4。基礎編2:味方を増やそう(後)
「しかし、こんなときもおまえは空を見上げているんだな」
「あら宗谷、いい夜ね」
夜、レイングラハ領主邸の中庭。
中林はこんなときでも、平然と俺にそう返した。
「でも勘違いしてるわよ宗谷。私がいま見てたのは空じゃなくて、山」
「山?」
「ええ。まあ暗いからあんまり見えないけど。
そろそろ秋でしょ? 聞いた限り、この国でも山脈の高いところ以外だと、割と落葉樹が多いんですって。だから紅葉って概念もある」
「ああ、そうだったな」
去年の秋頃、いろいろやってた時を思い出して、うなずく。
中林は、厳しい顔で空を見上げている。
「それが、どうかしたのか?」
「なんかね、似すぎていると思わない? エリアムと日本」
「え?」
「水がそこそこ多くて、気候も似てて。習慣もあまり大きく変わらない気がするし、衛生状態も文明レベルの割にはいい。
なにか、私たちにとって都合がよすぎる。そんな気がしているのよ」
「例の、特異点か?」
「かもしれない。
宗谷、エリアムに一週間って概念があるの、なんでだかわかる?」
「……いや。俺にはわからないけど」
「一般的に、地球で一週間っていう概念が使われている理由って、あんまりわかってなかった記憶があるのよね。太陰暦で一ヶ月を四等分したとか、主要な天体の数からとか、いろいろ言われてるけど。
でもいまの日本で一週間がメジャーになってるのは、たぶん欧米からの輸入。で、欧米で一週間がメジャーなのは、旧約聖書からよ。どちらも一週間という単位があるのには、説明は一応つけられる」
中林は言った。
「ところが、エリアムではそういった説明が見当たらない。マリイに聞いてもわからないって話だったわ。なんで一週間なんて概念があるの?」
「マリイに聞いてもわからないんじゃ、たぶんエリアムで由来を理解してる奴はいないだろうな」
「他にも。エリアムと日本では植物にはけっこう差があるけど、動物にはあんまり差がない。これもなんで? 他の星なら、他の進化をしていておかしくないじゃないの」
「……うーん」
俺は考え、
「昔は交流があった、とか?」
「その可能性はあるわね」
中林はうなずいた。
「数十年前どころじゃなくて、千年以上前。月が黒くなる前の記録はエリアムにはほとんどない。その時代に地球とこの星をつなぐ道があったというなら、いちおう、動物が似通っているのには説明がつくわ。一週間という文化も、そこで輸入されたのかもしれない」
「その頃に一週間って概念はあったの?」
「私は詳しく知らないけど、唐の時代の中国にはあったって話、聞いたことあるわよ」
「そうなのか」
「けど、そうすると今度は、べつの説明できないことが出てくる」
「というと?」
「魔術よ」
中林は言った。
「前に言ったでしょう? わたしはエリアムの魔術、あれは歴史の途中でできるようになったものだって推測してる。おそらくは、月が黒くなった年代になにかがあったんじゃないかと思ってたんだけど。
でも、月が黒くなった後の記録は、エハイトンの図書室にはそこそこある。そこに日本が出てこない以上、交流があった可能性があるのは月が黒くなる前。でも月が黒くなる前には魔術はなかったんだから……だとすると、その移動ってどうやってたの? 魔術も使えないのに、平安超ワープゲート的なものがあったとでも?」
「想像しにくいなー……」
「まあ、それ以上に、日本側にエリアムの記録がなかったことの方が気になるんだけど。この説明が正しければ、日本からエリアムに行くことはできてもエリアムから日本には絶対行けない仕組みだった、なんていう、帰ろうとしている私には絶望的な解釈まで出てきちゃうのよね」
「でも、まだ確定じゃないんだろ?」
「確定できてたら苦労はしないわよ。
でもまあ、少しずつ仮説はできてきているわ。昔は交流があった、と言うときの、この『昔』という概念が、実は時間を表していないとしたら。もしかすると――」
中林はそこまで言って、それから首を振った。
「暴走しすぎね。確証のないことを言い散らかしてもいいことはないわ。
それに、そろそろ空ばかり見ていられなくなりそうだしね。戦争に巻き込まれちゃったんだから、私たち」
「そうだな」
頭の痛い問題である。
マリイを巡る一連の騒動に巻き込まれて、中林の天文を調べる計画は、おおむねおじゃんになってしまった。
「俺、ぜんぜん、おまえの役に立ててないな」
「そんなことを言うくらいなら、最初から役に立とうとしなければいいのよ」
「言うと思ったよ。
