2。応用編1:なにが敵か把握しよう(中)
「ふー、疲れた……」
風呂に浸かってさっぱりした身体で、俺は寝床でリラックスしていた。
まさか三番も練習試合に付き合わされるとは思ってなかった。一発目に掌よ魔を穿てを当てて戦闘不能にして、魔術の強さというものをわからせたと思ったのだが、
「じゃあ当たらなきゃいいんだな! よしわかった!」
とか言って再戦を要求してきたので、無駄に時間がかかった。
プロレスラー、負けん気の強さはすごいものがある。
そして、その過程で、中林が指摘したエリアムの魔術の「弱点」も、見えた気がする。
(射撃魔術に、プロ用の「本格的なもの」しかない……か)
そう。
模擬戦用の彩りの矢よりちょっと高度な射撃魔術になると、もう本格戦闘用の疾風の矢弾になってしまう。中林が昔、マリイとの戦闘で用いた「朱雀」みたいな、当たると痛いけど致命傷じゃない魔法、のようなものに乏しいのである。
べつにいいじゃないか、と思うかもしれないが、相手の体力を削ぐのに使える技が少ないというのは問題だし、それ以上に、訓練に使える手が減る。剣道で言うなら、ゴムチューブの棒より上位の武器が真剣しかない状況だ。
中林の言っていた「マニュアル化」というのは、さっき言った「朱雀」を、大幅に改良して使いやすくしたものを、紙に書いて広めるというものだ。
基本的な仕様は、無属性の射撃魔術。攻撃力は、子供のパンチから暴徒鎮圧用のゴム弾クラスまで調節可能。それでいて、簡単に火属性とコンバートできる。これは攻撃力を上げるだけでなく、射程を伸ばす効果がある――火属性の魔術は上向きに力がかかることを利用した効果だ。
これの使い方を、魔術訓練についてのマニュアルと一緒に、紙に書いたものを中林は持参していた。エリアム語で書かれたものだが、いま中林は隣の部屋で日本語化にやっきになっている。
次の戦闘では使えないかもしれないが、次の次なら、戦力化できるかもしれない。
(それもこれも、識字率の高い日本人ならばこそ、か)
どこかで聞いた話だ。日露戦争で日本がロシアに勝った一因は、誰でもマニュアルを読める異様に高い識字率にあったと――それが、活かせるかもしれない。
そんなことを考えていると、こんこん、と扉をノックする音。
「どうぞ」
「あ、ミッタなのですよー」
言いながら入ってきたのは、ミッタと、その後ろに隠れる一人の……少年?
いや少女? よくわからない。
やせっぽっちな上に背が低く、気弱げな表情で折れかけのフレームのメガネできょろきょろする姿は、なんとも頼りない。
「だれ?」
「あ、平口……です。平口野菊」
彼、ではなく彼女は、そう言って頼りなくお辞儀した。
なんで来たのか尋ねようにも、妙におびえられている感じである。仕方がないのでミッタを見ると、彼女はふんぞり返って、
「なんとこのヒラクチちゃんこそが、このテイル村のお抱え技師さんなのですよっ。水車もシャワーも全部彼女が作ったのですっ」
「それをなんでミッタが胸張ってるかがよくわからないんだけど。
ていうかミッタ、日本語わかるの? さっきも森内さんとの会話についてきてたよな」
「ゆっくり話してもらえれば聞き取れます。それとカタコトなら話せるですよっ」
「赤巻紙青巻紙黄巻紙って三回言ってみ?」
「アカマキ……ふぐっ!? い、いきなり舌かんだですーっ!?」
じたばた暴れるミッタ。相変わらず面白い奴である。
しかし、そうか。技師か。
「何年生?」
「ええっと……いま日本にいれば、高校二年、です」
「それでこんなの作れたのか。すごいな」
「み、みんなに手伝ってもらって……」
ごにょごにょ言う。
「で、どういう用件? 技術関係なら中林のほうが詳しいぞ」
「あ、あのひと、なんか怖いから……」
