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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
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3。抵当とボルカと鍛冶屋の仕事(後)

 とまあ、そんなわけで帰り道。


「あれ、中林?」


 なぜか外に出ている中林を見かけて声をかける。


「宗谷。えらく遅かったわね」

「あー、うん。ちょっと馬鹿にへんなのに付き合わされて」


 勝てないからって三戦もボルカに付き合うハメになるとは思わなかった。

 もちろん三連勝である。けっこう待ったも聞いてやったんだけど、基本的にこちらの組んだ矢倉を相手がまるで崩せずに陥落、という。

 うーん……弱い。本当にやったことあるのかあいつ。


「中林はどうしたんだ?」

「夕飯の買い物よ。今日は私が当番だったでしょ」

「ああ、そうだっけ」


 というか、頼んだはいいが、こいつ本当に食える物作れるのかな……


「なんでか、失礼なことを思われている気配がするわね」

「気のせいだ。それより、買い物に行くにはちょっと商店街から離れてないか?」


 俺が指摘すると、中林はばつが悪そうに、


「前に聞いたでしょ。天体望遠鏡がある工房の位置。それで行こうとしたんだけど……迷っちゃって」

「ああ、そういうことか」

「地理を覚えるのは苦手なのよね、昔から」


 渋面で言う中林。……どうも本当に苦手らしい。


「じゃあどうする? これから俺が案内してやろうか?」

「お願いできるかしら」

「あいさ。じゃ、行こう」


 言って、俺は歩く向きを変えた。



--------------------



 リシラの親父さん(通称、親方)の工房は、中央通りをかなり下った、町正門の近くにある。

 下町、という感じではあるのだが、さすがに中央通り付近だけあって治安は悪くない。まあ、それ以前にキンバリアは田舎町なので、あまり深刻に治安が悪い場所は少ないんだけど。

 そんなわけで久々に工房を訪ねると、リシラではなく親方が顔を出した。


「シュンペーじゃねえか。今日はどうした?」

「いや。例の望遠鏡を取りに来た」

「ああ、そうかい。まあ入……れ……?」


 親方の目が中林のほうを向く。


「そこのお嬢ちゃんは?」

「中林。そこの宗谷の奴隷よ。

 で、天体望遠鏡があるって聞いたんだけど。さっそくだけど見せてもらえる?」

「お、おう」


 ずけずけと入っていく中林に、とまどいながらもうなずく親方。


「おい。どうした親方? なんかぼーっとしてない?」

「シュンペー……またえらくべっぴんさんの奴隷を買ったな」

「べっぴんて……まあ、顔はいいけどさ」

「高かっただろ? いやあ、おまえすげえな。いつの間にか金持ちになったなあ」

「…………」


 ぶっちゃけ不良在庫ですけどね中林。

 親方はしかし上機嫌で、


「あんな美人さんが工房に来てくれるなんて、いい時代になったなあ……うんうん」


 とか緩んだ顔で言いながら、工房の奥に入っていった。

 ……


(奥さんに知られたら殺されるぞ、いまの発言)


 心の中でそっとつぶやいて、俺はふたりの後を追った。



--------------------



 中に入ったら、中林はもう望遠鏡に首ったけ状態だった。


「反射型の望遠鏡なのね……屈折型だと原始的なレンズじゃ色収差の問題が大きいから、反射型は妥当だわ。いいじゃない」

「気に入ったのか?」

「実際に観測してみてから判断するけど、いまのところ気に入ってるわ」


 中林はごきげんだ。

 一方で親方は一見興味なさげにぶらつきながら、ちらちらと中林のほうを見ている。


(いや。そこで無駄にシャイになる理由はあるのか?)