でも、諦めてはいないぞ。おまえが地球に帰りたいってんなら、俺はおまえのサポートを全力でやる。その気持ちは、あの日から変わってない」
「そこに見返りがなにもなくても?」
「見返りなんて、こっちで適当に見つければいいんだよ」
俺が言うと、中林は小さく笑った。
「言うようになったじゃない。前よりは少し男前になったわね、宗谷」
「そりゃどうも」
「やっぱ、一度私を死んだことにしたのは正解だったかしらね」
「おまえな、俺、ガチでへこんでたんだぞ。そんな気楽に言うなよ」
「騙される方が悪いのよ」
「あー、うん。騙す方も悪いってことに目をつぶれば、そうだな」
俺が言うと、中林は笑った。
「だから、安心してる。
宗谷は私が死んだらへこむけど、それでも折れはしないってわかったから。だから――」
と、一息。
「今回は私が手伝ってあげる。
一緒にマリイを助けましょ、宗谷」
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と、いうことがあった翌日のこと。
「で、野菊ちゃんの仲間も無事に合流した、と」
「は、はい。
えと、神殿に寝泊まりさせてもらえるということですけど、いいんでしょうか……?」
「俺も神殿長になったし、ここの神官長よりだいぶ上だからな。依頼したら相手は断れないよ」
まあ、あまりにも大きな頼み事をするとうらみを買いそうだが、このくらいなら大丈夫だろう。
およそ50名くらい。野菊ちゃんが指揮する日本人の工作部隊は、今後、大きな戦力になるはずだ。
「それはいいんだけどな」
と、タバコを吹かしながら言ったのは、アーネストである。
タバコと言ってはいるが、正確には、それっぽいなにかだ。なにぶん、エリアムと日本では植物の種類がだいぶ違うので、この火を付けて吹かしているものが正確にはなんの植物なのか、俺は知らない。
「なんで兵舎か、領主邸にしなかったんだ? オレたちのように収容すればいいじゃないか。さっき見た感じ、まだ余裕はありそうだったぞ?」
「いや、それも考えたんだがな。野菊ちゃんを荒っぽい兵士たちのところに放り込むのは、ちょっと気が引けたんで」
「……あー。まあ、そうだな」
アーネストは納得したようだ。
たしかに軍隊に参加してもらう必要があるとはいえ、野菊ちゃんたちと兵士たちを混ぜるのは、いろいろと、やばいだろう。
普段から狩りをしていた、アウトドアなアーネストの部下とはちょっと、扱い方が違う。
「そ、それで……ボクたちは、なにをすればいいんでしょうか」
「さしあたりは、訓練かな」
「なんの訓練でしょう?」
「陣地作り」
「陣地?」
野菊ちゃんは首をかしげた。
「この前の戦いでやったことだが、敵の騎兵が突撃してくるのに合わせて、荷車を転がして簡易バリケードにしたんだよ。それがだいぶ役に立った。
だけどあれ、下準備しとかないとまともに機能しないし、後処理も大変でな。できれば柵やら落とし穴なんかを、その場で作れる人材が欲しいなって思ったんだよ。だから野菊ちゃんたちにやって欲しいのは、そのための訓練」
「柵と、落とし穴ですか」
「なるべく相手が突破に手間取る奴を、突貫工事でな。
そういう仕事、任せられるか?」
「わかりませんけど……とりあえず、みんなに相談して、やってみます」
野菊ちゃんはうなずいた。
アーネストは首をこきりと鳴らして、
「オレたちはどうする? この前は割と役に立ったらしいが、やっぱ弓だけだと半分くらいしか使えねえし、半分は鍋で音鳴らす係になるぞ」
「それについては、べつの注文がある」
「どんな?」
「ほれ。中林が作った、魔術のマニュアルがあるだろ」
「アレか」
アーネストは腕を組んだ。
「まあ、オレも読んだ限りじゃ、わかりやすくはあったが……即席では仕上がらねーぞ。せいぜい、書かれていた「朱雀」とかいう魔術が、かろうじて使えるようになるのが関の山だ」
「それでも十分なんだよ。
アーネスト、戦場において魔術兵ってのは本当に特異なんだ」
「そりゃ聞いてはいるよ。魔術じゃないと相手の魔術防御を貫通しにくいとか、そういうのだろ? だが――」
「違う違う、そっちじゃない」
俺は手を振った。
「そうだな。弓兵から始めよう。弓兵の強いところは、遠距離攻撃できるところだ。
命中精度は決してよくはないが、とにかく弓が当たれば敵を殺せる。そして相手の槍だの剣だのは、こちらには遠すぎて当たらない」
「まあ、そうだな」
「だが弓兵が攻撃するには、矢が必要だ。矢を前もって用意し、それを放ってようやく攻撃が成立する」
「それもそうだな」
「魔術兵には、矢を事前準備する必要がない」
「…………」
