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キヴォトス  作者: ととこなつ
第二部 ~リリザ篇~
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46話 マタドール・カフェにて 2


 ヴィアンカの話は、こうだ。


 ――あなたの推測は当たっている。わたしは、もとテロリストだったこともあって、ひとクセもふたクセもある船客の担当をする派遣役員なの。


 でもまさか、現在、ニュースでたびたびその名を目にする革命家の担当になるとは思わなかったわ。


 言っておくけど、テロリストの頭目が、宇宙船に乗りこんできたなんて、かつてない。この宇宙船は「重犯罪者」は入れない。それは、L55が法律で認めた「重犯罪者」ね。


 チケットが届いた時点では、まだL03の革命にL55の介入はされておらず、メルーヴァは「テロリスト」として認識されてもいなかった。


 L55が正式にL03の革命を忌避(きひ)し、彼をL系列惑星群全域の指名手配テロリストとして登録しなければ――実際、まだそうなってはいないけど――L系惑星群すべてに影響が及ぶ範囲でなければ、そこまでならないから。


 あの時点で、彼は乗ろうと思えば乗れたわね、この宇宙船に。でも、これから革命をはじめますよって人間が、地球行きの宇宙船に乗るなんて、なかなかありえない話ね。

 革命が失敗して、逃げ込んだなら分かるけど。


 あなたも知っているとおり、この宇宙船の搭乗チケットは、他人に譲渡できる。しかも、無条件でね。


 わたしは、彼はこの宇宙船には乗らないと踏んでいた。連絡もできないだろうとね。だってあなた、テロリストは逃げ隠れしているものよ。そう簡単に連絡が取れる場所にいると思って? 


 でも、派遣役員は、ギリギリ一年目の十月末までは、担当客と連絡が取れるよう努力しなければならない。


 テロリストの頭目とどう連絡取れっていうのよ。

 しかも、地球行きのバカンスの予定について? 


 テロリストでも、わたしがいた星のように、住民すべてがテロリストの一端――なんてところだったら、その組織から抜け出したくて、宇宙船に乗る。――わたしのようにね。それなら分かるわ。


 でも、今回は事情が違う。わたしはうんざりしたわ。いくら宇宙船のチケットがランダムに当たるといっても、少しくらい選びなさいよって。


 でもまさか、彼のほうからわたしに連絡を寄こすとは思わなかった。


「――メルーヴァが君に、連絡を?」


 ええ、「地球行きのバカンスを楽しみにしてたんだ」なんて会話だけはなかったことは言えるわね。

 彼が連絡を寄こした星はL42。

 自分は宇宙船には乗らない、そのかわり、チケットを譲渡したいといったわ。


「L18の病院に、政治犯として拘束されている姉、マリアンヌを救出し、宇宙船に乗せてほしい。その際、パートナーは、ボディガードとして傭兵をひとり雇い、ともに宇宙船に搭乗させること」


 これを聞いた時点でどれだけ厄介な依頼になるか、わたしがうんざりしたの、あなた分かるでしょう?


 ボディガードはもうすでに雇っていると彼は言った。

 名前はロビン・D・ヴァスカビル。

 L18の傭兵集団「メフラー商社」のナンバー2。


 メフラー商社は、認定の傭兵ばかりで組織してはいないから、L18の軍部の干渉も薄い。しかも、相当のやり手がそろっているとのウワサだわ。ロビンは、ナンバー2の実力がありながら、認定ではないのね。驚いたわ。


 とにかく、わたしはすぐさま行動を開始した。


 メルーヴァとはもう連絡が取れないこと、こちらから連絡は無理だし、会うこともできないこと。


 チケットの譲渡は口頭での依頼。わたしは新たに同じ番号のチケットを再発行し、――ええ、口頭の確認のみだから、彼との通話は、証拠物件として保存してあるわ。聞きたければあとで聞かせてあげる。

