2。応用編1:なにが敵か把握しよう(後)
「来たか、シュンペー」
広間に入ると、そこにはレイングラハの軍指揮官たちとバルド、そしてマリイが地図を囲んでいた。
「寄り道する暇はなかったから、全員で来たぞ。こっちのごついのがアーネスト。兵100を貸してくれるってよ」
「そうかい。ミッタとナカバヤシはいいとして……ノギクまで来てるのか」
「ああ、マリイとは面識があったか。
とりあえずこの子、しばらく俺の補佐として使わせてもらうから。よろしく」
「構わん。いまは猫の手でも借りたい状況だ。まずはこれを見てくれ」
言ってマリイは、地図を手で示した。
「羊皮紙が置かれているだろう。そこが狼煙で連絡があった、敵の行軍ポイントだ」
「素性は?」
「地方貴族の私兵どもだな。私兵を持つのは禁止のはずなんだが、いつの間にかここまで集められてた」
「名目は?」
「わからん。が、禁止されてる軍隊だ。まともなものではなかろうよ」
「数は? あ、もしかして細かい連絡が取れないか?」
「花火魔術を使った信号で概算は来てる。北のマモン街道から7000、東のタリア街道から5000、南東のベロッソ街道から8000といったところだ」
「レイングラハ軍の規模は?」
「1万とちょっとってところか。明らかに劣勢だ」
「なるほど」
俺はうなずいて、
「で、7000と5000、どっちを攻めようか相談してるってところか。俺は7000がいいと思うが」
「……はい?」
言ったのは、バルドだった。周囲の連中もざわついている。
対照的にマリイはにやにや顔。……なんか、やだなあ。変な期待されてそう。
「なにを言ってるんだソーヤ。数的劣勢に加えて、敵が無法者であることは明らか。救援を待てば確実に勝てる状況で、よりによって打って出るって言うのか?」
「な、言っただろうバルド。シュンペーはこういうとき、必ずこういう爆弾発言するんだよ」
「失敬だなマリイ。俺はいつも、常識的なことを言ってるだけのつもりだぞ」
「おまえの常識は説明されないと凡人にはわからんのだよ。シュンペー。
で、それならなんで打って出るって? おまえ得意の解説を願いたいものだね」
「俺になにを期待してるのかわからんが――」
俺はぽりぽりと頭をかきながら、地図を指さした。
「いま打って出ない場合、一週間後には2万の軍がレイングラハを取り囲む」
「そうだな」
「一ヶ月後には5万に増えてる」
「……なぜだ?」
言ったのはバルドの手下の……ええと、たぶん偉い人であろう、じいさんだ。
「いくらなんでも、貴族の私兵がそのレベルで膨らむわけがなかろう。いままで禁止されていたのだぞ?」
「貴族の私兵じゃねえよ。増えるのはフリユ軍だ」
「は!?」
彼はあぜんとした。
……言われないとわからんかなあ、これ。
あのときの暗殺者、あれがフリユ系の魔術を使っていた時点で、気づきそうなものなのに。
「だいたい、時系列がおかしいんだよ。前回のクーデターもどき、不平貴族どもの虎の子である秘密の魔術戦士軍団を全力投入した、総力戦だったんだぜ?
