4。基礎編2:味方を増やそう(前)
「だからなんでミッタが戦場なんかに出なけりゃいけないですっ! わけわかんないですっ謝罪と超過勤務手当を要求するですっ!」
「いや、おまえ、それ最初から言えよ。俺、てっきりおまえが志願したんだと思って使ってたぞ」
「こんな筋肉痛になる仕事、ミッタが志願するわけないですー!」
じたばた暴れるミッタ。案外元気である。
いやでも、戦争終わってから言われてもなあ……
「せめて行軍途中にでも言えば、補給隊に送るとかそういう穏便な手段が使えたんだけど」
「あ、あんな軍人さんばっかに囲まれた状況で不平不満とか言えるわけないですーっ! そ、そしたらなんか、指揮権なんてものまで渡されて……!」
「べつに初めてじゃないだろ。おまえこの前、マリイ救出隊指揮してたじゃん」
「あのときはまだ、やるべきことは簡単だったからなんとかなったですっ。今回、タイミングひとつ間違えたら終わりな任務じゃないですかっ。ミッタがしくじったらどうする気だったです!?」
「まー、うん、そうね。危なかったね」
「危なかったね、じゃないですっ! 今後こういうことがないように、ソーヤはいますぐ対策を立てるです! いますぐ!」
「わかった、わかったよ」
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「という話なんで、ちょっと指揮系統について本気で話しておかないか?」
「それをこのタイミングでようやく言うあたり、おまえって案外抜けてるよな……」
あきれたように言ったのは、バルドである。
いまいるのは、領主の執務室。人間も幸い、マリイと俺とバルドしかいない。
戦争が終わって一昼夜ほど過ぎ、事後処理が一段落ついたというのもある。これまでずっと報告やら指示で忙しかったバルドや俺も、やっと一息つけた、というところだ。
「ていうか、俺、エリアムの軍事組織の話とか、まるで知らないんだけど。この街にいた兵士1万、あれどこの兵?」
「あれは俺の家、つまり、ラグード家所属の兵だ。領主直属の、地方軍って奴だな」
「だいたいどこの街にも、この規模くらいの兵士がいるわけ?」
「そんなわけないだろう。レイングラハは北エリアムと西エリアムをつなぐ要衝だぞ。
他の街は、アカインとラマネイスとカネイ、それから南エリアムとの国境線にあるタナリッツにはそこそこいると思うが、これらとエハイトン以外の地方軍なんてろくにいねえよ。たとえば、おまえが世話になってたっていうキンバリア、あそこなんて2000がいいとこなんじゃないか」
「それ以外の軍は?」
「王家直属の親衛軍と、神殿護衛隊。後は各地の砦の防御部隊だな。これら全部、見境なしに集めまくってようやく25万ってところだろうな」
「他国と戦争になったらどの軍がどう動く、とかは?」
「王の下に全軍が動く、ことになってる」
…………
俺はマリイをじぃっ……と見た。
マリイはにかっ! と笑って、
「なんだいなんだいシュンペー。いまさら私に惚れたか?」
「その発言、リシラと同じ方向性だよな」
「みんなシュンペーには惚れてて欲しいってことだろ。都合いいから」
「最後の一言がなかったら嬉しかったんだけどなあ!」
「で、なんだよ」
「いや。実際の指揮権、どうなってんの?」
「私は神殿護衛隊しか指揮しないぞ。いや、親衛軍にも顔は出すがな。なにしろあいつら、私が出向神官を与えないと魔術戦力もまともに揃えられないからな」
「じゃあ、指揮官は?」
「慣例としては、王が指名した貴族がやるのが普通だ。
しかしこの場合は、そういうわけにもいかんな。王はエハイトンにいて、ここはエハイトンじゃない」
「なるほど……」
しかし、それはなかなか悩ましいことになるな……っと、いまはそれは後回しにして。
「そうすると、この場での指揮系統のトップは」
「間違いなく俺という扱いになるな」
バルドは言った。
「しかし、そこで問題が出てくるのが、魔術兵だ」
「だよなあ」
「敵にフリユが潜ませた魔術戦士がいる。こちらに魔術の専門家がいない以上、神殿側から戦える魔術師を貸してもらわんと話にならん。
最有力戦力はそこのちびっこ、つまりはティア・マリイだ。だがこれは敵が命を狙っているが故に、簡単には前線に出せん。次点の戦力としてはナカバヤシ、ソーヤ、それとあのナイエリとミッタとかいうふたりか。この四人は戦力として重要だが、ではその指揮官は誰ということになるんだ?」
「いちおう、トップはマリイということになるんじゃないのか?」
