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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第2章:出世編
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3。たいしたことはありませんな(前)

「おーっほっほっほ! どうかしらソーヤ・シュンペー! このノーラン家の使用人達の働きぶりは!」

「あ、エアちゃんだ」


 キリィが食事する手を止めて、手を振る。

 一方で俺は、疲れた顔をエアに向け、


「なんだよ。パーティは今日の午後からだぞ? あ、それとも、みんなちゃんと働いてるか、わざわざ見に来てくれたのか?」

「な、なにを言ってるんですの! 事前に出し物をチェックする権利をこのわたくしが得ていること、忘れたとは言わせませんわよ、ソーヤ!」

「いや。忘れてはいないけどさ……」

「昨日も一昨日も来てたよね、エアちゃん」

「当然ですわ! 権利がある以上、使わなくてどうするんですの!」


 ふんぞり返って、エアは言った。

 ……微妙に貧乏くさい意見だということは、この際目をつぶるとして。


「ともかく、なんとかパーティの準備はめどが立ったよ。あの「じいや」さんはマジ有能だな」

「当然ですわ! 我がノーラン家を三代に渡って支えた使用人の鑑ですもの!」

「エアちゃんのおじいちゃんの代からずっとなんだよ、あのひと」


 キリィが補足説明してくれる。……三代って、当主の方かよ。


「ていうか、あの「じいや」さん、名前なんて言うの? みんな「じいや」とか「じいやさん」とか「じいや様」とか呼んでて、正直わからないんだけど」

「あら。紹介してありませんでしたっけ? じいやの本名は――」


 がしゃーん! という音が、俺たちの話を中断した。


「な、なんの音ですの?」

「あー。わかんないけど、ちょうどいまでかいのを運んでたはずだから、それかな?」

「見に行かなくていいんですの?」

「そっちはファグニ工房の管轄。正直、手分けしないと休む間もなかったんで、きっちり線引きして任せるべきは任せることにしてる」


 言いながら俺はバターをたっぷりつけたパンをぱくり。

 高カロリー最高。この激務の中だと、なるべくエネルギーあるものを食わないと、たぶんやせ細って死ぬ。


「たぶんエントランスに行けばわかると思うが、でかいの配置する予定だからな。それ関係の音だろうし、外の様子見ても誰も騒いでないから気にしなくていいよ」

「ああ、それでしたらこちらに来る前に見てきましたわ。テツドウモケイとかいう奴ですわよね?」

「そ。でっかいの作ったんだよ、みんなで。パーティ客が屋敷に入って最初に見るのは、どでかいキンバリア周辺を模したミニチュア地形図と、そこを走る鉄道模型ってわけだ」

「あれ、本当に大きくして走れるんですの? ナカバヤシとやらが言ってましたけど、あの大きさならともかく、人を乗せられるサイズであんな乗り物が馬も付けずに勝手に動くとは信じられないのですけど」

「それについては、出力が問題だって聞いたな」


 大型の発電所と送電施設があるわけでもないエリアムで、あれを電気式で動かすのは無理だろう。

 中林曰く、どこかから実用化してくれっていうオファーが来たら、蒸気式で実装する予定だということだった。


「それより、肝心のパーティはどうやるんですの? 出し物的なものはなにを?」

「望遠鏡メインだってよ。あと静電気の小ネタの展示と、電球で暗くなったときに部屋を明るくするサプライズ。それから電池の交換の実演と、自転車による電球点灯実験装置だな」

「……よく、わかりませんけど。ボーエンキョーとかいうのは、例の、遠くが見える筒ですわよね?」

「そうだよ。それがなにか?」

「会食時に座っていたら、見えるものも見えないんじゃありません? 立ち上がってそちらに向かうのも不作法ですし……」

「ああ。だから立食にした」

「立食?」

「壁際に料理をずらーっと並べてな。皿とかフォークとかをたくさん用意して、背の高いテーブルを並べて、どうぞご自由にって形式」

「そ、そんなパーティがあるんですの?」

「例の「じいや」さんに聞いた限りだと、あまりメジャーではないものの、エリアムでも行われてるって話だったぞ?」

「そ、そう。じいやが言うなら間違いないですわね」


 エアはそう言ってうなずいた。


「そんなわけでこっちはだいたい問題なしだ。安心して家でパーティ開始を待っていてくれていいぞ」

「そ、そうですわね……」


 エアはそう言いながら、なんか妙に落ち着かない印象。

 ……?