それが全滅したから、仕方なく今度は外国から腕利きの暗殺者を雇い入れた。言うは易し、だよ。そんなこと、切り札を使い果たして、いまさら人脈もつてもない不平貴族どもが、このタイムスパンでできると思ってるのかよ」
「そ、それはそうだが……」
「敵はふたつ」
俺は言った。
「不平貴族どもと、外国――北の、フリユ帝国だ。
今回の暗殺劇、あれはフリユ側が売り込んだんだ。不平貴族はそれに乗った。あいつらの考えでは、それでマリイを首尾良く暗殺したら、今度はレイングラハ領主をマリイ弑逆の罪でぶち殺して口をふさいで終わり。いま近づいてる私兵どもはその類だ。
だがフリユはもっと狡猾だ。奴らはマリイ暗殺が成功しようが失敗しようが、どちらでもいいように予定を組んでる。成功しようが失敗しようが、エリアムには内戦が起こる。そこで、その内戦への援軍と称して、フリユ軍はエリアムに堂々と進駐する」
よくできた筋書きである。
よくできていすぎて、少々、怖気が走る。この筋を書いたのは、かなりの切れ者だ。
「一ヶ月待っても救援は来ない。敵はたぶん、先遣隊をレイングラハに向かわせて、封じ込めにかかる。そこで一ヶ月後には敵は5万。時間が経てばさらに増える。
身動きが取れないうちに、三ヶ月後までにはエハイトンの政治状況はあらかた掌握されて、フリユの傀儡が取り仕切る状態になる。
六ヶ月後にはそれが北エリアム全体に波及し――そして一年後には、フリユの版図が北エリアムを飲み込み、エリアム王国の残党がかろうじて西エリアムとレイングラハを確保した状態で固定される」
「それは……そんな……」
「打って出るしかないんだよ。この状況では。
ぱぱっと最初の内戦を終わらせて、マリイの名前で各地に檄文を出す。そうすれば、敵もうかつに動けなくなる。不平貴族の手引きでエハイトンに侵入する、まではできるとして――そこから先の大義名分がなくなるから、めちゃくちゃ苦労することになる。
たぶん、地方領主の間でも、こっち側とあっち側で分裂するようになるだろう。そのタイミングで可能な限り、有力な地方領主の支持をかき集める。そこまでやってようやく、相手との勝負になる。要するに、最初の2万は瞬殺で倒さないと、どういう形にせよエリアムは終わるってことだ」
「だが、だが、2万だぞ!? 相手がこちらの兵力の倍あるというのに、どうやって対処しろと言うのだ!」
「まだ2万じゃない」
俺はぴしゃりと言った。
「7000と、5000と、8000だ。それぞれ違う街道から進撃してくる。ここからわかることはみっつある」
「というと?」
青ざめたじいさんとは対照的に、面白そうな顔になってきたバルドの声に、俺はうなずいた。
「まず最初に、敵の指揮系統はそれぞれ違うってことだ。
指揮系統が同じなら、わざわざ分散させることはしない。野戦で包囲陣を敷くとなれば可能性はあるが、今回はレイングラハの攻囲のための移動中。おそらく音頭を取ってる貴族は、それぞれ別系統だ」
「ふたつ目は?」
「レイングラハでことが起こる予定だった時刻から、いままでの間での行軍時間と、この規模の私兵を隠しておける都市との距離を考えろ。明らかに、速すぎる――輜重隊もそこそこに、とにかく早い者勝ちで戦功を立てるつもりだろう」
「みっつ目は?」
「たぶんこいつら、仲がよくない。功を焦っているのもそうだし、そもそもこの状況で指揮系統をばらけさせる時点で、連携は絶望的だ」
俺は言って、笑った。
「つまり相手は、物資も少なく疲れる強行軍をしている軍隊で、その上、隣と連携が取れていない。各個撃破してくださいと言わんばかりだな」
「5000ではなく7000を選んだ理由は?」
「5000は中央だ。それに8000との距離が遠くない。万が一、いまの推測が外れていて、7000や8000が5000の救援に来たら、それでどうしようもなくなる」
「…………」
バルドは腕組みしながら俺の説明を聞いて考えていたが、やがて口を開いた。
「おい、ちびっこ。こいつ、何者なんだ? 太陽の国で将軍でもやってたのか?」
「さすがにそれはないだろう。が、才気はある。
最初に会ったとき、的確に邪教集団を潰していく手腕に、私は怖気すら感じたんだぜ。それがソーヤ・シュンペーという男だ」
「なにを失礼な。俺こそ、取れた自分の首を持って走って相手にドロップキックかますおまえにびびってたぞ、マリイ」
「わはは、そんなこともあったなあ!」
「笑えねーよ」
ジト目でバルドが言った。
「それはともかく、7000をやっつけるとして、その後どうする気だ? まだ敵は13000残っているぞ?」
「そいつらはたぶん7000を無視してレイングラハの城壁に取りつくだろう。この状況、攻城戦だと思ってるからみんな、見覚えがないんだろうがな――うちの故郷じゃ、古代ギリシアにも、たしか中国にも戦訓がある。たぶんエリアムにもあるんじゃないかね。有名な状況だ」
