと思っている。だから、スキあらばドーソンの崩壊を願っている。
エーリヒにとって、ドーソン一族の滅亡、という語句は、できるならば実現させたい事項だ。
結局、彼は、A班そのものを今回の件で滅亡に追いやった。
A班の班長は、新しく後任が来たが――それもドーソンだったが――ダグラスのほうがまだアクがあった。後任は、威勢を張っているのはいいが、ダグラス以下の脳味噌だ。まだ、ダグラスの方が悪賢かった。
すなわち、エーリヒに、いいように遊ばれているということだ。
『どっちに転んでも、あんたも心理作戦部そのものも、痛い目は見ないってことか?』
傭兵の役員――バグムントの言葉は当たっていたはずだ。
彼も心理作戦部も、今回のことはまったく知らなかった、という言い訳は通るだろう。すくなくとも、エーリヒは、マリアンヌが拘束されている場所は知らなかった。だから、ドーソンの中でも、「反ドーソン」であるマルグレットにつなぎをつけたのだろう。
正義感の強い彼女なら、理不尽な理由で拘束されている女性があれば、助けに入るはずだから。
クラウドは、学生時代の彼女を思い出した。
マルグレットは、グレンを女性にし、さらに優しく、おおらかにしたような女性だった。ドーソンであっても、クラウドは彼女に好意を抱いていた。クラウドだけではない。彼女には、傭兵の友人も大勢いた。それは間違いない。
一連のことをエーリヒが知らなくても、エーリヒの監督不行き届き、多少の罰則で済む。それも、何ヶ月かの謹慎程度だろう。
今回の地球行き宇宙船の話は、エーリヒには踊りたくなるほどの好機だった。
コーヒーや肩もみのサービスどころか、ヴィアンカやバグムントにキスでもしかねないほどの、好機だっただろう。
マリアンヌを尋問しても、なにか得られたという情報はない。おそらく、病の進行によって、ほとんど尋問はできない状況だったと、クラウドは見ている。
医者は「病を治せ」と告げられていただろうが、そもそも、あれはL18では治療できない病だった。
エーリヒは、ドーソンをなるべく早く滅亡させることのできる方法なら知りたかったが、今それをここでマリアンヌから聞かずとも、ドーソンの滅亡は予言にすら記されている。
少なくとも。
ヴィアンカたちの来訪は、ダグラスを失脚させる、いい機会だった。
この心理作戦部から、厄介者を、追い出すことができる――。
「……本当に、恐ろしい人」
ヴィアンカが、身震いした。
エーリヒの、蛇のように鋭い目を思い出したのか。
そして、どこからかぎつけたかは知らないが、マリアンヌを訪っていた将校たちは、まぎれもなく、ドーソン血脈のもの。
マリアンヌは、美しい女性だった。
そのことが、悲劇を呼んだ。
あとから「カサンドラ」がヴィアンカに話したことによれば、彼らはもともと、尋問のために寄こされていた将校たちだったらしい。結局、尋問らしい尋問はほとんどなかった――将校の中には、マリアンヌに恋していた男もいた。
一輪の花を彼女に捧げ、ただひととき、彼女と話をしていく男もいたという。その花は結局、くしゃくしゃにしおれたものを、将校が持ち帰ることになる。尋問相手に、花を捧げることなど許されてはいないから。
けれども彼は、彼女の体調をおもんばかって、他の将校を止めてくれたこともあった。
彼自身は、一度もマリアンヌに、手を出してはこなかった――。
(マリー)
クラウドは、瞑目した。マリアンヌの冥福と、悲劇を思って。
エーリヒは、マリアンヌの尋問をおそらく知っていて、知らぬふりをしていた。
(マリーの病室に訪う将校たちがしていたことを、エーリヒは知っていただろうか)
さすがに、そこまでは知らなかったかもしれない。