 でも、もう彼は電話してきた惑星にはいないと思うわ。


 そして、わたしは、再発行したチケットを持って、L18へ向かった。


 もと傭兵の役員と、もと将校だった役員――ふたりとも、わたしよりずっと、軍事惑星の事情に精通している。しかも片方は、「危険地域派遣補助SRチーム」の役員よ。


 それから、病院というのが気にかかったから、「星外救護センター」の役員に、いつでも目的地の病院に入って、マリアンヌを保護できる用意を整えてもらって――そうよ? 両方、地球行き宇宙船の役員チームよ。


 派遣役員といっても、さまざまな部署があるの。


 それから、やっかいなことになりそうなのは最初から分かっていたから、L55の特別条例を発効してもらって――つまり、問答無用で、マリアンヌ・S・デヌーヴの拘束を解く書類をたずさえてね。


 さっきもいったけれど、この宇宙船はL55が認証した「重犯罪者」は乗れない。

 けれども、まだ、L55の監査が介入していない場合――政治犯でも、「犯罪者」とは扱われない場合がある。

 それは現地での綿密な調査の上、判断はすべて、担当役員の判断にゆだねられる。


 連続殺人犯とか、そういった系統の犯罪者は最初から無理だけどね。

 政治犯、っていうのがキーなのよ。


 政治犯の中には、無罪の一般人がまぎれこんでいることが多いの。その星の色んな政治的状況のせいで、無実の人間が政治犯として拘束されている場合がある。


 実際、マリアンヌはそのとおりだったわ。


 六月十七日、わたしはL18に着いた。

 その足ですぐ、陸軍の一般受付に向かった。

 そこで、ロビンが待っていたわ。わたしを含む四人は、まずマリアンヌの所在地をたしかめなければならなかった。

 でも、予想外のことが起きた。


「マリアンヌ・S・デヌーヴは、すでに死亡しております」


 受付担当の軍人の、愛想のないことったら! 


「死亡……?」

 わたしは聞いたわ。最悪の予想を。

「それは、尋問で死亡したということですか?」


 彼女ののっぺらぼうに走った動揺を、わたしも、あとの三人も見逃さなかった。


「ええ――それは――おそらく」


 彼女は、言葉を(にご)して、あとはオウムみたいに「マリアンヌは死んだ」を繰り返した。


 しかたがないので、わたしたちは、ホテルにもどって算段のし直しよ。ホテルは、L22に取ったわ。傭兵の役員が、そうしたほうがいいといったから。

 そして、マリアンヌの現所在地と、L18に来た経緯を、一から調べ直さなければならなかった。


 L03の革命家の姉で、L18の政治犯として収容されている人物。


 死んだと言われたからって引き下がるわけにはいかなかった。どちらにしろ、調査は必要だった。

 あの女性は、上司にそう言えと言われたから「死んだ」と繰り返しているの。

 それは、最初からわかった。


「尋問で死んだのですか?」という質問に彼女は、動揺した。

 彼女は、「死んだ」という事実だけしか分からなくて、まさか尋問、のふた文字が出てくるとは思わなかったのだわ。


 ようするに、マリアンヌの尋問、というのは、公表されていないできごとだったのよ。


 それはそうだわ。あとから調べたところによると、彼女は「銃殺刑」で死んだことになっていたのだから。


 今、L03を揺るがしている革命家の姉よ? もしほんとうに死んだとしたら――しかもL18の尋問でね。L03とL18の戦争にもなりかねない。


 それだけの重要人物の死を、公表もされておらず、隠し通すわけでもなく、不用意に死んだ、と口にする。


 地球行き宇宙船から、「宇宙船のチケットが譲渡されたので、マリアンヌ様のお迎えにあがります」とはすでに連絡してあった。


 公式の「銃殺刑」で亡くなったのなら、その時点でわたしたちにそういえばいいはず。


 でも、その報告はなかった。


 マリアンヌの存在は、極秘裏だったのよ。表向きの軍人たちが、知らないこと。


 わたしからの連絡を受け取った軍人は、彼女の存在も分からぬまま、迎えに行くからと言われて「イエス」と答えた、でも、そのマリアンヌの名が、表向きの書面や、政治犯のリストには載っていない。


