3。第三証言者:立花カケル(後)
そして目が覚めると、目の前にアーネストがいた。
「うわあ!?」
「よう、おはようさん」
けらけらと笑って、アーネストは挨拶した。
あたりを見回すと、まだ夜は明けていないようだった。
「起きていていいのか? 休めって言われただろ」
「交代で番をするんだよ。でないと敵襲に対処できないだろ。
んで、暇だからおまえさんをからかいに来た」
「……迷惑だな」
「あっはっは、そう言うなって!」
アーネストはまた笑った。どうもこの女、笑い上戸なところがある。
「いや実際のところ、おまえには見所を感じてたんだよ。いきなり魔王軍だもんな。発想がぶっ飛んでる」
「うるっせえな。異世界召喚もので戦うのって言ったら、普通は魔王だろうが」
「だがこの異世界召喚は、普通じゃねえだろ」
「……それは」
アーネストはまわりを見回した。
「少人数の勇者様ってわけでもない。大人数が一気に異世界に飛ばされてる。
そして勇者スキルみたいなのもない。等身大の人間が飛ばされただけだ。いやあ、おまえもよく生き延びたもんだよ。他のところでは、そのままのたれ死んだ日本人とか、山ほどいるぜ?」
「…………」
カケルは、ぎゅっとくちびるを噛んだ。
ある程度、想像はできていた。この一年半の間、ずっと考えていたことでもあった。
自分は選ばれて異世界に来たのではなく、主役はべつにいて――ただのにぎやかし程度の役なんじゃないか、と。
「俺は……どうでもいい奴なのか?」
「そいつを決めるのはオレじゃない」
アーネストは即答した。
「なあ、考えてもみろよ。こんな風に異世界に飛ばされないで、日本にいたとして。おまえ、自分は主人公だと考えられたか?」
「……それは」
「オレは考えてたけどな」
「マジで!?」
「つーか、当たり前だろ。オレはプロレスラーだぜ?」
さらりとアーネストは言った。
「リングの上ではオレは主人公だ。そういうのを目指してたから、オレはレスラーになったんだよ」
「でもそれはリングの上の話で、異世界じゃ違うだろ」
「そうみたいだな。オレはどうやら、今回は主人公の器じゃないらしい」
アーネストは小さく、ため息をついた。
「異世界に来てから、オレは日本人を片っ端から助けようと息巻いた。狩りやって、農業やって、金儲けして、それから見かけた日本人を片っ端からスカウトしたり、奴隷商人のところに売られてきた日本人を買ったりして……それでやっと、一年半で数百人の集落ができたってところさ。
それですら、オレが主役だったかどうかは疑わしい。同じ日本人には、集落に水力発電を導入した奴がいる。べつのところでは、この異世界が実は地球の外の星だっていうのを、望遠鏡一本で突き止めた奴がいる」
「…………」
「だからどっかには、魔王と戦う宿命の勇者も、いるかもしんねーな。そいつが主人公なんだろう。そして、オレたちは、主人公じゃない」
「そっか……」
カケルは、さして落胆していない自分に内心驚きながら、静かにその言葉を受け入れた。
たとえこの世界に魔王がいて、それが倒すべき邪悪だったとしても、それはカケルとはなんの関係もない話。
しょせん、カケルは……
「なーに暗い顔してんだ、ガキが」
ばーん、と背中をたたかれて、カケルは咳き込んだ。
「なにすんだ馬鹿!」
「いまの話は、あくまで異世界召喚ものの主人公の話だろ。おまえが主人公になりたかったら、ジャンルを変えちまえばいいんだよ」
「じゃ、ジャンル……!?」
「そう。たとえば戦争が終わったとしてだ。でっけえ街でプロレス興行やったとしたら、そこではオレが主人公だろ?」
「…………」
「なあ、小僧。オレたちは世界の中心になるのは無理かもしれねえ。それはべつの奴の役割だ。
