2。手伝ってさしあげてもよろしくてよ(後)
と、そんなことがあった翌日のこと。
「お願いです。ウィラおじさま、手を貸してください!」
「事情はわかっておるのじゃがのう……うーむ」
「お願いします、お願いしますっ」
キリィがぺこぺこしている相手のおじさんの名前は、ウィラネーク・ガシャ・パルマ。
バルチミ家と懇意であるという、パルマ家の当主。……なのだが。
(脈なし……だな、こりゃ)
さっきからはぐらかすばかりである。どう見ても、乗り気なようには見えない。
理由もなんとなーく、わかる。
さっきこの部屋に来る際に、明らかに貴族とは場違いな、どっかの工房の職人みたいな連中とすれちがったのである。
(……きなくさいな)
なので、ここは逃げの一手。
「キリアニム様」
頃合いを見計らって、声をかける。
「あまり長居してしまってはパルマ家の方々に迷惑もかかりましょう。いったん我々は出直しませんか」
「でも、ソーヤ!」
「ふむ。……ところでそちらの青年は誰かね? いままでのバルチミ家では見なかった顔だが」
お、おじさんが乗ってきた。
「宗谷俊平と申します。現在のバルチミ家は人手不足でして、臨時の使用人頭をやらせていただいております」
「そうか……ふむ。
時に、たしかバルチミ家は市政の工房と組んで、革新的な技術を研究していると聞いたのだが」
俺はその言葉ににっこり笑って、
「ええ。ですがそれは私の所持する奴隷が行っている案件でして。私はほとんど把握しておりません」
「……そ、そうか」
ふう、とため息をついて、おじさん。……あー。そういう反応ですか。なるほど。
「――では、我々はこれで。
参りましょう、キリアニム様」
「…………」
俺たちは、思案するおじさんをよそに、屋敷から出て行った。
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「……なんであんなうさんくさいしゃべりかたしてたの、ソーヤ?」
「きなくさいと思ったから」
外に出て、念のために正門からちょっと離れてから、俺はキリィと話し始めた。
「きなくさいって、ウィラおじさまが?」
「ちょっとな……あれ、たぶん支配下の工房から、うちの屋敷とファグニ工房に対する苦情が来てる。怪しげな技術を使ってる連中をどうにかしろ、って感じのな」
先月にもあったことだ。
ちょっと商売で大もうけしたら、商人達から「バルチミ家がいかがわしい手段で金を調達してる」と神殿に通報され、大問題になったのである。その問題自体は査察官を説得したことで解消したが、今回も同じようなことになる可能性は十分ありうる。
「とはいえ、最後の問答からすると、単純にこっちを潰そうって腹でもねえな。そうだとすればもっといやみを俺にぶつけてきただろうし。
たぶん、あわよくばファグニ工房をバルチミ家から引き抜いてやろう、くらいは考えてたんじゃないかな?」
「あー。だからソーヤは、詳しいことは知らないーみたいなこと言ってたんだね」
「そういうこと。下手な話をすると、へんな工作をかけられて大事になりかねないと思ったからな。
しかし参ったね。あのおっさんから協力を引き出そうとするなら、逆に言えばその工房関係の情報をエサにせざるを得ないことになるぞ。そうすると後々、面倒な問題が起こりかねない」
「そっか……じゃあ、ノーラン家を頼るしかないのかなあ」
つぶやくキリィは、ちょっとだけ不安げだ。
「どうした? あんまり乗り気じゃなさそうだが」
「うん……ノーラン家は、二代くらい前に大金持ちになって、そのお金で貴族になった家でね。
前の当主はとってもいいひとだったんだけど、いまの当主は……ちょっと、その。変なの」
「変……って、どんな風に?」
「髪型」
「か、髪型!?」
「うん。なんか魔術師まで雇って固定させてるらしくって。すごい髪型なの」
キリィがジェスチャーつきで言う。……が、よくわからん。
「ま、まあ、人格が変じゃないなら大丈夫だろ。話せばわかるってこともあるかもしれん」
「そだね。まあ、わたしと同い年くらいの子だから、話せばきっとわかってくれると思う」
「よし、じゃあノーラン家を当たってみるか!」
「うん!」
