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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第3章:暗殺計画編
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2。モールス符号(後)

「使いっ走りっつーか、正確には、ボディーガードのつもりだったんだけどな」


 軽食屋『ナイムの小魚亭』にて。

 俺は小骨相手に格闘するリシラにそう言った。

 さすがは運河の街、エハイトン。名物は魚料理である。市へ行けば鮮度のいい魚が店に揃っている。味も、だいたい当たり外れなくどれもうまい。


「ボディーガードっつっても、僕じゃシュンペーは満足に守れないだろ?」

「だが他人に知らせるくらいはできる。

 あいつが中林に敵対するグループの人間で、軽率に俺を殺そうとしてきたら、最悪でも状況をマリイに伝えられる人間が必要だ」

「えー、そんな危険な任務だなんて聞いてない。それ、見つかったら僕もやばいじゃん」

「おまえなら姿変えて逃げられるじゃん。その幻覚、加工できるんだろ?」

「できるけどなるべくやりたくないよ。美少女顔もう一度作るの、けっこう大変なんだからね」


 ぶちぶち言いながら小骨をきれいに取っていくリシラ。

 案外繊細である。


「ていうか、なんでそんな危険な橋渡る必要あったの? 普通に魚取って解散にすればよかったじゃん」

「それだと、相手は俺をただの情報収集先程度にしか認識しない。

 だから横っ面をひっぱたいて、無理やり俺を同格の情報交換・・・・相手だと認識させる必要があったんだよ。結果は……まあ、見ての通りだけどな」


 最後まで、同格とまでは見てもらえなかった。たしなめるように、俺の布石をきっちり理解していることを告げて去って行かれてしまった。

 それでもまあ、ただ言われっぱなしよりはマシな結果だと思いたいけど。


「まーそういう変な駆け引きみたいなのは僕はよくわかんないけどさー……着くなり手伝わされるとは思ってなかったよ、マジで」

「頼れるのが誰もいなくてな。今日リシラが到着したのは、天の助けだったよ」

「本来なら僕がシュンペーをあごでこきつかう気だったのに」

「おまえ俺になにやらせる気だったの?」

「引っ越しの手伝い」

「それは……まあ、そのくらいならやるけどさ」

「ファグニ工房、エハイトン支部の旗揚げなんだから。シュンペーには支部員第一号として、馬車馬のように働いてもらわなきゃね」

「俺、神殿の方でもう馬車馬のように働いてるんだけど」

「シュンペーなら馬車馬二頭くらい行けるでしょ?」

「いや、過労死するからやめてください」


 ただでさえここのところ働きづめで、疲れが取れていないのである。


「にしても、前も聞いたけど、弟子誰も連れてきてないのか? いくら支部っつったって、一人で工房切り盛りするには無理があるんじゃないのか?」

「そのへんのアテは、ナカバヤシにある程度口利きしてもらえることになってるよ。いまはまず、支部を形だけでも作っちゃうところから。人材確保はその後って話でね」

「まあ、そうなのかもしれんけど……こっからキンバリアまで、馬で飛ばしても5日以上かかるじゃん。親方と連絡取れなくていいのか?」

「ふっふーん」


 リシラはなぜか、胸を張った。


「そのへんがナカバヤシ様々なのさ」

「?」

「これ食べたらすぐ行こう。シュンペー、僕らがこの一ヶ月以上の間、どういう試行錯誤してたのか、教えてあげるからさ」



--------------------



「というわけで、じゃじゃーん! これが我れらがファグニ工房の第二の拠点でっす!」


 ファグニ工房、エハイトン支店。

 リシラに案内されてやってきたそこは、第三街区の表通りを少しだけ外れたところにある、ちょっと小洒落た系のレンガの建物だった。

 中央通りへのアクセスも良好。若干目立ちにくい立地だが、その分だけ庭も広くて、使いやすそうだ。すぐ近くに噴水があるから、水にも困らないだろう。

 うわあ、三角屋根で窓が広くて、挙げ句にかわいらしい系の看板かけまでついてる……


「よく、こんないい感じの物件見つけられたなあ。おまえ」

「えっへへー。カルア神官の口利きです!」

