3。たいしたことはありませんな(後)
そんなこんなで。
「いらっしゃいませー! ようこそお越しくださいました!」
午後。パーティ会場の前で、声を張り上げる俺がいた。
エリアムの、身体を締め付ける感じの独特な礼服(着にくい)を身にまとい、エリアム式の礼(合掌してその手をおじぎし、その後で頭を下げる)をし続けることおよそ一時間。ようやく、パーティ会場に訪れる人間の足も少なくなってきた。
(うーん……来ないな)
だというのに。領主の家の連中が来ない。
例の学者先生も来ないわけで、これでは中林の目的が果たせない。
と思ったら。
「む。ソーヤ・シュンペーではないか」
「あ、ラザメフ査察官」
「査察官ではないぞ。その職は先月末に退いた。いまはただの、ラザメフ神官よ」
慌てて礼をする俺に、ラザメフ査察官もといラザメフ神官は、にやりと骨太な笑みを浮かべた。
「賑わっているようではないか」
「おかげさまです」
「俺のおかげなものかよ。俺はただ、正直に見たものを周囲に話しただけだ。噂を呼んだのは、あのナカバヤシとかいう技師の力であろう」
「恐縮です」
俺が言うと、ラザメフはふと周りを見回して、
「……まあ、そのせいでまた、余計な災難を呼んでいるようだがな」
「?」
「ここだけの話だ。……ウィラッド家が、学者を家に呼んでいるのを知っているな?」
ラザメフは小声で言った。
「あの、ええと、パナル……なんとかっていう」
「パナル・カルマナルカ」
「え、あのひとやばいんですか?」
だとすれば大問題である。せっかくの中林の売り込み先が地雷案件だったとか、シャレにならない。
のだが、ラザメフ神官は首を振った。
「人物が問題ではないのだ。この場合、なぜウィラッド家が彼を呼んだかということが重要だ」
「と言いますと……」
「パナル・カルマナルカは、未だ芽を出さぬ若い学識者であった時に、ウィラッド家から後援を受けていた身だ。
しかし彼はその後大成し、エハイトンに移住した。ここまでなると出資者もウィラッド家だけではないし、首都の方が研究環境も整っておる。彼の方からキンバリアにわざわざ足を運ぶ理由は、特にない」
「じゃあ……」
「そう。ウィラッド家が、パナルを呼び寄せたということになる。その理由はなんだ?」
「…………」
なんだ、と言われても。
「……ま。わからんのも無理はないか。
だがまあ、警戒しておくに越したことはない。奴には注意しておけ。楽しいパーティを台無しにされんようにな」
「はあ……」
よくわからないまま、うなずく。
と、ちらり、とラザメフは後ろを見やって、
「噂をすれば、だ。私は退散するとしよう」
「え? あ……」
見ると、大量の付き人を従えて、いままさに貴族とその使用人の一団がやってくるところだった。
その先頭にいるのは、着ているものからして派手で、普通でないことを周囲にアピールしているかのようだ。
ラザメフが言ったことから推測するに、あれがこのキンバリアの領主。
そして、その横にいる男が。
(パナル・カルマナルカ……か)
「いらっしゃいませ! ようこそお越しくださいました!」
声を張り上げて礼をする俺に、鷹揚にうなずくふたり。
そのまま特に俺に声をかけることもなく、彼らは使用人を連れて屋敷に入っていく。
(…………。
どうしよう。マジで不安になってきた)
ラザメフがあんなこと言うから、彼らに対してどうしても警戒心を抱いてしまう。
手はずとしては、しばらく自然に見てもらった後でキリィがパナルを呼んで中林を紹介する、ということになっている。
(その前に中林に一度、話をしておくべきかもしれない)
もうめぼしい客はだいたい入ったことだ。俺は、ノーラン家の使用人の誰かと交代して中に入ることにした。
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が、一向に中林が捕まらない。
いや、居場所がわからない、ということではない。ちゃんとパーティ会場に出張っている。
いるのだが。
「これは太陽の国では当たり前の技術なのかね?」
「はい。学校に行けば誰でも身につけられる知識です」
「さっきの大きな模型、あれ実際に作れるの?」
「大型化にはまだ課題あり、です。やっぱり重い物を動かすのは難しいので」
「ねえねえねえ! あの壁に展示してあった瓶、あのびりっとするのがこの足こぎ車を動かせば出てくるの?」
「そうです。本質は同じですね」
(し、質問攻めにあってる……)
これは、なんというか、俺の入る余地がまるでないぞ……
と。
「ひ、ひどい目にあいましたわ……」
「あ、エアじゃん。どしたん?」
「あのライデン瓶とかいう奴ですわよ! なんですのあのみんなで手をつないでバチっていうの! バチって!」
「ああ、手をつないで端の奴がうまいとこに触ると一斉に静電気流れるってやつか」
「ソーヤは知ってましたの!?」
「さっき聞いたばっかだよ。百人おどしとか言うらしいけど、百人でもできるのかね」
「ひゃ……ひゃくにん!? 百人にあの邪悪なバチを!?」
「邪悪……かなあ……」
そんなに嫌だったんだろうか、静電気。
「それはともかく、なんでソーヤはこちらに? たしか、正門での出迎えが一段落ついたら休む手はずじゃなかったかしら?」
「そうなんだけど。ほら、領主が連れてきた学者先生に中林を紹介するって話があっただろ?」
「ああ、そんな話でしたわね。
……どうりで、あそこでキリアニムが無駄におろおろしているわけですわ」
「あ、ホントだ」