「というと?」
「城壁を守る、防御に秀でた少数の兵と、打って出る攻撃に秀でた多数の兵。城壁を右翼、打って出るのを左翼と読み替えれば、これはつまり片翼に攻撃力を集中して敵片翼を可能な限り速く崩し、返す刀でもう片翼を背後から強襲する戦法――」
俺は、一息ついて、言った。
「『エパミノンダスの斜線陣』だ」
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俺とアーネストが会議から解放されたのは、それから六時間後のことである。
「つ……疲れた……」
ようやく、事前打ち合わせがすべて終わって、俺たちは神殿組が待機している部屋に戻ってきたのだった。
中林、マリイ、ナイエリ、野菊ちゃん、ミッタ。こいつらは面倒な会議は免除されて、ここで悠々自適していやがった。くそう。
「おー、お疲れー」
「お疲れー、じゃねえよまったく……細かいの全部俺に放り投げて、さっさと退出しやがって。マリイ」
「仕方ないだろう。私やナカバヤシは神職だよ? 軍の動かし方なんざ知らん。
いても邪魔になっただけだろうよ。ほら、おまえ用の食事は用意しといてやったぞ」
「わかんなくてもおまえの発言力があれば、もうちょい苦労しなくて済んだんだよ……あー、疲れた」
言いながら俺は、マリイたちが座っているテーブルに座り、差し出された皿を取った。
「おや。これ作ったの、もしかして野菊か?」
「あ、はい。アーネストさんもどうぞ」
「ありがとよ。あー、さすがにオレも疲れた。ちまちまちまちま、面倒くせえんだよ。まったく」
アーネストは豪快に骨付き肉をほおばった。
俺もご相伴にあずかろうと、香辛料をかけて肉をかじる。
「うん、うまい。ありがとな、野菊ちゃん」
「え、えへへ。お口に合うといいんですけど……」
ふと。俺は横でふくれっ面をしているねこしっぽに目をやった。
「なんでおまえそんな顔してんの、ナイエリ」
「ここんとこあたしの出番がないからだ!
あーもう、神殿と領主の連絡役みたいなのばっか押しつけられて、帰ってきて料理作ろうと思ったら止められて。いいことないのだ!」
「あー、うん。野菊ちゃんに超感謝だな」
「そこでなんでそういう反応になるのだ! あ、あたしだってあれからがんばって修行して、人並みのものは作れるようになったのだぞ!」
「あれから、っていつからだよ。その昔ミッタをバルチミ家に招待したときに振る舞って、ミッタが卒倒したアレか?」
「や、やめてなのですソーヤ……トラウマが、トラウマのスイッチが……!」
あ、ミッタがぷるぷる震えだした。これは話題を変えないといかんな。
「で、エハイトンとの通信はどうだったんだ、中林?」
「リシラには通じてる。おおむね宗谷の予想どおりね。マリイが殺されたことになってて、貴族会議が強引に内戦解決のためにフリユ軍を通すみたいな話を出してきて、いま揉めてるって」
「やっぱりか……」
「それと、リシラの工房は場所を特定されて、いまリシラは潜伏中。キリィの安全は確保したって言ってるけど、通信機の設計図は見られただろうって」
「あー、そりゃそうか」
「その上、現物がマリイの部屋にある。複製されるのも時間の問題ね。今回の内戦、通信機を使った、遠距離連絡が可能な相手との戦いになるわよ」
「その口ぶりだと、なにか考えがあるんだな?」
「相手を引っかけられそうな? もちろん考えてるわよ。
でもまあ、いますぐ使えるわけじゃないし。詳しくは今度、機会を改めて説明するわ」
「そうだな」
俺は言って、一息、大きくため息をついた。
「せめてもう1000、兵士がいればな……」
「またその話か。会議でも言ってたが、そんなに重要なのか?」
「仕方ないだろ、アーネスト。相手の戦力は7000。計算上、ランチェスターの公式での戦力二倍水準は9900だ。
でもそれだとこのレイングラハを守る兵士が足りない。だから9000まで落とさなきゃならなかった。戦術上の優位はいくつかあるが、この程度の差では一歩ミスると、こっちが吹っ飛ぶぞ」
「そんなもんかねえ」
アーネストは小首をかしげていたが。
それ以上に大きく反応したのが、中林である。
「ランチェスターの公式ぃ? 宗谷、あんなの使ってるの?」
「え、なに。おまえ、あれ知ってるの?」
「知ってるわよ。経営学の授業で習った。私には眉唾としか思えなかったけど、あんなの使って計算してて大丈夫なの?」
「んー? 経営学……?」
よくわからない。ランチェスターの公式、経営に使えるんだろうか。
「どういう話だったんだ? おまえが聞いた、ランチェスターの公式って」
「えーと、たしか、こちらの戦力が3で、相手の戦力が5なのよ」
