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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
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47話 マリアンヌの手紙 3



「ぶふっ……!」

「イヤね。変な笑い方しないでよ」

「いや――エーリヒに気にいられたんだよ、君」


 クラウドがおかしそうに言うのに、ヴィアンカはイヤそうな顔をした。


「……冗談よしてよ」

「冗談じゃないよ。君は美しいからね、ヴィアンカ。さっきのはお世辞じゃない。――まあ気にしないで。エーリヒは今まで三十回以上女性に告白して、そのたびに振られてる。気の毒だと思ったら、その名刺の電話番号に電話してやってよ。すごく喜ぶと思うよ」

「……あの人が喜ぶのね。想像したくないけど」


 ヴィアンカは、ワインをはじめて味わうように、口に含んで転がした。一呼吸置いているようだった。


「そういえば、クラウド」

「うん?」

「あなた、マリアンヌの病名を聞いたとき、驚かなかったわね――知っているみたいだったわ」


 クラウドは、腕を組んで、テーブルに肘をつけた。


「病名というか、治療法のほうを知っていた、というか……」

「治療法?」


 マリアンヌの病の治療は、地球行き宇宙船か、L3系にある専門病院しかできなかった。けれども、地球行き宇宙船に乗った時点で、マリアンヌは手遅れだった。すでにその治療に耐えうる体力は残っていなかった――結果、マリアンヌはその“治療法”を拒んだ。

 体力がもどるのを待つ時間も惜しいと――ラガーに通い、クラウドたちと、会うために。

 だが、結局のところ、時間が過ぎればそれだけマリアンヌの病は悪化する。

 助かったかどうかは、定かではない。


「……血管培養機器(ばいようきき)システムというのがあって、特殊な培養液に全身()かって、体内に新しい血管を作り出す。その血管が“電子腺(でんしせん)”と呼ばれるもので、もとの血管が壊死(えし)していくそばから、新しい血管となって体内に血流をめぐらせるんだ――たしか、構造は、そんな感じだった」


「それって」

 ヴィアンカにも“電子腺”という語句は、覚えがあった。


「そう。俺たちの体内に、もとからある血管より、かなり強度も高い」


 まだ実験段階でなんともいえないが、寿命が延びる可能性もあるそうだ、とクラウドは付け加えた。


「――L46の、“電子装甲兵(でんしそうこうへい)”ね?」


 ヴィアンカの故郷L43とは別に、L46にある「DL」組織は、数十年前から、軍部も舌を巻くほどの科学力を見せつけはじめた。そのDLの兵士に、軍部は手を焼いている。

 電子線を兵器化して身に着けた、「電子装甲兵」の存在に。


「じつは、電子腺開発チームのリーダー、アレクサンドル・K・フューリッチ博士と、心理作戦部B班は、接触したことがある」

「なんですって」


 ヴィアンカの記憶によれば、「電子腺」を開発したチームは、全員「有罪」となり、懲役が科(ちょうえき か)されたはずなのだった。


「血管を新しく作り出す」という概念が、ヒューマノイド法の「人間、またはそれにつながる細胞を生み出してはならない」という部分に抵触した。

 裁判では、もっと複雑でち密なやり取りがあったのは間違いないが、おおまかに説明すればそのとおりである。


 アレクサンドル博士の研究が()の目を見ていれば、多くの、血液にまつわる病の患者が、助かるはずであった。

 博士たちも、ただ、血液の病に苦しむ患者を助けたい一心だったという。


 結果、リーダーのアレクサンドルのみが服役し、残り四名は消息を絶った。

 その後、マシフ博士とデイジー博士親子が他殺死体で見つかり、アレクサンドルは、デイジー殺害の犯人とされ、ふたたび服役。残り二名のロベルト博士とダーチ博士は、いまだに行方不明だ。


「これは推測だ。証拠はない。だがおそらく、ワヂ・H・ロベルト生体工学博士とアルベルト・R・ダーチ博士は、“電子腺”をL46のDLに売った」

「……!」

「自分たちの研究が認められなかった腹いせだったか、ほかに理由があったのか――すくなくとも、アレクサンドルは、二人を探し出して止めようとしていた」

「そのふたりは、L46のDLで、電子腺をもとに、電子装甲兵を生み出したってわけ?」

「証拠は何もない。でも、結局ロベルトもダーチも、いまだに見つかっていないし、アレクサンドルも姿を消した。L18の助力が受けられないと知ったときから」


 最初の研究員たちが死をもってその研究を終え、三人が行方不明になったあとも、彼らの研究結果だけは生き続けた。


 紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、やっと昨年、「病気の患者にのみ、使用を許可する」という、L55の認可が下りたのである。


 白血病や、血液の病のみならず、マリアンヌのイタラチル型のガンにも有効な治療法だった。その装置をつかい、血管と血液そのものを入れ替えるといった治療であれば、マリアンヌも助かったはずだった。


 ――手遅れでさえなければ。


 ふたりのあいだに沈黙が下りた。やがて、クラウドが話を本筋にもどした。


「ダグラスは自殺したよ」

「――え?」

「A班の班長。隊長室の、自分の机で拳銃自殺。六月の末のことだ。結局、L55から監査(かんさ)は来なかったが、――俺は、なんで彼が自殺したのか分からなかった。だが、またドーソンの内部でなにかあったのだろうなとは思っていた。そういう事情があったなんてね。だとしたら、やはり彼は証拠隠滅のためにドーソン一族に消されたという方が正解だろう。エーリヒが、彼を消すはずはない」


 エーリヒは、ドーソン一族から彼を守り切れなかったということになるが、本気で守る気だったかどうかは定かではない。


 だがエーリヒは、結局、彼からなにか情報をもぎ取ったのだろうか? 


