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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
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3。抵当とボルカと鍛冶屋の仕事(前)

「そもそも税が入ってくるまでの金がないじゃん!」


 翌日。

 財布の中身を確認して俺は絶叫した。


「あらまあ。もう気づいたの」

「いや、気づいてたなら指摘してくれよ!」

「べつに私は責任者じゃないから」


 ぷい、とそっぽを向く中林。……おまえの生活もかかってんだぞ、と言いたい。

 財布の中には金貨8枚と銀貨16枚と小銭。3人が生活するとなると、限度は一ヶ月といったところだ。


「くそ、だからって借金の当てはないし……やっぱ親方に言って工房のバイトに復帰しようかな」

「まあ、宗谷がそれでいいと思うならいいんじゃない?」


 中林はそっけなく言う。……まだなにかあるのか。


「なんだよ。はっきり言えよ。なにが問題なんだ?」

「そうね。まあ、私は学者だからべつにどうでもいいっちゃいいんだけど」

「?」

「家に誰かを招いたとき、そこに使用人がこの量だったら驚くでしょうね、とか。この人数じゃ隅々まで掃除とかぜったいできないでしょうね、とか。庭も荒れまくりで廃墟みたいな外見になるでしょうね、とか」

「あーもうわかったよ! つまり使用人を増やさないとやってけねーって話だな?」

「体面さえ気にしなければやってけるけどね。でも貴族には重要じゃない? 体面」


 中林の言葉に、しぶしぶながら俺はうなずく。

 しかしそうなると、この財力じゃどうにもならないぞ……


「半年なんとかして保つことはできないかなあ。半年我慢すれば勝てるんだけど」

「それはキリィに聞くしかないんじゃない?」


 テーブルの端を指さす。

 いまは朝ご飯の直後である。キリィはご飯を食べる速度が遅いので、ひとりまだ食べていた。

 いまの会話はエリアム語でやっていたので、キリィにも聞こえてるはずなんだけど……


「ええと、キリィ。半年、これと同じ状況が続いても大丈夫?」


 聞くと、キリィは困った顔で、


「パーティとかのおつきあいを全部キャンセルすればいけるけど……」

「都合悪いか?」

「……わたしも、父様が死んで急に跡継ぎになったから勝手がわからないの。

 だから、どのくらい都合悪いのかとか、見当つかない。ごめん、ソーヤ」


 と、言った。


「ふむ。……すると、やっぱり切らないほうが無難なのかな」

「そうでしょうね。お家再興、というのは、貴族の体面も守らないといけないってことでしょうから」


 中林が冷静に指摘する。

 けど、この財布の中身でどうにかするってのも無理なんだよなあ……


「なんかいいアイデアないか? 中林」

「そうね。長期的に収支を改善するアイデアなら、ないでもないけど。

 でもいちばん問題なのは当面の資金なのよね?」

「ああ」

「じゃあ借金しかないんじゃないかしら」


 あっさり言う中林。

 まあ、たしかにそれしかない……けど。


「けどなあ……借金の当てなんてないんだよな。俺は使ったことないけど、この世界に貸金業者ってあるんだろうか?」

「あるとは思うけど、ピンキリっぽいわよね。たぶん法整備も日本ほど整ってないから、外れを引くとたいへんなことになるわよ」

「うぐぐ……」


 困ったな。リシラのとこの親方あたりならなんとかなるかな……?

 と思ったら、


「シグを頼ったらどうかな」


 と、声。


「キリィ……シグだって?」

「うん。シグもいちおう、名士ではあるから。知り合いを頼れば、いけるんじゃないかな」


 なるほど。そういえばあいつ二級市民だっけ。


「なによ。シグって誰」

「ああ。俺の依頼人。キリィのお家再興はあいつが俺に依頼したんだ」

「あら、そうなの」


 そう言って、中林は腕を組んだ。


「じゃあ、いっそのことそのひとにお金を借りるって手もあるわね」

「うーん……それは無理じゃないかな」

「なんで?」

「全財産だ! っつって金貨20枚渡されちゃったからな。それ以上はどうやっても出ないだろ」


 というか、改めて思うのだが。あれでシグは食っていけるのだろうか?


「ならやはり、市井の貸金屋を頼るしかないわね。……そうなるとたぶん、担保とかを要求されそうだけど」

「担保かあ。それを言われると辛いな」


 なにしろ、担保にする価値のあるものなんて、俺はなにも持っていない。

 いや……あると言えばあるか?


「天体望遠鏡、担保にならないかな」

「価値を理解してもらうのが難しいんじゃないかしらね」

「うーん……けどそれくらいしか俺の持ち物で価値あるものなんてないんだけど」

「あら宗谷、べつにあなたの物でなくともいいでしょ? ちゃんとあるじゃない、担保にふさわしいものが」

「?」


 よくわからない、という顔の俺に、中林は平然と言った。


「この屋敷よ」



--------------------



「つーことで、屋敷を抵当に入れて金を借りたいんだが、どっかいい貸金屋ない?」

「…………」


 俺の発言に、シグは沈黙した。

 やけに難しい顔をしている。


「どうした。なんか問題あるか?」

「いや。……まあ、たしかに言われてみれば、それが妥当かもしれんが。だが!」


 だん! と床を踏みしめて、


「バルチミ家の邸宅を損失の危機にさらすなど……耐え難い!」

「いや……耐えるのはおまえじゃなくてキリィなんだけどな」

「なおさら耐え難いわ! くそ、なぜ俺にはキリィ様をお救いする財力がないのだっ……!」


 ぎりぎりと歯ぎしりして、シグ。


「まあ、とにかく頼むよ。おまえだって、キリィが変な貸金屋にだまされて身ぐるみ剥がされるのは嫌だろ?」

「そんなことになったら貴様を殺す」

「なんで俺!? 貸金屋じゃなくて!?」


 ていうか、なんか俺、こいつにやたらと恨まれてない?


