5。応用編2:相手の狙いを見通せ(前)
「昔、地図を作ろうとしたことがあったんだよ」
アーネストは、道を先導しながら、そう言った。
「このあたりの地図。特に山の正確な地図を作ろうと思って、四苦八苦したんだ。
うまく行けばレイングラハで登山客相手に大もうけできるんじゃないかと思ったんだがな。途中で、当のレイングラハ当局から中止命令が来て、おじゃんになった」
「あー、まあ、そうだろうね」
俺はうなずいた。
現代日本に生きていた身からすると理解しにくいかもしれないが、エリアムぐらいの文明レベルの世界では、精密な地図というのはたいてい、軍事機密である。勝手に作ろうとしたら、そりゃ止められるだろう。
「とはいえ、その過程で、小さい軍隊くらいなら余裕で通れる道を発見してね。整備して、いつでも使えるようにしておいた。
レゴノアークはおろか、はるか東のタナリッツまで続いてるぜ。さすがにタナリッツ砦から先にまでは行けないが」
「おわあ……けっこうきわどいところに道作るなあ、おまえら。100年前だったらピンチだったぜ?」
「そうなのかい? マリイさんよ」
「その頃、南エリアムと戦争があってな。タナリッツ軍港のあたりは激戦区だったんだよ。
あの時代にそんな道ができてたら、タナリッツを抜かれた時点でレゴノアークを押さえられることになる。そうなっていたら、我々エリアム王国は負けてたかもしれん」
マリイは、内容とは裏腹に楽しげに笑いながら、言った。
「状況も変われば変わるもんだな。この山脈は、一年半ほど前には邪教集団の根拠地だったんだが」
「そうなのか? それは初耳だぞ」
「そりゃ私たちが壊滅させたからな。あのときのシュンペー、すごかったぞ?」
「おいマリイ。俺の黒歴史をところかまわず言いふらすなよ。恥ずかしいだろ」
言いながら、俺はその頃の自分を思い返していた。
無茶やってたなあ、と、ちょっと恥ずかしい。と同時に、それが一年半前だと言われたことに対して、奇妙な感慨があった。
そっか……もう、一年半も前なのか。
まだ俺が、なんの失敗もしてなかった頃――なんの恐れも、抱いていなかった頃。
いまは違う。俺には、守るべきものができすぎた。
守るべきものを守れないことがあることを知った。
「勝たないとな……この戦争」
「勝てるさ」
マリイは、そう言って笑った。
「私とおまえが組んでるんだ。勝てないわけがないだろう?」
「……そう言われると、負ける気はたしかにしないな」
俺は苦笑して、うなずいた。
「それはいいんだけど」
と、言ったのは中林だった。
「いったい、いつまで続くの? この山道。確かに道と言えば道だけど、だいぶ険しいわよ」
「そういう割には、強行軍なのに割とちゃんとついてくるじゃないか。ナイエリとかすんごいへばってるのに」
と、俺は、後方の荷馬車でぐでーっと運ばれているナイエリを指さした。
「こんな、こんな険しい道、通ったことないのだ……! 足がもう動かないのだ……」
「案外体力なかったのねー、あの子。街暮らしだったからかしら」
「まあ、民間人だしな……それに女の子だし。そう無茶はさせられないか」
「私も荷馬車で休んでいい?」
「空きスペースがないんだから我慢しなさい。ていうか、おまえマジでこんなに体力あったっけ?」
「いや、ズルしてるだけよ? 体重を軽くする魔法を随時使って」
「あー、そういうの、おまえって器用だもんな……」
まあ、結果として消耗を抑えられるなら、そういうズルは大歓迎ではある。
と、アーネストが首をかしげた。
「べつにいいっちゃいいんだけど、それを繰り返してると筋肉落ちて来ないか?」
「うん。だから普段は逆に、体重を少し重くする魔法を使ってる」
「あー、なるほど。地球に帰ってまだ魔法が使えたら、そのダイエット術売り出せば大もうけできそうだな」
「そうねー。それに筋トレにも使えるんじゃない?」
「筋トレか? いや、そういう地味な有酸素運動はあんまり……どっちかっつーと一気に負荷かけるのが、最近のトレンドだぜ?」
「でも、バーベル使う手間は省けるかもしれないわよ?」
「む、それは案外でかいかもなあ」
なぜかダイエット&筋トレ話で盛り上がるアーネストと中林。
毎回思うけど、中林って案外コミュ力あるんだよな……あんな人格なのに。
と、
「見えてきたぞ!」
先頭の兵士の言葉に振り向く。
「もう着いたのか。まだ二週間、経ってないのに」
「街道よりこっちの方が若干ながらショートカットだってことだな。道は険しいが」
「ともあれ、着いたには間違いないさ、マリイ」
俺は、崖の先に見える光景を見て、言った。
もくもくと煙が上がるのは、おそらく製鉄所の煙だろう。他にもあちらこちらから、金属音のようなものが聞こえてくる。
エリアム最大の鉱山都市、というのは、看板倒れではなさそうだ。
「これが、レゴノアークか?」
「そうでもあり、そうでなくもある」
マリイが言った。
「レゴノアークは、鉱山から始まった都市だ。鉱山が見つかり、その周辺に製鉄所ができ――やがて人が集まり、街ができた。
そういう成り立ちだから、この街には入退出記録用の柵はあっても、城壁がなくてな。代わりに、街の近く、川を隔てたところに砦を作って、そこの軍隊が人々を守っている。領主がいるのは、この砦の方だ」