 ダグラスがエーリヒに弱みをつかまれて、ただであの世へ行かせてもらえるはずがない。

 それを聞いたところでエーリヒは、クラウドに教えてくれるはずもなかったが。


「それで、マリアンヌも君たちも、無事、宇宙船に乗れたんだね」


 ――そう。わたしたちは、マリアンヌは、やっと、宇宙船に乗った。


 ロビンや傭兵の役員が手配した傭兵たちは、いらないくらいだった。

 なにせ、わたしたちが宇宙船に乗るまで、心理作戦部のC班三十名が、蟻の入る隙間もないほどきっちりボディガードしてくれて、なにくれとなくわたしたちに世話を焼いたの。 

 エーリヒの命令でね。


 わたしたちは結局、怖いひとたちに追いかけられているかどうかすら分からなかった。

 彼らはわたしたちに飲み物を買ってくることも忘れなかったし、わたしの肩まで揉もうとした。


 ……そこ、笑わない。


 もちろん、彼らが同乗したのは、地球行き宇宙船に乗るまで。医療用宇宙船の中だけよ。

 最初は、わたしたちをどこかでまとめて消すためにつきまとっているんじゃないかとみんなで警戒したけど、彼らは最後まで紳士で、結局何事もなく。

 三十名の一斉敬礼で、地球行き宇宙船に乗りこんだときは、もと大尉くんはすっかり元気を取りもどしていたわ。

 涙ながらに「ありがとう」なんて、彼らと別れてね。


 とにかく地球行き宇宙船に入った瞬間、身体から力が抜けた。マリアンヌを無事中央病院へ搬送して、――情けない話だけど、ほっとして腰が砕けて、わたしも、中央役所に船客を乗せたことを報告しに行くまで、ロビンに支えられてやっと立っていたの。


 ロビンが彼らにもらったコーヒー缶をもてあそびながら、ぼそりといったわ。


「あの心理作戦部が、()びを売るとはな」


 わたしも、傭兵の役員も、同意見だった。まるで、L55へは何卒よしなに、なんてね。わいろでも贈られている気分。

 おかげでドーソン一族とやらの襲撃は受けなかったけど、最後までエーリヒのペースで物事を進められてしまったわ。――


「君は――どう思った」

 クラウドは聞いた。

「どう思ったって?」

「エーリヒは、ほんとうに知らなかったと思うかい?」

 マリアンヌの拘束を。


 ヴィアンカは、ためいきをついた。


「……いいえ」


 バッグから、手におさまるくらいの小さな紙の束を取りだし、テーブルに乗せる。


「これを見てちょうだい」


 それは手紙だった。小さくて可愛い、女の子らしい文字の羅列。

 差出人はマリアンヌ。宛先は、L03の長老会だった。


「読んでも?」


 クラウドが尋ねると、ヴィアンカはうなずいた。


 ――長老会様、マリアンヌです。


 しつこくお手紙を差し上げて申し訳ありません。ですが、どうかもう一度考え直していただきたいのです。マリアンヌの予言が信じられぬというならば、どうかサルーディーバさまに申し上げて、高位の予言師様たちにお伺いください。


 あのサルーディーバ様を――わたしたちの若き姉であるサルーディーバ様を、地球行き宇宙船に乗せることを、決してしないでください。あれだけお止めしたのに、皆さまはお姉さまを宇宙船に乗せておしまいになられました。


 それは、メルーヴァの改革の、もうひとつの道なのです。


 サルーディーバ様がL03に残れば、三年後、とある若者がL03を訪れます。そうすれば、イシュメルが生誕し、革命はL03内で収束し、たった三年で終わるのです。たくさんの血が流れることもありません。


 しかし、サルーディーバ姉さまを宇宙船に乗せれば、もうひとつの改革の道――L系惑星群が戦禍に巻き込まれることとなります。


 それはL4系から戦争の火種が発し、いずれ全土におよびます。

 L18でも異変が起こります。ドーソン一族は完全なる滅びを迎えるでしょう。


 L18を支配するドーソン一族の力がなくなるということは、L系惑星群の軍事惑星の要ともなるL18の体制が揺らぐことになります。多かれ少なかれ、そうなります。そうなれば、L4系の反乱を、抑えきれなくなる。

 それによって、L系惑星群に戦火が広がるのです。


 L03とL18の異変は、同時に起こってはならぬのです。


 どうか今一度、お考え直しくださいませ。マリアンヌの言葉を、お聞きくださいませ。

 サルーディーバ様を、宇宙船からL03に呼びもどしてください。


 どうか、マリアンヌを信じてください。

 お願いします。


 わたしは、L03のために、この小さな命を投げ出しましょう。わたしの不出来な弟のしでかした、たった一度の過ちを許してもらうためにも。


 長老会様、どうか、すべての民の幸せをお守りください。

 たくさんの血が、流されるようなことがあってはならぬのです。

 どうか、どうか、このマリアンヌの祈りをお受け取りください。


 マリアンヌ



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