だが、ジャンルを固定すんじゃねえよ。人生にはいろいろあるんだ。たとえば、冒険ものは無理だったとしても、スポ根ならおまえだって主役になれるかもしれないだろ?」
「スポ根って……」
「剣術やってるって、言ってたじゃん。いいじゃん宮本武蔵。かっこよくて」
「そのレベルかよ」
「当たり前だろ。狙うなら天下一だ。結果としてなれなかったとしても――最初の志は、天下一を目指すのさ。それでようやく、スタートラインだ」
にやりと笑って、アーネストは言った。
「…………。
あんたは、さ」
「ん、なんだ?」
「あんたは、なんのために戦っている?」
「集落のみんなの安全のためさ」
アーネストは即答した。
「オレはそんなもんだ。手の届く範囲の日本人、それをなんとか内戦の中で生き残らせるために、こうやって戦ってる。
だが、……どうだろうな。オレたちの指揮官様、あの宗谷俊平は、ちょっと違う気がするんだよな」
「っていうと?」
「目につく知り合いを、片っ端から救おうとしてるように見えるのさ。
ぶっちゃけ、オレたちにとっては、エリアムなんて国がダメになったら、べつの国に逃げればいい程度の話なんだ。だけどあいつは、エリアム人にたくさん知り合いがいてな。そいつらをまとめて助けようとしてる」
「それは……」
「日本人を助けよう、なんてケチじゃねーのよ、あいつは。だからオレとあいつじゃ、根本からスケールが違う。発想もな。そこんとこが、オレがあいつについていくと決めた、根本の理由になるのかねえ」
アーネストは首をかしげながら言った。
それから彼女は、にやりと笑ってカケルを見て、
「ま、とにかく。
あいつが起きたらあいつと話をしてみな。おまえがどのジャンルの主人公を選ぶかは知らねえが――どう行くにせよ、ああいうデカい男との会話は、しておいて損はないぜ?」
と言った。
--------------------
「あ? みんな助けようとしてる? んなわけないだろ」
あっさり、宗谷は言った。
「……えーと」
もうそろそろ夜明け。この賊……ではなくて、兵士たちにとっては起床時間はもう少し先のようだが、宗谷はなぜかもう少し早く起きていて、そしてカケルの様子を見にきていた。
「俺のスケールがでかいってのも過大評価だな。俺はそもそも、ほんの数人しか助けようとは思ってねえよ。日本人をできる限り助けようとしてるアーネストの方が、なんぼか器がでかいんじゃねえの」
「でも、国を救おうとしてるんだろ」
「その方が都合がいいからだ。
俺の知り合いに、とんでもねー奴がいてな。そいつが是が非でも、日本に帰りたいらしい。んで、日本に帰る方法を探すために模索してたら、いちばん効率がいいのが国を利用することだったんだよ」
「国を利用する?」
「つまり国のえらい奴になって、その権力を使って帰る方法を探すってこったな。
だっていうのに、その国、内戦はじめちまうんだもん。しかも外国からの手引きでときた。だから俺もこうやって、やりたくもない戦争に駆り出されてるわけよ」
「やりたくもない……にしては、生き生きしてるけどな、あんた」
カケルは正直に言ったのだが、
「やめてくれよ。戦争に駆り出されて生き生きしてるとか、完全に外道じゃねえか」
と、宗谷は嫌そうに言った。
「そうなの?」
「あたりまえだろ。
前に言ったろ。食料盗むところでおまえが大騒ぎしてたら、俺は躊躇なくあの村の連中をぶっ殺してる。それは、そうするのが必要だからだ。そういうのが戦争だ。まともな人間のやることじゃねえよ」
宗谷は吐き捨てる。
……とりあえず、この男が戦争を嫌っているのは、なんとなくわかった。
「おまえも、でかいスケールとか夢見てんじゃねえよ。そんなこと言ってる暇があったら、それこそ魔王とやらにどうやって対抗するのかでも考えてろ」
