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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第2章:出世編
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5。おまえ実はもんのすごい強いだろ(前)

 パーティから半月ほど経過したある日のこと。


「魔術実習生? ほう、もうそんな時期だったかのう」


 言ったのは、シオじいさんである。

 なんかこのひといつも同じこと言ってるな、などと思いながら、俺は拭き終わった皿を棚にしまった。

 ちなみに、水道技術が発達しているとはいえ、エリアムでは貴族といえども炊事場に蛇口などない。上水道から経由してきた水をくめる池が近くにあって、そこから取ってきた水を炊事に使っている。


「ちょうど中林も普通に歩ける程度には回復したし、前から魔術を習いたいと言ってたし。それに神殿の偉い人がキンバリアに来るタイミングだって言うから、売り込みチャンスかなって。

 それで制度について詳しく聞きたいと思ってたんだけど、ナイエリはどうも要領得ないし、キリィは知らなそうだし。シグに聞けばいいのかと思ったら、こっちは忙しすぎてそれどころじゃなさそうだし」

「なるほどのう。まあ、それなら相談相手は儂じゃな」


 シオじいさんは皿の水を布巾で拭き取りながらうなずき、


「まず、ソーヤ殿はエリアムにおける、魔術というものの持つ立ち位置を知っておくべきじゃな」


 と言って、俺に手渡した。


「立ち位置って……?」

「まず、魔術の知識は神殿の占有じゃ。個人的に誰かに教える程度ならまだしも、塾を開いたり書物を勝手に書くことは御法度となる。このあたりはよいな?」

「あ、うん。それは知ってる」

「しかしその一方で、人々が日々を生きるに当たって魔術が便利なのも確かなのじゃ。ほれ、ソーヤ殿も、炊事やごみの処理などに炎の魔術を使われるじゃろう?」

「そうだな」

「……ふむ。そういえばあの魔術、ソーヤ殿はどちらで身につけられたのかな?」

「魔術自体は旅の間に。炎の魔術は、工房でバイトしてたときに身につけた」

「なるほど。工房は確かに、魔術の教養を身につけさせてくれる場所のひとつですな」


 と、シオじいさんはうなずいた。

 そういえばリシラの工房も、主要な職人は簡単な魔術を習得してたな……重いものを運びやすくする魔術と、火を起こす魔術くらいだけど。


「そんなわけで日々を生きる人々にとっても、魔術は欠かせぬ。となれば、より効率的に魔術を学びたい人間もそれなりに多いわけじゃな」

「まあ、そうだな」

「で、そのような人間から喜捨を取って、代わりに魔術を教えるのが、魔術実習生制度の第一の目的というわけじゃ。まあ、若干変則的な専売制度といったところかのう」

「あ、なるほどね」


 そうか、神殿の重要な収入源だから他に教えさせないのか……そういう考えは、思い浮かんでなかった。


「じゃが、もちろんそれだけではないぞい。魔術というのは、あれは生まれ持った素養で使える強さの上限がかなり変わるのでな。

 魔術実習生制度のもうひとつの目的。それは、強力な魔術師の才能を市井より選別し、魔術神官として神殿がスカウトするための制度じゃ。出世のために使うとなれば、こっちのコースじゃな――これは奴隷や市民権未保持者が、上位の市民権を得る最短コースでもあるんじゃよ」

