4。第四証言者:ミッタリンダ・フリス(前)
【注記】
前と同様、「5。(後)」の後が「4。(前)」ですが、特に間違いではありません。
フリユ帝国の首都、オーリーリュといえば、非常に国境線に近い首都として有名である。
これはフリユの歴史的事情に関係する。四百年前、フリユはエリアム半島に進出して北エリアムを掌握、支配下に収めた。しかしその軍勢を仕切っていた将軍が離反、王を名乗ってエリアム王国を作ってしまう。これを、フリユは未だに認めていない。
フリユがエリアム王国に間近なオーリーリュに遷都したのも、この国では北エリアムを自国領だと認識しているから、なのである。その頃のフリユはまだエリアムより国力がはるかに強く、プレッシャーをかける意味合いもあったのだが……それから数百年。
いまやエリアム王国とフリユ帝国は、首都を山ひとつ隔てて顔を突き合わせたような状態にある。当然、互いに互いが攻めてきた時のための防衛戦力があるのだが……しかし、それもいまや、激減していた。
なにしろ、フリユ帝国の軍隊はいまや、エリアムからの要請によって反乱軍を鎮圧するべく、相手国の首都に乗り込んでいるのだ。
この状況で、エリアムから軍隊が攻めてくることはまずあるまい。そう、誰だって考える。
誰だって考える、ということは、それを読める人間がいる、ということで。
それを隙だと考える人間もいる、ということでもあったが。
しかしだからといって、これはないだろう……というのが、ミッタリンダ・フリスの思いであった。
「ホントに来ちゃったのです……」
つぶやく声が、呆れを表しているのか、恐れを表しているのかすら、もはや不分明。
いくらオーリーリュが国境に近い場所だといっても、それはエリアムからの話。
アイゲングレン諸国との国境からオーリーリュまでは、普通に行軍すれば、無戦闘でも半月以上。しかも間には、険しい山脈がある。
いくらエリアムの間者がおおざっぱな地図を作っていたとはいえ。
いくら運んできた戦力が、合計で百名の騎馬三十騎という低戦力で、武器も粗末なものしかないとはいえ。
いくら補給を気にする必要がないとはいえ――
「本当に、四日でここまで来たのですね、ミッタたちは……」
丘の上、森になっているところからのぞき見たオーリーリュは、大国の首都としての偉容を見せている。
「正門はあそこ。で……掘りで囲んで、跳ね橋でつなげてるわけか。なるほどねー」
「どうするのだ? いくらこの騎数でも、たどり着く前に跳ね橋を上げられれば立ち往生なのだ」
「そう。相手は普通、そう思う。こんな山賊まがいの人数じゃあ、そもそも首都に入り込むことすらできないと、思うだろう。
だが俺たちはただの兵力じゃない。魔術騎兵だ」
言ってから指揮官――ソーヤ・シュンペーは、当然ミッタの方を向いた。
「確認だ、ミッタ。そいつ、何発撃てる?」
「二発」
ミッタは答えた。
「確実なのは二発なのです。ナカバヤシさんとの訓練で確認できたのは、そこまで。三発目が撃てるかどうかは、一切保証外なのですよ」
「よし三発だな。わかった」
「お願いだから話を聞いてなのです! マジで自信ないのですよ!?」
「無茶は承知だ。で、無茶な作戦だ。他に質問は?」
「ガチでそれをやる気なのです!?」
「よし、ないな。じゃあ最初の一発はここで使う」
「あうー。本当にどうなっても知らないのですよ……」
ミッタはため息をついた。
敵地深くに侵入する作戦。そこに参加させられているだけでも、ミッタにとっては胃痛のタネだというのに。
それ以上に、ミッタがここにいる理由である、この頭の上のリングは……
「相手が跳ね橋を上げなければそこから強行突入。上げたら――」
「横の城壁を壊して突入。事前の打ち合わせ通りなのだな」
と、こちらはナイエリ・ボナペド。このとんでも部隊の副隊長である。
ソーヤはそれを聞いて、大きくうなずき、
「よし、作戦開始だ! 第一の本番、気合い入れて行くぞ!」
応える声は、怒号のように響いた。
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馬も三十騎もあると、それが一斉に駆ける音はかなり響く。
それに加えて、それに軽々と魔術で併走する人間が、やはり数十名。
正門を守っていた兵隊たちは、よほど泡を食ったのだろう。こちらがまだ丘を駆け下りて間もない段階で、街に入ろうとしていた商人たちをあわてて追い立て、そして跳ね橋を上げようとした。
「よし第二プラン! ミッタ、一発目だ! 行けえ!」
「ああ、もうっ!」
ミッタは吐き捨てて、それから集中する。
頭の上のリングが、ひときわ大きく輝いて、へんな音を立てた。
