5。おまえ実はもんのすごい強いだろ(後)
そんなこんなで見事に負けました。
「うー、ひどい目にあった……」
控え室でうなだれる俺。
頭のハチマキの防御魔術のおかげで痛くはなかったが、最後は思いっきり彩色魔術を食らってしまった。
三十分程度で消える魔術彩色とはいえ、これは恥ずかしい。というわけで一足先に控え室に戻って休んでいたのだが。
「…………」
「おお、ナイエリ。なんだよ、戻ってるなら声をかけろよ」
「だんだん、おまえのことがわかってきたような気がするのだ」
「? なんだよいきなり」
「ソーヤ・シュンペー! おまえ、実はもんのすごい強いだろ!」
びしっ! と人さし指とねこしっぽでこちらを指して、ナイエリ。
「ねこしっぽ触っていい?」
「よくない! ていうかごまかすなソーヤ、よりによってシグ師範から一本奪うなどとは!」
「え、だって負けたじゃん。一勝二敗」
「十分だ! ていうか、最初の戦いで勝ったときには心臓止まるかと思ったぞ!」
「いや、それは話が逆だぞ、ナイエリ」
俺は言った。
武人として鍛錬しているシグと俺では、基礎体力が最初から違う。
持久戦や、二本目三本目では体力差から確実に勝てない。だから俺は最初から、一本目に全力を尽くすつもりで戦ったのである。
ペース配分も後先も考えない全力で、さらには不意打ちだまし討ちも全部駆使し、最後にはボクシング漫画で見かけた禁断の禁じ手「よそ見」まで使って、かろうじて奪ったのがその一勝。
後はボロボロである。激怒したシグにこてんぱんにやられてこの通り。
「やっほーシュンペー。僕も終わったよ」
「お、リシラ。……は、これはまたえらく手ひどくやられたなー」
「あはははは、お恥ずかしい」
リシラは彩色魔術でやたらカラフルになった顔で笑った。
「ていうか、あのシグって武術家は、一本目にまずいきなり近接して棒で打つ癖があるよね」
「魔術の試験だからって射撃にこだわっていると、不意をつかれるだろうな」
「僕は前の挑戦者たちを観察して予測を立ててたからなんとかかわせたけど、ソーヤはどうしてわかったの?」
「え? あのルールで棒を持ち出した時点でその展開は見えてないとダメじゃね?」
「そ、そういうものかな……?」
「ああ」
教育目的が半分と、二本目以降に向けて「どう出るかわからないぞ」というプレッシャーを相手に与える目的が半分。そのあたりが読めていれば、自ずと対策もできるというものである。
「んでリシラ、おまえはどう逃げた?」
「後ろに逃げたんだけど、あっさり追いつかれて。棒は横っ飛びにかわしたんだけどそこに射撃が来て終わり。どうしようもない一本目だったよ」
「そりゃそーだろうな」
「シュンペーはすごいよね。まさかいきなり正面から激突するとは」
「激突してねえよ。ギリギリすれちがうコースを突っ切って逃げたんだ」
「なんであんなことしようと思ったの?」
「いや、だって相手は武術家だぜ? こうしたらああする、そうしたらこう。そういう想定は全部立ててて、対応する最善手を組み立ててるはずだ。
だから対抗するには、まず相手の想定外の手を出さないと話にならない。俺が思いついたのはいきなり正面からすれちがう手と、ジャンプして飛び越える手のふたつだったな」
本当はすれちがいざまにハチマキを奪う算段も立てていたのだが、反射神経で避けられてしまった。あれが決まっていれば、二勝することも視野に入ったんだが。
「聞けば聞くほど、まともな神経で戦っているとは思えないのだ……」
「まだ言うかナイエリ。たしかにシグは弱くはねえよ。だけど鬼神やら妖怪のたぐいじゃない。心理を読んで対策を立て、きちんと戦えば一本も取れない相手じゃないってことだ」
「よくもまあ、それほどの大言が吐けますわね……」
「お、エア。おまえもだいぶやられてるな」
「ええい、去年も感じましたけど、なんであんなに強いんですのよシグ・ナズム……! じいやより数段上じゃありませんの!」
エアはそう言ってわなわなと震えた。その髪の毛もいま、無駄カラフル状態である。
「まあ専門家なんてそんなもんだよ。気にすんな」
「うぐぐぐぐ、勝ったからっていい気になって……!」
「べつにそこまでの気はないって。それに、俺以外に強そうな奴いっぱいいたじゃん。あいつらもただやられたりはしてないだろ?」