「ええー、あのひとそんなことやってくれるの?」


 いつも疲れた顔をしていた女神官を思い浮かべる。

 あのひと、仕事以外1ミリも指を動かしたくないってオーラが出てるのに……


「まあ正確に言うと、カルア神官に紹介してもらった不動産屋さんのおかげなんだけどね」

「……だと思ったよ」

「やっぱ貴族っていい人脈持ってるよねー! その分お値段も張ったけど、そこはナカバヤシに頼んで出してもらったし」

「あ、やっぱりそこが出資元なんだ」

「そりゃそうでしょ。神殿じゃできない実験をやるための秘密基地だよ、ここは」


 うっしっしと笑うリシラ。


「……いいけど。でも法に触れる系の実験はほどほどにな」

「そこまでやばいのはやんないって。というか、ナカバヤシ曰く、神殿にいると仕事振られるから隠れ家が欲しいって話なんで」

「あー。それはあるな」


 マリイがあそこまで人使い荒いとは……まあ、知ってたけど。知ってたけど予想以上だった。


「ほらほらさっさと入った入った。庭には噴水まであるんだよ!」

「げ、そこまで豪華なのか……」

「噴水があるってのは重要だからね! 水くみ場までわざわざ足運ばなくても新鮮な水が供給され放題なんだから!」

「まあ作業には便利だろうけど、これ家賃すごいことになるぞ?」

「だからナカバヤシがなんとかしてくれてるんだっての。でなけりゃ僕だって全力で止めてるよ」

「止めてる、って、おまえ昨日の夜にエハイトンに着いたんだよな。物件見る余裕あったか? それとも手紙とかで連絡してたのか?」

「ふっふーん」


 リシラはドアを開けながら、にやりと笑った。


「その答えがこの新発明なのさ! というわけでどーん! こいつがファグニ工房最新の研究成果、その名も魔術通信機です!」

「え、マジで!?」


 言われて俺はその、へんな装置を見た。

 見たところ、小さい頃教科書で見かけた地震計みたいな外見の謎機械なのだが……


「なにこれ。いったいどうやって声を送るんだ?」

「いやあ、シュンペー。声を送るのはないっしょ。夢見過ぎだって」

「あ、声じゃないのか、送るの……じゃあなにが送れるんだ?」

「二種類の信号だけだよ。どっちも、送ると送られたことを装置のペンが書き記す仕組みになってる」

「ああ、なるほど。モールス信号か」

「それそれ。ナカバヤシもたしか、そんな名前で言ってた。意味は知らないけど、なんか太陽の国では定番の通信法なんだって?」

「まあ、有名ではあるな」


 二種類の信号を規格に合わせて数回送ることで、文字一つに対応させる。長文は送りにくいけど、短文ならこれで十分。


「しかし、魔術通信機ってことは電気式じゃないんだよな。どうやって作ったんだ?」

「基本的な仕組みはこの前、ナカバヤシがマリイ師との戦いで使ったアレだよ」

「観測粒子砲?」

「違う違う。ブラック……なんとかって奴」

「……あれか」


 黒き蓮(ブラック・ロータス)

 魔術師が無意識のうちに発動させている防御結界のコピーを格納し、使用することによって上書きして魔力を回復させる、中林の作った秘密兵器のひとつである。


「でもあれ、魔力回復以外の使い方があるなんて聞いてねえぞ。どう使ってんの?」

「それがさ、ナカバヤシ自身も意外だったらしいんだけどね。あれ、たくさん作り貯めておいても一度使うと、全部同時に発動しちゃうらしいんだ。遠くに貯蔵しておいても意味ないの。

 例のマリイ師との戦いあったじゃん? あの後、家に帰ってきたら予備で作っておいたのが一斉に破裂してて、研究室がめちゃくちゃになってたらしくてね。それで初めてわかったらしいんだけど」

「へー。じゃあ二回、三回と魔力を回復させるのは無理ってことだな。

 ……あれ。でもそれがなんで通信に?」

「そこがナカバヤシの機転なんだよ。

 あのひと、それを理解した直後に、こう言ったんだ。『これはつまり、魔術の中には遠距離に同時作用するものがあるってことね』って。そして、『それを利用すれば遠距離と通信するのに使えるかもしれないわ』って言ったんだよね」

「……相変わらず、そのへんの発想の転換はすげえな」

「でまあ、破裂はやりすぎだから、信号の送信ってところに落とし込めないかってのを試行錯誤数十回。なんとか実用範囲まで持って行ったってわけ。だからここんとこ、ナカバヤシと僕は通信機で頻繁にやりとりしてたのさ」