 彼はあわてたでしょうね。そして上司に相談した。

 その上司もあわてたでしょうよ。


 その経緯が、「極秘裏」の上、「わたしたちに知られては不都合なコト」が混じっている――だから、彼らは結果、わたしたちを追い払おうと考えた。


 まさか、地球行きの宇宙船チケットが、とんでもないタイミングで、自分たちが拘束している政治犯にくるなんて、――しかも、隠し通している存在に。

 恐ろしいほど天文学的な確率ですものね。


 予想だにしないできごとに、みんな、あわてたのね。

 でも、その言い訳が杜撰(ずさん)と言えば杜撰。

 あたしたちのだれが考えても、おかしな状況だった。


 マリアンヌの調査には、三日かかったわ。

 ほんとうに、どう考えてもうさんくさい匂いがぷんぷんすることに、わたしたちは気付いた。


 マリアンヌ・S・デヌーヴは、最初から政治犯ではなかった。

 彼女はね、ただL03から大使として訪れていただけだったのよ。L03の、彼女を含む二十名ほどの大使が、L18に訪れていた。

 たしかに、訪問目的は不穏な内容だったわ。


 三月十日のこと。

 用件は、「ガルダ砂漠における戦争の予言に対する言及と、その正式な説明」。


 ようするに、書類を要約すると、ガルダ砂漠の戦争のときに、L03がまずい予言をして、そのせいでL18の軍人が三万余も戦死した。そこをどう説明してくれるんだって内容ね。 