俺は気楽に言ったが、
「いや。みんなやられてたよ? あの入れ墨してたひととかのグループも例外なく」
「……マジで?」
「シュンペー以外にあそこまで戦えたの、ひとりもいないよ」
リシラの言葉に俺はうなった。
「ううむ。意外とあいつら見かけ倒しだったのかな……」
「だから! おまえが! 強すぎるのだ!」
じたばたナイエリが暴れているのをよそに、俺は考えた。
「じゃあひょっとして、俺って上位クラス入っちゃうのか?」
「なにをいまさらですわ……」
「てっきり、シグに勝ち越したら上位クラスだと思ってたのに」
「誰が入れるんですのよ、そのクラス」
「うーん、行けると思うんだけどな……あ、そうだ」
俺は言って、立ち上がった。
「どしたの、シュンペー?」
「いや。もう俺は彩色、取れてるよな?」
「取れてるね。うらやましいなあ」
「ちょっと中林の様子見てくる。慣れない環境でふてくされてないかと思って」
「いってらっしゃーい」
手を振るリシラに手を振り返し、俺は廊下に出た。
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「さいあく……」
すっごい疲れた顔で、中林は言った。
「その様子だと、だいぶやられたらしいな」
「なんであんな体育会系のノリなのか意味不明なんだけど。私、まだ怪我が治りきってないのに!」
「まあ、軍事訓練みたいなのも兼ねてるんじゃね?」
優秀者を引き抜いて軍に派遣するみたいなことをシオじいさんが言ってたし、そういう側面は否定できないだろう。
実際、俺がやらされたのは模擬戦闘という、本気でそっち系の試験だったわけだし。
「たぶんそれでも、シグとガチで殴り合いした俺たちよりはだいぶマイルドなんじゃねえの? わかんないけど」
「だからエリアムは嫌いなのよ……なんでこんなに野蛮なの……」
「そう言うなって。まだ初日なんだからさ。これからだよ、これから」
ぶつぶつ言う中林をなだめていると。
「はっはっは。その様子だと、だいぶやられたようだな」
「お、神官長」
「おや。もう正体がばれてしまったか」
言って神官長は大笑いした。
……バレない理由がないだろ。と言いかけて、
「そういや、この前もいまも、なんで私服なんです? 他の神官は神官衣を着てるのに」
「あれは着苦しくてな。ワシだけ特権ということで免除にしておる」
「おー。権力者だ」
「はっはっは。くるしゅうない」
神官長は涼しい顔で笑った。笑い上戸である。
「えっと、神官長?」
「ん、ああ。お主が例の、ラザメフが言っておった技師だな。どうだ? 苦労してるか?」
「すごい苦労してるわ。ていうかなによ、あの下級クラスの指導神官。いきなりマラソンさせられるわ反抗すると殴るわ蹴るわ、ひどいんだけど」
「それがまた難儀な話でな……あの男、ああも破天荒なのに、指導実績だけはそこそこ高くてな。ワシもそう簡単に口を出せんのよ」
「あー、まあノリが合う人間にはいいんでしょうね……めいわく……」
げっそりした顔で中林は言って、
「そういえば自習室ってないの? 魔術関係の図書がある部屋とか」
「もちろんあるとも。案内するからついてきたまえ」
「え、いいんですか?」
言うと神官長はほがらかに笑って、
「なに、ワシもサボり中でな。暇してたからちょうどいいわい」
「…………」
破天荒なのは誰だろうな、とは、言わないでおいた。
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「ほら。ここが図書室だ」
神官長はそう言って、足を止めた。
俺は周りを見回して、
「かなりの広さですね。これが全部魔術に関係する図書なんですか?」
「いやいや。これはあくまで、神殿が持つ図書を所蔵する倉でしかない。
魔術に関係する図書、と言われても、そのようなものは原則、神殿が作成を禁じておるからな。神官が書いたごく少数のものを除いては、魔術書など存在せん」
「なるほど……」
中林はしばらく、難しそうな顔で部屋を眺めていたが、
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なにかな。ああ、名前を聞いておらなんだな」
「中林よ。
で、この図書室、使うのに当たって資格はいらないの?」