もともとエーリヒは、あの海軍病院には入れなかった。だからこそ、マルグレットに助力を頼んだ。
もはやクラウドには、当時のことをくわしく調査するすべはない。
当時のエーリヒでさえ、介入することはできなかったのだから。
クラウドの個人的感情でいえば、心中おだやかではいられない。だが、クラウドがもしエーリヒの立場なら、おそらく同じことをしていただろうと、簡単に予測できることに、クラウドは沈んでいた。
マリアンヌのことを哀れと思い、嘆くことができるだけ、自分は今、マトモな場所にいるのだ。
冷酷な自分が本性だとは思わない。でも、エーリヒのような部分もあるのはたしかだ。そういった自分を、ミシェルはどう思うだろうか。
ミシェルに――嫌われたくない。
マリアンヌにも、「ありがとう」などと言われる筋合いはなかったのだ。
自分は、――そんな、善良な人間ではない。
また思考が、最初に、ミシェルに逆戻りしそうになって、あわててクラウドは思考を切り替えた。今めのまえにいるのは、油断できない雌ライオンだ。
クラウドは、無駄と知りつつ、エーリヒについて弁解をした。
「彼は愛する人に対しては寛容でマメだよ? L18の男だからね、彼も一応」
「……。あなた、エーリヒとわたしをくっつけようとしてない?」
「彼が女性に振られるたびに、落ち込んでるのが気の毒で。そのわりには懲りずにバラの花束でのぞむんだな。彼が振られるたびに、心理作戦部の隊長室には、バラの花束が置かれるんだよ。昨日断られた花束を、翌日持ってくるってわけだ。みんな、それで隊長のふられた回数をカウントしてた。だれも彼の良さを分かってあげられないんだ。彼みたいに一途で、純情な男性はいないよ。まあ、頭が良すぎるし、表情のレパートリーが少なすぎるのが難点だけど。ユーモアはあるよ。君みたいな大人の女性だったら、彼を理解してあげられるかと思って」
「彼、いくつ? わたし四十二よ、言っとくけど」
「三十八だったかな? 十五の初恋からふられ続けて、苦節二十三年だ」
「四つも下で、そんなスキのない男はイヤよ。この年になってね」
「よくそういわれて振られるらしい。そろそろ彼にも運命の出会いがあってもいいと思うんだけど」
「だから、宇宙船に乗りなさいよ。彼がね」
「……君が担当役員になってくれる?」
「そればかりはね。上からの指令がなければ」
ヴィアンカは笑い、それより、と言った。
「バグムントを? 彼を知っていたの?」
「君のスキをひとつ見つけた。うれしいな。君が気付かなかったなんて。彼は俺とアズの担当役員だよ」
「そうだったの」
ヴィアンカは「わたしも抜けてたわ。担当役員までチェックしてなかった」と苦笑した。
「彼女の病室に、俺が出ていったあと、人が来たけど、アレはだれ?」
「ああ――彼女の身内、って言ったほうがいいのかしら。彼女の手紙にあった、サルーディーバ本人よ。次期サルーディーバと言ったほうが?」
ヴィアンカは、手紙にあった「サルーディーバ姉さま」だといった。
「……」
「あと、その妹さんと、それから船内役員のアントニオ」
「……そうか。サルーディーバ姉さまは、宇宙船に乗ってしまったんだよね。でも、彼らはあのときまで、マリアンヌがこの宇宙船に乗っていたことを知らなかったのか?」
「宇宙船に乗っていたことどころか、マリアンヌがL18にいたことすら知らなかったのよ。もちろん、尋問や――ほかの経緯もね。
しかたがない。サルーディーバさんは母星で蟄居状態にあって、政治の表舞台から遠ざけられていたそうなの。
幼馴染みだったマリアンヌが、外の情報を持ってきてくれる、唯一の味方だった。その彼女さえ急に来なくなって。てっきり、長老会とやらにストップをかけられて来られなくなったと思っていたら、気づけば、マリアンヌがL03から行方不明になっていて、必死に探していたと言っていた。