「あ、ソーヤ。ダメだよ、エアちゃんのうち、使用人がほとんど総出でこっちに来てるからいま誰もいなくて、エアちゃん寂しいんだよ?」

「ぎゃにゃー! ななななにを言い出すんですのキリアニム! わたくしが寂しいだなんてそ、そそ、そんなことは!」

「でも前に言ってたじゃないエアちゃん。こんなに大きい家で人気がないとおば――」

「聞こえません! 聞こえませんわよ!」


 ぶんぶん! と頭を振ってエアは叫ぶ。


「そそ、ソーヤ! あなたもここで聞いたことは他言無用ですわよ! 外でノーラン家の令嬢は寂しがり屋とかいう風評被害が聞こえたらあなたのせいと見なしますからね!」

「縦ロール触っていい?」

「全力でお断りしますわ! っていうか話がつながってないですわよね!?」

「ぜったい癒やされると思うんだけどなあ……縦ロール触るの。新感触縦ロールセラピーとか流行らないかな」

「なんですのこの前からわたくしの髪型に無礼な物言いを! これは首都エハイトンでも最先端の髪型として認められた、ファッションリーダーの証ですわよ!?」

「え、マジ!? ファッションとして流行ってるの!?」

「もちろんですわ! だって王妃さまに個性的な髪型だと直に褒められたこともありますのよ!」

「へえ……マジかー」


 わくわくが止まらない俺に対して、


「……ソーヤ。落ち着いて。『個性的』って言葉、よく考えて」

「…………」


 キリィの言葉に現実に引き戻される俺。

 だよなぁ……さすがにこれが王都の主流ファッションなわけないか……


「そんなわけで庶民がこの髪に触るなんてもってのほかですわよ! 憧れるのはわかりますけど! 憧れるのは!」

「おー、思ったよりふわふわだ」

「ぎにゃー! なに勝手に触ってるんですのー!?」



--------------------



「……というわけで、結局「じいや」さんの本名は聞きそびれちまってな」

「シュンペーってときどき、意味不明に壊れるよね……」


 あきれたように言ったのは、リシラである。

 ここはバルチミ家の廊下。あたりは多くの使用人たちがせわしなく行き交っている。

 リシラも忙しいはずなのだが、


「で、ナカバヤシを探してるんだけど、どこにいるのかな?」

「ん? 中林だったら、午後に備えて仮眠するって言ってたぞ」


 俺の言葉に、リシラはがくっと肩を落とした。


「マジかー。ナカバヤシに聞かないとわからないんだけどなー……」

「参考までに俺が聞いておくけど、どんな用事だ?」

「ほら、セイデンキとかいうのの展示があったじゃん?」

「ああ、話は聞いているけど。そういやあれって、なにをやるつもりだったんだ?」


 実は詳しく聞いてない。分業のせいで、そっちにはほとんど関わってなかったのだ。


「なんかライデン瓶とか言ってたけど。ガラスをアルミふたつで挟んだへんな瓶」

「雷電瓶? 強そうな名前だな」

「シュンペーは知ってた?」

「いや、あいにく」


 聞いたこともない。


「んでそれがどうしたって? 俺が解決できそうなトラブル?」

「いや、それがちょっと衝撃が加わっていくつか割れちゃって。展示どうしようって」

「つったってなあ……いまから作れるか? それ」

「ガラスの瓶の代わりがないからねえ……やっぱそのまま、少ないけど我慢してくださいって感じで出しちゃうしかないか」

「ちなみにどのくらい割っちゃったんだ?」

「3個なんだけど……」

「作り直しってできそう?」

「瓶さえあればなんとかなると思うんだけど……直前だと無理かなー」

「瓶の調達は厨房に行けばなんとかなるだろ。俺の了解は得ているって言っていいぞ」

「了解! ありがとシュンペー、愛してるよ!」

「はいはい、わかったからさっさと行け」


 ちゅーのポーズで迫ってきたリシラを適当にいなし、俺はその場を立ち去った。



 ……余談だが。

 後で念のために早めに中林を起こしに行った俺は、そこでライデン瓶のライデンというのが「雷電」じゃなくて、オランダの大学の名前であることを知った。

 中林は俺を指さして爆笑していた。……覚えてろ。



--------------------



「うーむむむむむむむ……弱ったのだ」