「それには異存がない。だいたいちびっこもナカバヤシも神殿のトップクラス。地方領主代行の俺とじゃどうやっても釣り合わん。
が、問題は実働部隊の指揮権のことだ。どうする、俺とソーヤをツートップにするか?」
「ダメだ。それはまずい」
「なんで」
「ツートップはやばいんだよ。功の取り合いになる。いいこともないわけじゃないが、悪いことの方が大きい」
「この状態でかあ? こんな追い詰められた状況で馬鹿やるほど俺もおまえも――」
「部下はそうとは限らん。それに、いまならともかく、勝ち始めたタイミングでまたどうなるかわからんだろ」
「……それは、まあ」
バルドにも思うところはあったのだろう。うなずく。
実際、今回だってやばかったのだ。
バルドが俺を前線指揮官に指名したから、部下たちはそれに渋々従ってただけ。一歩間違えれば、功を焦っていきなり突撃とか始めて、作戦がぜんぶ台無しになっていたかもしれない。
というか、そうならないように会議で完全に作戦を固めようとした結果、前日の会議が六時間という凄まじい長さになってしまったのだ。こんなことを繰り返していたら、身が持たない。
「そういうわけで、実働指揮のトップはバルド、あんただ。それ以外の選択肢はない」
「馬鹿を言うな」
「え?」
思わず聞き返した俺に、バルドはあきれたように、
「おまえな、これからティア・マリイの名前で檄文出すんだろ、各地に。当然、いろんなところから軍団が集まってくる。俺は領主代行で、奴らは領主だ。俺がトップだと絶対にもめるぞ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「おまえしかいない。ソーヤ」
バルドは真剣な顔で言った。
「おまえは神殿勤めで、俺たち貴族と別ラインだ。格の上下で云々を言われない。
その上、おまえはすでに軍功を挙げている。トップを務めるに当たって、これ以上ない説得力だろう。うちの兵に限定すれば、すでに信頼も得ている。聞いたぞ、随行したマリクからの話を。あいつはもう、おまえに全幅の信頼を寄せている」
「…………。
ああ、あの名前わかんなかった奴、マリクって言ったんだ」
「覚えてなかったのかよ……」
さすがにあきれたように、バルド。
そっかー……マリク、マリクね。よし、覚えた。
「しかし俺がトップって言われると、これはこれで問題あるんだけどな……少なくともこの街に、俺より神殿序列で上の奴が、三人いるんだけど」
「え、ちびっことナカバヤシはわかるとして……あとひとりは誰だ? レイングラハの神官長じゃないよな?」
「いや、ミッタ」
「はあ!?」
そう。ミッタは俺より序列が上である。
「だってあいつ、中林の秘書官だぞ。俺は中林の補佐であるキリアニムの秘書官。ほら、あいつの方が上司だ」
「おまえ今回、上司をアゴで使ってたのか!?」
「うん。まあ、そうなるね」
本当、よくこの指揮系統でなんとかなったもんである。
と、マリイはくすくす笑いながら、
「なんか面白いことになってるんだな、シュンペーの周辺」
「笑い事じゃなくてな。この場合どういう扱いにするんだよ。俺が指揮官じゃ、中林はともかくミッタには一切指示が出せなくなっちまうぞ」
「なんだ。そんなの簡単に解決できるだろうが。私を誰だと思ってる?」
「唯我独尊という単語が形になった女」
「そう、天下無双のティア・マリイ様だ」
ふんぞりかえってマリイは言った。……聞いちゃいねえ、こいつ。
「だからな、シュンペー。こういう場合は私がちょちょいのちょいで、その問題を解決しちまえるんだよ」
「どうやってだよ。暴力は禁止だぞ」
「大丈夫だって、使うのは暴力じゃなくて権力だ」
「は?」
「だからさ」
と、マリイはとても気楽そうに言った。
「要するに、シュンペーをいまここで神殿長に昇格させりゃいいんだろ?」
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「ていうわけで、なんか俺、神殿長になっちゃったらしい」
「おまえらは本当に、エリアムの序列をどっかんどっかんぶっ壊していくな……」
ナイエリは心底あきれたようにそう言った。
「どっちかっていうとマリイだろ、序列ぶっ壊してるの。中林を神殿長にしたのもあいつだぞ」
「そりゃあそうなのだけど、実情としてぶっ壊れてるのはナカバヤシとおまえの序列なのだ。
……まあ、仕方ないとは思うけど」
「え、なんで?」
「シグ師範をボルカで手玉に取ったこともあるソーヤは、軍略においては切り札に違いないのだ。マリイ師もそこを踏まえて今回の人事に」
