4。第四証言者:ミッタリンダ・フリス(後)
「やっべえクッソ楽しくなってきた! やっぱ追いかけっこってなんか原始的なワクワク感あるよな!」
「そんなのんきな感想持てるソーヤの神経がマジわかんないのです、ってああーっ! なんなのですその手の肉串は!」
「だから屋台横通るときにかっぱらったんだって。この先エネルギーいるから補給しとかねえと」
「最低なのです! ミッタだってそれ欲しいのに、どうして通るときに確保してくれないのですかっ」
「そんな余裕ねえよ! やるなら自分でやれ!」
手当たり次第に路地を曲がったりぐっちゃぐちゃな移動をしていたので、ミッタにはもう、自分たちがどの位置にいるかもよくわかっていなかった。
「ここはどこなのです? ちゃんと元の大通りに帰れるのですか!?」
「四角形の区画で、ぶち破った門がひとつだけなんだから大丈夫だろ。そこ目指せばいいだけだ」
「それ以前に方角! 方角がわからなきゃ行けないのです!」
「まーなんとかなるだろ。それよりここずいぶん汚えな。貧民窟か?」
言われてミッタは、はたとまわりを見回してみた。
たしかに、そこはえらく治安の悪そうな一角だった。
通りに人はおらず、まわりの民家もボロボロ。ネズミがちょろちょろ這い回っている気配もするし、路地に死体が転がっていても誰も気にしなさそうだ。
「なんでこんな王城の近くに貧民窟があるんだ? いくらなんでも、王の威信に関わることだろ。フリユの行政はどうなってるんだ?」
「よそものの貴様らに言われる筋合いではないな」
「おわっ!」
言葉と共に、びゅんっ! と飛んできた矢を、かろうじてソーヤは皮鎧の丈夫な部分で受けた。
鎧と魔術防壁の力が合わさり、矢はかきん! と跳ね返って地面に落ちる。
「なんだ。グッシェン、アンタもう追いついてきたのか」
「土地勘がない貴様らと一緒にするな。ここは我らの土地だ」
「じゃあ教えてくれよ。なんでこんな王城の近くに貧民窟があるんだ?」
「貴様らに答える筋合いはない」
険悪な顔をして、グッシェンは手勢の兵士たちと共にこちらを取り囲んでいる。
(この状況で、平然とした顔で相手に雑談を振れるソーヤの気が知れないのです……)
呆れ半分で思うミッタをよそに、ソーヤは食べ終わった肉串を放り捨て、
「んじゃあ当ててやろう。おまえら、フリユの古い貴族じゃないよな?」
「……なんの話だ」
「ヴァシム・ツァンティヴァル。フリユの名をふたたび大陸にとどろかせた名将の出身地は、コロンゾム島だって聞いたぜ」
「…………」
グッシェンは答えない。
ソーヤはへらへらした態度で、
「思うにさあ……軍功を盾によそものが利益を独占しちゃって、そんで譜代がこんな惨状ってことだろ? この国、実はやばいんじゃねえの?」
「黙れ」
「まあ黙ってもいいけどさあ、この後どうする気? 俺たちを捕らえる気満々で包囲してるけど、この程度の人数で魔術兵を捕まえられるって?」
「生きて捕らえる必要はない。
皆殺しにすればよい。そのための人員は連れてきている。時間が経てばさらに兵士が押し寄せよう。
それに、貴様らは先ほどから魔術を使いすぎている。加速行動の魔術、門を破壊する攻撃魔術――全員が魔術使いである兵どもは確かに脅威ではあるが、いまではその戦闘力も限界だろう?」
「ふふん」
「なにがおかしい?」
「いや。おまえの三流っぷりが鼻についてな」
「貴様、私を愚弄――」
「教えといてやる。一流は相手を甘く見ない。こちらが想定できることは、相手も想定できることだ。だから」
「だから?」
「この状況も想定済みさあ! 全員、行動開始!」
「なに!?」
ソーヤが言うと共に――全員が、馬から降りた。
同時に、全員で黒い小石のようなものを、空高く放り投げる。
なにかの攻撃かと警戒しただろうグッシェンが、兵士たちにフリユ語で指示するよりも早く。
『黒き蓮!』
声と共に発生した爆音と衝撃波に、彼らはたたらを踏んだ。
そしてそれ以上に反応したのが、馬だった。
まともな軍事教練も受けていない馬たちは、この爆発音と爆風に、一斉にパニックに陥った。そして敵兵士に向けて一目散に突っ込んでいく。
「いまだ、逃げるぞ!」
『距離を盗め!』
「隙あらば朱雀をかませ! いま回復した魔力の使い時だ! なんとしても全力で、嫌がらせしながら逃げ切れ!」
『了解!』
「くそ、逃がすかっ……!」
暴走する馬を魔術で止めながらグッシェンが叫んだが、そのときにはソーヤたちはすでに距離をだいぶ開けている。
「これで本当に逃げ切れるですかっ!? ていうか、どこに向かってるです!?」
「無駄口叩いてるんじゃねえよミッタ! おまえも魔力が回復したんだから撃ちまくれ! 騒ぎを起こしてるポイントが明確であるほど、別働隊がこっちを見つけるのも早い!」
「そ、それはそうなのですが……って、またなんでソーヤは果実なんて手に抱えてるですかーっ!」
「いま青果店の横通っただろ! おまえも無駄口叩いてないでパクれよ!」
