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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第五章:百騎行編
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3。第三証言者:立花カケル(前)

 これまでのあらすじ!

 剣術道場の跡取り息子だった立花たちばなカケルは、あるとき突然異世界に召喚されてしまう。

 はじめは言葉もわからない中、飢え死にしかけたカケルだったが、心優しいロナ村の人々に救われ、言葉と作法を学びながら、少しずつ成長していく。

 異世界に呼ばれた以上、目的は打倒・魔王!

 村のひとたちに聞いた限りでは、どうやらまだ魔王はこの地域には侵攻を開始していないらしい。

 だが、必ずその日は来る。その日に備えて、カケルは村の手伝いをしながら、剣術修行に励む毎日を送るのであった。



 ……あの、なにもかもがひっくり返る、その日までは。



--------------------



「はい、静かに(ナタ・フ)。これで声の拡散は遮断したからもう口開けさせてもいいぞ、アーネスト」

「あいよ」

「もがっ!」


 男が木にぺたりと呪符を貼り、そしてアーネストと呼ばれた筋肉の塊みたいな女が、ようやくカケルの口から手を離した。

 まあ、手を離されたからといって、自由になったわけではない。

 さっき暴れようとしたときに、きっちり縄でぐるぐる巻きに腕と足を縛られていた。逃げることも、戦うこともできない。


「お、おまえら、魔王軍か! 縛るとか卑怯だぞ、正々堂々勝負しろっ」


 だからこうやってののしることくらいしかできないのだが、相手はそれを聞いて顔を見合わせた。


「ありゃ、こいつ日本人か? 日本語話してるぞ」

「いや、報告しただろ宗谷。捕まえたとき、この子供は日本語しゃべってたって」

「そっかあ。日本人、フリユにもやっぱ来てたんだなあ。こうなるとこの世界で日本人がどこまで散らばってるのか、一度ちゃんと調べないといかんかな」

「お、おまえたち……おまえたちも日本人なのか!?」


 カケルは目を剥いた。

 男はへらっと笑って、


「まー、そうだよ。俺は宗谷俊平。そっちのごつい女は……おいアーネスト、おまえ本名なんだっけ?」

「オレの本名、平凡すぎて言いたくないんだよ。リングネームでいい。プロレスラーのアーネスト虎子だ」


 と、こっちは腕を組みながら、女。

 カケルが混乱して、


「な、なんで日本人が……魔王の片棒なんて担いでるんだ!」


 と言うと、ふたりは顔を見合わせた。


「魔王? なんの話だ?」

「あれじゃないか? マリイ師。エリアムの外じゃ魔王とか呼ばれてるんだろ、たぶん」

「あいつは魔王というより邪神だろ」

「それ、差があるのか?」

「めいそうで回復するかベホマで回復するかの差だ」

「ベホマで回復するのって破壊神じゃなかったか?」

「そうだっけ?」

「なんの話してるんだよ!」

「ああ、悪い悪い。俺ですらリメイク版しかやってないゲームだし、おまえが知るはずないよな」

「いや、そうじゃなくて!」


 食ってかかるカケルに、宗谷は肩をすくめた。


「悪いがマジで心当たりがないんだ。おまえは? なんで魔王とか言い出したの?」

「俺たちがここに呼ばれたのは、魔王を倒すためだろ!」

「えーと……中二病?」

「宗谷。この子供、まだ中学生ですらなさそうだぞ。たぶん小五か小六だろ」

「どっちにしても心当たりねえなあ。おまえ、その魔王っての、自分で考えたの? それとも誰かに言われたの?」

「村の神父さんはうなずいてくれた! たぶん君はなにか大きな使命のためにこの世界に来たのだ、って!」

「それは……残念ながら、ごくごく無難なお説教のつもりだろうな……」


 宗谷は言って、ため息をついた。


「ていうか、それ倒せば全部問題が解決する魔王とか、逆に欲しいわ。こっちは状況ごっちゃごちゃで、すげえ困ってるってのに」

「じゃあ魔王以外に、どういう理由があったらあんな外道なことを正当化できるんだよ。聞かせてみろよ!」

「外道?」

「見てたんだぞ、俺は一部始終を! 倉庫番のリャガさんの背後にいまの声封じの札を貼って、それからそこの女が首を絞めてぶっ倒して! それで倉庫から収穫済みの作物を片っ端から持っていって――」

