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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第2章:出世編
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4。わたしはナカバヤシの味方だよ(前)

 頭以外の全身に打撲、肋骨と腕の骨はひび入ってるだろうが、固定の必要まではなし。

 それが、医者による中林の診断結果だった。

 全治どのくらいですか、と聞いたら、一ヶ月くらいとのこと。

 短かったので驚いたが、つまるところこれは、事前に中林に魔術について教えておいたのが功を奏した、ということのようだ。

 中林はあれから、独自に魔術の訓練を自分で行っていて、そのせいで防御・再生結界が常人より強くなっていた。

 だからこそ、この程度の傷で済んだし、治りも早いだろうということだ。

 中林の言うところの「不幸中の幸い」といったところか。

 問題は。

 これが不幸ではなく人災で、しかも領主の関係者による、権力を帯びた人災だということだった。



--------------------



 その中林は、彼女にあてがわれた部屋で、包帯ぐるぐる状態で寝ていた。


「痛くて動けなくて嫌になるわね」

「もうちょい我慢しとけ。……というか、しゃべるのもやめたほうがいいんじゃないか?」

「そこまでひどくはないわよ。肋骨が折れてたらさすがに自重するけど」


 とまあ、こんな感じで、中林の口調はいつもの通り。

 横には俺と、見舞いに来たエアがいる。エアはとても落ち込んでいた。


「わたくしのせいですわね……」

「エアが気に病むことはないだろ」

「いえ。神官の言うことだからと、軽く考えてしまったのがいけなかったですわ。そのせいでソーヤに対して、気にしないでいいなんて助言をしてしまって。軽はずみでした」


 エアはしょぼくれた顔で、言った。


「考えておくべきでしたわ……ナカバヤシの噂が広まったのはラザメフ神官から。つまり、最初からナカバヤシは『神殿側の新しい研究者』と見られていたのですわ。

 そしてあの学者は、そのナカバヤシに対して領主より差し向けられた刺客だった。ああ、もうちょっと早く理解できていれば……!」

「それはちょっと違うんじゃないかな」


 言ったのは中林である。


「たぶん、領主は最初、単純に私たちを上回る学識者を呼んで、メンツを保とうとしたんじゃないかしら」

「ああ、その可能性はあるな」


 神殿と、格下のバルチミ家が、新しい技術者を見つけたらしい。そんなことになったら面白くないので、うちはもっとすごいのを呼べるんだぞ、と見栄を張ろうとしたのかもしれない。


「当日に、あの学者先生に私たちの研究を上から目線で講評させる、とか、そういうことも考えてたのかもね。

 ところが、ここでひとつ問題が発生する」

「つまり、おまえの研究が、予想以上にガチだったってことだな」

「そういうこと」


 中林は言って、けほっ、と軽く咳き込んだ。


「学者先生、いま思えば見た目だけは取り繕ってたけど、かなりボロボロに私たちの発明品のこと言ってたのよね。

 うちにはあんなのよりもっとすごいのがあるぞとか、あんなものうちだったら二日で作れるとか。でも、まわりからの目線はあんまりよくなかった。横を通りかかったお客さん、なんだこの学者みたいな目で見てたのよね」

「そこでメンツを潰されたと感じた学者が、嫌がらせのためにおまえに弟子を差し向けたわけか」


 その可能性は、十分あるような気がした。


「まあ、その考えで行くと、私も実はひとつ地雷、踏んでるのよね」

「ん? どういうことだ」

「いや。ほら、この家の蔵書に彼の本、あったじゃない?」

「そんなこと言ってたな、たしか」

「それを読んだって言っちゃって。その後話の流れで、あそこの計算ちょっとおかしいですよねみたいな話、しちゃってるのよね。私としては、ちゃんと読んでますよアピールのつもりだったんだけど」

「……あー」


 普段なら、さほど問題ない話、だったかもしれない。

 だがこうして背景を類推して整理してみると、その発言は致命的だ。

 と。


「それはナカバヤシに非があるんじゃないでしょ?」


 戸口から声が聞こえて、振り向くとキリィがいた。

 キリィはとことこ、中林の横までやってくると、


「はい。ナイエリが市場で、新鮮なパンパの実を買ってきたから、皮剥いてきた」

「ありがと、キリィ」

「ってキリアニム、あなた果物の皮なんて剥けるんですの!?」


 エアが少女漫画みたいな顔で固まった。


「? そんなに変か? いや、この家いま使用人ほとんどいないからさ、手のある人間はみんな使えってことで、キリィには俺が炊事スキルを一通りたたき込んだんだが」

「えっへん」

「な、なんですって……! わたくしが、わたくしがスキルでキリアニムの遅れを取るなど……これはじいやに言って、わたくしも炊事能力を身につけねば!」

「いや、やめとけ。じいやさん、泣いちゃうかもしれないから」


 光景が想像できすぎる。


「で、キリィ、なんだって?」

「だから、その計算おかしいですよって話で学者先生が怒ったんだとしたら、それはいけないでしょって」

「そうか?」

「うん。そだよ」


 キリィはうなずいた。


「だって学者って、知識と知性の対価に国からお金もらってるんだよ? そのひとの書いた本が間違ってたらそれだけで問題だし、ましてやそれを指摘されて怒るなんて、どうかしてるよ」

