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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第3章:暗殺計画編
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1。フーコーの振り子(前)

 エリアム王国、首都エハイトン、大スタジアム。

 普段は劇やら、闘士たちの試合やらが行われるというそのスタジアムだが、今朝はそれにしても格別に混んでいた。

 もう夏至を過ぎたエリアムのこの季節において、この人混みの熱気はとてもきつい。


「ナイエリ、どこだー!?」

「そ、ソーヤ……! こっちなのだー!」

「おし、いまから行くから待ってろ!」

「お、おう!」

「よっし、つかんだ!」

「ぎゃー! しっぽはやめろ! 手をつかめ手を!」


 俺たちもこの体たらくである。

 さすがにキリィは貴賓席が用意されてるから大丈夫だろうが、一般市民の席はすごいごった返し方だった。


「つーか、これはさすがに予想外なんだけど。なんでこんなことになってんの!?」

「あたしに聞くな。エハイトン市民が考えることなんて、わかったもんじゃないのだ」

「そりゃあそうかもしれないけどさあ……だって、見りゃ一目瞭然じゃねえの。もう目的は果たしたようなもんで、後はマリイが宣言するだけだぜ?」

「そうなのか?」

「おまえも理解してないんかい!」

「し、仕方ないのだ。だって普通のエリアム人に、あのナカバヤシの超宇宙理論とかわかるわけがないのだ!」

「いや、だってあの装置が回るかどうか、それだけだぞ?」


 俺が指さしたのはスタジアムの中央。

 そこには、超でっかい振り子が、往復運動を繰り返している。

 全長30メートル近くあるロープの先に釣られた重りは十分に重く、風の影響などは簡単には受けないようになっている。ただし、振り子自体は、簡単に動く方向を変えられるように工夫がしてあった。

 振り子が動く場所の下の地面には、方角を示す文字が書かれていて、どちらが北でどちらが南か、いま振り子がどんな風に動いているかが一目でわかるようになっている。

 現在、振り子はおおざっぱに言って南北、正確には南南西から北北東に近い方角に動いている。

 が、俺は、この実験が始まった直後、それが東西のラインに水平に振られ始めたことを知っていた。

 だから勝負はついた。……それだけのことなのだが。


「そもそも、あたしを含むエリアム人の大半は、字がほとんど読めないのだ。なので最初のお触れで出てきた、この公開実験の趣旨が書かれた文書も読めない。字が読める他人から説明くらいは受けたかもしれないが、それでもよく理解できてない人間が大半なのだ。

 だからみんな、このへんな儀式はなんだろう、的な感じで見てるし、もうすぐティア・マリイから説明があるというので、それを期待して来ているのだ」

「そういうことか……なるほど、だからマリイは、あれほど勝利宣言の形式にこだわってたんだな」

「そうなのか?」

「ああ。まあ、俺は裏方みたいな感じで動いていたからな。だいたい裏事情は全部知ってる」

「ではソーヤは、これがナカバヤシのどんな邪悪な企みで行われた儀式なのかも知っているということか!」

「邪悪言うな。中林はともかく、マリイだって絡んでるんだからな、今回は」


 俺は言って、それからスタジアムで特に目立つ一角を指さし、


「それに、あそこ見ればわかるだろ? 今回の中林の敵は、あそこに立ってる奴だ」

「む?」


 ナイエリは怪訝そうにそちらを見やった。

 そこは屋根が付いた貴賓席の一角であり、そこに張り出す形で用意された、演説台である。

 演説台にやってくる予定のマリイの姿はまだないが、その演説台に控えるように、二人の人物が立っている。

 片方は言うまでもなく、我らが中林宿李。今回の仕掛け人だ。

 そして、もう一人は……


「あ、あれは、あの学者野郎ではないか!」

「そう。パナル・カルマナルカ。あいつなんだよ」


 俺は言って、ため息をついた。


「馬鹿だよなあ、ホントに。中林の身分が低かった頃ならともかく、高くなったいまとなっても喧嘩売ってくるんだもん。だからこうなるんだよ」

「で、では、いまからあの学者野郎が八つ裂きになるのか!?」

「いや物理攻撃はねーよ。あくまで信用の問題だ」


 言いながらも、俺はため息をついた。

 あくまで信用の問題だ、とはいえ……ナイエリの言うように、あの学者の信用は、これから八つ裂きになることが確定している。

 遠くてよくわからんが、たぶんいま彼の顔面は蒼白だろう。賭けてもいい。

 だから、馬鹿だなあ、と思う。敵に回していい相手を、あの学者は間違えたのだ。


「お、なんか音楽が聞こえてきた!」

「ああ。マリイが到着したんだろうさ。これから説明されるだろうよ」

「あわわわわ……どんな恐ろしいことが起こるのだ!?」

「説明があるだけだっての」

「だ、だが、装置はただ単にゆらゆら動いているだけだぞ。これでどんな悪魔的なことが!?」

「だから言っただろ。回転したんだよ、動く方向が。この実験が始まってから、およそ半日の間にな」

「ナカバヤシが悪魔的な力で動かしたのか!?」

「動かしたのは中林じゃない。地面だ」

「は?」


 俺はため息をついた。

 正直、人混み+夏の陽気で頭がゆだっていて、あまり難しいことを説明したくないのだが。


「コリオリの力とか言ってた。俺も詳しいことは知らん。三角関数とか名前しか覚えてねえし」

「それも説明されるのか?」

「どこまで詳しく説明されるかはわからんけど、たぶんな。

 ……っと。マリイが出てきたぞ」


 演説台に立ったマリイが、こほんと咳払いをした。


『よく来た、親愛なるエハイトン市民諸君!』


 拡声魔術で広がった声に対して、おおおおおおおー! という歓声が応える。


「やっぱ人気あるんだな、マリイ……」

「そりゃそうなのだ。神だからな」

『今回の実験結果について述べる前に、おさらいとして実験の目的と、その経緯について軽く触れておこう』


 マリイはそう言った。場が、ざわめきを少し残して、自然と静まっていく。

 誰もが、この変な実験がなんであるのかを聞きたがっている。そう見えた。


『まず、ここに控えるナカバヤシ・ヤドリとパナル・カルマナルカの両名は、過日、ある点において論争を行った。

 内容は地面の形と、太陽の動きについてだ。諸君らも知っての通り、太陽は一日の半分をかけて、天上を東から西へと移動している。だがこの動きについて、異なるふたつの対立意見があった』

