5話 試験、そして事件 2
それから三日もたたないうちに、ルナとミシェルは、参加してはいけないパーティーに参加してしまっていたのだということを、思い知ることになってしまった。
その日、ふたりは久しぶりにリズンで朝食をとった。
あれきり、なんだか外に出るのが怖くて、ほとんど家にいたふたりだった。
サイファーの取り巻きは、ひと気のあるところでは声をかけてこないらしいので、「深夜にひとりで繁華街うろつかなきゃ平気よ」とリサは言っていたが――そういうリサはあれきり帰ってこないし、キラも同じだ。
彼女たちのSNSを見れば、このあいだのことなんてすっかり忘れたかのように遊びまくっている。
なんだか、自分たちばかり部屋に引きこもっているのもバカらしくなってきて、ふたりは久々に外に出て、リズンで朝食をとって、スーパーまで足を延ばすことにした。
食材や日用品を購入して、すこし回り道して帰ろうと、リズン近くの公園に入ったときだ。
今日は肌寒く、見渡す公園に人の姿はない。
散歩がてら、園内を一周し始めたルナたちは、奥で、川に近い方――トイレの近く、木が密集している空間に、数人の人影を見かけた。
こんな昼間に、こそこそと、暗がりで何を?
なんだか剣呑な声が聞こえて、決して平和な戯れではないことがわかる。見れば、ふたりの女の子が、数人の女の子に詰め寄られていた。
「ちょ――あれ、ヤバくない?」
集団のほうが、壁際に追い詰められた女の子の片方を突き飛ばした時点で、ミシェルは「なにやってんの!?」と叫んだ。
「警察に電話しますよ!」
ルナが携帯電話を掲げて怒鳴る。
「ヤバ――」
集団は、ルナたちを睨みつけて逃げていく。ミシェルがすかさず残された二人の子に駆け寄った。
「だいじょうぶ?」
「うん――。助かった――ありがとう」
突き飛ばされた女性は平気そうな顔をしていたが、もう片方の子は泣いていた。
「警察呼ぶ?」
「あ――うん。いい。あたし、あとで自分で行くわ。あいつら、知ってるやつだし」
「知ってる人?」
ルナが聞くと、女の子は、
「うん。ここらの人だよ。何回か会ったことある。あなたたちは――あんまり見たことない。この区画の人? もしかして、最近乗った?」
「うん。あたしたちが乗ったの、10月1日」
今は10月の半ばだ。
「そっか――それじゃ、知らないかも」
ローズと名乗った彼女は、泣いている妹、レイシーをなだめながら言った。
「ホントにありがとね。よかったら、ウチ来ない? お茶でもごちそうさせて」
「あいつら、サイファーの女なの!?」
ミシェルが叫んだ。
お礼をしたいからと言われて、彼女たちのアパートに招かれ、お茶とケーキと一緒に出された爆弾がこれだ。
「女っていうか――手下?」
強気に言い返していたほうの姉――ローズが鼻で笑った。
「ま、たぶん、“女”じゃないよ。サイファーがリストに入れるようなレベルじゃないじゃん。ただの手下だと思う」
いうことはなかなか過激だ。
「妹が――レイがさ、サイファーのリストにのっちゃって」
ルナとミシェルは分かりやすく「サイアク」という顔をした。このあいだから、こんな顔ばかりしている気がする。
ローズはふたりの顔を見て笑い、
「あいつの“サロン”だかなんだかに来いって誘われたの。で、あたしがきっつく断ったら、今度はあいつらが来たわけ」
「さっきの集団?」
「そう。あいつら、最初はなんだか、すんごい下手に出て、サロンにきてくださいとか言ってんだけどさ、あたしが『行かないって言ったでしょ! もう二度と話しかけんな』っていったら逆ギレして。『サイファーさんに気に入られてんのになんでいかないの、あんたたちのほうがおかしい』とか、いいやがってさ。頭イカれてんじゃないの? バカ? サイファー教かよ。そのまま言ってやったら、今度は、『サイファーさんのサロンに行かないなら、宇宙船を降りろ。出て行け』っていうわけ! そんなことあんたらに言われる筋合いないわよ、警察呼ぶぞっていったの。レイが可愛いから嫉妬してんのよ。あいつらはサイファーの女になりたくても、顔面のレベルが低すぎて、取り巻きにも入れてもらえないのよ」
なかなかの口の悪さだ。ルナもミシェルも、笑いをこらえつつ、話を聞いた。
「それなら降りてやるから、リリザ行く金くらいよこせっていったら、どついてきてさ」
泣いていた子はレイシーといって、ローズの妹。アイドルだといわれたら、そのまま信じてしまうくらいの可愛い子だった。
「……お金は渡されなかったの?」
「うん。たぶん、サイファーの事務所に一度でもいかないと、お金はもらえない感じかな。マジきもい」
「うん、きもいね」
「きもすぎます」
サイファーはキモイけれど、レイシーが出してくれたロイヤルミルクティーと、イチゴが入ったチーズケーキはとてもおいしかった。
それにしても、ローズは、前置きがぜんぜんなかった――つまり、ルナとミシェルが「サイファー」のことを知っているものとして話している。どうやらサイファーは、このあたりじゃとても有名なのか。説明なしで、すぐ話が進むくらい。