サルーディーバさまは、マリアンヌとは姉妹のように育ったと、そうおっしゃっていたわ。
彼女は、L03の長老会から追い出された形でこの宇宙船に乗ったそうよ。それは、彼女たちの担当役員のメリッサから聞いた。今革命が起こっている星だからね、さまざまな事情があるみたいで……」
「船内役員のアントニオっていうのは?」
「あなたK27に恋人がいるんでしょう? リズン、行かなかった? リズンの店長よ」
クラウドは、やっと気付いた。
あの男だけ、どこかで見た顔をしていたと思った。薄汚れたエプロンにジーンズの。リズンの店長だったのか。
「アントニオは、L05の出身なの。サルーディーバさまとは、浅からぬ縁があるらしいわ。マリアンヌのことも知っていた。彼はあの日、知人からマリアンヌのことを聞かされて、びっくりしてサルーディーバさまに連絡して、来たと言っていた。その知人、の名は聞かなかったけど」
アントニオとマリアンヌ、両方を知っている人間などそういるはずはない。どんな形でその話が出たのかは想像もつかないが――アズラエルかミシェルか、ロイドといったところだろう。あとは、ラガーの店長。
「だいぶ――まとまってきたな」
「なにが?」
「いや――いろんなことがさ」
「わたしも聞いていいかしら?」
「いいよ」
「……マリアンヌから最後に聞いたパスワードは、あなた、エーリヒに報告したの?」
クラウドは、残りのワインをヴィアンカのグラスに注ぎ、ベルを押してビールを注文した。
「マリアンヌという少女と知り合い、最期を看取ったことだけは、報告した」
「では――そのパスワードは、エーリヒのもとには届いていないのね?」
ついでに言えば、「真実をもたらすライオン」という語句も。
デレクがアイリッシュ・ビールを持ってくる。はちみつ漬けのナッツが添えられていた。クラウドは礼を言って受け取った。
「なにを報告するかは、俺の自由だ」
クラウドは言った。
「べつに、すべてを、と強制されているわけじゃない」
「エーリヒは、マリアンヌが最期、あなたになにか言ったか、とは追及しなかった?」
「しないよ。彼らから、俺になにを調べろとか報告しろとかいう要求は一切ないんだ。だって俺は、君から聞くまで、こういった事情をなにも知らなかったんだよ? こんなに一方通行でなかったなら、俺もここまで、君に根掘り葉掘り聞くことなんてなかった」
「そうでしょうね」
ヴィアンカは嘆息し――それからふたりはしばらくナッツをつまみ、だまって酒を口に運んだ。
五分くらい、話は途切れただろうか。
マタドール・カフェの二階に、ひと気はまったくない。客はまったく入ってこなかった。
ヴィアンカが、おもむろに口を開いた。
「……マリアンヌは、あなたがシェハザールに似ていると言っていたわ」
「シェハザール?」
「そう。好きな人だったらしいわ。身分違いで、結局愛を告げることはできなかったけれど、おだやかで、優しい人。あなたみたいに、言葉遣いがとても柔らかいひとだったって」
「……」
クラウドは、一瞬ためらったあと、口を開いた。
「……マリアンヌは、生きていたら、君の娘と同じくらいだった?」
ヴィアンカは、かすかに笑った。
「そうね――同じくらいね。わたしが二十歳の時流産したの。生きていれば、二十二歳。マリーは二十一歳だったから。そうね、同じくらいね」
いつしかヴィアンカは、彼女をマリーと呼んでいた。
「――ねえクラウド。わたしがこの宇宙船に乗るために、すくなくとも、人が三人死んでいるのよ」
クラウドはだまって、彼女のグラスにワインを注ぎ足す。
「ひとりはわたしの夫、それからわたしの担当役員、それからわたしの娘」




