5。第零証言者:バルド・ラグード(前)
「ソーヤはどこだ?」
ぶっきらぼうにバルドは、目の前の相手に尋ねた。
相手……エリアムの王族であり、陰謀家でもあるレイノ・オーバックは、その言葉に首をかしげた。
「どうした。妙に不機嫌だな、バルド」
「そうか?」
言われて、バルドは逆に首をかしげる。
「ソーヤがこういうしゃべり方するから、うつったかな」
「そもそも、ティア・マリイ相手にもそういうしゃべり方してるよな、おまえ。おかげで新参の連中には、レイングラハの次期領主は怖いもの知らずって噂が流れているぞ」
「いや、それは単に、あのちびっこを隠してた時代の苦労がにじみ出てるだけだろう」
苦笑いして言う。
レイングラハでまだ、彼が領主の息子でしかなかった頃。マリイを隠して行動しなければならなかったときには、それはもう苦労したものである。主に、マリイ自身が否応なく目立つせいで。
最初は丁重に扱っていたのだが、最後は「いいかげんにしないと吊すぞクソチビ」という態度で接さざるを得なかった。
「それで、そのソーヤ・シュンペーになんの用だと?」
言われて、我に返る。
「いや、とんでもない作戦立てやがったって聞いてな。いまのところ本決まりじゃないそうだが、一応当人から話を聞こうと」
「ああ」
レイノはうなずき、
「アレか。オーリーリュを少人数で奇襲するっていう?」
と、あっさり言った。
バルドはため息をついて、
「やっぱり、あんたも聞いてたか」
「なぜだろうなあ? 俺がティア・マリイに聞いた時には、他言無用だぞと念を押されたのだが。気づいたら、一部の耳ざとい連中には、だいたい広まっていた。
正直、秘匿作戦を大きく言い回られると困るのだがね。敵にバレたら計画自体がおじゃんだ」
「バレたって与太話以上とは取られねえだろ。いや、まあ、俺も第三者がいる場所ではこんな話はしないけどよ」
言ってバルドは、あたりを見渡した。
いまいるのは、このレゴノアーク砦において、レイノに与えられた個室である。使用人の姿もない。
だから問題ない……はずだ。たぶん。
レイノは、くくく、と面白そうに笑って、
「タナリッツをあいつが奪った経緯を知っている連中が聞いたら、その与太話すら警戒するだろうよ」
「まあ、だからこそ俺も、当人に聞きに行こうと思ったんだが。
この際だから聞いておくが、レイノ。あんたはソーヤの案、どう思っている?」
「面白い」
「……それだけか?」
「だが面白いだろう?
例の『魔術方陣』がコロンゾムからフリユに輸入されて十数年。その間、フリユは常に攻める側だ。周辺諸国に喧嘩を売り、領土を奪い、それを推し進めている。
今回もそうだ。ちょっかいを出してきたのはフリユ側で、俺たちエリアム人はそれに、振り回されている――逆に言えば、フリユにはなんの痛手もない。それは、気にくわないだろう?」
「まあ、言いたいことはわかるが」
「だから面白い。オーリーリュの市民は、まさか自分たちが攻められる立場になるなんて、考えてもいないだろう。きっと大混乱する」
実に愉快そうに笑って、レイノは言った。
バルドはくしゃっ、と自分の髪の毛をかき混ぜて、
「だがそれは、面白いだけだろう。その後の展望はあるのか?」
「ん。そのあたりまでは聞いてないのか?」
「あのちびっこから直接聞いたあんたと一緒にするな。俺の情報網はそこまで精度、高くねえよ。
実際のところ、オーリーリュを奇襲して占領してフリユ滅亡、っていう案じゃないんだろう? そんなのは、いくらなんでも不可能すぎる。となると奇襲するのはいいとして、せいぜいダメージを与える程度が限界だ。俺としては、その後の展望をこそ、ソーヤには聞いてみたいと思っていたんだがね」
「なるほどな。まあ、俺も詳しく計画を知っているわけじゃないがね。
だがシュンペーがそこで立ち止まるわけじゃないということ、そのくらいは知っている。シュンペーの狙いはあくまで、オーリーリュじゃない。エハイトンだ」
「エハイトンだって?」
バルドは眉をひそめた。
「腑に落ちない。それこそ、俺たちがずっと相談して、無理だと思ってた案のひとつじゃないか」
「そう、そのはずだった」
レイノはうなずいた。
「だいたい、誰でも考えつく案のひとつだ。敵方の主要都市はエハイトンとアカイン、それに実質上支配しているラマネイスの三つ。だったら、そのうちどれかを攻めるのが、こちらから動く場合の基本行動になる」
