5。第零証言者:バルド・ラグード(後)
【注記】
3。の次が5。の(後)ですが、ナンバリング間違いではないのであしからず。
「なんなら訓練場でも見ていく?」
というナカバヤシの言葉に従い、バルドはそこに来ていた。
レゴノアーク砦の、中庭。広い区画の一部が占領され、そこでなんらかの訓練が行われている。
……のだ、が。
「ただ走ってるだけじゃないか、これ?」
「お、やっぱそう見えるか?」
言ったのは、この場に案内してきた男みたいな女だ。
名前はたしか、カンナルティア・ファツ。エリアム人ではないが、マリイの旧知らしい。
彼女はきししと笑って、
「その通りだよ。こいつはただ走るだけの訓練だ。もっと正確に言えば、長距離を、なるべく長く、速度を落とさずに、走るための訓練だな」
「俺は、魔術の訓練だと聞いていたんだけど」
「だから、走るのを補助する魔術を使ってるのさ。そういう訓練だ」
「……まあ、筋は通ってるが」
バルドは首をかしげた。
「結局、なにがしたいのかわからんな。ソーヤはなにがしたいんだ?」
「俺様にだってさっぱりだよ。
だがまあ、せっかくそこに当人がいるんだ。直接聞いてみればいいんじゃないかね?」
「あ、ホントだ」
見ると、中庭の一角に、ぶすっとした顔で訓練風景を見ているソーヤの姿があった。
近づくと、ソーヤもこちらに気づいて、軽く手を挙げた。
「よう、ソーヤ。なにか企んでるんだって?」
「企んでるんじゃねえ。担がれたんだ」
「そうなのか? 俺の聞いた話じゃ、むちゃくちゃな作戦立ててるって聞いたが」
「実現性のない作戦案を半分冗談で言ったら、実現性がありそうな形にたたき直されて返ってきたんだよ。そんで、おまえが立案者なんだからおまえが指揮取れって」
「あー……あのちびっこがやりそうなことだよな……」
脳内にマリイの悪趣味な笑みを浮かべながら、うなずく。
ソーヤはため息をついて、
「実現性はかろうじて担保されてるけど、めっちゃくちゃ綱渡りな作戦だぞこれ。レイノもマリイもなに考えてんだ」
「それは発案者が言うことじゃないな」
「最初爆笑してたんだよマリイ! なに乗り気になってんだよアイツは!」
全力で俺は被害者だと主張するソーヤ。
まあ、バルドとしても、ちびっこマリイの被害者を横から眺めるのはそれなりに楽しいというのはある。
だが、
「それはそれとして、俺は具体的な作戦案も聞いてなければ、この訓練がなにを意味するかも知らないんだが。できれば解説してもらえないかね?」
「どこまで知ってる? こちら側としちゃ、やるからにはなるべく秘匿しておきたいんだがね」
「とりあえず、オーリーリュを攻めるって話は聞いたよ」
「そうか」
「で、ナカバヤシとやらのマニュアルを使って、この訓練をしているわけだが。なんなんだこれ?」
「これか? これは馬と併走するための訓練だよ」
「馬と? なんの意味があるんだ?」
「まあ、解説しなくもないが、とりあえず他言無用ってことでいいか?」
「もちろん」
言われて、宗谷は軽くあたりを見回し、カンナルティア以外に誰もこちらを注目していないのを確認してから、うなずいた。
「まず、オーリーリュをどこから攻めるか、聞いてるか?」
「いや、わからないが、タナリッツを取ったんだ。海沿いからの強襲じゃねえの?」
「残念、外れだ」
ソーヤは首を振った。
「そのルートは、エハイトンを海路で強襲するルートと、途中までほぼ同じだ。当然敵は警戒しているし、奇襲は成功しない」
「じゃあ、どうする?」
「海路がダメなら陸路だろ」
「だが、エハイトンはエリアム半島の付け根にある。オーリーリュに行くには必ず――」
「アイゲングレン半島から陸路で攻める」
「…………」
バルドは、しばらく沈黙した。
言っている意味を理解するのに少し。
言っている意味に絶句することしばし。