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「すごい髪型って縦ロールかよ!」
「な……っ、なんですのいきなり!?」
俺の絶叫に対して、目の前の金髪縦ロール女は叫び返した。
「くそ、これは確かに予想外だ……! ていうか、なんでだよ! 日本でだって見たことねえぞ、こんな典型的なの!」
「だからなんですのあなたは! わたくしの髪型になにか言いたいことがあって!?」
「最高だ! 生きててくれてありがとう!」
「どっ……どういたしまして……ですわ?」
なんか混乱した表情で返す縦ロール。
素晴らしい。触りたい。人さし指に巻いてくるくるしたい。
「ソーヤ……本来の目的、忘れてない?」
「はっ!? ……い、いや。忘れてない、忘れてないぞキリィ」
「まったく……! ひとの家に入ってくるなり言うことがそれ? 使用人の教育がなってなくってよ、キリアニム!」
「ごめんねエアちゃん。後でちゃんとソーヤには言っておくから」
「え、エアちゃんとか気安く言わないでくださいませ! わたくしの名前はエアニアム・フィーナ・ノーランですわよ!」
ふんぞり返って言う縦ロール。
「それでなんのご用でして? まさかとは思いますけど、伝統と格式のあるバルチミ家が、この成り上がりのノーラン家に、よりによって助けを請いに来たなんていう情けない話じゃないですわよね?」
「うん。やっぱエアちゃんはものわかりがいいね。そういうこと」
「なっ……プライドとかないんですのあなた!?」
「……わかりやすいなー、この構図」
そしてキリィは案外手強い。スルー力がきっちり身についている。
エアニアム……エアちゃんはそこでにやりと笑うと、
「ですが、ただで協力してもらえると思っているわけではありませんわよねえ? 協力しろと言うからには、そちらからもそれなりの誠意を見せてもらいますわよ」
「ん……どんな?」
「ほら、そちらの殿方は見たところ、太陽の国出身なのでしょう? 太陽の国には伝統的な、相手への謝意の示し方があると聞いてますわ」
「ま、まさかそれは……っ」
たじろく俺に、エアちゃんは勝ち誇ったような笑みとともにびしっ! と指をつきつけ、
「そう! 『土下座』ですわよっ!」
「マジで!? 本当に土下座してもいいのか!? やったー!」
「え……ええ!?」
困惑顔になったエアちゃんをよそにガッツポーズする俺。
「お、思っていたのと反応が……どういうことですの!? あなたにはプライドがないの!?」
「だって縦ロールに土下座だぞ!? そんな貴重な機会、人生でこれを逃したら二度あるかどうかわからねえじゃん! プライドなんざ二の次だろ常識的に考えて!」
「……ソーヤ。ちょっと、気持ち悪い」
ぐさっ。
キリィの言葉に俺は傷ついた。
「え、ええい! なしですわなしですわ! よく考えたら、あなたを土下座させたところでこのノーラン家には銅貨一枚の得もないじゃございませんの!」
「あ、バレた」
ちぃ。勢いで押し切ろうと思ってたのだが……我に返られてしまったか。惜しい。
「とはいえ、こっちには金はほとんどないんだけど。なにしろ、結婚詐欺騒動でほとんど全部消えて、借金してようやくやりくりしているってレベルだし」
「その結婚詐欺師は捕まえたという話じゃありませんの。そこから返させるわけにはいかないんですの?」
「使い切ったって当人が言ってるらしい。持っていた残り資産はバルチミ家に返却という形になったが、たいした額にはならなかったな」
「なんに使ってたんですの? 土地とか骨董を買いあさったとかなら、それを取り戻して売り払えばなんとかなるんじゃありません?」
「いや。ほとんど女遊びで使い潰してる」
「……最低ですわね」
「まったくだな。
――ってキリィ! 泣くなよ! 別におまえを責めてるわけじゃないんだから!」
「だって、だって……」
しゃくり上げるキリィ。
うーん……やっぱまだ、あの件はキリィの心のトラウマとして残ってしまっているか。
「な、なんですの……!? そこで泣かれたらわたくしがいじめて泣かせたみたいじゃないですの! ええい、泣き止みなさいキリアニム! それでも誇り高きバルチミ家の家長ですか!」
「……うん」