「そして、どれをやっても俺たちは詰むってことだ」
「そう。本格的に本拠地の近くを攻められれば、エハイトンの貴族どもは、四の五の言っていられなくなる。いままでフリユ軍を信用していなかった層も、否応なくフリユと協調しなければならなくなる。
つまり、こちらから攻めるとそれだけで、相手側の持つ根本的な問題である「フリユ軍との不和」を解決させてしまう。そしてそれが解決されれば――」
「単純に、兵力自体が多いあちら側が勝つ」
バルドは、ひとつひとつかみしめるように言って、ため息をついた。
「だから様子見しかないってのが俺たちの結論だったはずだろ。どこからエハイトン攻めるなんていう案が復活したんだ」
「そこが、シュンペーの案のすさまじいところなんだよ」
にやにやと笑いながら、レイノは言った。
「いいか? あいつはオーリーリュを攻める。どう攻めるかはともかくとして、それを実行した場合、フリユ側はどう動く?」
「どう動くって……そりゃ、全力で防御するだろう」
「残念ながら、その発想はシュンペーのやろうとしていることをまったく理解していない」
「というと?」
「いいか? フリユ側からすれば、あり得ないところからいきなりぶん殴られるわけだ。それも、少人数ではあるが、全員が魔術師で、半数近くが騎兵っていう軍隊から。
さっきおまえが言ったように、その程度の軍じゃオーリーリュの占領なんて無理だ。だからできることは、奇襲で火でもつけて回って嫌がらせするしかない。だが、それで十分なんだよ」
「なにが十分なんだ?」
「つまり、フリユ側に『オーリーリュを防御しなければヤバい』と思わせるには、それで十分なのさ」
「…………」
はたと、バルドは考え込んだ。
そう。それはそうだろう。
予想もしていなかったところから、オーリーリュが攻められた。そうなればフリユは当然、二回目、三回目の奇襲を警戒する。当然防御を固めるだろうが――そのために必要な兵力は、どこにある?
「まさか――」
「エリアムの首都エハイトンと、フリユの首都オーリーリュは、どちらも不自然なまでに国境線に近い」
レイノは言った。
「それが幸いしたな。今回、フリユのまとまった軍団で、最も首都オーリーリュに近い場所にいるのはエハイトン駐留軍だ。正体不明の軍団にオーリーリュが襲撃され、防御の必要があるということになれば、まず最初に動かされるのは連中だ」
「それは……」
「な、面白いだろう? オーリーリュ市民が攻められて大混乱し、なりふり構わず防御しようとすれば、フリユ軍はエリアムから撤退せざるを得ないんだよ。そしてシュンペーは――そこを突いて、エハイトンを奪還する」
「そんなにうまく行くかな?」
「そこは俺に聞くな。俺は実働班じゃない。ただ、案を聞いて面白いと思っただけだ。
実際、多くの連中が、まだその段階なんじゃないかね。そもそも、具体的にオーリーリュをどう襲撃するかを練っているチームは、本当にごく少数の連中だけだ。それこそシュンペーに聞かないと、彼のプランはわからんのじゃないか」
「そうかい」
バルドはうなずいて、
「で、最初の話に戻るわけだが。ソーヤはどこだ?」
「わかってたらこんな長話せずに、素直に伝えてるよ」
「あんたもそうなのか……実際、ちびっこマリイに聞いてもそんな感じなんだよな。あいつは最近、マジでなにしてるんだ?」
「強いて言うなら、太陽の国の連中を当たればいいんじゃないか? 連中なら知ってるだろ、たぶん」
「あの連中、エリアム語が通じないのが大半じゃないのか?」
「だが通じるのもいる。
というか、話しかければ普通に、通じる奴を連れてきてくれるだろう、彼らは。コミュニケーションを取るのはそんなに難しくないよ」
「その言い分だと、連中と情報交換を頻繁にしているな?」
「まあな。特にナカバヤシ・ヤドリは旧知でな」
レイノはしれっと言った。
「なんならあいつを紹介しようか? シュンペーとはまた違ったタイプの、飛び抜けた奴だ。見ておくと、まあ、なんだ、人生に幅ができるぞ?」
「……微妙に、会いたくなくなる評価だよな。それ」
うめくように、バルドは言った。
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「宗谷がなにを考えてるか? 知るわけないでしょ」
と、取り付く島もなく、ナカバヤシは言った。
ちなみに、視線をこっちに向けてすらいない。ずっと羊皮紙にペンを走らせている。