そして、なにを言えばいいのか迷うこと少し。
「……戦力は、どうやって運ぶ? アイゲングレンは他国領だぞ?」
「最初の案では、それぞれバラバラにアイゲングレン諸国に集まって、国境線沿いに集合するって話だった」
ソーヤは平然と言った。
「が、下手するとアイゲングレン諸国の兵士とぶつかりかねないって話になってな。代替案として出たのが、商人に偽装した兵隊を使い、国境付近の牧場で馬を買って、そのまま攻め込むって案」
「軍馬か?」
「それだったら楽なんだがなあ。実際には、軍馬として調練されてる馬は運べそうにない」
「だったらまずくないか? 合戦の音なんかがあったら、軍馬でない馬はすぐにおびえるぞ」
「知ってる。だからそこは、移動中にある程度慣れさせる」
「……できるか?」
「できないだろうな」
ソーヤはあっさり言った。
「それどころか、いまの強行軍の策だと、全部の馬を連れて行くのも無理だ。だから必要最低限の疲れ切った奴だけ馬で走らせて、残りは魔術で走って併走させる――それがいまのプランだ」
「ああ、なるほど。だから駆け足ばっかやってるのか……」
バルドは一応、納得した。
納得したのだが、しかし。
「だが馬の飼料は? 水は? 行軍するためには莫大な飼料と水が必要だぞ。それはわかってるのか?」
「水については解決してる。水属性魔術を使って、重さと大きさをごまかした水を大量に運ぶことに成功した」
「飼料は?」
「ある程度までは駄馬に載せて併走。しばらく経ったら駄馬を捨てて、現地で調達だな」
「略奪か」
「位置を敵に知られるのは避けたいから、窃盗かな」
「うまく行くか?」
「幸い、地図がある」
ソーヤは言った。
「タナリッツが、内戦前に仕入れていた。エリアムの間者が作った、フリユ領アイゲングレン地方の地図だ。これを使えば、一応、おおむねどこをどう移動すればオーリーリュに行けて、途中で調達できそうなモノを持ってる村がどこにあるか、ある程度の目算がつく」
「だが、アイゲングレン半島の根元には山脈があるだろう」
「そこを越える道の目星もついてる。オーリーリュまでは、そうだな、四日もあれば着くだろう」
「本気でやる気なのか……」
あきれたように、バルドは言った。
「しかし、よくこんな無茶を思いついたな」
「まあ、前から考えてはいたからな。おまえら、魔術の戦争での使い方が、下手なんだよ」
「というと?」
「魔術兵士の最も優れた点は、なんだと思う?」
問われて、バルドは考えた。
「遠距離から攻撃できることか?」
「それは決定的じゃないね」
「多少の攻撃ははじき返し、多少の傷なら勝手に治ることか?」
「それは非常にいいことだが、やはり決定的じゃない」
「じゃあ、単純に強いことか? 例の『魔術方陣』使いのように?」
「この即席で作った魔術兵士には、群を抜いて他の兵科より強い力はないよ」
「では、正解はなんだ?」
「補給がいらないこと」
ソーヤは即答した。
「弓兵なら、矢を使い果たしたら戦えない。槍兵も、槍が折れたら戦えない。そうなったら補給隊に行って武器を調達する必要がある。
だけど魔術兵は、よく飯を食って寝ればそれだけでまた戦える。つまり、飯さえ略奪していけば、他にはなんの補給もいらない。このアドバンテージをどう使うか、俺は戦争が始まってから、ずっと考えてた」
「その結果が……これか」
「ああ。補給がいらないということは、輜重隊がいらないということだ。重い荷物を運ぶ必要がないから、純粋に、騎馬なら騎馬の速度で行軍できる。行軍速度という常識を、完全に覆せる。不意打ちには、これ以上ない」
ソーヤはそう言って、不敵に笑った。
それから、彼は少しだけ、神妙な顔になって、言った。
「なあ、バルド。無敵の戦術って、なんだと思う?」
「……妙なことを聞くな。そんなもの、あるのか?」