「もうどうにでもなれですっ! カンソクリュウシホウーっ、ふぁいえる!」
なんだかわかってない呪文を、自分でも唱えると同時に。
城門の横、おそらくは防御魔術で多重にコーティングされていたであろうオーリーリュの外壁が、一瞬で溶けるように蒸発した。
さらにその奥の地面に大きなへこみができ――そこまで認識したところでようやく、爆発的な音が、あたりに響き渡るのがわかった。
馬たちは混乱して暴れかかるが、それでも、ここ数日の大きな音に慣らせる調練が効いたのだろう。なんとかそのまま、隊列を維持して走り続ける。
観測粒子砲。エリアム随一のお騒がせ魔術師である、ナカバヤシ・ヤドリの切り札。
その威力は、エハイトン大神殿の外壁を一撃で粉々にするレベルである。当然、オーリーリュの城壁といえど、ひとたまりもない。
「いくぞ全員! 騎よ空へ駆けろ!」
『騎よ空へ駆けろ!』
『間隔を盗め!』
騎兵、歩兵とも、壕を大きく跳躍して、中に入り込む。
――こうして。
エリアム国民にとって、宗谷俊平の名が英雄として長く語り継がれ。
フリユにおいては逆に、ぐずる子供に母親が「言うことを聞かないと家に宗谷俊平が来るわよ」と躾けるようになるほどの大悪夢となる、恐るべき事件が幕を開けたのだった。
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「よっし、市内突入成功! ここまでは予定通りだな!」
「いいのですけどソーヤ、これからの方が本番なのですよ……って、なんですその手に持ったおいしそうなチキンはー!?」
「腹減ってたからな。正門近くの屋台横通ったときにかっぱらってきた」
「ず、ずるいですひどいです、ミッタだってここんとこ肉がなくて飢えてるですよこせですーっ!?」
「うるせえ集中しろ集中! もしくは通りすがりにかっぱらえ!」
ひどい話を続けながら、騎馬一行は大通りを堂々と駆け抜ける。
途中通行人を蹴っ飛ばしたかもしれないが、それすら覚えてないほどの勢いだった。あたりは悲鳴と怒号であふれかえっている。
「よし見えてきたな! 第一の門だ!」
ソーヤの言葉に、ミッタは正面を見た。
歴史と共に発展してきたエハイトンとは異なり、オーリーリュは建設当初からデザインされた首都である。
その構造は、四角形の中に格子の形でさらに小さな四角が五×五個。合計二十五個の区画が、牆壁と呼ばれる小さな城壁で区切られている。いざ敵に襲われたときに、簡単には落ちないようにそういう構造になっているのだが。
ソーヤが言ったのは第一の牆壁の正門。それは当然ながら、固く閉ざされている。
「大丈夫なのです!? 本当に突破できるのですか!?」
「大丈夫だって。城壁ならともかく門は、開けたり閉めたりする。つまり、通さないことを前提とできないってことだ。自ずと、使える防御魔術には限度がある」
不敵に言ってソーヤは、矢をつがえるような格好の、独特の構えを取った。
「つまりは――この程度で十分、吹っ飛ばせるってこった! 全員、射撃魔術準備開始! 使える最大火力を前方に叩き込め!」
叫んでソーヤは、手を振り上げ、
「食らえ、疾風の矢弾!」
『疾風の矢弾!』
『朱雀!』
各々が叫んだ言葉に従って発生した魔術が一斉に前方に飛び、爆裂。
群がってきていた兵士たちを巻き込んで吹っ飛び、門は大きく穴が空いた状態になった。
「よし全員突破だ! 急げ!」
すぐに全員でそこを駆け抜ける。たちまちソーヤたちは、中央の第二区画に到達していた。
「はっはー! この調子だ! もう正面に見えてるだろ? あの牆壁の彼方にそびえる、偉そうな城がフリユ王城だ! 急ぐぞ!」
「そ、ソーヤ! 牆壁から弓を構えてる兵が見えるのです!」
「心配いらねえよ! 民間人だってこの場には大勢いるんだ、このスピードで動く俺たちを、そう簡単に狙い撃ちなんてできねえ!」
「うわー……本当に脳筋戦法なのです……」
「仕方ねえだろ、いまさら止まったらその方が危ないんだよ! ほら、さっさと走る!」
「うわーん、どうしてミッタがこんなことー!」
泣いても叫んでも、もう取り返しがつかないのであった。
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とまあ、そんなやりとりを三回ほど繰り返し。
あと一回ほど牆壁を越えればオーリーリュの最奥、フリユ王城へとたどり着くというところで、その女は現れた。
いかにも女騎士、という体の、鎧で身を固めた若い女である。肩で息をしているのは、マジで全力で走ってきたからだろう。背には牆壁の門。そして地面には青く輝く円状の結界。