「ねえ、ちょっと」

「んげっほげっほげっほ! ……ん、なんだね」


 盛大にむせてから、親方は威厳ある口調で答えた。

 ……すでに台無しだよあんた。


「ここに人がいないのは夕方だから? 普段のこの工房の規模は?」

「あ、ああ……いちおう息子も入れて10人は作業者がいる。バイトと弟子だな」

「そう。この望遠鏡のデザインは誰がやったの?」

「それは宗谷の昔の連れが設計図を持ち込んだもんだ。

 けっこう苦労したけどな。なかなかのもんだと自負してるぜ」

「……でしょうね。ガリレオ式ならともかく、このタイプの望遠鏡をいきなりというのはオーバーテクノロジーに過ぎる。

 宗谷。確認しておくけどその人は?」

「死んだ」


 簡潔に答える。


「そう。残念ね」


 中林は軽く吐息し、


「親方、と呼んでいいのかしら」

「あ、ああ。構わないぜ」

「物は相談だけど、太陽の国の技術に興味はない?」

「……ほう」


 親方の目が少し鋭くなった。


「おまえさん、そのへんの知識があるひとなのかい?」

「多少ね。

 これでも知識人よ。太陽の国にあってここにない、いくつもの道具についての知識があるわ」

「面白い。悪くない提案だが、見返りはなんだ?」

「まあ、そうね。さしあたり当初は、私にもこの工房を使わせてもらえれば、それで構わないわ。

 後は、具体的になにか商売を始めるとなったら、改めて儲けの分配を相談しましょ」

「ああ、それでいいぜ。まずはどんなもんを作る?」

「そうね。まず、電気系統の法則の確認から――」


 てきぱきと議論を進めていく。


(こういうところ、技術者って気が合うんだろうな)


 ふと入り口の方を見ると、物陰にこっそり隠れているリシラの姿。

 寄っていって小声で聞いてみた。


「なにやってんだ、おまえ」

「シュンペー……あ、あの、すごいべっぴんさんは誰なの?」

「…………」

「あんな美人さんが工房に来るなんて……いい時代になったんだなあ」


 うっとり顔でリシラ。

 ……おまえもかよ。



--------------------



 工房への挨拶回りを終え、帰り道。


「でまあ、シグには計画をちゃんと立てないと借金の相談には乗れないって言われちゃってさ」


 言うと、中林はうなずいた。


「まあ、それが常識的な反応でしょうね」

「俺、そういう計画って立てたことないからさ。どうしたもんかなって」

「何人雇うかから考えたほうがいいんじゃないかしら?」


 中林は言った。


「大きいのは炊事、洗濯、掃除と、金庫番と、リーダー格の……執事的な役割。それから庭師かしら。

 このうち金庫番は宗谷がやるべきね。他に信頼できるひと、いないでしょ」

「そうだな」


 持ち逃げでもされたら大事である。俺以外には任せられない。


「残りの仕事のうち、庭師はパートタイマーでいいから除外。炊事や洗濯や掃除はある程度いないと無理じゃないかな。掃除は使ってない箇所をひとまず放置するとしても、休み含めたローテーション組むとしたら4人は欲しいわ。

 それに執事役。となれば5人ってとこかしらね」

「5人か」

「給金は応相談で。でも年に金貨30枚より上って必要はないと思うから、多めに見積もっても金貨150枚で済むわね」

「それに庭師のパートタイマー代か……思ったより少なくなりそうだな」

「まだまだ。人数が増えるってことは食事代も増えるってことよ。

 後は貴族とのおつきあいの分ね。これには100枚は金貨をキープしておいたほうがいいんじゃないかしら」

「合計……ええと。300枚くらいを見ておいたらいいのかな?」

「そうね。

 税収があれば、翌年の運営も含めて、一応なんとかなりそうな額よね」


 中林はてきぱきと考えをまとめていく。

 ……やっぱ、根本的に頭いいんだろうなあ、こいつ。


(そのへん、こいつを買ったのは悪い選択じゃなかったんだな)

「というわけで、そんな感じで運用すればいいんじゃないかしら」

「ああ、ありがとう。だいたい参考になったよ」


 場所はもう、キリィの家の前。

 そこで。


「……ん?」


 ふと、視線を感じて振り返る。

 さっ、と路地に隠れた不審な影。

 隠れ切れていないねこしっぽが、こっちを向いてびくびくしてる。

 ……あれも魔族特性ってやつだな。


「なんだ、あれ?」

「不審者かしらね。

 まあ、放っておいていいんじゃない? 家に行けば警備のひとがいるし」

「そうだな」


 言って、俺たちは家路についた。



--------------------



 翌日には俺は、シグから了解を取り、借金の都合をつけてもらうことに成功。

 同時に、使用人の募集をかけることになる。

 まずは最初の一歩。

 とにかく、見通しだけは立ったのだ。がんばっていこう。

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