「…………」
まあ、気持ちはわかる。
「おにいさんは、アーネストさんを相手にすごい立ち回りして、やっぱり怖かったですけど……その、紳士的な感じ、には見えたから……」
「そんなもんかね」
「はい」
「それで、具体的になにが聞きたいんだ?」
「ええと、ボクたち、このエリアムって国がどんな国か、ほとんど知らないんです」
平口ちゃんは言った。
「レイングラハの商人さんとの交流くらいしかないので……だから、外のこと、いろいろ聞きたくて」
「といっても、どういう話が聞きたいかによるぞ。時間だって限られてるし」
「具体的に言うと、どういう技術が必要とされているか、です」
「必要とされているか?」
「はい。
この村もいちおう安定してはいますけど、綱渡りですし。それに定期的に、レイングラハの奴隷市場で、日本人が出てくると買いあさってるんです。そうすると村も拡大しなきゃいけなくなってくるし、お金も入り用だし。売り込める商材みたいなのがあれば、そういう情報が欲しいなって」
「……なるほどなあ」
しかしこの平口ちゃん、本題に入ったら急にしっかり話すようになったな。
前のが演技だった……というわけでもなさそうだ。おそらく、集中すると恐怖心を忘れるタイプなんだろう。
「けど、それこそ中林に聞かないとわからないことだらけだぞ。俺も基本的には文系だし、技術の話はからっきしだ」
「中林さんは……どうやってこの世界に、自分を売り込んだんですか?」
「あいつは物理学の知識とエリアムの魔術体系から独自の魔術理論を作って、それでマリイ相手に死闘を繰り広げて信頼を勝ち取った」
「す、すごい……」
平口ちゃんは驚いたように言う。
……いや。口に出しておいてなんだが、やっぱ中林の経歴はおかしいわ。
技術者の出世コースじゃねえよ。これ。
俺はなにを平口ちゃんに言うべきか、迷っていたが。
「ところで、平口ちゃんって例の、戦力になる100人に入ってるの?」
「あ、いえ。そこは入っていません。
あれはアーネストさんとか、森内さんとかが指揮している、狩りの集団ですから。最初はこの土地も、畑とか作る余裕なくて、狩りで生計を立ててましたし」
「畑を作ろうって言い出したのは?」
「ボクです。水量が足りないって反論がありましたけど、噂される降雨量とかと、作物の性質、あとは水力発電による電動ポンプがあれば回していけるって、試算があったから」
「その試算も平口ちゃんがやったの?」
「いえ、何人もの大人に手伝ってもらって……えへへ。ボク、実計算がそこまで得意なわけじゃないんで」
「そっか……」
俺は内心、舌を巻いていた。
(つまりこの子、政治的にリーダーシップを取ってたってことじゃねえか)
狩りだけの生活から、畑を作るように。インフラ整備の計画も立てて仲間も集めて入念に練って、全体にたたきつけて自分の思う状態を実現したってことだ。
あるいは。狩りの功績と年の功で森内さんが村長になっているだけで、実際にこの集落を動かしているのは、この平口ちゃんのグループなんじゃなかろうか。
「面白いな」
「はい?」
「いや。さっきの話だけど。平口ちゃんさ、仲間連れて俺たちのところに来ないか?」
言うと、平口ちゃんは目を丸くした。
「え、でも、ボクなんかが……」
「エリアムを知るにはエリアムを見るのがいちばんだろ。百聞は一見にしかず、だ。
いちおう、俺は神殿長補佐の秘書官。中林に至っては神殿長――マリイに次ぐ、神殿のナンバー2待遇だ。一足先にエリアムの上層部に食い込んだ身としては、ついてくれば見聞が広がることは、保証しておく」
「でも、その……」
平口ちゃんはちょっと口ごもって、
「あの、危険、ではないですか? その……戦争だって……」
