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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
3/124

1。屋敷と女主人と金欠(後)

 正門には、守衛がひとり立っていた。


「誰だ?」

「今日から住み込みで働く宗谷です」


 相手はああ、とうなずいて、


「聞いてるよ、ソーヤ。通っていいぞ」


 言われるままに門をくぐる。

 ……ちなみに。ここの家に限ったことじゃないが、この世界では守衛が槍持ってたりすることが日常的にある。

 なので、不作法は死に直結する。要注意だ。

 玄関口を通り越して、屋敷の中に入る。

 予想通り、豪華だ。

 壁際にでっかい壺とかが飾ってある。映画でしか見たことがないような奴だ。

 壁の素材はぜんぶ石なのかな……さっきまで泊まっていた宿と違って、だいぶ丈夫そうだ。

 と。


「……なにをきょろきょろしているの?」


 声をかけられ、あわてて前を向く。

 正面にある、でっかい階段。

 その上に、その女性が立っていた。

 年齢はたぶん、俺よりちょっと下くらいだろうか。目を引く特徴としては、この地方でもわりと珍しい、金髪だ。長いのでよく目立つ。

 どことなく気品のある立ち振る舞いのような気もする。

 ……ひょっとして。


「あなたが……その?」

「ええ。そうよ」


 ふわ……と金髪をなびかせて、彼女はほほえんだ。


「わたしが、キリアニム・フェ・バルチミ。この館の主よ。キリィとみんな呼ぶわ」

「どうも。今日から厄介になる宗谷です」


 しっかり挨拶する。初対面の印象は大事。


「ソーヤ……ね。

 たしか、太陽の国の住人だと聞いたけど」

「あ、うん。そうです」

「ふうん。噂には聞いていたけど。見かけはそんなに、普通のエリアムの民と変わらないのね」

「恐縮です」

「まあ、見た目のことはどうでもいいけど」


 軽くほほえんで、彼女は言った。


「じゃ、そういうわけで今日からこの屋敷、お願いね」

「は?」


 言われた意味がわからず、問い返す。

 屋敷って……え。なにそれ。


「ん? だから屋敷全部の掃除と洗濯と炊事と雑事。あ、庭仕事もお願いね。それと私が呼んだ時にはすぐ来ること。お茶とか用意してもらうから」

「いやいやいやいや。それ物理的に無理です」

「え……? なんですって?」

「問い返されても。ていうか、自覚なしで言ってるわけじゃないですよね?」


 俺が問うと、彼女は目をそらした。

 ……なんだか雲行きが怪しくなってきましたよ?

 俺は、きょろきょろと周囲を確認して、


「というか、他の使用人は?」

「…………」

「いや。目を逸らさないで。説明してください、キリィさん」

「……全員、暇を出したわ」

「ええと……なんで?」

「…………」

「ほら。俺の目を見てしゃべる。なんで?」

「う……」

「?」

「ううう……うわーんっ!」


 突如、彼女は泣き出した。


「だってだってだって、しょうがなかったんだもん! 妹の病気を治すためにお金がいるって! それが片付いたら結婚しようって……信じてたのに……信じてたのにー! うわあああああああああんっ!」