「もちろんいるとも。神殿に属しているか、喜捨を払う必要がある。
が、たしかお主、いまは故あって神殿預かりであろう? じゃから問題はないわい」
「ああ、なるほど。そういうことね」
中林は納得したようにうなずいた。
「見た感じ、歴史の本が多いみたいね、こう見ると」
「エリアムは歴史がそれほど古くない国じゃが、キンバリアはエリアム王国ができる以前からあった都市でな。
ここにはその頃の記録も残っておる。正直、それだけが目的ならば、首都エハイトンより多いかもしれんぞ?」
「ちょうどよかった。歴史に興味が出てきたところだったのよ」
「え? それ、初耳なんだけど」
俺は驚いた。
「そりゃそうでしょ。言ってないし」
「ふむ。どうして、歴史に興味が?」
「そうね。せっかくだからちょっと、私が持ってる疑問をぶつけてみましょうか。
神官長。エリアムで「魔術」という用語はどういう意味の言葉?」
「む?」
神官長は首をひねった。
「どういう意味……と言われてもな。お主がさきほど学ばされてきた技術が、魔術ではないのか?」
「耐久マラソンレースが魔術なの?」
「……ははは」
笑ってごまかす神官長。
「まあ、冗談はともかく。つまり普通じゃない現象を魔術と呼んでいるわけよね。手から炎を出したり、人の心を読んだり、未来を予知したり」
「うむ。それが?」
「これが変だと思っていたのは昔からなんだけど。……なぜ普通じゃないと思うの?」
「……む」
神官長はうなった。
「そうだな。言われてみてもわからんが……少なくとも未来予知は普通ではないのでは?」
「ええ。まあそうね」
中林はうなずいて、
「で、それは私が勉強した……ことになってる、あの魔術なの?」
「デリケートなことを聞くのう、お主」
神官長は困った顔をした。
神殿の上の方では、占星術などで未来を占う部署がある。だからうかつな発言はしにくいのだろう。……でも、たしかに。
「そうだな。手で石を砕く技術は、見れば誰でも実在を疑わない。けど、未来予知なんてのは、エリアムでもそんなに信じられていない。当たるも八卦、当たらぬも八卦、みたいな」
「宗谷の言うとおり。未来予知は「普通じゃない」と思われている反面、「信じられない」とも思われている。それが「普通じゃない」の対価よ。ところが、それに対して――」
「なるほど。手で石を砕いたり、炎を出したりするごくありふれた「技術」を、普通じゃないと思う理由が特にない、というわけか」
神官長はうなずいた。
「それは名推理だ。では、名推理ついでに答えを聞こう。いったいなぜ、エリアム語では「信じられない」技術と、そうでないものを、いっしょくたに「魔術」と呼んでいるのだ?」
問われて、中林は首を横に振った。
「私も現時点ではわからない。だけど、推測はできるわ」
「というと?」
「たぶん……手で石を砕いたり、炎を出したりする「技術」は、あるときまではなかったのよ」
中林は言った。
「それがある時期から急にできるようになった。つまり、「魔術」という語彙は、本来はただの迷信的技術を指す言葉だったのが、あるときを境に、そのいくつかが「できるようになった」せいで、混ざってしまった――」
「……あ」
俺は思い出した。
例の、黒い月の伝説――邪悪な魔法使いが月を暗黒で包み、それ以来地上は魔物のひしめく場所になったと。
もしそれが、歴史の一点の実在する出来事を表しているのだとすれば。
「まあ、それも推測でしかないわ。でも興味深いでしょう?
もしかしたらこの「魔術」という現象が何者なのかについての、手がかりを与えてくれるかもしれない。それが、私が歴史に興味を持った理由」
「……なるほど」
神官長はうなずいた。
「ラザメフも言っておったが。中林、お主は普通ではないのう」
「そりゃそうよ。母国ですらそうだったわ」
「面白い」
にやり、と神官長は笑って、
「ではせいぜいこの図書室を使うことだ。
お主も知っての通り、下位クラスの教官は「とりあえず使い物にする」ことはできても、理論面はからきしでな。知識が欲しければ必死で自習するしかないが、それでもよいのだな?」
「当然よ」
中林はまったく自然に、傲岸不遜に言った。
「最初からそのつもりだった――そもそも。私になにかを教えられる人間なんて、本質的には、この世のどこにも存在しない」