「魔王はもういいよ。なんか言ってて、ばからしくなってきた」
「俺はあながち、おまえが完全に間違ってるとは思わないがね。
たしかに魔王なんて俺は聞いたこともないけど、聞いたことがないから間違いだってわけじゃない。俺たちがこの星に飛ばされてきた黒幕がいて、そいつをぶっ殺せば全部解決する問題である可能性は、ゼロではない。検討に値する」
「…………。
なあ、あんた」
「なんだよ」
「あんたは、自分を主人公だと思ってるか?」
カケルは問うた。
カケル自身が、必死で自分を主人公だと思って、無駄に剣術修行なんてしている間、はるかに無駄のないやり方で異世界に足場を築いたこの男は。
たぶん、そんなことは思ってないだろう。
それがカケルの欠陥で、それがこの男のアドバンテージなのだ。そう、カケルは思いかけたのだが。
意外にも、宗谷はうなずいた。
「実は、ここに来て一年ほど、そう思ってた」
「……そうなのか?」
「だが違った。俺はヒーローじゃなかった」
「なんでだ?」
「いや、だってな」
彼は肩をすくめた。
「ヒロイン、死んじゃったから」
「…………」
「ナイト気取りで働いて、悪漢から彼女を守ったりしてな。なんでもできると思って得意げになってた矢先に、それだ。だから俺は、もう自分を主人公だとは思えなくなった。そういう点では、俺はおまえにすら劣る」
「……大人になったってことじゃないのか?」
「大人になったなんて言葉はな、子供でいられなかった奴の負け惜しみなんだよ」
宗谷はそう言って、苦笑した。
「なあ、えーと。名前なんだっけ?」
「立花カケル」
「カケル。俺を見習うなよ。おまえはおまえの道を行くんだ。それが魔王討伐の道だったら、それでもいい。だが俺にはなるな。俺はたぶん、おまえの理想にはなれない男だ」
「じゃあ俺は、どうすればいいんだ?」
「そうだな、さしあたりは」
宗谷は言って、くしゃっとカケルの髪をなでた。
「勉強じゃないか? この世界のこと、元の世界のこと、おまえはちょいと知らなすぎる。俺らが一年半かけてそれぞれの立場を築き上げたように――まずは知ることだ。この世界をな」
そう言って、去ろうとする宗谷の背中に。
「じゃあ教えてくれよ。……宗谷たちは、いまから誰と戦いにいくんだ?」
答えは明快だった。
「悪い奴さ。決まってるだろ?」
--------------------
翌日の昼ごろ、カケルは無事に村人に保護された。
といっても、これは宗谷の予定通りである。最初から、宗谷は音消しの魔術が半日しか効かないということを、カケルに告げていた。だから、カケルはそれを見計らって助けを呼び、助けられたというわけだ。
もちろん、すでにその頃には宗谷たちの姿もなく。
収穫後の作物が大幅に奪われていたことに村人たちは困り果てたが、死人はゼロ。
すぐに近くの砦へと連絡をやって、兵士に事情を説明して、食料の救援を要請して。
それが一段落した頃には、カケルたちの村にも、宗谷たちがなにをやらかしたか、伝わってきていた。
村人たちは大いに憤ったが、カケルは複雑な心境だった。
戦争は悪だとか言いながら、結局は村人を一人も傷つけずに去った、あの男。
たぶん、彼にとって最も楽だったのは、最初から村を焼き討ちにすることだったんじゃないかと、カケルにはそう思えた。
無用なリスクを負ってまで、被害を少なくする。それが敵であろうと、そうする。
その生き方は、アーネストが言った通り、とんでもなくでかいように、カケルには思えたのだ。
無意味な剣術修行をやめ、彼を目指して、力を得ようとするカケルの旅は、このときから始まった。
そして、その努力が結実するのは――しかしながら、もっとずっと先の話である。