アーネストは、ほう、と息を吐いた。
「なるほど」
「他の武器だって同じさ。何度も使えば剣は折れるし槍も折れる。そうしたら補給隊に行って、換えの武器をもらってこなきゃいけない。
だが、魔術兵だけは、その行程が一切いらない。食い物以外の補給を必要とせずに攻撃力を維持できる――それは、大きなアドバンテージになる」
「多少攻撃力や応用性が落ちても、か」
「ああ」
俺はうなずいた。
「平行して、あんたたちには馬術を習ってもらいたい。熟練の魔術師ならば移動速度を高めるのに魔術を使えるが、基本的には馬がこの世界で最も早い移動手段だ。魔術騎兵――その数を、可能な限り早く、一人でも多く増やしたいんだ」
「了解した。……しかし、なんだな」
「なにか?」
「いや。日本人にも、こういう奴がいるんだと思ってな。
元々こういう指揮の経験でも?」
「俺はただの歴史ファンだよ。中世の戦術にはそこそこ詳しくてね」
「それだけでここまで考えるかね。
ま、いいさ。オレたちに与えられたオーダーは理解した。可能な限り早く使い物になる兵隊を作るから、期待してくれよ。大将」
言ってアーネストは、どん、と俺の胸を小突いて笑った。
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「で、それはそれとして、矢を確保する必要はあると思うんだよ。バルド」
「おまえはまたいつも、唐突に話を始めるな」
レイングラハ領主邸、作戦会議室。
マリイやバルドだけじゃなく、今回はレイングラハ地方軍の主な将官も揃っている。例のマリクくんも、椅子に座ってこちらの話を聞いていた。
この前と違うのは、連中が全員、こちらに一目置いている風であること。やはり、武人を説得するには、実際に勝ってみせるのがいちばん効率がいいようだ。
確実な味方としてアーネストを連れてきたが、これならいらなかったかもしれない。
「各地の神殿と街に檄文を飛ばす、これは昨日、急いで行ったわけだが。
しかしこのレイングラハの周辺の街は、街道筋に沿って存在するギグ、コメリア、アリハー、すべてそれぞれ、例の私兵集団の出撃拠点だと推察される。当然、領主も敵側である可能性が高い。
西エリアム側から援軍が来る可能性もあるが、基本的には、まとまった地方軍や砦の軍隊がこちらと合流するのには、時間がかかる。それまでの間になにをするか。それを考える必要がある」
「それが、矢か?」
「ああ。食料なら割となんとかなる。西エリアムは穀倉地帯で、我々はそれを背負っているからな。
だが武器、特に矢の補給は重要だ。尽きれば早晩、我々は敵に対抗できる遠距離戦力に苦労することになる。なんとかして矢の供給を確保したいが、アテはあるか?」
言われて、バルドは腕を組んだ。
「そうだな。各地の砦には相応の備蓄はあるが、やはり最大の貯蔵庫となると――」
「となると?」
「レゴノアーク。このレイングラハから山脈に沿ったパルク街道で南に二週間ほどのところにある、エリアム最大の鉱山都市。鉄の産地であり、同時に武具の産地だ。
領主であるリングル家も、穏健なタイプの貴族だ。積極的に反乱に参加はしないだろうよ」
「なるほど」
「だが……問題は、そこに至るまでにある街だ」
バルドは言った。
「どれが味方でどれが敵かもわからん。距離があるからそれなりの数の街もある。親書を携えて使いを出す程度ならできるが、引き込むために交渉するとなると、安全に配慮せねばならん」
「そうだな」
俺はうなずき、考えた。
「確実に味方に引き込むためには、マリイ自ら行くしかないと思うんだ」
「そうなると安全を確保しないといかん。察知した敵にレゴノアークを強襲される場合に備え、護衛に500くらいの兵は欲しい。
だが、街道をその兵力で進んだら、他の街を刺激してしまう。最悪、戦いになってしまうことになるかもしれん。どうする?」
「んー……どうするって言われてもなあ」
俺とバルドが、思案に暮れていると、
「あのさ」
発言したのは、アーネストだった。
「なんだ?」
「いや、要するにあんたらが欲しいのは、秘密の通路みたいなのだろ? レイングラハからレゴノアークまでつながる、街道筋じゃない道」
「そりゃあ……まあ。
そういうのがあれば問題は一気に解決するが。心当たりはあるのか?」
「あるぜ」
バルドの言葉に、あっさりアーネストはうなずき、
「山に沿って、オレたちが作った秘密の通路がある。
まあ、わかんねーけど、たぶん500人くらいだったら通れるんじゃないかね? そこを通れば万事解決だろ?」
と言った。