「ああ。無事は保証しない」
「――……」
「けどさ、実を言うと、この集落にいても無事は保証できないんだ。俺の読みだと、最悪のケースになれば、ここでも戦闘が起こる可能性は否定できない」
「そ、そんな……」
「だからまあ、悪いけどそれについては、『腹をくくってもらう』しかないかな。エリアムなんぞに来ちまったことが、そもそもの不運だったってことで」
「…………」
平口ちゃんはしばし、黙り込んだ後、
「あの……おにいさん」
「なんだい」
「できる限り……守ってくれますか?」
「できる限りなら。もちろん」
「なら……行きます」
平口ちゃんは、こくん、とうなずいた。
俺は安心させるように、
「大丈夫だって。俺だって死にたくはないしな。できる限りの安全を確保するから、平口ちゃんも安心して――」
「あの」
「ん?」
平口ちゃんは、照れたように、
「ボク……自分の名字、あんまり好きじゃないんです。だから……」
と言って、笑った。
「野菊って、読んでください」
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「という経緯で、野菊ちゃんを連れて行くことになったわけだよ」
帰り道、俺は中林に、経緯を説明していた。
中林はふんふんとうなずいて、
「宗谷のハーレム要員、減らないわよねー。リシラが抜けたと思ったら、さっそく追加だもの」
「その設定、リシラだけじゃなくておまえもごり押すの?」
「ところでアーネストさんをハーレム要員に入れるべきかどうかについて、宗谷の意見を聞きたいのだけど」
「それ以前に誰も入らねえよハーレムなんて。つうか、心臓に悪いからそういうのマジやめて」
新規の仲間がいる場所で風評被害を流すのはやめて欲しい。
ちなみにいまの軽口は日本語でしゃべっていたのだが、
「中林と宗谷は、エリアム語、しゃべれるんだよな」
「ん? ああ、そりゃそうだよ。さすがに一年いたら慣れる」
アーネストの言葉に、答える。
現在ここにいるのは、アーネスト、野菊ちゃん、俺、中林、ミッタの五名。
アーネストは指揮官として、野菊ちゃんは俺の招待客待遇で、それぞれ連れ出したのだが。アーネストはともかく、野菊ちゃんも山道を苦にしない健脚で、俺は驚いた。
一年、同じ環境にいれば人間は慣れる。ここにも、その実例がいたわけだ。
「そういや、中林。おまえ通信機は持ってこなかったのか?」
「え? ええ。マリイが使いたいって言ったからね。置いてきたわ」
「そっか。じゃあ下に行ったら確認しないといけないな……」
「? なにを?」
「いや、実はな――」
「ソーヤ。兵士さんが近づいてくるのです」
俺の言葉をさえぎって、ミッタが言った。
「見たところレイングラハの兵士だな。敵ではないと思うが……一応、警戒しておけよ。ミッタ、中林」
「もちろん」
「はいなのですっ」
ふたりはうなずいた。
兵士は、俺たちの前にやってくると、
「ナカバヤシ神殿長のご一行とお見受けいたします」
と言った。
「なに。用事?」
「ええ。一大事件、すぐ戻ってくるようにと、ティア・マリイが」
「なにがあった?」
中林と兵士の会話に、割り込む。
兵士は、緊張の抜けない顔で、
「敵襲です。街道筋を伝って三方向から、敵が近づいております。
ティア・マリイは、是非ともソーヤ殿の意見が聞きたいとのことでありました」
「……。そうか。わかった」
俺はうなずいて、兵士を先に帰らせることにした。
「ねえ、どういうこと? まさか、もう――このタイミングで、戦争が始まるっていうの?」
「そのまさかだろうな」
中林の言葉に、俺は答えた。
「俺の想像していた、最悪のパターンだ。連中……最初からもう、手ぐすね引いて待ち構えていやがった」