「いやシグのボルカの腕はかなりアレだし、それ以前にボルカと軍略ってなんにも関係ないぞ?」
というか、序列言うなら、こいつの脳内におけるシグの序列のほうがおかしい。
なんかこいつ、シグを神格化してるんだよな。そりゃ、シグが弱いわけじゃないんだけど、個人戦闘力はともかく、軍を率いた経験はないだろう。
警察を指揮していたことはあるが、あれは所詮は捕り物。軍隊同士の総力戦とはわけが違う。
と、そういえば。
「そういやナイエリ、おまえずいぶん強くなってたなあ。まさかあんな高度な射撃魔術まで使いこなすとは思ってなかったぞ」
「ふふん、そうだろ!」
ナイエリは得意げになった。
「なにしろこの前の神殿のいざこざで、あたしも力不足を痛感していたのだ。だからグレイと再戦したら今度は正面から勝てるように、マリイ師にこっそり訓練をだな」
「それで新必殺技かあ。……いや、待て」
「む? なにかあるのか?」
「いや。……マリイ師に訓練を? マジで?」
俺が問うと、ナイエリは得意げに胸を反らした。
「そーなのだ! なんと筋がいいからと言って、かのエリアムの最強攻撃魔法、疾風神の矢弾を教えていただけたのだ!」
「いや。そのマリイって、あのマリイだよな? レイングラハに来るまで一緒にいた?」
「…………」
あ、という顔を、ナイエリはした。
「ま、まさか……じゃあ、あのときのマリイ師は」
「うん。中林だな」
「だましたな女狐ええええー!」
ナイエリは激怒した。
「よ、よりによって、このあたしの魔術を奴の邪悪な技で汚染するとは! 恥を知れ!」
「いや、俺に言われても。それに、いちおうちゃんと使えたんだろ? 疾風神の矢弾」
「そ、それは、まあ……」
ナイエリはごにょごにょ言って、不満げながらもいちおう拳を下ろした。
……まあ、言わないでおくけど。
(たぶん中林、ナイエリが覚えやすいように意図的に加工した、改良版を教えてるよな)
どうりで、ナイエリがいきなり超高度な魔術を使い出したと思ったんだよ……
しかし、そうすると。
「でもそうなると俺以上に不明な立場だよな、おまえも。いまって公的な立場、なんだっけ?」
「バルチミ家の使用人頭」
「……むちゃくちゃだな。民間人じゃねえか」
つまるところ、俺が先の戦闘で構成した魔術騎兵は、下っ端神官の俺がリーダーで、その上司と民間人がサブリーダーという、とんでもねえ組織だったわけだ。
マリクくんもどん引きするわけである。
「どっちにしても、エリアムがいま、簡単な状態じゃないのは確かなのだ」
と、そのナイエリ。
「キリィ様にはシグ師範がついてらっしゃるから、めったなことはないと思うが……キンバリアのじっちゃんは、大丈夫だろうか」
「どうだろうな……」
俺は、先ほどのマリイとバルドとの会話を思い出していた。
(2万というのは、いくら不平貴族がこっそり集めようとしても、見つからずに集めきれる数じゃない。
だからかなりの部分、フリユ軍由来の傭兵で、しかも新参のはず。さらにそれらをエリアム中からかき集めていっきにケリをつけようとしたはずだ。である以上、それ以外の私兵勢力は、いまのエリアムには存在しない)
その推測はたしかに信頼できるものだと思うが、
「フリユ軍がどう出るか。それがすべてだな」
「フリユとの戦争は、あたしは直接知らないが、これまで何度もあったそうだ。
だけど今回はそのどれとも違う。じっちゃんが若い頃には古い国だったフリユは、あのツァンティヴァルの魔術方陣とかいうのを開発して以降、一気に強くなって、四方八方に喧嘩を売るようになった」
「その流れで、今回の戦争があるってわけか」
「そうだ。
ソーヤ、おまえはどう思う? 今回、魔術方陣使いは、敵軍にそれぞれ一人ずつくらいしか配置されてなかった。だからあたしたちは、全員でボコることでなんとか対処できた。
けど、あれが20人くらいで一気に来られたら、どう対処していいのかわからないのだ」
「それに対する対処策は、ひとつだけ思い浮かんでるんだけどな。
ただ、問題は間に合うかどうかだ」
「間に合うか? なんのことだ?」
「だからさ」
俺は言った。
「本格的にフリユ軍とぶつかり合う前に、対抗するための戦力の育成が間に合うか――だよ」
【余談】
バルドがマリイをちびっこと呼んでいたのは、かつては兄や父に入れ替わりを悟られないためのコードネームみたいなものだったのですが。
なんとなくバルド、癖になってそのまま使ってます。マリイもなんとなくそのまま流してます。