ルナがしょぼんとした顔で言った。
「じつは、あたしたちも、このあいだのパーティーに行っちゃったの……」
「えっ? それは、大変だったね……」
今度は、ローズとレイシーがそろって気の毒そうな顔をした。ミシェルがつづける。
「あたしたちは行く気なかったんだけど、一緒に乗ったともだちが、行きたいって」
「それじゃ断りづらいよね……」
「行かなきゃよかったって、ほんと後悔した」
五千デルの会費も、巻き上げられたようなものだ――ルナはふて腐れた。
「あいつら、宇宙船に乗ったばかりの船客をターゲットにしてるからね。乗ったばっかりで何も知らないひと。4月から宇宙船に乗ってる人は、アヤシイ集まりだって、知ってるからさ」
ローズは言った。
「最近は、あのチラシも胡散臭さ倍増してるけど、あたしたちが行ったときは、そうでもなかったの。もっとシンプルなチラシでさ。試験の内容を教えるセミナー、みたいな書き方だったかな。ヒマしてたし、行くだけならいいかなって」
「あのときはね、無料だったのよ」
ここにきて、レイシーが初めて口をきいた。姉のローズがしゃべりだしたら止まらないタイプらしく、やっと口を挟めたという感じだった。
「無料!?」
「そう。今は会費五千デルでしょ」
「ええと……あたしたちが行ったの、8月……だったかな」
ローズの言葉に、レイシーがうなずいた。
ふたりが行ってしまったパーティーは、8月だったらしい。
あのうさん臭いパーティーが、あちこちで開かれ始めたのは6月。頻度は、月に二回ほどで、K27区だけでなく、K37区やK12区でも開催されている。
「あたしたちは、8月に乗ったの。あたしたちも、乗ってすぐチラシがポストに入ってて、何も知らずに行ったの」
ローズは嘆息した。
「そこで、レイシーが目を付けられちゃって……。あたしたち、最初はK37区に住んでてさ。引っ越してこっちに来ても、まだしつこく誘いが来るの」
「引っ越したの!?」
「そう――あんまり誘いがうざくてさ。警察に駆け込むって言ったらしばらくおとなしかったのに、またさっき来て……」
思い出したのか、レイシーの目が、また潤み始めた。それを見て、ローズの顔がふたたび怒りにシフトする。
「でもま、もう降りるからいいけど」
「降りちゃうの!?」
ルナとミシェルは叫んでしまった。ローズは苦笑したが、咎めなかった。
「うん。さすがにしつこいし、もう嫌になって。リリザまでは行こうかなと思ってたけど、こんなことが起こるなんてさ……」
ルナとミシェルが言葉を失っているのを見て、ローズが苦笑いした。
「地球行き宇宙船のチケットが当たって、せっかくお金もらいながらリリザに行けるーって喜んでたのにね」
「地球……いかないの?」
「いやさすがに地球までは。あたし、故郷に婚約者いるし、来年結婚する予定なの」
妹のレイシーにチケットが当たり、優しい妹は、姉と婚約者に新婚旅行をプレゼントしようとしたが、姉が、妹と行きたいといって、ふたりで乗った。
「もともとリリザまでの予定だったし、ここまでためたお金で、リリザで遊んで帰る分の余裕もあるし、そろそろ降りるわ。で、リリザでたーっぷり遊んでから、帰る」
「……」
ルナとミシェルは、残念そうな顔をした。
「もうちょっと前に会いたかったね、あたしたち。そうしたら、いっしょに遊べたかも」
「そうだね……」
「うん――」
ローズの言葉に、ルナとミシェルはうなずくだけだった。
「気をつけなね。K27区のあたりは、さっきの連中が金渡したり、脅したりして、宇宙船降ろさせようとしてるから」
ボスかな、と思った女の子は、真っ赤なギザギザのボブヘアで、やせ型の女の子だった。
「イマリっていうの。この辺のヤンキーのボス」
ローズは、怒りが収まらないといった顔で鼻息を吹き、まだ涙の跡が消えない妹の頭を撫でてから言った。
「このまんまじゃおさまんないし。どうせなら道連れだわ。サイファーのやってること、洗いざらいぶちまけてから降りてやる。ついでにイマリもね」
――それからしばらくは平穏――ではなかった。
ずいぶん、いろいろあった。
おそらく、ローズ姉妹は、あれからすぐ降りたのだろう。そして、やはり泣き寝入りはしなかったようだ。
ルナとミシェルがリズンのオープン・カフェで朝食をとっていたとき、イマリがやってきて、ルナとミシェルに大声で文句を言ってきたからだ。
「あんたらが邪魔したせいでサイファーさんに嫌われた」とか、「仲間が降ろされた」とか。
イマリはひとりだった。どうやら、仲間は降ろされたらしい。そのうち、pi=poのウェイトレスが『お客様、どうかされましたか』とやってきたので、イマリは逃げるように去っていった。大きな声を出すからだ。そのまま通報されればよかったのに。
仲間は降ろされたのに、イマリは降ろされなかったのか。
ルナとミシェルは顔を見合わせた。
アイツがボスじゃなかったのかな?