まあ、いまの状況だと、キリィが学者先生に紹介しようにも、そもそも人だかりで中林に近づけない状況だしな……
「しかし、それはキリアニムの仕事ですから、ソーヤがわざわざ気を揉まなくてもよろしいのではなくて?」
「さっきまではそう思ってたんだけどな……ちょっと、ラザメフ神官から気になる情報が入って」
「神官から?」
俺は、さっきの出来事をエアに話した。
「……っていう話だったんだけど。事前に中林に伝えた方がいいかなって」
「んー、それだけだとわかりませんわね。
正直、あまり大きく捉えなくてもよろしいかと思いますけど」
「ん、なんで?」
「ソーヤは外国人ですからわからないでしょうけど。実のところ、エリアムにおいては領主と神殿というのは、あまり仲がよろしくないのですわ」
「え、そうなの?」
俺の言葉に、エアはうなずいた。
「まあ、歴史的にいろいろあったこともありますし。それ以上に、中途半端に権限が被っているせいで、常にライバル意識的なものがありますのよ。
ですので、神官が領主の悪口を言うのは当たり前のこと。そのくらいの感性は持ち合わせていたほうがよろしくてよ」
「なるほど……」
いろいろあるんだな、エリアムにも。
「じゃあ、それについては後でどうにかするとして、キリィにちょっとだけ話しておくにとどめとくか……」
「もう遅いですわよ?」
「え? あ、ホントだ」
ちょうど人の波が一区切りついた隙に、キリィが中林を連れてパナルの方へ向かっていくところだった。
「ま、なるようになるしかないじゃありませんの。とりあえずまずは、パーティを成功させることに終始なさい?」
「……そうするか」
俺は諦めて、素直に休憩室に向かうことにした。
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以降の波乱は特になく、無事にパーティは終わった。
「ありがとうございましたー!」
例によってエリアム式の礼を繰り返すこと30分ほど。パーティ客もようやく、だいたいはけたと言える。
「お疲れ様ですわ、ソーヤ」
「ああ。エアも手伝ってくれて助かったよ」
「ふふ。当然ですわ! このノーラン家が手を貸す以上、万に一つの粗相があっても困りますもの!」
おおいに胸を張るエア。ふぁさっ、と縦ロールが揺れる。
……触りたい欲求はあったが、我慢しよう。我慢、我慢。
「それにナカバヤシとやらの研究は素晴らしかったですわ! あれに触れることができたのは十分な収穫でしてよ!」
「……さっき邪悪な瓶とか言ってなかったっけ?」
「だからいいのですわ! ふふ、あのバチを王都の陰険な連中に味わわせてやることを思うと……!」
「いかん。エアがダークサイドに落ちてる……!」
ストレスたまってるのかなあ。この子。
「ソーヤ、お疲れさま」
「お、キリィ。もう全部はけたかな?」
「うん。館にいるお客さんはもうみんな帰ったって、エアちゃんのじいやさんが」
「そっかあ。んじゃ、予定通り打ち上げかな」
「打ち上げ?」
「そ。がんばってくれたノーラン家のみなさんと、ささやかながら後夜祭みたいな食事会を企画してたんだよ。そのとりまとめはナイエリがやってたはずだけど」
「ナイエリが、食事会……? 大丈夫?」
「料理作るのはナイエリじゃないから、大丈夫だろ」
俺が気楽なことを言った、そのとき。
悲鳴が響き渡った。
「……っ、なんだ!?」
「女性の悲鳴でしたわよ!?」
「ソーヤ、たぶんあっち!」
「わかった、行ってくる!」
俺は、走りにくい礼服を気にしながらも、とにかく駆けだした。
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結果として、俺が見たものは、ボロボロになるまでぶん殴られた中林と、棒を持ってその前に立ちはだかるリシラだった。
「な……なにがあった!?」
「暴漢! やばい奴にナカバヤシが襲われてた!」
「そいつはいまどこに!?」
「逃げてった!」
「わかった。俺が応急手当してるから、リシラは医者の手配!」
「アイサー!」
リシラは走り去っていって、後には中林と俺だけが残される。
「宗谷……」
「傷の様子は?」
「わっかんない。めちゃくちゃにぶん殴られたから……痛っ」
中林が顔をしかめる。
「頭はガードしきったんだけど、腕がね。執拗に棒で殴られたんで、折れてるかも」
「その判断はとりあえず正解だ。エリアムの医療技術でも腕の骨折ならなんとかなるが、頭から血が出てたら最悪そのまま死ぬ」
「そう。不幸中の幸いね……」
言う中林にも、さすがに元気がない。
「しかし、暴漢かよ。パーティで見張りがゆるくなってたとはいえ、よりによって貴族の家の中を襲ってくるとはな。これは通報しないと、後がやばいな……」
「それは的外れだと思うわよ?」
「ん、なんでだ?」
「あの暴漢」
中林は言った。
「見覚えがあるわ。たぶん、あの学者先生の弟子のひとり」
「…………」
しばし、言葉を失う。
「……おまえ、なんかやばいことした?」
「自覚的にはしてないわね。相手とも、表面上は最後まで、和やかに会話してた。
まあ、『ははは、たいしたことはありませんな!』とか言って、最後までこっちを下には見てたけど。それでも、気分を害するのも問題だと思ったから、特に反論はしなかったわ」
「じゃあ……」
「そうね」
中林はうなずいて、言った。
「最初から間違えてた。あの学者先生は、パーティが始まるずっと前から、私たちの敵だったってことよ――」