「ああ、そりゃしょうがないだろ」


 さらっと、宗谷は言った。


「水だけはなんとかなったんだよ。水属性魔法で体積と重さをごまかして大量に積み込むってのがな。だけど飼料はそうはいかない――馬をきっちり走らせるのに必要な、馬のための食料ってのが、根本的に足りないんだ」

「なんの話だよ!」

「だからさ」


 宗谷は真顔で、


「国境線から、オーリーリュまで。軍馬でも三日はかかる状況で、駄馬も含めた騎兵がどうにかして四日で着こうと思ったら、めちゃくちゃな無茶をしないとなんねーんだよ。

 馬が運ぶ重さを減らすため、半分くらいの兵隊は魔術で体重を減らして駆け足。駄馬にはなるべく荷物だけを持たせて、それでも脱落するのは置いていく。開始時には百騎いた騎馬も、たどり着くまでに三十騎残ればいいほうだ――それだけ無茶しても、兵隊の食料と騎馬の飼料が、どう計算しても足りない。現地調達しかいい方法が思い浮かばねーんだ」

「…………」


 まったく理解できない話を告げられて、カケルは黙り込んだ。

 アーネストはあきれ顔で、


「そこまで正直に言う必要があったのかい、宗谷?」

「問題ない。この後、どう話が伝わろうと俺たちの行動が先だ。

 しかしおまえ、ある意味すげーな。それ見てて、その場で相手に飛びかかるでもなく、声を上げて人を呼ぶでもなく、こっそり追跡することを選んだんだ。なぜだ?」

「……飛びかかっても、そこのプロレスラー相手じゃ勝てないだろ」

「そうだろうな」

「そして声を上げて人を呼んだら、おまえらは村人を殺しただろう」

「まあな」


 あっさり、宗谷はうなずいた。


「泥棒じゃすまなくなったら、強盗に切り替えるだけだ。それに加えて、対処に来る兵士の足止めを画策しないといけない。村人の救助で負担をかけるために、半分くらい殺して、村に火を放ってただろうな」

「やっぱり悪党じゃねーか!」

「当たり前だ。戦争ってのは立派な悪事だぜ。おまえだって小学校で習っただろ?」

「それは、それはそうだけど……」


 カケルは唇を噛んだ。

 目の前の相手が、どうやら敵国それがどこかはカケルにはわからなかったがの手先であることは、一応理解できたとして。

 その悪党に対して、なにもできない自分に腹が立つ。

 これではなんのために剣術を稽古してきたのか――と思っていると、アーネストの方がぽん、と肩をたたいた。


「んで小僧。おまえ、素人じゃねーよな?」

「え?」

「だってそーだろ。普通、そんな簡単に、冷静な判断ができるわけがねーんだ。うっかり盗賊を見かけちまった状況で、パニクって叫び出すでもなく、ガタガタ震えて縮こまるでもなく、彼我の戦力差を見た上で後をつける。そんな判断ができるなんて、普通じゃねー」

「…………」

「まあ、尾行の仕方はお粗末だったけどな。それでこのざまだ」

「うるせえ」


 カケルは憮然と言った。


「うちは剣術道場やってたんだよ。それでそういう、集団に襲われたときの話も聞いてたんだ。まずは相手の人数を確認すること。増援を呼ばれないように気をつけること。その上で、どうしても勝てない場合は、逃げること」