「へえ……」


 エリアムの魔術には、戦闘用のものがとても多い。

 となるとこちらのコースは、さしずめ士官学校みたいなものだろうか。優秀な魔術師を士官待遇にして上位に送る、という。


「ところで神殿って軍隊持ってるの?」

「王国軍魔術師の大半は神殿からの出向組じゃよ。制度からして当然じゃな」

「そりゃそうだな」


 なるほど。制度の趣旨はわかった。


「で、具体的に何日くらいやるの?」

「一ヶ月半ほど、3日に一度くらいのペースで訓練を受けるのが通常じゃな。

 優秀な者が集められる上位コースになるともうちょっと頻度が上がると聞くが、儂やナイエリには縁がないのう」

「んー……そのくらいならなんとか、ナイエリと中林がいなくてもこの家は回せるかな……?」


 なんとなく炊事場を見渡しながら、つぶやく。

 と、シオじいさんが笑った。


「なんならソーヤ殿も行ってくればよろしい。儂がおりますじゃて」

「いや、でも……」

「魔術の素養がある使用人は貴重じゃてな。あの奴隷も、より役に立つとなればそれはそれでよし」


 シオじいさんはそう言ってうなずいた。


「胸を張って行ってくればよろしいのですじゃ。それに、あの奴隷を神殿の偉い方に売り込むのなら、神殿に皆がいた方がなにかとよろしいじゃろ」

「まあ、そりゃそうだけど」

「欲を言えば、そのまま神殿に取り立てられて、あの奴隷がここを離れてくれれば最高なのじゃがの」

「…………」


 やっぱまだ中林をうらんでるんだな、このひと。仕方ないけど。



--------------------



「んで、まあ、とりあえずクラス振り分け試験の会場に来たはいいものの……」


 俺は部屋を見渡して、ため息をついた。

 中林はいない。……これはまあ、仕方がない。まったく魔術が使えない人間は、無条件予選落ちで下位クラス行きである。ここにいるのは、なんであれとにかく、ひとつは魔術が使える人間。

 だからまあ、いない人間のことは問題ではなくて。


「なんでおまえがいるの? リシラ」


 問われたリシラは、にかっ! と白い歯を見せて笑った。


「美女あるところにリシラあり……さ!」

「おまえその決めぜりふ気に入ったの?」


 とりあえず、なんの説明にもなってない。


「つーかおまえがいるせいで、ナイエリが萎縮して部屋の隅でうなってるんだけど。マジでなんでいるんだよ」

「えー、でもぶっちゃけ、僕よりシュンペーのほうが平均的には激しいセクハラしてると思うんだけどなー。しっぽばっか触るし」

「しっぽは不可抗力だ。で、なんでおまえいるの?」

「だって鍛冶職人には魔術は必須じゃん? だからその訓練」

「あ、思ったよりまじめな理由」

「なんだよー。僕は常にまじめ一徹だろ」

「おまえな、そういうのは普段の行いを省みてから言え」

「女の子にいつもまじめに迫ってるのに拒絶されるんだよねー。なにがいけないんだろ?」

「とりあえず複数人に同時に声をかけるのがいけてないんじゃないかな」

「シュンペーはハーレム作ってうはうはなのに」

「人聞き悪いこと言うんじゃねえ!」


 なんかこいつ、ことあるごとに俺の悪評を言い回るんだよな……実はうらみを買ってたりするんだろうか?