「なにをうなってるんだ? ナイエリ」

「ひぎゃっ!? し、しっぽをいきなりさわるな!」


 がたがったーん、と椅子を後方に倒す勢いで立ち上がりながらナイエリは吠えた。

 うむ。やはり縦ロールもいいが、時代はねこしっぽだな。手ざわりが違う。


「うぐぐぐ……なんかソーヤが薄気味悪いこと考えてる気がするのだ……!」

「気のせいだろ。それで、なんか帳簿を見てうなってた気がするが、おまえそもそも帳簿見れたっけ?」

「ああ、ナイエリには無理じゃな。じゃから儂が教えた」

「あ、シオじいさん。こんにちは」

「ほっほ。結局使い倒されてしまったのう」


 シオじいさんはそう言って笑った。

 最初は、バルチミ家の使用人を呼び戻そうとするなら自分がいるのは逆効果、と言っていたのだが。ノーラン家の使用人一同に頼り切ることにした以上、こちら側の戦力としてはシオじいさんもカウントしたほうがいい、ということで呼び寄せたのである。

 彼が金庫番などの仕事を請け負ってくれなければ俺の仕事は倍増だっただろう……本当によかった。


「それでなにが問題だと?」

「ああ。単純な問題じゃよ。この残額のところなんじゃがの」

「……げ。もうこんなに減ってたのか」


 俺はうめいた。


「パーティの準備は、ファグニ工房とノーラン家のおかげで大幅に費用をカットできたがのう。それでも出る物は出さねばならんのじゃ。それでこの通り」

「うーん。これだとナイエリの給金もおぼつかねえな。またなにか臨時で稼ぐしかないか……」

「あ、あたしならすこしは我慢できるぞ?」

「いや。それじゃダメだろ、やっぱり」


 使用人との貸し借りをなくしたクリーンなバルチミ家にするために、俺たちは無理をして借金を返したのである。いくら身内感があるとはいえ、ナイエリに甘えて給金をカットするなど言語道断。

 と思ったのだが、シオじいさんは笑った。


「他人のことが言える立場ですかのう、ソーヤ殿」

「? なにが?」

「そなたこそ、一月以上もここで奉公しておるのに、使い込みどころか、生活費以上を受け取った記録が見当たらんのじゃが。給金を受け取らねばならんのは、そなたもじゃぞ?」

「……あー」


 それはまあ、そうなのだが。


「と、とはいえ。とにかく資金繰りをなんとかしないとな。このままだと首が回らない」

「また商人どもから恨みを買う手段を使うのかのう?」

「いや、あれは偶然が重ならないとできないから……今回はもうちょっとまっとうな方法を考えてるんだけど」


 具体的には、中林の成果を少しだけ売却して利益を得るとか、そういうのである。


「儂にも一応、それなりのアテはあるんじゃがのう」

「え、シオじいさんに?」

「そうじゃ。ほれ、バルチミ家の財産はあらかたなくなってしもうたが、エハイトンの別宅と、それから領地は残っておるじゃろ?」

「エハイトンの別宅? いや、そっちは初耳なんだけど」

「貴族となると、エハイトン旧市街に別宅を下賜されるのじゃよ。その別宅には使用人が常駐しておって、いつ来てもよいように整えておる」

「……その使用人への報酬は?」

「それも問題ない。領地より、自動的に収入の一定割が支払われるようになっておる」


 なるほど。ということはその使用人は無事、バルチミ家に仕えたままなんだな……

 エハイトンなんて遠方だし、そう簡単に連絡を取り合うこともできないから、このシステムはたしかに合理的である。


「話を戻すと、儂の心当たりというのは領地の管理人じゃよ。農場長という役職じゃな」

「ああ、なるほど。確かにそういう人間も必要だよな」

「その男から無心するとよい。多少ならば税の前借りもできるじゃろうよ」

「……なるほど」


 いろんな方法があるもんだなあ。貴族の資金繰り。


「まあ、そういうわけで、時間ができたらそちらの交渉に儂が赴くとしよう。ソーヤ殿では勝手がわからんじゃろうしな」

「助かるよ」

「その代わり、儂にも追加で使用人の報酬をいただくぞい? 今回の件と合わせてな」

「…………」


 このじいさん、割とちゃっかりしてるな。

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