「……お、おう」


 思ったより厳しい意見だった。

 だが、


「私もキリィと似た意見よ」


 中林が言った。


「学者って言っても人間だから、間違いがまったくない本を書けっていうのは無理かもしれないけど。それでも間違いは学者にとって落ち度だし、その落ち度は本来恥じるべきことなのよ。

 だから、私の知ってる学者は、自分の間違いを指摘されたら「ありがとうございます」って必ず言ってたわよ。それは間違いを訂正する機会を与えられたから、ってことでね」

「でも、ここはエリアムであって、日本じゃない」

「そうね。だから社会的にはあちらが正義なのかもしれない。

 ――それでも。キリィが言うように、理屈が立たないことではあるわ。本に間違いがあるのも、わたしの発明を再現できないのも、両方ともそれは、単にあの学者の能力不足。私が殴られる理由はない」


 中林はそう言って、そしてため息をついた。


「まあ、どう言い訳したところで、結局失敗したことには変わらないのだけどね……」

「ああ……そうだな」


 天体のデータを使わせてもらう計画は、完全に頓挫した。


「そのレベルで済めばよろしいですけど」


 と、意味深な発言をしたのはエアだった。


「なんだよ。まだこれ以上ひどい話があると?」

「ええ。想定できますわ。

 だからこれは最終確認なのですけど。キリアニム、あなたはこの件に関して、ナカバヤシの方に味方すると決めたのですわよね?」


 問われてキリィは、こくん、と迷いなくうなずいた。


「うん。わたしはナカバヤシの味方だよ。それはウィラッド家を敵に回してでも、ぜったいに変わらない」

「けっこう。でしたらキリアニムとソーヤ、あなたたちはいますぐ神殿に行ってきなさい」

「え?」


 唐突に言われて、きょとんとする。


「見通しが甘くってよ、ソーヤ・シュンペー。次にあの学者とウィラッド家がどういう出方をするか、想像すればわかりますでしょう?」

「というと……」

「ソーヤとかいう男の奴隷が学者先生の成果を不当に侮辱した。許せない。――と来られたら、どうする気ですの?」

「……!」


 それは。そこまでは、考えていなかった。


「前に雑談で聞いた限りだと、ソーヤは三級市民の市民権を持っているそうですけれど。

 それでも相手は貴族。運がよくてもナカバヤシがひどい目に遭い、悪ければソーヤまで牢屋にぶち込まれかねないですわよ?」

「わ、わわ、どうしよう」

「しっかりなさい、キリアニム。ですから、わたくしが言ってるのはこういうことでしてよ。『相手がアクションを取る前に、ナカバヤシの所有者をソーヤからキリアニムに変えておきなさい』――と」

「あ!」


 なるほど。それなら、形式は貴族同士のいさかい。一方的にやられることは、まずなくなるだろう。


「まあ、パーティの日付にソーヤがナカバヤシの所有者だった事実は変わりませんけど。そこはそれ、『届け出が遅れていただけで、実質的にナカバヤシの所有者はバルチミ家である』とか『前に登録したときには、外国人のソーヤが手続きを理解していなくて間違えた』とか『すでにソーヤからバルチミ家への引き渡しの合意はできていて、あとは手続きだけだった』とか、いくらでもごまかしがききますわ」