「ひとつだけあるのさ」
ソーヤはうなずいた。
「実際のところ、俺は相手をなめてはいない。俺が戦いに向かうフリユには、ヴァシム・ツァンティヴァルっていう当世随一の名高き名将がいる。それ以外にも、もしかすると歴史に残る名将がいるのかもしれない。
だけどどうしようもない。これだけは――戦闘教義の差だけは、いかなる天才でも埋めようがない」
「ドクトリン? なんだ、それは?」
「定番の戦術のことだよ」
ソーヤはそう言った。
「俺の故郷でも、ここでもそうだと思うがね。戦争ってのはどんな時代でも、定番の戦術があって、その戦術が完全に決まれば絶対に勝つ。
だから優勢な方はその戦術を決めようとするし、劣勢な方はその戦術をなんとしても食い止めようとする。要するに、戦場の基準になるんだ、ドクトリンってのは」
「具体的には?」
「古代、人々は縦にものすごい数の人間を並べて、相手を押しつぶす戦術を取った」
ソーヤは言った。
「うちの故郷じゃ、重装歩兵密集陣形って呼ばれてる戦術だ。それは強かったが、あるとき誰かが弱点を発見した。この陣形は横や後ろから突っ込まれると異様に弱いんだ」
「なるほど」
「そこで次に斜線陣や、軍団ごとの分散、さらには騎兵を使った包囲なんて戦術が出てくる。しかしこれらはすべて、鐙がない時代のドクトリンだ。鐙が開発されると、重武装した騎兵は歩兵じゃまったく歯が立たなくなった――騎馬突撃の時代だ。エリアムのドクトリンはこれだな」
「なるほど。……で、おまえの国のドクトリンは、違うわけだ」
「厳密に言えば、俺の国のをそのまま引っ張ってきたわけじゃあないさ」
ソーヤは、そう言って首を振った。
「そもそも俺の故郷には、魔術師なんていないしな。だが、似たような兵科があって、似たような戦法がある。
機動力に優れた兵科を補給すら無視して突出させ、敵の防衛線を突破して長躯。そこから敵本体の後背を突く。やってることはただの包囲戦術なんだが、『戦場』という概念に囚われず、戦争全体を見回して超大規模に行うのが、このドクトリンの特徴だ」
そして、にやりと笑って、付け足した。
「どんな天才だって、知らないことには対応できないだろう? 第二次世界大戦において発明された強大無比なドクトリン――電撃戦。こいつをたっぷり、フリユ兵に味わわせてやろうじゃねえか」
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それからしばらくソーヤと話をして、とりあえず知りたいことは知れたので、バルドは部屋に帰ることにした。
他言無用と念を押されたが、言うまでもない。
レイノはソーヤの作戦を、面白いと称した。
バルドにとっては、面白いどころではない。ある意味、寒気がするほどの内容だ。
ソーヤの策は一見して荒唐無稽で、誰もが不可能だと断じるようなものであり――しかし。
バルドの計算では、ソーヤの言った魔術騎兵の持つ特性と状況、それからいままでのソーヤの手並み、さらには現在得られている情報を総合すると、ぎりぎり――本当にぎりぎりながら、実行可能だと判定せざるを得なかった。
そしてソーヤがそれに成功すれば、状況は一気に逆転する。たった数日で、敵は戦力の大部分を失い、さらに包囲までされた状態になる。当事者の感性としては、世界がひっくり返ったようなことになるだろう。
ソーヤを敵に回さなかったことを、バルドは心底、幸運だと思った。逆に、あいつを知っていてなお敵に回ろうとしたレイノを、少し尊敬すらした。
とはいえ、苦笑せざるを得ない面もあったが。
「あいつ……」
誰もいない部屋で、バルドはひとり、つぶやいた。
「自分はやりたくなかった、みたいなことを散々言ってやがったが……なんのことはねえ。ノリノリでやる気満々じゃねえかよ」