 L03は、その弁解をするために、使節団をL18に寄こした。彼女は、その大使の書記としてくっついてきただけだった。


 おかしいところはここから。

 三月二十日前後から、なぜか彼女を残して、ほかの十九名が、逃亡するようにL18から姿を消している。


 この使節団の、L18から乗った宇宙船の搭乗記録。

 使節団ならみんな一緒に帰ればいいのに、日付をバラバラにして、この日は三人、この日は五人、なんて、帰っているのよ。

 しかも、帰る先は、みんなL05、L31、L24なんてのもあるわ。てんでバラバラ。

 でも、だれひとりとしてL03に帰ってはいない。


 まるで――なにか恐ろしいことが起こって、逃げ出したみたいだわ。


 そして、彼女だけがL18に残っている。

 その後、彼女は裁判に出されて、政治犯とされて、すぐに拘束されている。

 裁判は三月末日。裁判の判決は、マリアンヌがその戦争の、L03側の全責任を取るという形で終結されていたの。

 彼女は戦犯、それも銃殺刑という容赦ない判決だったわ。


 その十日後に、彼女の死亡届が提出されている。銃殺刑が執行されたのね。

 ――書面上は。


 でも、L03から彼女の遺体を引き取りにきたとか、そういった記録はなにひとつないのよ。

 イヤな言い方だけど、正直――L03が、彼女に全責任をおっ被せて、まるで生贄(いけにえ)みたいにL18に差し出したっていう――そんな感じ。


 わたしだけじゃない、三人ともそう思ったわ。


 多分、あの使節団の二十名が、全員、そんな生贄だったのではないかしら。

 でも、彼らはL03に売られたということを知らずに来て、ここで初めて、裁判で自分たちが裁かれ、容赦のない実刑が待っていることを知ったのね。それで逃げだしたのだわ。


 もしくは、マリアンヌが、みなを、逃がしたか。


 彼女がL03の責任を取ったというのなら、L03側からなんらかのアクションがあってもいいはず。

 それが、なにもないのよ。彼女はL18で、銃殺されて、それきり。

 身内が引き取りにきたという記録もないの。

 完全にマリアンヌは、L03から見捨てられた状態だった。


 ――わたしは、途方(とほう)()れたわ。


 これは、並大抵でない事情が隠れている。

 担当役員の責任で、判断できる問題ではなさそうだった。なにしろ、このひとりの女性に、惑星ひとつの重要事項が関わっているのよ。

 しかも、マリアンヌは、書面上は死刑が実行され、すでに亡くなっている。

 いったい、どうしたものか、見当がつかなかった。


 そのとき、L22のホテルで、四人でテーブルを囲んでいるときに――わたしの携帯が鳴ったの。

 宇宙船からかと思ったら、見たことのない番号だった。

 取ると、相手はメルーヴァだったの。


「メルーヴァだって?」

 クラウドはさすがに声を上げた。


 ――そうよ。メルーヴァ。

 わたしも一瞬、なにが起こったのか、わからなかった。


『困っていますか。ヴィアンカ』


 彼は笑っているような調子だったわ。

 わたしは、厄介なコトを持ち込んでくれた彼に腹が立っていたけど、「困っているわ」と正直に言った。


『――マリーは、死亡したことになっているんでしょう』


 彼は、淡々と言った。まるで、とっくに分かっていると言った調子だった。


「あなたはマリアンヌが死亡したことを知っていたの?」

『マリーは死んではいません。心理作戦部のA班が彼女を隠している。どうか、一刻も早く救出に向かってください。一日遅れるだけで、彼女の命は危ういのです』


「どうしたらいいのかしら」

 わたしの声は、悲鳴みたいだったと思うわ。


『あなたはDL出身で、修羅場は潜り抜けているが、L18の内情については詳しくないでしょう。一緒に来た、もと大尉の役員に任せてみてください。

 それから、まっすぐに心理作戦部へ向かってください。

 A班に邪魔をされたら、B班のエーリヒという男を頼ってください。彼が心理作戦部の総長です。

 あなたは、なるべく言葉を発さず、すべて大尉さんに任せてください。彼は新任で、あなたにしてみれば不安でしょうが、それが逆に、今回はよく働く。

 それから、マリーを救出したら、L18の病院へ入れてはいけません。あなたたちの命も危うくなる。まっすぐに宇宙船へ向かい、宇宙船内の病院に入れてください。急いでください』


 あなた、何者なの!? と叫ぼうとしたけれど、彼が先に電話を切ったわ。

 わたしは、「みんな聞いていた?」と叫んだ。

 新任の、もと大尉の彼は顔を真っ赤にしていたわ。興奮で。


「あの――どうして、どうして彼には俺が大尉だったって分かるんですか? それにあの、どうして心理作戦部のことまで――A班は――お、俺が、その、」


「動揺するのもわかるわ」


 わたしだってぞっとしたわ。一拍置いて。

 わたしは、自分がもとDLだなんて、ひとことも言っていないのよ。しかも、わたしの携帯の番号を彼に教えたはずもなかった。


 まるで彼は――今までここにいて、わたしたちの会話をぜんぶ聞いていたようだった。

 予言師というものを、これほど不気味に感じたことはなかったわ。


「でも、今の電話を聞いて分かったとおり、マリアンヌは生きている。しかも、一刻を争う事態よ。……言われたとおりにしてみましょう」


 わたしたちも、どうしたらいいかさっぱり分からない状況だった。

 でも、ほかに手立てがない以上、やってみるしかなかった。


「わかった」


 大尉のほうは新任だったけど、もと傭兵の方はあたしと同い年くらいで、こういう事態には慣れていた。


「とりあえず、救護センターには俺が連絡しよう。よう、ロビン」

「俺までこきつかわれるわけね。はいはい。なんでしょう?」

「メフラー商社から、腕利きを五、六人選んで、ボディガードとして待機させといてくれ。ギャラは宇宙船から支払われる」

「俺じゃ足りないってわけ?」

「聞いただろ。……心理作戦部A班だ」


 わたしは、意味が分からなかったけれど、大尉は青ざめたわ。わたし以外の軍事惑星出身者三人は、その恐ろしさを十分わかっているようだった。


「ドーソンの息のかかった班だぜ? ヘタをすりゃ、四人生きて、L18を出られるかわからねえ」




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