「うえーん、敬虔な神官見習いに強盗ばっか勧める悪魔がここにいるですよー! もうやだー!」
叫びながらも、あたりに魔術攻撃を叩き込みながら逃げまくる。兵士たちも混乱して、こちらをつかめないでいるようだ。
そうこうするうちに、大通りらしき場所に戻ってくる。
「ソーヤ、こっち、こっちなのだ!」
「あ、ソーヤ! ナイエリさんなのですっ」
「よし、手順通り、俺たちが騒いでる間に軍馬をパクることに成功してるな! グッジョブだ、ナイエリ!」
ソーヤは言って、ナイエリが用意していた馬のひとつにひらりとまたがった。
「おまえも乗れ、ナイエリ! ミッタも早く! 逃げ時だ!」
「ああもう、ホンットにひどい作戦なのです!」
ミッタは毒づきながら馬に乗る。
「よし、確保した馬には乗ったな!? 残りは魔術でついてこい、撤退だ!」
「撤退、撤退っ!」
叫びながら、今度はさっきまで来た道を逆走――つまり、ぶち破った門をふたたび越えて、正門までの道を戻っていく。
途中、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、すぐに最初の区画まで戻ってくることができた。
が、
「ソーヤ! 正門前、抵抗するための陣地を敵が作成中なのですっ! このままじゃ抜けられないのですっ」
「予想通りだな。ちょっと気の利いた奴がいれば考えるさ。逃がさないようになんとしてでも防御を固めておくってことくらいはな」
「じゃあどうするですかっ」
「決まってんだろ! 三発目だ、やっちまえミッタ!」
「だから保証できないって言ってるのですー! もうやだー!」
言いながらミッタは、祈るような気持ちで頭上のリングを操作し、
「ふぁいえるーーーーーー!」
覚悟の一閃が、作られかけていた陣地を、根こそぎ吹っ飛ばした。
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と、まあそんな感じで、ソーヤたち一行は命からがら、オーリーリュから逃げ出して森の中に潜んでいた。
「ホントに、信じられないのです……」
初めて聞いたときに耳を疑い、未だに目を疑う、むちゃくちゃな作戦。
フリユ王国首都、オーリーリュを襲い、例の観測粒子砲を王城にぶち込んだ挙げ句に、馬をかっぱらって撤退するという、暴挙に次ぐ暴挙。
成功させた以上、フリユ上層部は次を警戒するだろう。二回、三回とこんな攻撃を成功させないように、防備を強化し、対策を練り、軍を増強するに違いない。
そう。ソーヤの思惑通りに。
信じられないのは、そこだ。この顛末、この体たらく、ここまでの大騒動は――しかし、ソーヤにとっては、ただの、次の作戦のための伏線に過ぎないのだ。
(本当に、これはないと思うのですよ……敵がかわいそうすぎます)
とはいえ。
一切の妥協も遅滞もなく、これをやり遂げてしまうソーヤの実行力には、ミッタもさすがに、恐れ入ったとしか言いようがなかった。まあ、二度付き合えと言われたら全力で辞退するが。
それにしても、どういう胆力をしてるんだこの男……と、馬上で揺られているソーヤを見ていると、ふと、そのソーヤがつぶやいた。
「あー、死ぬかと思った……誰だよこんなクソ作戦立てた馬鹿。できるわけねーだろ普通」
「こっちの台詞すぎてなにを言ってるかわからないのです。ていうか、さっきまでの元気はどうしたのです?」
「空元気に決まってるだろ! あーもうなんで俺がこんなの指揮しなきゃいけないんだよ! 今日何度死ぬと思ったことか!」
「だからこっちの台詞なのです! 三発目のカンソクリュウシホウがまともに出るかどうかもわからないのに、どうしてあんな無茶したですかっ!」
「仕方ねーだろあそこで出なきゃどーやったって詰みなんだよ! ていうかなんだよあのグッシェンとかいう女、こんな速度で魔術方陣使いがブロックしてくるとか聞いてねーぞ!」
「さっき、魔術方陣はポンコツだとか言ってなかったです?」
「時間稼ぎの口八丁だよ!」
「あの余裕の態度でフリユの政治を語ったのは!?」
「時間稼ぎの口八丁だよ! それも!」
「追いかけっこ楽しくなってきたとか言ってたのは!?」
「部下を鼓舞するための空元気だよ! わかれよ!」
「ことあるごとに屋台とか店の食い物を奪ってたのは!?」
「あ、それは素。ていうか腹減ってたから」
「わかったのです! ソーヤはクソ指揮官なのです!」
「なんとでも言え! こんな指揮取らせるマリイの馬鹿が悪い!」
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こうして。
緊張状態から脱出したソーヤはその後も、見苦しく駄々をこねるように愚痴を吐き続け、ミッタたちをあきれさせた。
だが、この戦いはまだ、準備の段階に過ぎない。
本当に厳しいのはここから――まともな馬を奪い、第一目標を達成して、それでもまだ、はるかに厳しい戦いが、ソーヤたちを待っている。
そして、それにミッタは、巻き込まれることが確定しているのだった。
……本当に、勘弁して欲しい。