(……えーと)
困ったバルドは、とりあえず搦め手で行くことにした。
「なんの書類仕事やってるんだ? おまえは神殿長って話だが、現在の状況でそこまでおまえに決裁権限のある仕事なんてないだろう」
「だから、知るわけないでしょ」
「いや、さすがに自分の仕事くらいは知ってろよ!?」
「あなたが聞いた質問は、最初と二番目で変わってないわ。これは宗谷が回した仕事。で、宗谷がなにを考えてこの仕事を回したか、なんて、私が知るわけがない。まだ答えは不足?」
「…………」
うんざりしたバルドは、もう帰ろうかと一瞬考えたのだが、かろうじて思いとどまった。
「で、実際、どういう仕事なんだよ。見たところ、エリアムの文字じゃないし」
「マニュアル」
「マニュアル?」
「そう。一連の手続きを解説するための書類よ。なんならその机の端にエリアム語版があるから、読んでみてもいいわよ?」
言われて、バルドは端に置いてあった冊子を手に取った。
ぱらぱらと見てみて、
「……これ、魔術の教科書か?」
「そう」
「そんなものを書くのは神殿に禁止――って、そうか。おまえ神殿の偉いのだったな。
いや、しかし、これを書いてどうするつもりなんだ? 戦時にやるものか?」
「ところであなた誰だっけ?」
「…………」
さっき自己紹介したのだが、聞いてなかったのだろうか。
「バルドだよ。バルド・ラグード。レイングラハの領主代行だ」
「ああ、そういえばいたわね、そんなの」
ナカバヤシは小さくうなずいた。
「で、バルド。レイングラハの領主だって言ったわね?」
「そうだ」
「レイングラハに、その冊子を読みこなせる人間、どのくらいいる?」
「……どうかな」
バルドは、少し考えあぐねた。
「まあ、貴族連中はできるだろう。嗜みとしてな」
「他には?」
「上位の神官もできるだろうな。まあ、探せば三桁はいるんじゃないか」
「でしょうね」
「それがなにか?」
「あなたたちが太陽の国って呼ぶ、私の祖国だけど」
ナカバヤシは、こともなげに言った。
「このレベルの冊子を読めない人間は、逆に探さないと見つからないわ。そういうこと」
「…………」
一瞬、押し黙る。
「いや、悪い。意味がわからない」
「つまり、レイングラハの外れにあった、あの集落。あそこから借りた百名程度の戦力だけど……この本を使って一ヶ月訓練すれば、それだけで簡単な魔術戦闘くらいできるようになるわけ」
言われてバルドは、はっとした。
(そうか、それなら有効な戦力に……いや、待て)
「でもその本、おまえの書く一冊しかないはずだろ。読む順番待ちを考えたら、さすがに効率が――」
「ああ、言い方を間違えたわね。このレベルの冊子を筆写できない人間も、ほぼいないわ。完成したら渡せば、量産できる」
「…………」
今度こそ、バルドは絶句した。
ナカバヤシはふと、思い出すように小首をかしげ、
「宗谷は、日露戦争の戦訓って言ってたかしら。圧倒的な識字率がもたらす暴力的なまでの集団学習速度――鍛錬の速度こそが、我々日本人の、本当に恐るべき力だって」
「そのために、おまえはこの作業をしているのか? 魔術戦士を一人でも多く調達するために?」
「魔術戦士、って言っても、せいぜい二、三の覚えやすい魔術を使える程度だけどね。それも、宗谷の指定した魔術だけ。
だから最初の答えに戻るのよ。宗谷が指示した通りに教科書を作る作業を続けてはいる。いるけど、それがなにを目的としたものなのかは知らないわ」
「……宗谷は、オーリーリュを攻めるつもりだと聞いた」
「そうみたいね」
「オーリーリュを攻めて、フリユ軍を引き上げさせた上で、エハイトンを奪うとも聞いた」
「そうね」
「おまえはどこまで知っている?」
「ほとんどなにも知らないわよ。けどまあ」
ナカバヤシは肩をすくめた。
「自分の担当がなんであるかなら、知ってるわ」
「担当?」
「ええ。私、宗谷がエハイトンを奪った後なら、他の反乱軍を打ち倒すとっておきの作戦を持ってるの。だからたぶん、宗谷の動機はそういうことよ――私の切り札を使うためには、エハイトンを獲らなきゃいけない。だからエハイトンを獲るための方法をあれこれ、考えてるんじゃないかしら」
「おまえらがめちゃくちゃであることは、よくわかったよ」
バルドはため息をついて、言った。
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