「エリアムでは珍しい形式の街だな」
「太陽の国じゃそんなに珍しくもないんだろ? ミツヒロから聞いたぞ。城下町とか言うんだろ、こういうの」
「まあ、そうだな」
そう言われてみれば、この街はエリアムの中では、多少日本的だと言えるのかもしれない。
「ともかく、そういうわけで我々が目的地とするのは、領主の館の方だ。ここからじゃまだ見えないが」
「なるほどなー。じゃあ途中で降りないとダメだな、この山道」
「街中に直接降りるのはまずいぞ、騒ぎになる。夜を待って、それから街の外縁部を迂回して橋の方へ行こう」
「了解」
俺はもう一度、活気あるレゴノアークの街並みを見た。
確かに活気がある。おそらく、街の規模としても、レイングラハと引けを取らないだろう。
そして鉄が取れる。長期戦になった場合、ここを押さえている側が有利になるのも間違いない。
それは敵も熟知しているはずで――
(先の戦いからもう半月。相手がなにか仕掛けてきている可能性もなくはないが……さて、どうなるかな)
俺は、心の中でだけ、こっそりつぶやいた。
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「では、しばしお待ちください」
言われて、俺とマリイは城門前で待たされた。
連れてきた500の兵は、砦に多くの戦力が夜陰に乗じて近づくというのは要らぬ誤解を招く、ということで、外に陣を作っておとなしく待っている。
レゴノアークの街からこの砦に行く途中の道を、少しだけ外れたところだ。明日になれば騒ぎにもなるだろうが、いまは夜。ささっと交渉してささっとまとめてしまえば問題ないし、もし交渉がうまくいけば、兵士たちも砦の中に入れてもらえるかもしれない。
そういう話――そういう手はずだ。
そういう手はず、なのだが。
「おい、シュンペー。せっかくだからいまのうちに話をしておこうぜ」
「なんの話をだよ」
「いや。昼間はみんなを不安がらせないように、あえて封印しておいたんだがな。
この砦について起こりうる状況で、どんな悪いことを想定している? 聞かせてくれよ」
「……そうだな」
俺はうなずいた。
「まず、悪いことひとつ目。領主が不平貴族の仲間、つまりは敵サイドだった場合だ」
「その場合はどうなる?」
「中に入ってやばいと感じたら、攻撃魔術乱射して逃げるしかないだろうよ。おまえの弱点である、魔術戦力を抱え込んでる可能性もある。油断はするなよ」
「それがひとつ目な。他には?」
「領主が中立でも、近くの砦なんかに敵がいて、連中に脅されているかもしれない」
「レゴノアークは主要都市だ。この砦の兵力もかなり多い。近くに小さな砦は数個あるが、それらごときに脅せる力があるかね?」
「マリイ。まだ内戦ははじまったばかりなんだ。俺たち以外は直接刃を交えた戦闘もしていない。
その状況で、エリアム人対エリアム人の戦闘をちらつかされたら、普通はびびる。この場合に、領主は積極的にではないが、俺たちの敵に回る可能性がある」
「対処法は?」
「うまく行けば、こちらが脅し返すことで寝返らせられる。うまく行かなかったら逃げの一手だな」
「他にはなにかあるか?」
「そうだな。さっきと同じ状況で、領主が中立を気取ってなにかの仲介をやり始める場合か。
こちらもあちらもとっくに戦闘を決意している状況で、無駄に交渉とかやらされ始めたら、時間だけ空費することになりかねん。この場合、突っぱねるという行動を起こす必要があるが、そうすると領主を敵に回してしまうかもしれない」
「その場合はどうする?」
「やっぱり脅して乗っ取るしかないんじゃないかね。うらみは買うかもしれないが、仕方ない」
「なるほどな」
マリイはうなずいた。
「まとめると、とにかくなにかあったら脅したりすかしたりして、ダメなら攻撃魔術ぶっぱして逃走ってところか。単純で悪くないな」
「いやまあ、実を言うと、まだ懸念材料はあるんだけどな」
「ん、なにが? 領主がこちらに味方してくれない可能性はあらかた吟味したと思うが。他になにが――」
「そもそも交渉相手が領主でない可能性がある」
俺は言った。
「それがいちばん、俺が恐れていることだよ」
「? どういうことだ? 領主が直接、私たちを相手にしてくれない場合とかか?」
「そのくらいだったらどうとでもなるんだよ。
俺が本当に恐れているのは、この中に王族がいた場合さ」
「王族?」
マリイが眉をひそめた。
「いや、しかし、この付近に領地を持っている王族なんて――」
「失礼します!」
兵士の一人が声をかけてきて、俺たちは向き直った。
「領主様がお会いになるそうです。こちらに」
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか、だな」
俺はつぶやいた。
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実際には。
領主邸の廊下を歩いている段階で、俺はもう、これはヤバいということを痛感していた。
(誰だよ、こんなピンポイントでとんでもない策を打ったのは!)