「すげえ! エア、おまえ意外と悪知恵が回るんだな!」

「おーっほっほっほ! 当然ですわ! この程度のこと、エハイトンに渦巻く権謀術数に比べたら朝飯前ですわよ!」

「そ、そう……」


 ちょっとからかったつもりの発言にガチで胸を張られても……いいけど。

 まあ、しかしともかく、エアの言うことはたしかに一理ある。

 実際にはウィラッド家がそこまで悪質なことをしてくるかはわからないが、予防しておくに越したことはないだろう。


「よし、行こうキリィ。今日中にやったほうがいいだろ、これは」

「うん。行こう、ソーヤ!」

「留守中の守りは任せておきなさいな。わたくしもおりますしじいやもおります」

「あのじいやさんって強いの?」

「ええ。なにしろじいやは、あの高名なキンバリア一の武術家であるシグ・ナズムの師匠なのですから! 間違いはありませんわ!」

「…………」


 いま、急に不安が増したんだけど。気のせいだろうか。



--------------------



「なんか、ここんとこ神殿に来ること多いなあ……」

「そだねー」


 キンバリア中心部、神殿の入り口。

 俺とキリィのふたりでここを訪れたのは2度目である。例の捕り物騒動のときが1度目。

 その前には、中林を奴隷登録した時に3人で。その後には中林と俺で、俺の市民登録をしに来たとき。

 ……その、最後の時に、例の学者先生の張り紙を見たんだよな。


「もう次の公式参拝日も近いし、近々またわたしは来なきゃだねー」

「そっか、もう一月近く経つのか……月日は早いなあ」

「次はトラブルが起こらなきゃいいんだけど」

「もうさすがに毒殺されかかるのは嫌だな……」

「あはは、そだね」


 などと言いながら、手続き所まで向かって歩いていると。


「……む。ソーヤ、ここにいたか」

「あ、シグ。どうしたこんなところで……って、おい!?」

「いいから来い。キリアニム様もどうぞ」

「え、ええ?」


 ぐいぐいと腕を引っ張られて、物陰までやってくる。


「聞いたぞ」

「え、なにを?」

「ナカバヤシが領主の学者とひと悶着起こしたという話だ」

「……マジかよ」


 もう、シグの耳にまで入っているのか。


「例の学者の弟子とやらが先ほど、大挙して神殿を訪れた。そしてナカバヤシの所有者情報の閲覧を求めていた――その意味がわかるな?」

「うわ、まさにエアの想定通り」

「……そうか。エアニアム様も予想されていたか。

 ではおまえがここに来た目的も予想できようというもの。いまからナカバヤシの所有者をキリアニム様に変えるつもりだったのだな?」

「う、うん。そのつもりだけど……なんかまずいのか?」

「まさか。それで問題ない。むしろこちらから提案するつもりだった」


 シグは言って、にやり、と不敵に笑った。


「安心せよ。神殿はこの件について、ナカバヤシの肩を持つ気だ。付け加えると、パーティに参加した貴族の大部分もこちらの味方であることを、先ほど確認した。ここまで状況が悪ければ、領主とはいえそう簡単には動けまいよ」

「そうなのか?」


 驚きである。

 あー、でもそうか。あの先生、パーティの時に中林の研究をぼろくそ言ってたらしいし、それで反感買ってたのかな……


「ナカバヤシの所有者情報自体を、出すまでに時間がかかるという言い訳で遅らせているそうだ。その間に所有者変更をしてしまえば問題なしだ。

 それでも完全に安心とは言えんな。場合によってはナカバヤシはいったん、神殿預かりにしておいた方がよいかもしれん」

「神殿預かりって、そんなことができるのか?」

「当然だ。今回のケースとは違うが、たとえば所有者が不道徳な扱いをして虐待されていた奴隷を保護するときにはこの制度が使われる。

 今回はラザメフ神官が完全にこちらの味方をしてくれている。だから制度を最大限に活用できる」

「そっか……」


 なるほど。神殿の動きをシグがこうまで知ってるのは、その人脈からの情報か。

 コネ、大事である。ラザメフとパイプができてて、本当によかった。


「助かったよ。にしても、シグがこの件に関してそこまで積極的に動いてくれるとは思ってなかったな」

「気にするな。バルチミ家へのご恩返しのひとつだ。

 ……まあ、それにな。あの学者の弟子どもの横柄な態度を見れば、あいつらに一泡吹かせてやりたくなるのが人情というものだよ」

「……そこまでひどかったんだ」

「あれではたとえナカバヤシに落ち度があろうと、相手の方が悪いと皆が思うであろうよ」


 あきれたような顔で言うシグ。……あれ、でも、ちょっと待てよ?


「なんか見てきたように言ってるけどシグ、そもそもおまえはどうしてその騒動の場に居合わせたんだ? それに、貴族達の動向をうかがうようなことまで。ラザメフ神官とも」

「ああ。もうそろそろ、神殿で大きな仕事があったからな。最近はよく出入りしているのだ。

 学者の弟子どもが神殿に来たのも、ちょうどその打ち合わせをラザメフ神官と行っている最中でな。それで頼まれて、いろいろと動いていたわけだ」

「そうだったんだ。仕事って、武術関係?」

「武術というよりは魔術だがな、そんなところだ」

「魔術実習生の試験官なんだよ、シグって」


 キリィが補足説明してくれた。


「へえ。なにをやるんだ、試験官って?」

「魔術実習生と言っても、神官として身を立てたい者から、単に魔術をかじりたい者まで、千差万別なのでな。まずはレベルを振り分けることにしている。俺と手合わせして、成績優秀者は上位クラスだ」

「はー。そっか、けっこう大きな仕事なんだな」

「おまえも受けたらどうだ? 野良で魔術を身につけたようだが、一度は正式に教わっておいた方が後々のためになるぞ?」

「ああ。考えておくよ」

「そうか。……む、そろそろ時間だな。

 ではキリアニム様、私はこれにて」


 言ってシグは、すたすたと早足で去って行った。

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