「そうか! 太陽の国出身だからナカバヤシは太陽に詳しいのだな!」

「いや、だからそれ通称だっての」

『パナル・カルマナルカは、地面は平板な板であり、物体は上から下へと落ちるのが宇宙の法則で、そして太陽は地面の周りを周回していると考えていた。

 それに対してナカバヤシ・ヤドリは、地面は球体であり、物体は上から下ではなく、球体の中心に向けて引き寄せられるのが宇宙の法則で、そして太陽が地面の周りを回るのではなく、球形の大地が回転することで、動かぬ太陽が回転して見えるのだと考えた』

「うむ? よくわからん。地面が板か球かって、板じゃないのか?」

「それが球であることは前に確かめたんだけどな」

「え、確かめた? どうやって?」

「高い山に登ると――あー、まあいいや。解説は後でな。マリイの話の続きを聞こう」

『両者の論争は、論だけでは決着がつかなかった。そこでナカバヤシの提案によって、今回の公開実験が行われた。

 詳しい論理は省くが、ナカバヤシは自説が正しければ起こり、カルマナルカの説が正しければ起こらない、ある現象を予言した。その現象が起こるかどうか、それを確かめるための公開実験が、今回の実験だ』


 マリイはそこまで述べて、こほん、と軽く咳払いをした。


『その現象とは、【振り子の回転】である!』


 わあっ、と、スタジアムの一角がざわめいた。


「なんだ、いまの騒ぎは?」

「今回の騒ぎに中立な学者どものグループじゃねえかな。正直、あいつらが一番これに興味あっただろうし、夜通し見るって言ってた連中も多いぞ」


 その連中は当然、もう結果は理解しているだろう。彼らはいまは単に、マリイが格好良く、パナルに引導を渡すところを見にきただけだ。


『この巨大な振り子は、昨日、日没の少し前に、東と西を往復する形で動き始めた。その重さは十分であり、風などではびくともしないが、力が加わった際に動く方向が変わる余地は残してある。

 ナカバヤシは、自分の説が正しい場合、振り子の動く方角は、円の4分の1を少しだけ上回る程度、変化するだろうと述べた。一方でカルマナルカの説が正しい場合には、地面が不動である以上は、そのようなことは起こらないだろうとも述べた。

 両者ともその言い分に納得し、その内容について合意したことを、誓約文にしたためてある。そして、現在、振り子はナカバヤシの説どおりの動きをしていることが、諸君らにも確認できるであろう』

「な、なんと! この装置が勝手に回転するなど、そんなことがありうるのか!?」

「……いや。だから俺、さっきからそう言ってたじゃん」


 びーん、とねこしっぽを伸ばして言うナイエリに、疲れた顔で言う俺。

 信用されてないんだろうか……それとも、さっきまで理解が追いついてなかったせいか。どっちにしろ、俺の説明を聞いてくれないのは、なんか、ちょっとへこむ。


『以下、付帯的な話をしよう。

 実験は昨日の夕より行われた。実験場であるこのスタジアムは常に公開しており、また兵士と神官が常に複数人交代で見張りをし、何人たりとも装置に細工を施さないように監視していた。

 また、この装置はナカバヤシの設計通りであるが、装置を作成したのはカルマナルカの弟子たちと、神殿付きの工房の者たちであり、ナカバヤシが事前に細工を施す余地はなかった。同時に、その設計についてはカルマナルカの弟子たちが、意図的に挙動をおかしくする細工をしていないことを確認してある。

 最後に、昨日の夜は快晴であり、大きな風なども吹かなかった。装置自体が非常に重いため、風の動きで回転が起こるような余地はほぼない、ということも、加えて述べておく。

 以上を総合して――』


 マリイは腕を振り上げ、


『当実験、通称【フーコーの振り子実験】は、ナカバヤシの勝利と裁定する!』


 わあああああああ! と、大歓声が上がった。

 周りの民衆たちも、一様に叫んでいる。彼らのうち、どのくらいが実験の結果を理解しているかはわからないが――


(知的決闘としての『公開実験』というやり方については、受け入れられたのかな、たぶん)

「すごい、すごいぞソーヤ! ナカバヤシのやつめ、あの学者についに天誅を下したのだな!」

「まあ……そうだな」


 俺はつぶやいて、ため息をついた。

 ナイエリはそんな俺を、不思議そうな顔をして見た。


「なんだ? ナカバヤシが勝ったのだぞ? もっとおまえは喜ぶかと思ったのだが」

「いやあ、だって複雑だよ。裏の事情を知ってる身としてはさ」

「さっき説明されたのが全部ではないのか?」

「まあ、ほぼ間違いないんだけど、追加でひとつ知ってることがあってな」


 俺は言った。


「負けた奴の全財産を没収して勝った奴に渡す。そういうことになっちゃったんだよ。マリイの奴のせいで」

「…………」

「あの学者先生……失ったのは名誉だけじゃねえんだ。明日から、ガチで、一文無しで、路上に放り出されちまうんだよ……」


 俺はそう言って、再度ため息をついた。

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