「へー。よくやったなあ」


 俺は素直に感心した。


「んじゃあ、後で使い方教えてくれよ。俺の分と、あとマリイの分も欲しいな」

「いいけど……これ、いまのところ3つしかチャンネルがないから、同じチャンネルに合わせてる人間全員に同じ通信がされちゃうんだけど、それでもいい?」

「いまんとこ、おまえと中林以外に装置を持ってるのっているの?」

「父さんの工房にひとつあるだけだよ。それも、2チャンネルにしか通じないようになってる。1チャンネルは僕とナカバヤシで使ってる感じだね」

「それじゃあ3チャンネルはいまのところフリーか。了解了解、それだけわかれば十分さ」

「でも贅沢だなあ。歩いて話しに行ける距離なら、わざわざ通信使わなくてもいいのに」

「いや、どっちかっつーとマリイに納品するのは売り込みのつもりだよ。新技術あるんで使ってみてくれって感じでな。うまく行けば予算付けてくれるはず」

「あ、そっか! じゃあそれで豪遊できるんだね!」

「豪遊できるほど予算つくかは相手次第だがな……つうか、豪遊ってなにやる気?」

「女の子に」

「それ横領」

「じゃあ男の子に」

「どっちにしろ横領だよ! せめて研究関連って言い訳できる使い道を探せ!」

「なんだよー。べつにシュンペーに使ってやってもいいんだよ、うりうり」

「あ、いや俺、ここに来てからわりと高給取りだからそれはべつに」

「裏切られた!?」



--------------------



 さて、ところで。

 比較的後になってできて、商業的な賑わいの中で作られた第三街区と違い、第二街区は人足たちの住まいだったのだと、レイノは言っていた。

 そのせいなのかもしれないが、第二街区の道はかなり入り組んでいて、初見だと迷うことも多い。大通りを普通に歩いていたはずなのに、いつの間にか路地に来ていることもしょっちゅうだ。

 第三街区のリシラの工房を出た俺は、当然のように第一街区のバルチミ別邸への帰路についたわけだが、乗り合い馬車を使って街区の出入り口まで行って、第二街区に入った後、意図的に乗り合い馬車を避けて歩いて路地までやってきた。

 あたりに人の気配はない。


「……ま、このあたりでいいだろ」


 俺は小さくつぶやいて、路地の壁面に身体を預け、


「出てきていいぜ。俺に用があるんだろ?」


 俺の声に――最初は応えなかったが。

 しばらくして、観念したように一人、俺の進行方向の反対から現れた。

 フードをかぶっており、その人相は見えない。そいつは俺に、低い声で問うた。


「――いつから気づいていた?」

「気づいていたんじゃない。読んでいた(・・・・・)んだよ」

「……なるほど。やはり油断ならぬな」


 そいつはふん、と小さく笑った、ように聞こえた。


「だが、であればこのような路地に来るのは迂闊ではないかね。命を狙われているとは、考えなかったのか?」

「なにを出せる?」

「……どういう意味だ?」

「面倒な会話は嫌いなんだ。そちらはなにを出せる? それ次第で俺の対応は変わる」

「…………」


 相手はひどくとまどったような様子を見せて、


「妙な話だな。おまえは私を、敵だとは捉えないのか?」

「最終目的次第だな」

「というと?」

「おまえとその背後の奴の最終目的が、俺や中林の命であるというのであれば、話し合いの余地はない。いますぐ殺し合おう――だが、そういうわけではないんだろう?」

「…………」

「だから言っている。なにを出せる? ここから先の交渉は、出たもの次第だ」

「……敏いのだな。太陽の国の人間は、皆こうなのか?」

「俺の評価なんざ俺は知らねえよ。好きに考えろ。

 話を戻すと、俺と中林はおまえらの言う太陽の国――俺たちの祖国へ、帰るために活動している。そのための研究をする安定した環境が、最低ラインだ。これが用意できないのであればおまえは門前払いだ」

「ふん――ならばまあ、門前払いではなかったと胸をなで下ろすべきところかね」


 相手はそう言って、昏く笑った。


「よかろう。ソーヤ・シュンペー――貴様は交渉のテーブルについた。我らが大願のためのな」

「……なるほど。冷やかしではなさそうだ」

「おうとも。ただの異邦人ならともかく、あの憎き悪女の弱点を暴き立てたというのであれば話は別だ。その秘密――」


 相手は、ささやくように、言う。


「ナカバヤシとやらが暴いたという、かの怪物マリイの不死の秘密。その情報を、こちらは買い上げる用意がある」


 俺は、にたりと――悪辣な笑みを浮かべて、返した。


「承った」

【モールス符号】

二種類の異なる信号を織り交ぜることで文字を表現する信号の送り方です。

魔術通信機は上で書かれているようにまだ作られ始めたばかりの技術なので、短文を送るのが精一杯です。


第三部、暗殺計画編の章タイトルは「人の名前のついた用語」という縛りを自分的に設けています。

最初はそのつもりはなかったんですが……「フーコーの振り子」「モールス符号」と続いたことで興が乗って、気づいたらそうなってしまいました。

案外、本文と関連させるの大変なんですけどね、これ。


電気式の通信機についてはけっこう調べたんですが、数学科出身の中林が異世界で自作できるほど簡単な構造をしてなさそうだという感じでした。なので、この作品では電気式の無線通信は出てきません。

一方で魔術通信機ですが、この時代としてはかなりオーバースペックでして、後々になって重要な役割を果たすことになります。

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