「……ええと」


 号泣する彼女。困る俺。

 いやもう、どうしたらいいのか皆目見当つかないけど、とにかく事情はだいたいわかった……気がする。


「つまり……結婚詐欺に遭った?」


 キリィは、泣きながらこくこくとうなずいた。


「で……その、使用人の方々は」

「その……お金が必要だったから。お給金もう払えないって言ったら、みんな怒っちゃって……」

「…………」

「だ……だって……だって……うわーんっ!」

「だー、泣くなっ」


 泣きたいのは俺のほうだ。


「わかった。とにかく一度落ち着け。いま残っている使用人は誰もいないのか?」

「う、うん……」

「奴隷は?」

「みんな売り払っちゃった」

「残ったお金は?」

「銀貨10枚くらい……」

「俺のほうが持ってるじゃねえか! ていうか、それじゃあどうやって暮らしてるんだ?」

「みんなが出て行ったの、昨日だから……」


 言うと同時に、キリィのおなかがぐーとなった。


「……昨日からなにも食べてない?」


 こくこく。

 俺はため息をついた。というか、頭を抱えたくなった。

 まったく、どんな試練だよ、これ。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」

「…………」

「うう……うわーんっ!」

「だああっ、だから泣くなって!」


 渋面で言いながら、考える。

 とりあえず、状況はわかった。

 このままだと俺はこの、キリィという子と一緒に餓死への道が待っている。

 解決策は……まあ、とにかく一ヶ月しのげばいいんだから、リシラの親父さんのとこにまたお世話になればいいんだけど。

 こんな田舎町でも、えり好みしなければ日雇い労働くらいはいくらでもある。とりあえず一月しのげばまあ、後はべつに放っておいても……


「うっく。えぐっ。ひぐっ」


 …………


「ううう……うわあああああーんっ」

「だから泣くなって!」

「だって、だって……うえええええええんっ」

「……ったく」


 ふう、と吐息。


(なんで俺の周りにはこう、面倒くさい女ばっかり集まるのかなあ)


 苦笑する。

 まあ、俺も若造とはいえ、このキリィとかいう子よりは年上である。

 そういう人間が、この状態の子供を放っておいてはいさよなら、というのはさすがに、人間としてまずかろう。


(一月の間に、とりあえず自活できる程度の状態にはしてやらねえと)


 そうと決まれば善は急げ。


「しょうがねえ。じゃあアレだ。一緒に買い物に行くぞ」

「ふぇ?」


 キリィが泣くのをやめて、こっちを不思議そうに見る。


「なんでわたしが買い物に行くの?」

「生活力を養うためだ。

 というか、おまえ自分で買い物したことないだろ。そんなんじゃ今後、生きていけねえぞ」

「だだだ、だってそんなこと言ったってっ」

「いいよ。とりあえず今日は俺のおごりだ。食いもの買うからついてこい」

「あうっ。ひ、引っぱらないでー」


 言葉を無視し、とりあえず俺はキリィの手を取って外に出た。



--------------------



 門番に挨拶して外に出ると、さっきよりちょっと空が曇っている気がした。


「でもまあ、この感じなら今日は雨に降られることはないかな」

「そうなの?」

「いや、天気なんてよくわからんし、断言はしないけど。

 そうだ。そういやあの門番は? あれは使用人じゃないのか?」

「あのひとは領主から借りてる兵隊。

 昔はそういうのも貴族が自身で雇ってたけど、いまは役職のない貴族が私兵を持つのは法律で禁止されてるの」

「あー、そういうことね」


 じゃああのおっさんは、バルチミ家の内情とか知らないのかもしれないな……


「ところでおまえ、なにか好物とかある?」

「うん? わたしは昔から好き嫌いがないというのでみんなに褒められてたのよ。肉でも野菜でもどんと来いよ」

「ふうん。じゃあ、適当にそれっぽいの作ればいいか……」

「適当はダメ。ちゃんと料理して」

「はいはい。というか、おまえも料理手伝うんだぞ」

「え!? な、なんで?」

「生活力を身につけるためだ」


 自炊スキル、とても大事である。

 ちなみに俺は、高校が実家から遠かったのでひとり暮らししている間に自然と身についた。

 この世界も貨幣制度がある程度発達しているから、安定収入と自炊スキルさえあればなんとかやっていけるはずなのだ。

 と、そこでふと気になってたずねる。


「そういや、貴族ってなにが収入源なんだ?」

「え? 領地からの税収だけど」

「あ、領地あるのか。

 ……ええと、それまで手放したりはしてないよな?」

「うん。それはさすがに。なんかご先祖様に祟られそうだったから」

「なら最初から結婚詐欺なんてだまされなきゃいいのに」

「うううう、だってだってだって……!」

「わかった。わかったから泣くな」


 ぽんぽんと頭に手をやってなだめた後、


「それで、税収っていつ入ってくるんだ?」

「秋の、収穫の後だけど……」

「そうか。半年後……か」


 それなら、半年間だけ貧乏生活を送れば、またそこそこいい生活に戻ることは可能かもしれない。

 そうすると……なんて、考えていたら。


「お……お嬢様!?」


 愕然とした声に振り返ると、そこには。

 なにやら物々しい長柄……えーと、なぎなた……というよりは、グレイブ? を持った青年が、憤怒の表情でこちらを見ていた。

 そいつはこちらに向けて歩いて……じゃない。駆け寄ってきて、いきなりグレイブを振りかぶって


「ってうわああ!?」

「てい!」


 ぶうん。と、グレイブの先が俺の跳びずさった、ちょうどそこをなぎ払った。

 こ、怖っ!