「魔王とか言ってた割に、そういうところだけは現実的なのな」

「だからうるせえ。魔王だろうが人間だろうが、悪党に対処するのに差なんてあるかよ」

「おおっと悪党と来たか。参ったね、オレこれでも現役時代はベビーフェイス側だったんだけど、こうしてやると、アレだな。ヒールも楽しいな」


 アーネストはにやにやしながら言った。

 宗谷はぽん、と手を打って、


「とにかく、俺たちは休むぞ。明日からが本番だからな。

 各自、朝までに体調を整えておくこと。馬番は馬の手入れ。よろしく頼むぞ」


 と言った。



--------------------



 そうして宗谷とアーネストは去り、後には縛られたカケルだけが残された。

 縄をほどけないか試したが、難しかった。きつく縛られているわけではないが、的確に行動の自由を奪われている。

 仕方がないのでカケルは、この盗賊(兵士?)集団の観察に徹することにした。後で村のみんなに報告するには、情報が必要だ。

 見れば見るほど、この集団は不思議だった。

 まず、大半の構成員は、どうやら日本人らしかった。少なくとも、共用の言葉はたいてい、日本語だ。

 そして、どうやらかなりの人間が、魔術師らしい。魔術の訓練らしきものをしているのもいた。

 たいていの人間は、皮鎧に剣をぶら下げている。兵士としては軽装だ、とは思うが、カケルもこっちの世界の兵士は数えるほどしか見たことがないので、よくわからない。

 その中に、目に見えて軽装な人間が混じっている。さっきの宗谷もその一人だ。アーネストの方は皮鎧を着ていたが、彼は普通の身軽な服しか着ていない。

 なぜだろう……と思っていると、近くをやっぱり普通の服(ただし、妙にごてごてしたの)を着た女の子が通りかかった。


「おい、おまえ」


 思わず声をかけると、ん? とそいつは振り返った。


「なにかと思えば、さっきソーヤがとっ捕まえた賊じゃないです? なにかミッタに用なのです?」

「賊はおまえたちだろ! へんな発音の日本語しやがって!」

「へ、へんな発音とは失礼なのですっ。そもそもミッタはちゃきちゃきのエハイトン人なのです、太陽の国なんて田舎のへっぽこ言語、習得してるだけでありがたいと思いやがれですよっ」

「うるせえ! へんな発音のへんな格好のへんなちんちくりん女が! やーいやーい!」

「こ、この小僧……」


 ふるふると震えていた女だったが、カケルの縛られている手足にふと目を留め、


「ふ、そんなこと言って挑発して近づかせて、うまいこと縛られてる縄をどうにかしようという魂胆なのです? お見通しなのですっ」


 びしっ、と指を突きつけた。

 カケルは、ちっ、と内心で舌を打ちつつ、


「でもへんな格好なのはホントだろ。なんで鎧も着てねえんだよ」

「ミッタは魔術師だからそんなの必要ないのです。防御結界があるのですよっ」

「……そういうことか」


 カケルは心の中で、かなり反省した。


(魔術。存在は知ってたけど、どういうものなのかはまったく知らないからな、俺)


 つまるところ、情報がなさすぎるのである。敵の戦力も不明、所属も不明、技能も不明では、どうしようもない。

 と、ふとカケルは上に目を向け、


「けどあんただけ、なんで頭の上にへんな輪っかつけてるの?」

「み、ミッタだってそんなの付けたくなかったです。これは、ナカバヤシさんが無理やり……」

「中林? 誰?」

「ど、どうでもいいですっ。それにこの輪っかは我らが決戦兵器なのですっ。ミッタだけがこれを使えるから、こうしてここにいるですよっ」

「……おまえみたいなガキも戦争に参加するんだな」

「ガキとはなんなのですガキとは! ミッタはもうこれで十五歳なのですよーっ!」

「え、マジで? 十二歳の間違いじゃなく?」

「ちょ、挑発には乗らないのです! まったく失礼なガキなのです!」


 ぷんすかと怒って、ミッタと名乗るへんな日本語の女は去っていった。


(……くそ、やっぱダメか)


 なんらかのアクシデントで縄から脱出しようとする試みは、どうもうまくいかないらしい。

 ならば、いまできることは情報を収集すること。

 カケルは静かに、そのときを待つことにした。

【補足】

前は閉鎖空間でしか使っていなかった『静かに(ナタ・フ)』ですが、この魔術は広い空間でも作動します。

ただしその場合は、周辺数メートルに威力が限定されます。

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