「ふむふむ」
「一騎打ちを挑むとこちらが全滅したときに相手が2残る。これがランチェスターの第一法則とかいうのね」
「……ふむ?」
「で、集団戦だとなぜか二乗差を計算することになって、5×5から3×3を引いて16。その平方根を取って4。だから相手は4残る。これがランチェスターの第二法則ね」
「……お、おう」
「それで経営学的には、これは大企業は集団戦に向いた多方面の経営戦略を立てるべきで、大企業でないところは一騎打ちを挑むべくニッチ産業で勝負をかけるべき、とか言うんだけど……」
中林はそう言って、ため息をついた。
「これ、納得できる? 正直言って私、最初に聞いたときから意味不明だとしか思えなかったんだけど」
「でも俺が聞いたランチェスターの法則は軍事学用語だから、なんかそれは違うランチェスターさんなんじゃね?」
「けどさっき宗谷が言っていた「7000に対して9900」って、二乗で差を取ってるんじゃないの? それって第二法則でしょ?」
「……うん、まあ、そうね」
俺もよくわからなくなってきた。
マリイも首をかしげて、
「それ以前に、第一法則でも第二法則でもこちらは全滅してるぞ。そのケイエイガクとやらは、全滅してもいいから可能な限り首級を取るのを目指せという学問なのか……?」
「いや。いやいや。それはたぶんたとえ話かなんかだと思うんだけど……いや、でもな、えーと昔調べたんだけど、俺が聞いたのってぜんぜん違う話だったぞ……?」
「あのう」
おずおずと手を挙げたのは、野菊ちゃんだった。
「ん、なに?」
「ボク……中学の時にパソコン部だったんです」
「あ、うん。それで?」
「そのランチェスターの法則っていうの、顧問からの課題で出たことがあります」
「え、課題!?」
「はい。課題です。プログラミングの」
野菊ちゃんはうなずいた。
中林は興味を持ったらしく、
「どんなプログラムだったの?」
「ええと、シミュレーションゲームの、戦闘プログラムみたいなのだったんですけど……」
「ほうほう」
「最初、A軍が10000いて、B軍に5000いるとするんです」
「ふむふむ」
「軍の攻撃力は数に依存します。係数をとりあえず0.1に設定すると、A軍は攻撃力が1000で、B軍は500です」
「……ふむ」
「で、一回、同時に攻撃すると、攻撃力ぶんだけ両軍の兵士が減ります。A軍は9500、B軍は4000になります」
「…………ふ、む?」
「攻撃力を再計算すると、A軍は950、B軍は400です。もう一回攻撃すると、A軍は9100に、B軍は3050になります」
「……………………」
中林、完全沈黙。
仕方ないので、俺が代わりに聞く。
「それからそれから?」
「あ、はい。ですから、これを繰り返すと、どんどん両軍の数の格差が開いていくわけです。それで結果として、B軍が全滅したとき、A軍の損害は、当初の戦力差である5000よりずっと少ない値になるんです」
「で、プログラムってのは?」
「この計算を、10000とか5000とか、0.1とかの数字をいろいろいじれるようにして、結果を表示するプログラムを作れっていう課題だったんですけど――
って、中林さん!? なんで泣いているんですかっ!?」
「えっぐ、ひっぐ……」
中林がマジ泣きしていた。
「ひどい……こんな、こんなの……こんなのってないわ……」
「お、おい。どうした?」
「だって……これ……陽的オイラー法……」
「は?」
中林はぐじぐじと泣きながら、
「ひどい……よりによって……微分方程式の近似解法で私が宗谷ごときに言い負かされて……この私が……なんで……」
「おまえがなにを言ってるのかわからんが、とりあえずひどいこと言ってるのはわかった」
俺はジト目で言った。
なお。
今回の経緯によって、俺はめでたくマリイから「中林を泣かせた男」という尊称をいただくことになったのであった。
……カケラも嬉しくねえ。
【ランチェスターの法則】
いまwikipedia見たら、第3章の8節書いたときからさらに大幅に記述が変わってますね。
英語版も見たんですが、経営についての議論はまったくありませんでした。経営学へのランチェスターの法則の応用は、日本の経営学会の独自の研究である可能性が高そうですね。
個人的には、営業の人数を兵士に例えるまではいいとしても、顧客が取れなかったら切腹するわけでもない以上、ランチェスターの法則を当てはめて経営を議論するのは無理筋だと思いますけどね。ランチェスターの法則は、上で野菊ちゃんが言ってる内容が本質で、つまり「人数が多いと攻撃力も高いから敵が速く減る」というのがほぼすべてです。攻撃して敵が減る構造がないとランチェスターの微分方程式がそもそも出てこないと思うんですが、どうなんでしょうかね。