 と。


「あなたたち、うるさいですわよ。その野蛮な会話をつつしみなさいな」

「俺としてはそっちにも聞きたいんだけどな……エア、なんでいるの?」

「おっほほほ! これも貴族のたしなみですわ! キリアニムに炊事スキルで負けている以上、他を伸ばさないわけにはいかないでしょう!」

「炊事の代わりになるスキルかこれ!?」


 貴族の考えることは、わからん。

 エアは、びしっ! と俺を指さし、


「とにかく! こうなった以上はバルチミ家の使用人には負けませんことよ! 主席はわたくしがいただきですわ!」

「主席って、そんな制度あるの?」

「おーっほっほっほ! なければ作ればいいんですのよー!」

「ひでえ発想だ……」


 しかし、それにしても。

 この部屋、魔術実習生上級の試験用の部屋なのだが、俺たち以外にもかなりの人間がいる。

 ごついのやら入れ墨してるのやらもいて、俺としてはどうも肩身が狭いのだが。


「けっ……女とちゃらちゃら遊びやがって……」

「素人が」

「ここは遊び場じゃねえんだ。帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」


 とかいう言葉がいつ飛んでくるかわからない。怖い。


「なにをびびってますのかしらソーヤ・シュンペー! わたくしのカリスマに恐れをなしたのかしら?」

「いや。エア、おまえの胆力はすげーな……」

「? なんの話ですの?」

「縦ロールに指突っ込んで遊んでいい?」

「全力でお断りいたしますわ! ていうか、絶対そういう話じゃありませんでしたわよね!?」

「触った感触だけならねこしっぽの完勝なんだけど、縦ロールにはまだまだ未知の魅力があると俺は思うんだよ」

「聞いてないですわよ!」


 などと馬鹿をやっていると。


「お、鐘だ」

「試験開始ですわね。すぐに案内係が来ますわよ」

「ん、ひょっとしてエアって経験者か?」

「当然ですわ。今年こそは上位クラスに入るんですのよ!」

「……あ、そう」


 なるほど。去年は落ちたのか。


「で、ところで試験ってなにやるんだ?」

「あら。シグ・ナズムと面識があると聞いてましたのに。彼から聞いてないんですの?」

「忙しそうだったからな。ここんとこ遠慮してたんだよ」


 と、部屋の入り口に現れた案内係が「二列に並んで集合」と言った。


「まあ、行けばわかりますわよ」

「それもそうだな」


 言って、俺はおとなしく列に並んだ。



--------------------



 そしてなぜか俺は、棒を持ってシグと向かいあっていた。


「なんで俺がこんな目に……」

「ふ。とうとうこの日が来たなソーヤ・シュンペーよ!」


 にやり、と邪悪な笑みを浮かべて、シグ。

 神殿の中に設置された競技場である。観客席には、さっきまで話していたリシラやナイエリやエア、そして他の受験者たちが控えている。


「やっちゃえシュンペー! 武術家なんかに負けるなー!」

「あ、あたしはどっちを応援したらいいのだ!? と、とりあえずどっちも負けるななのだ!」

「おーっほっほっほ! せいぜいあがいて全力で負けるがいいのですわソーヤ・シュンペー! その方がわたくしの番のときに盛り上がりましてよ!」


 外野からのヤジが超うるさい。


(こういう目立つのは俺、苦手なのに……)

「ルールを確認します」


 俺たちの横にいるひょろ長い神官が、淡々と言った。


「まず、三回勝負です。それぞれ頭の上に指定の白いハチマキはかけましたね? このハチマキは魔術強化されていて、頭を防御する働きがあります。

 これを彩りの矢(コリ・ガン)の魔法で撃って彩色するか、棒で打つか、さもなくば取り上げれば一勝となります。

 なお、外れてしまった場合はともかく、意図的にハチマキ以外の相手の身体を打つのは原則禁止。彩りの矢(コリ・ガン)以外の射撃魔術も禁止。よろしいですね?」

「俺的には、なぜ俺が模範試合の挑戦者に選ばれたのかの説明をしてもらいたいんだが……」

「ふっ。もちろん俺の独断だ!」


 胸を張って言うシグ。


「ずっとこの機会をうかがっていたのだソーヤよ……貴様は俺の宿敵。あの日、一敗地にまみれた俺は、その雪辱を晴らすためだけに毎日血のにじむような鍛錬を欠かさず行ってきたのだ!」

「大げさな上に思いっきり私怨じゃね!?」

「問答無用である! この場には逃げ場はないしボルカ盤もない! いつものような逃げ口上は通用せんぞ!」

「ああもう、わかったよちくしょう!」


 やけっぱちになって棒を構える、俺。

 こうなったら全力だ。やれる限りやってやる!


「用意はできましたね。最後に確認ですが――この試合は模範演舞となっております。両者ともそれをお忘れなく、倫理的で公平公正な試合を心がけていただきたいと思います」

「当然だ、俺が不正などするわけもない!」

「……まあ、努力はするよ」


 俺たちはずいぶん温度差のある答えを返した。


「ではまず一本目、いざ尋常に、勝負――」


 ひょろ長い神官が手を振り上げた、瞬間。


「「瞬きを盗め(ガル・マハ)!」」


 俺たちは、同時に叫んだ。

魔術解説:

彩りの矢(コリ・ガン)

習得難易度:D 魔術系統:エリアム式

着弾地点の付近の色を短時間だけ変える呪いの矢を放つ魔術。

あまり害がないので、魔術の練習に使われる。

ただし、その割には案外習得が難しい。「呪いを」「撃ち出す」という2つの事項を覚えないといけないからである。

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