そのあと、リサが、「サイファー、警察に事情聴取受けたみたいよ」という情報を持って帰ってきた。
でも、厳重注意だけで、降りてはいないそうだ。
この宇宙船は、「厳重注意」のイエローカード五枚でレッドカード――「強制的な降船」らしい。
キラも無事、取り巻きとは別れられたようだし、ルナとミシェルにも平和が訪れた――と思ったのも、束の間。
ルナは、ひさびさにひとりでスーパーに行ったら、とんでもないコワモテに出会ってしまったのだった。
買い物に行ったスーパーで、ルナがバッグに食材をつめながら、もたもたしているときだった。ルナはいつももたもたする。五分間、謎の動作停止をするときもある。
ルナがもたもた、ネギをバッグにつめている――そんなときだった。
となりに、ぬうっと、黒い壁が立った。
正確には壁ではない。スーツ姿の男性で、サングラスをかけていた。髪が短いのは覚えている。
ルナは腰がひけた。
とにかくスーパーが似合わなかった。それから大きかった。背が。背というより、体格が。見上げるほどである。ルナはぽっかり口を開けるところだった。
サイファーの取り巻きのヤンキーなんか目じゃない――あきらかに一般人ではない雰囲気だった。
マフィア?
ルナはぽかっとその男をながめ、目が合うまえにあわてて反らした。
怖い、怖すぎる。
関わってはいけない。
ルナはぷるぷる、足元から震えるウサギになりかけた。
このあいだから、怖い思いばかりしている気がする。
ルナはいっしょうけんめい急いで品物をバッグに詰め込み、逃げるようにスーパーを出た――はずだったのに。
「あの」
男が話しかけてきた。
「忘れ物」
男は、ルナが買ったはずのレモン風味のオリーブオイルを持っていた。
「あっ!」
慌てすぎて、かごの中に置き忘れてしまったのか――ルナがびくぶるしながら受け取ると、男が、自分の買いものバッグ(マフィアが買い物バッグを持っている!)から、お高そうなオリーブオイルを出して、ルナのバッグにひょいと入れてきた。
「こっちのほうがうまいよ」
そういって、去っていった。
――そんなに怖い人ではないのだろうか。いやでも、怖かった。雰囲気が、怖かった。でも親切だった。やたらに怖がってしまって悪いことをしたな、とルナは思ったが、でもやっぱり怖かったのだった。
「ぴぎ……」
オリーブオイルをもらってしまった。値段を見たら、ルナが買ったものの三倍の値段がする。こんな高いものを……なんでだろう?
リサならわかる。けっこう貢がれてるし。でもなんで自分?
あのひとは、サイファーとは関係ないだろうか。
考えていたら怖くなってきて、ルナはまっしぐらにスーパーの駐車場を出て、走り、走り、走り抜け、ウサギとは思えない低速で走り抜け、アパートに駆けもどった。
だから、リサが近くにいて、ルナに手を振っていたことにも、リサがルナに声をかけた男となにやら話しているのも、ルナは気づかなかった。
男がくれたレモンのオリーブオイルは、最高においしかった。それはたしかだった。
だがルナは、ついに担当役員のカザマに電話をしてしまった。とてつもなく怖かったのだ。
怖さが限界に来てしまった。
カザマはバカにもせず、大げさにもせず、ルナの話を聞いてくれた。
『軍事惑星群の方かもしれませんわね』
「ぐんじわくせいぐん……」
ルナはそうかもしれないと思った。うまく説明できないが、ルナが出会ったことがないタイプの人間だった。雰囲気もそうだが、外見的には、ほとんどマフィアだ。
『K27区は、マタドール・カフェがございますでしょう。あそこは、ほかの地区からもお客様がいらっしゃいますから、区内に軍人さんがいらっしゃっても、おかしくはありません』
「……」
『ご心配でしたら、男性の身元を確認いたしましょうか』
カザマは気遣ってくれたが、ルナは「だ、だいじょうぶです」と言って電話を切った。
結局、あの男はあれ以来現れていない。
さらにそのあと、リサとマタドール・カフェにいったとき、なんとサイファー本人が現れて、ひと悶着おきた――たいへんなケガ人が出た。
あのときも、普通でないコワモテが、トラウマ級の大ごとを起こした。
あまりに怖いことがたてつづけに起こったので、ルナたちはその日、四人そろって、毛布にくるまって寝た。
なんだか興奮状態でいろいろしゃべりながら、みんな寝付けなかった。
そのうち、キラを皮切りに、ルナ、ミシェル、といつのまにか寝落ちて――リサだけが起きていたのだった。
リサは一晩中起きていた。ルナが目覚めると、リサは仰向けのまま、静かな目で天井を向いていた。
なにか、決心した顔をしていたような気がするのは、ルナの気のせいだろうか。
そんなこんなで、あっというまに一ヶ月が過ぎ去っていった。