「しかし、借金するのはよいとして、返す当てはあるのか?」

「秋になれば領地からの税収が入るって聞いたけど」

「まあ、たしかにその収入はあるが……足りるのか?」

「金貨500枚程度の収入って聞いたからな。さすがに足りるんじゃないか?」


 無難なレベルの使用人を抱えて、ごく普通に生活していれば大丈夫だろう。

 そう思ったのだが、シグは不満顔だ。


「なんだよ。なにが問題なんだ?」

「貴様の金銭感覚がいまいちアバウトだから不安なのだ。

 何人雇うかは考えたか? 1年間を通して金貨500枚でどれだけの活動ができるか考察したか? 不作で税収が足りなかったときの対処は? 借金の金利はどの程度を想定している? これらの質問に真っ当に答えられるレベルでなければ、借金など到底容認できんぞ」

「う……」


 そこまで綿密にやらなきゃダメなのか。


「うーん……たしかに、そう言われるとちょっと……」

「まず計画を立てろ。それが妥当だと俺が判断した時点で、貸金屋を選定する」

「わかった。

 ちなみに、いくらくらいなら借りられそう?」

「一年で金貨500程度だろうな。ちなみに利息は2割程度が相場だ」

「案外利息は安いんだな」

「バルチミ家は名家だからな。だいぶ融通してもらえるはずだ」

「2割ってことは返すのは600か……それくらいならなんとかなりそうだな」


 まあ、計画立ててからじゃないといけないけど。


「とにかく、計画なしで借財をしようなぞもってのほかだ。利用予定を表にして持ってこい」

「うー、わかったよ」



--------------------



 と、ここまでで済めば話は終わりだったのだが、


「ちょっと来い、ソーヤ」


 と、なぜかシグに引っぱっていかれ、気がついたら俺は道場にいた。


「えっと……」

「木製の武具が壁にかけてあるだろう。好きな物を使え」

「ちょちょ、ちょっと待った!」

「なんだ。いまさら怖じ気づいたとは言わせんぞ!」

「いや。なんで俺、おまえと戦うような流れになってるの?」


 それを聞きたい。強く。


「仕方あるまい! あのまま負けっ放しでは俺の気持ちが収まらんのだ!」

「いや、だって、殺そうとしてきたら手加減できないじゃん」

「手加減なんてされるほど俺の腕はなまってないわ! さあ武器を取れ!」

「あのな……俺、戦闘の訓練なんてしたことないんだけど」

「な、そ、そんなはずがあるか! 俺が素人に遅れを取るはずがない!」

「残念ながら俺は素人だ。殴り合い以上の戦いの経験はない」

「だ、だが、打撃魔術やあの面妖な武術は、明らかに素人ではないではないか!」

「いや、あの程度のはったりでも強盗とかはわりと逃げてくれるんでな。それで身につけた」


 俺の使える魔術なんて、本職が鼻で笑うレベルでしかない。体術も同様。

 柔道はいちおう初段を持っているけど、ああいうのは初段なんてマジで当てにならないからなあ。


「は、はったりだと……」


 ショックを受けてるシグ。……まあ、本当はタネが多少、なくもないんだけど。

 この世界、実は体術の技巧がかなり未発達なのだ。

 基本として武器を使う文化と、魔術というファクターがあることが大きいのだが、そのせいで単純な体術はほとんどの場合には使われず、逆に見ると、対策がされていない。

 まあ、総合格闘技とかで定番のテイクダウンからの寝技はナイフと魔術が怖すぎて使えないけど、投げ技とかならわりと実戦的と言えるかな、と思う。


(それに、防御結界の問題もあるしな)


 この世界、実は魔術を使える人間は全部、防御結界というものを自動で張っている。

 強力な奴だと殴ってもこっちが痛いだけになる。それに対して、投げ技のダメージは大きいので、比較的通りやすい。だから殴り合いよりは、投げ技のほうが使いやすい。

 運よく、俺の使える技術が有効だったというわけだ。


「はったり……俺ははったりに負け……」

「まあ、不意打ち気味だったしそういうこともあるさ。というわけで俺はこれで――」

「待てええええ! 勝ち逃げは許さんぞ!」

「なんだよー。面倒くさいなあ」


 正直、マジの武芸者であるこいつに再戦して勝てるわけがないので、なんとしても逃げたいのだが。

 と、そうだ。


「じゃあアレだ。ルールは俺に選ばせろ。そっちから対戦を要求してきたんだからそれでいいよな?」

「む。まあ構わんが、ルールとは?」

「ほれ。ボルカってのがあっただろ」

「ボルカか」


 シグがうなずく。

 ちなみにボルカというのは、この世界で定番のボードゲームのひとつである。ルールは将棋とかなり似ていて、将棋の戦法が通用する。


「ふっ。だが後悔するなよソーヤ。この俺は武芸者であり、軍略にも詳しい。従ってボルカも教養として修めてある」

「ほう、そりゃ楽しみだ。じゃあやろうぜ」

「ふん、返り討ちにしてくれるわっ」


 シグは息巻いた。

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