キリィはごしごし袖で目をぬぐって、うなずいた。
「まあそういうわけでうちには金がないので、出世払いってことでなんとかならない? エアちゃん」
「え、エアちゃんとか言わないでくださいませ無礼ですわよ! ええと……なんて名前でしたかしら?」
「宗谷俊平だ」
「ソーヤ! わたくしの名前を呼ぶときには敬意を込めてエアニアム様と呼びなさいな!」
「土下座しながら?」
「しなくてよろしい!」
「じゃあエアニアム様、出世払いってことでなんとかならない?」
「呼び名だけ改めて口調が同じだとかえって馬鹿にされている気がするのですけど!」
「ではエアニアム様、どうかあなた様のご助力を賜る栄誉を我々にお与えください」
「え……っ、ええと……それは……」
いきなり口調と声色を整えた俺に、エアちゃんはなぜかどぎまぎしたように頬を染め、
「い、いえ。けれど、まったくメリットなしで引き受けるとなるとこちらにも問題が……」
「問題? どんな?」
「……じいやがうるさいんですのよ」
「あー。知ってる。エアちゃんのうちの執事さん、すごい心配性だものね」
「あれは心配性の度を超してますわ! まったく、来客の応対などわたくしひとりでできるというのに、なぜしつこく同席しようとするのかしら!」
ぷりぷり怒るエアちゃん。……なるほど、それでこの部屋には俺たちとエアちゃんしかいないわけか。
(でもいたほうがいいと思うけどなあ。交渉が得意な従者)
いわゆる「いい警官、悪い警官」法ではないが、やっぱり押し役と引き役がいた方が交渉はまとまりやすいと思うのだが。
けどまあ、助言するのは俺の役割じゃないしな。それには触れないでおこう。
「まあ、でもこちらが出せるものはやっぱり多くないよ。せいぜい情報くらいかな……」
「あら。どんな情報ですの?」
「パーティの出し物を、パーティ前に見る権利とか?」
「出し物……ああ。例の、工房を雇って工作しているとかいう話ですの?」
「あ、それは知ってたんだ」
「当たり前ですわ。ノーラン家の情報網を馬鹿にしないでくださいな。
そしてついでに言うと、わたくしあんまりそういうのに興味、ありませんの」
「え、そうなの?」
「もちろんですわ! だってああいうのって詐欺でしかありませんわよ!」
自信満々にエアちゃんは言った。
「キリアニム! あなたにも忠告しておきますわよ! その工房は新たな詐欺です。痛い目にあいたくないならさっさと手を引きなさいな!」
「でも詐欺には見えなかったよ?」
「みんなそう言うんですのよ!」
「たしかにエアちゃんのお父様はそういうのに引っかかって、今回のわたしほどではないけど大損してるのは知ってるけど。だからって全部一緒にするのはどうかと思う」
「そ、それはそうですけど……」
キリィの言葉にちょっとたじろくエアちゃん。
(ふうん。そういう話か。なら……)
「そういえば、パルマ家の方は工房の技術に興味津々みたいだったよな」
俺が言うと、エアちゃんがぴくっと動いた。
お、効果あり。
「あのパルマ家が……? 多くの工房を従えることに定評のある、あそこが……」
「そうそう。現段階では協力してくれるかどうか保留って話だったけど、もしかしたらあっちは、うちの技術を見せれば喜んで協力してくれるかもしれないなって」
「…………」
「どうするキリィ。この場合、もう一度パルマ家に話をしに行くって手も――」
「お待ちなさい」
「はい」
フィッシュ。見事に釣れた。
「……気が変わりましてよ。パルマ家ほどの家が興味を持つ技術なら、じいやも十分――ではなく、こほん。わたくしも興味が持てるというものですもの」
「なら……」
「ええ。このノーラン家、パーティの成功のために、手伝ってさしあげてもよろしくてよ!」
「やったー! エアちゃんだいすきっ」
「ひ、ひっつかないでくださいましっ! ああもう、ソーヤ! このお天気娘をなんとかしなさい!」
「俺も抱きつけばいいの?」
「ぶん殴りますわよ!?」
というわけで、当面の人手を確保する問題は、見事に解決したのであった。
……ほとんど実利を出さずにノーラン家を釣ったことについては、後に「じいや」と呼ばれていた老執事から苦情を言われたのだが、それはまた別の話。