「な、なんだあ!? 暴漢の類か!」

「やかましい! 貴様、さてはお嬢様に新しくついた虫の類だな!? 大方また財産目当てなのだろうが、そうはさせん!」

「ちょ、待った!」


 言いながらグレイブを振ろうとする男の間合いに一気に踏み込んで、グレイブを振ろうとした腕を右手で押さえ込む。

 ……こういう度胸だけは身についたなあ、自分。


「こ、この、放せーっ!」

「だああ、落ち着けっての!」

「こ、これが落ち着いていられるか! お嬢様を外に連れ出してどうする気だった、この痴れ者めが!」

「だ、そういうおまえはなんなんだ!」

「悪漢に語る名前などない! 放せーっ!」


 話を聞く耳を持たない。

 ……仕方ない。ちょっと黙らせよう。

 俺はふう、とため息をついて、


拳よ打て(フィ・ド)!」

「――魔術だと!?」


 ばぎん、とグレイブの柄が真っ二つに折れ、さらに余波で相手がたたらを踏む。

 間を逃さず、即座に俺は間合いを詰め、相手の襟を取って、


「悪いが、ちょっと痛いぜ」

「うあ!?」


 投げた。

 ちょっと手加減して、勢いはなるべく付けずに、きっちり背中から地面に落とした。


「が……はっ!?」


 相手はくわっと目を見開いてのたうち苦しむ

 ――かと思ったら、瞬時に起き上がりやがった。


「ちょ、なんで起きれるの!?」

「うるさい黙れ! よ、よくもやったなあっ!」


 男は言ってグレイブ――の残骸を構えようとしたが、


「い、いたたた……」


 と言って、そこで地面にへたり込んだ。

 ……よかった。さすがに固い地面に投げられても平気な超人ではないらしい。


「く、くそ。面妖な戦闘術を使いおって……!」

「いや、面妖て。これは柔道と言って、俺の国じゃわりと普通の格闘技で――」

「ソーヤ、すごい!」

「うわあっ」


 いきなり横からキリィがひっついてきた。


「すごい、すごい! シグをやっつけちゃうなんて、すごい!」

「い、いや。これは成り行きというか、相手が襲ってきたから仕方なくやっただけで」

「強いんだね、ソーヤって!」


 きらきらした目で言うキリィ。……あれ。なんか引き返せない状況にどんどん追い込まれてない?


「ぬぐぐ……! キリィ様の前で恥をかかせおって……」

「いや。おまえが問答無用で襲いかかってくるから悪いんじゃん」

「ええい、やかましいわ! 貴様何者だ、名を名乗れ!」

「何者って……いや、宗谷俊平だけど」

「知らん! 身分は!?」

「外国人。今日から住み込みでこのキリィの家で働くことになってるんだけど」


 ぴたり。と、男の動きが止まった。


「住み込み……貴様が?」

「ええ。まあ」

「だ……だが、いまは家に誰も使用人がいない状況で」

「うん。すげえびっくりした」

「その……そうか。なるほど、事情はわかった」


 男はそう言ってうなだれた。

 が、それからすぐに決然と顔を上げ、


「いや! まだわからんことがあるな。なぜキリィ様が外出なさっているのだ?」

「その前におまえの自己紹介をしろよ。俺は名乗ったぞ」

「む、そうだな。俺はシグ・ナズム。二級市民で、キリィ様の武術師範だ」

「武術師範……?」


 俺は、こくん、と首をかしげた。


「そんな強くなかったけどな」

「ぐぐ……! う、うるさい!」

「まあいいや。とにかく、関係者なのはわかったよ。

 ……というか、おまえも給料未払いに怒って屋敷を出て行ったクチなのか?」

「い、いや。俺は住み込みの使用人とは立場が違うのでな。

 月一度、師範としてお嬢様に簡単な護身の術を教えるのが仕事だ。だから、出て行ったという筋ではない」

「ふうん。そうなんだ。

 まあ、とにかくいまは部外者なんだな」

「そ……そんなことはどうでもいい!