「こちらです、どうぞ」
領主の部屋の前で、兵士が頭を下げる。
マリイがうなずいて、扉を開けた。
そこにいたのは――
「お久しぶりです、ティア・マリイ。それとシュンペーも」
予想通り、最悪の相手だった。
横にいる、おそらくはレゴノアークの領主であろう太っちょを差し置いて、我々に挨拶をしたこの男は。
「レイノ……さん」
「ふむ。気のせいか、一回りたくましくなったような感じがするな、シュンペー。
噂によればレイングラハの戦闘に参加したとか? おまえのことだ、華々しく戦功を挙げたのだろう?」
「まあ……はあ」
俺は素っ気なく返事。
頭の中では、めまぐるしく打開策を練るべく、考えに考えている。
「レイノ・オーバック。先の反乱にて、神殿救出隊の指揮を執った王族であったな」
「ご記憶いただき、感謝いたします。ティア・マリイ」
「なぜここに? 貴公がレゴノアークと縁があるという話は聞いたことがないが」
「ええ。若干一日ほど前に、ここに100名ほどの騎兵を連れて急行したところでございます」
「なんのために?」
「もちろん、ティアの檄文を見ましたので」
レイノは笑顔で言った。
「参戦するに当たって、まずは鉄を確保するのが先決だろうということで、こちらに馳せ参じました。ちょうどよかった、といったところですな」
「……そうか」
マリイはうなずいた。
「マリイ」
「なんだ、シュンペー」
「レイノさんがいる以上、こっちは盤石だろう。今後の話はマリイとレイノさんがするとして、さしあたり俺は外に戻る」
「おや、それはいかんな」
レイノは言った。
「おまえだって疲れているだろう、シュンペー? 歓待の用意をしてある。休んでいったらどうだ」
「すいませんが、外に500からなる兵士を待たせてるので」
俺は言った。
「待ったままなんの音沙汰もないと、暴れだしかねません。まずは連絡をしないと」
「俺の兵が伝令に行く。問題はあるまい」
「彼らのかなりの部分が日本人です。日本語が使えないと、意思疎通が難しいと思います」
「……おい。そんなに日本人がいたのか?」
「レイングラハの山間に日本人集落があるという話は、レイノさんも聞いてたでしょう?」
「そうだな。元々、彼らと交渉するためにナカバヤシがレイングラハを訪れたのだったか」
「はい。その集落と交渉がまとまってまして。彼らから借りた軍があります」
俺は言った。
思いっきりはったりである。今回率いてきたのは、アーネストを除けばみんな、レイングラハ軍所属のエリアム人だ。
だが、こうでも言わないと俺が抜け出せない。
「仕方ないな。では、シュンペーは先に帰って今回の話を兵にするということか」
「はい。それで」
「話をしたら、こちらに戻ってくるんだよな? 久々におまえと一緒に食事が取りたい」
「いえ、マリイを待たせてもいけませんし。今日は遠慮させていただきます」
「……そうか」
レイノはうなずいた。
「じゃあマリイ、俺はここで」
「わかった。調整はおまえに任せる」
言ってマリイは、俺の背中をぽん、とたたいた。
……さあて。
ここからが本当の勝負だ。
次の話の後書きのところに、この周辺の地図を掲載予定です。