兵士たちもいままでより多い。みんな全力で走ってきたのかぜえぜえ言っていたが、それでも兵力はいままでと段違いだった。
「止まれ!」
ソーヤの号令と共に、騎馬の群れが彼女たちの少し前で停止する。
彼女は、たぶんフリユ語とおぼしき言葉で、なにか叫んだ。
たぶん罵倒の文句だったであろうそれを、ソーヤは特に興味もないといった顔で聞き流していたが、
「見たことあるな、この結界。これが例の『魔術方陣』か」
例の『太陽の国』の言語で言うと、女騎士は一瞬驚いた顔をし、
「貴様ら、『太陽の国』の者か」
「お、日本語しゃべれるクチか」
「ふん」
まだ肩で息をしながら、女騎士はにやりと笑った。
「貴様の言う通りだ。これこそがフリユを支える無敵の柱、ツァンティヴァルの魔術方陣! この技の前には、いかなる攻撃も通さぬと知るがいい!」
「うん。まあでも、見たことあるってことは、倒したことがあるってことなんだけどな」
「そ、そんなことあるか! 貴様のようなちんぴらにこの技が倒されるはずがない! 証拠見せろ証拠!」
「……なんだおまえ、そんなナリしててナイエリの同類か?」
「誰だそれは! 私の名前はグッシェン・ラリートだ!」
「あっそ。俺は宗谷俊平。そこのちびっこいのはミッタリンダ・フリスな」
「うわあなにするのですソーヤ! み、ミッタはこんなところで名前知られたくなんてないのです!」
「はん、賊の名前なんぞどうでもいいわ! さあ、この門はどうあっても通さんぞ……!」
「うん、まあ、そうね」
ソーヤはうなずいた。
「前に倒せたのは、こっちの方が人数多かったからだしな。それにアンタの方が、術者としてはだいぶ格上そうだ。ここを抜けて王城へ行くのは、たぶん、かなり骨が折れるな」
「そうだろう! なら観念するが――」
「けど」
ソーヤはにやりと、邪悪に笑って、
「ここまで近くになったら、もうそんなもんは関係ねえんだよ! ミッタ、狙い王城上部! 二発目だ!」
「ああもう、そんなこったろうと思ったですっ」
「なにを――!?」
「観測粒子砲、行け!」
「うわあああ、ふぁいえるーーーーーーー!」
瞬間、爆音と共に、フリユ王城の最上部が音を立てて崩壊した。
そして、同時にソーヤたちのいる場所、その背後の地面も、思いっきり爆裂した。
これがこの魔術『観測粒子砲』最大の問題点。
前に撃った場合、ほぼ同威力の攻撃が後ろにも行くのである。そのため、砲門は自分の頭の上に置いておかないと、バックファイヤで死ぬ。
今回の場合、その特性を逆用して、王城と同時に背後にも攻撃を行ったのだが……
その効果は抜群。じわじわ包囲しようと背後から詰めてきていたフリユ兵士たちが、全員硬直した。
そして、その隙を見逃すソーヤではない。
「よし全員撤収! 逃げるぞー!」
「こ、こら待て! 貴様、戦いから逃げる気か!」
「そりゃそうだよ」
と、そこだけソーヤは真顔になって、答えた。
「その魔術方陣、こっちも使うこと考えたんだがな。はっきり言ってポンコツ魔術だ。使えねえ」
「…………」
女騎士――グッシェンが固まる。
「だって動けないから、逃げる相手になにもできねえんだもんな! 拠点防衛しかできねえなら城でも作っとけ! 以上! じゃあな!」
「お、おのれーっ、追え! 私も後から続く!」
あわてて指示するグッシェンをよそに、ミッタたちは背後に空いた包囲の穴から、一目散に逃げ出し――
鬼ごっこが始まった。
魔術解説:
1)『観測粒子砲・貸出中』
習得難易度:? 魔術系統:中林式
中林の手ほどきによって、他人が撃てるようになった観測粒子砲。
だが正確な理屈を理解しているのが中林のみのため、あくまで中林の作った輪っか(観測装置)がないと使えない。
輪っかは数発で自壊するので、中林の手ほどきがない限りは数発しか撃てない、使い切りの攻撃魔術である。
2)『間隔を盗め』
習得難易度:D- 魔術系統:エリアム式
ごく短距離だけ自分の走る速度を上げる魔術。これと跳躍を組み合わせることで、かなりの幅を飛べる。
速度は瞬きを盗めより大幅に劣るが、こちらの方がやや時間が長く、距離を大きく稼げるのが特徴。
3)『朱雀』
習得難易度:E+ 魔術系統:エリアム式 属性:無/火
中林の手で作られた、エリアム式の簡易攻撃魔術。
極めて簡単に習得できる上に、無属性と火属性を簡単に交換でき、属性防御を心配する必要がないときには火属性で威力を高め、あるときには無属性で削る、など、取り回しが非常によい。
なお余談であるが、今回の魔術兵たちの大半は、この魔術と移動に使える魔術くらいしか習得していない。もうひとつだけ例外があるが、それは後編で出てくる。