 それより説明してもらおうか! なぜキリィ様が、外出などして下々の者にお姿を晒しておられるのだ!」

「あん? いや、買い物のためだけど」

「な、なん……だと……!?」

「いやショック受けられても。いまどき、買い物もできなきゃ生きていけないだろ。使用人もいないわけだし」

「貴様がいるだろうが!」

「俺との契約はひと月で切れるだろ。後で自分でどうにかできるように、ちゃんと覚えないと。

 どのみち、使用人の全員と契約が切れて銀貨10枚しか手持ちにないって状況じゃ自分が動くしかない。あの馬鹿でかい屋敷も維持は難しいだろうし、どこかもっと小さいところに引っ越さないと」

「きぃええええええ!」

「うわああああああ!?」


 すごい形相でどなられた。


「貴様、貴様それでいいと思っているのか! 名門であらせられるバルチミ家の邸宅を、て、手放すだと……!?」

「だってしょうがないじゃん」

「しょうがなくない! わかった、ならこうしよう!」


 言ってシグは、じゃらりと音がする袋を俺に手渡した。


「これは……!?」

「俺の全財産だ。これで貴様を雇う」

「雇うって……」

「この金でバルチミ家をお守りするのだ! 貴族としてのプライドを保ち、屋敷も存続させろ!」

「……無茶言うなあ」

「無茶ではない! 貴様にならできる! この俺を破った貴様にならば!」

「いや。それ全然関係ないスキルじゃん」


 言ったが、相手は聞いていない。


「というわけでキリィ様。ご安心ください。このソーヤとやらが、あなたをお守り申し上げますから」

「え!? ホント!?」

「う……」


 きらきらした目でキリィが見つめてくる。


「返事はどうした、ソーヤ!」

「あ、ああ……」

「やったあ! ありがとうソーヤ!」

「うむ、その言やよし!

 では、――聞けぇい、皆の者!」


 シグが大声を張り上げた。……って、え。

 気づいたら、周りには人だかりができている。


「なんだなんだ、なにがあった?」

「シグ様に、キリィ様……!?」

「たしかキリィ様、いま結婚詐欺に遭われてたいへんなんじゃ……」

「あの若者は何者なんだろう?」

「いや。ちょ、待っ」


 嫌な予感がして止めようとしたが、シグは聞いてない。


「昨今、バルチミ家が存亡の危機に立たされてること、耳ざとい諸君らなら聞き及んでおろう。

 その困窮に見かねて、ここにいる青年ソーヤが俺に誓ってくれた! 必ずやキリィ様をお守りし、バルチミ家を立て直すと!」

「ちょ、え、」


 おおおおおおおおー! と歓声が上がる。


「皆、彼をよろしく頼むぞ! わっはっは!」


 豪快に笑って、シグは悠然と折れたグレイブを拾い上げ、


「では頼んだぞ、ソーヤ。

 なにか困ったことがあれば相談に来るといい」


 と言って、去っていった。

 …………


「は……はめられた」

「? どうしたの、ソーヤ?」

「いや……」


 ――こうして。

 俺は、強制的に、ものすごい難題を引き受けさせられることになってしまったのだった。

 ……なんかもう、どうしてこうなるかなあ。

魔術解説:

拳よ打て(フィ・ド)

習得難易度:D 魔術系統:エリアム式

エリアムにおける基本攻撃魔術の一つ。近接攻撃の衝撃力を向上させる。

ルビを振っている文句は「拳よ打て」だが、実は拳に限らず剣でも薙刀でも槍でも、自分の持つ武器であれば強化可能で、むしろ拳に使う例はあまり多くない。ただし、未熟な者が使うと自分の武器を反動で破壊してしまうことがある。

攻撃魔術の中では戦士よりの術なので、兵士などの中にはこれを習得している者が多い。

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